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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第二部 王太子妃は悪を目指す

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13.詭計と密謀 5


アシュトン卿は笑みを深めた。

そうすると、大して能力もなさそうに見えていた小男の表情に、抜け目のなさが浮かび上がって来る。


「他意はございません。ここに広がる森は殿下のために用意された狩場でございましょう。獲物は普通と少々違うようですが──」


マティアスは目を細める。

決して、彼は自分が悪いことをしているとは思っていない。

己は次代の皇帝なのだから、何をしても許されるのだ。それが、マティアスにとっての事実だった。


とはいえ、それだけで全てが問題なく進むとも考えてはいなかった。

人は自分に理解できる範疇でしか物を語らず、判断しない。

だから、マティアスは皇帝の座を得るまで、ある程度は身綺麗でいなければならなかった。

皇位継承権争いの中で、支持者を減らしてしまうのは得策ではない。

マティアスが唯一の皇位継承者であれば一切気にしなかったが、第二皇子ローランドだけでなく、ここ最近はコンラート・ヘルツベルク大公までが争いに参加した。


大々的に自分の趣味を楽しむのは、他の皇族を全員蹴落としてからだ。


マティアスは、そう心に決めていた。


「何が言いたい」


低くアシュトン卿に問う。

ここはマティアスの屋敷だ。それも、マティアスが信頼する者ばかりが仕えている。アシュトン卿が五体満足で屋敷を出て家に帰れるかどうかは、その問いにアシュトン卿がどう答えるかにかかっていた。


アシュトン卿も、それを分かっていない筈はない。

無言で掛けられる圧力に、普通の人間ならば青ざめ慈悲を乞うところだ。だが、アシュトン卿は平然としていた。

それどころか、少しばかり驚いたような表情を浮かべてみせる。


「いえいえ、そんなまさか、他意などはございませんよ。私もこれまでは傍観しておりましたが、殿下を次代の皇帝へと祈る者の一人ですからな。こう見えましても、殿下の崇高なお考えに魅せられた憐れな羊の一人にございます」


止めどなく流れるように告げられた台詞は、マティアスの機嫌を取るものだ。理解しながらも、マティアスは悪い気がしない。

抜け目のない、油断のならない男だとアシュトン卿を評しながらも、マティアスは多少、警戒を解いた。


それよりも、アシュトン卿の姿は何かに重なる──そう考えて、マティアスはすぐその答えに行き着いた。

ユナティアン皇国の権力者キュンツェル宮廷伯だ。

彼もまた、本心を悟らせないまま抜け目なく立ち回る。

一番の違いは、その権力が数多に認められているか、妻にも馬鹿にされるほど爪を隠しているかだろう。無論、アシュトン卿は後者だ。

さすがに、マティアスもその程度のことは読めていた。

問題は、だからといってアシュトン卿の魂胆を簡単には掴めないことだった。


マティアスは、アシュトン卿に圧を掛けるように目を細める。

だが、アシュトン卿は全く動じない。むしろ、余裕綽々といった体でマティアスの視線を受け止めた。


アシュトン卿にとって、マティアスは経験も浅い青二才に過ぎない。

これまでマティアスの周囲に居た貴族は、いわゆる宮廷貴族だった。政治や商売で数多の泥臭い駆け引きをして来たと言っても、アシュトン卿やキュンツェル宮廷伯のように、一歩間違えれば己の命さえ危うくなるような仕事に手を付けた者はほとんどいない。

だからこそ、彼らはマティアスの覇気に気圧されたのだ。

そこには、マティアスが皇族であるという事実も大いに影響を与えていた。


ただ、マティアスが()()()持って生まれた皇族という地位は、一片たりともアシュトン卿の命を脅かさない。

むしろ、小さなドブネズミが必死に虚勢を張っているようにしか見えなかった。


とはいえ、アシュトン卿がそう考えていると知られたらマティアスの機嫌を損ねることになる。恐怖を感じることは決してないが、面倒なことに変わりはない。

簡単に踏みつぶせるドブネズミとはいえ、足元をうろちょろされ、さらに靴に齧りつかれたりしたら煩わしいことこの上ない。それと一緒だ。


内心で小さく息を吐き、アシュトン卿は一旦マティアスの機嫌を取ることにした。

アシュトン卿の本願を達成するためには、しばらくはマティアスには()()()()()()()()()ならない。


胡乱な表情を隠さないマティアスに、アシュトン卿は多少、大げさな仕草で肩を竦めてみせた。


「大したことではありません。しかし、殿下にお力添えいただくにしても、こちらが誠意を見せぬわけにはいかぬでしょう」


誠意、という言葉にマティアスはピクリと反応した。

綺麗に言葉を飾ってはいるが、アシュトン卿が言わんとしていることは明らかだ。

彼は、マティアスに何かしらの貢物をしようとしている、ということである。


「殊勝な心掛けだな。それで、お前は一体私に何を捧げようと言うのだ?」


尊大に、マティアスは問う。

アシュトン卿は恭しく首を垂れた。だが、その両眼は抜け目ない光を放っている。


「殿下は、この地にある森で狩りをしていらっしゃる。その()()を捧げたく」


マティアスは片眉を上げた。警戒の色は消えないが、アシュトン卿が見せた従順な態度に多少は心を開いたようだ。

小さく鼻を鳴らして、マティアスは言い放つ。


「私の獲物は、そこらの獲物とはずいぶん違うぞ」

「無論」


アシュトン卿は動じない。

彼はどこまでも恭しい態度を崩さない。


「殿下のお志は他のどの皇族とも異なります故。不肖このアシュトン、殿下が必ずや気に入るであろう獲物を用意して参りました」

「して、具体的には?」


誤魔化しは許さないとでも言いたげに、マティアスは追及を緩めなかった。

アシュトン卿は更に首を垂れた。

表情が、マティアスからは見えなくなる。

くぐもった声で、しかしはっきりとアシュトン卿は告げた。


「ヴェルク近郊にて、皇帝陛下に反旗を翻すならず者共がおります。火の手が上がり、しかしその反乱はかつてのヴェルクの乱より小規模に終わるでしょう」


そこまで告げて、ちらりと上目遣いでアシュトン卿はマティアスを窺う。

マティアスは少しばかり面白がるように頬を緩めている。本人は一生懸命無表情を取り繕おうとしているが、隠しきれていない。

内心の嘲弄を綺麗に隠して、アシュトン卿は核心に触れた。


「皇帝陛下に反旗を翻す逆賊共は、首謀者含め全て、妻子に至るまで全て捕らえ処刑となります。しかしながら、陛下にそのような些事でお心を痛めていただく必要もございません。さらに、逆賊共の行く末を気に掛ける者もおりますまい」

「──なるほど」


ようやく、自分の予想通りだったとマティアスは確信を持つ。

確かにアシュトン卿はマティアスの趣向を理解し、寸分も違わぬ貢物を用意したのだ。


「その反逆はお前が唆したのか?」

(たま)さかにございますよ」


諮ったわけではないと、アシュトン卿は嘯く。

あくまでも偶然、ヴェルク近郊で都合よく逆賊共が武力で抵抗を試みたというのだ。

もちろん、そんな話を信じるマティアスではない。

アシュトン卿が自分のために、どうやったか叛意を持つ者たちを煽ったに違いないと確信する。


「いずれにせよ、お前は私の忠臣であることを示したというわけだ」


満足げに、マティアスは鼻を鳴らした。


マティアスの趣味──ローランドやコンラート・ヘルツベルク大公も、ある程度は把握している。

嗜虐的で残虐なことを好む。

今、マティアスとアシュトン卿が居る場所は、そんなマティアスにとっての楽園だ。


深遠な森が広がり、人気(ひとけ)がない。マティアスにとって最良の狩場だ。

古今東西、高貴な身分の者は狩りを楽しむ。狩った得物は勲章の代わりとなり、剥製にすることもある。

だが、マティアスの獲物は普通の獲物ではなかった。


──人間だ。


下着一枚にするのか、それとも刃の零れた剣を持たせるのか、それはその時のマティアスの気分次第だ。

捕まえれば殺すと脅して、森に放つ。

少し待ち、部下を引き連れて追い立てるのだ。

死ぬか生き延びれるか、極限に立たされ必死に逃げようと走り、追い詰められたら大して使い物にならない剣で必死に抵抗する、そんな人間を甚振るように追いかけるのがマティアスの愉しみだった。

本当であれば捕まえられるところを、敢えて軽い傷を付けて見逃す。

そんなことを繰り返し、場合によっては一夜を越えさせる。


森にはもちろん、野獣も居る。

適当に松明を持ってやれば、逃走者は落ち着いて眠ることもできない。


獲物はたいてい、部下に攫って来させる。

だが、いつでも簡単にちょうど良い獲物を連れて来られるわけではない。


自分の趣味が万人に受け入れられるものでないことは、マティアスも承知していた。

父である皇帝カルヴィンも、マティアスの嗜好には呆れ顔だ。だが、そのカルヴィンでさえ、マティアスの趣味がここまで変わったとは知らないはずである。

カルヴィンは子供に関心がないから放置されているが、マティアスの趣向が原因で問題が起これば、すぐにマティアスを切り捨てるだろう。

それが分かっているからこそ、マティアスは秘密が漏れないように万全を期していた。


そこへ、アシュトン卿の提案だ。

皇帝への反逆を企てた者ならば、いずれにせよ死刑になる命である。手段が多少異なるだけで、結末は同じだ。

それならば、マティアスを満足させられるというだけで、彼らは最後に善行を積んだとも言える。

誰に責められることもなく、人を攫うという面倒な手順もなく、しばらくは愉しめそうだ──そう、マティアスは計算した。

何気なくアシュトン卿に尋ねる。


「反逆者共は何人くらい居る?」

「正確なところは分かりませんが、処刑の対象となる者だけで百はいるでしょう」

「百か。女と子供は何人だ?」


女と子供は体力がない。森で狩るにはあまり適さない。

だが、それはそれで別の楽しみ方があるというものだ。

夫や父の前で甚振り、彼らの怒りと絶望を煽るのも良い。


そんなマティアスの内心を知ってか知らずか、アシュトン卿はあっさりと答えた。


「そうですな。女で五十、子供で二、三十と言ったところですか」

「男も二、三十ということか?」

「左様でございます。もう少し多いかもしれませんが、老婆も多いものでしてな」

「なるほど」


それは良いことを聞いたと、マティアスはにやける。

既に心は反逆者を捕まえた後の計画に浮ついている。


「アシュトン卿。貴殿を、側近の一人に加えよう」


あっという間に警戒を解いて、マティアスはアシュトン卿に告げる。

アシュトン卿は、上げていた頭を再び下げた。


「有り難き幸せ」


だが、伏せたアシュトン卿の双眸には、ほんのわずかにマティアスを蔑む色が浮かんでいた。








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