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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第二部 王太子妃は悪を目指す

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14. 皇国からの密使 1


スリベグランディア王国にある王宮の一室で、リリアナとライリーは顔を見合わせていた。

様々なことが一段落つき、茶を飲んで午後の休息を取っていた時である。

二人の前には、懐かしい人が立っていた。


前触れはなかった。通常、他国の重鎮が来る時は必ず書簡が届く。

日程調整をしてようやく会談という流れなのだが、その人物は、様子を見ていたのかと言いたくなるほどのタイミングで、唐突に姿を現わした。


「──ドルミル・バトラー殿。できれば事前に知らせていただけると有難いのだが」


ライリーが、控えめに苦情を申し立てる。

仕立ての良い服に身を包んだ、ユナティアン皇国第二皇子ローランドの右腕は、考えの読めない表情で淡々と答えた。


「それでは時間ばかりが掛かってしまいますし、なにより知られたくない者たちに知られてしまいますので。お忙しいかと思いましたので、こうして休憩される時を見計らって伺ったのですよ」


舐めているのかと言いたくなるような態度だが、ライリーとリリアナは腹を立てない。

深く交流して来た相手ではないが、それでも二人ともバトラーの性格は薄々把握していた。

それほどまでにローランドの愚痴を聞いて来たとも言える。

それどころか、ライリーは生真面目な顔で「そうではなく」と首を振った。


「来ると分かっていたら、茶菓子を用意した。残念だ。ここには私とサーシャの茶菓子しかない」

「プロムベルク公爵夫人からの贈り物ですのよ」


リリアナも、しれっと言葉を付け加えた。

すなわち、贈り物だから簡単に渡すつもりは毛頭ない、という意味である。


ライリーは微笑を浮かべた。

元々それほど食事に興味がないリリアナだが、プロムベルク公爵夫人はライリーの書簡を参考に、リリアナが好きそうな菓子を見繕ってくれる。実際に、夫人からの贈り物はリリアナの口に合うようだ。

菓子を口にしてほんのり頬を緩めるリリアナを見るのが、ライリーの楽しみである。


客人を前に失礼な態度ではあったが、バトラーは全く気に留めなかった。


「お気遣いには及びません。甘味はそこまで好まぬものでして」


どこまで本気かは分からない。

だが、ライリーとリリアナは額面通りに受け取ることにした。

当然のようにバトラーも意に介していない。それどころか、彼は楽しげに口角を上げた。

目は笑っていないが、機嫌は良さそうだ。


「それで、今日はどうしてこちらに? 皇国でも屈指の策略家と名高い宰相補佐殿が、わざわざ足を運ばれるということは、重要な用件があるのだろう?」


わずかに目を細めて尋ねたのは、ライリーだった。さりげなく手で対面のソファーを指し示す。


「これはお気遣い感謝いたします」


慇懃無礼な口調で礼を言い、バトラーはソファーに腰掛けた。そして、彼は「そうですね」と口を開いた。


「休憩時間にお邪魔している身ですし、あまりに長居をしても他に気取られてしまいますからね。単刀直入に申し上げましょう」


そう言って目を瞬かせたバトラーの纏う空気が、変わる。

これまでも抜け目のない宰相補佐であり、ローランド皇子の右腕として過不足ない立ち居振る舞いはしていた。ただ、それはあくまでも脇役として相応しい程度の気配だった。

だが、今のバトラーが滲ませた空気は全く質が違う。


圧倒的な力で他者をねじ伏せる、王者の覇気だ。


ライリーは息を飲む。

気圧された訳ではないが、予想外のことでさすがに驚きを隠せない。

一方、リリアナは落ち着き払っていた。そもそも、バトラーは魔王レピドライトだ。むしろこれまでのように、宰相補佐やユナティアン皇国皇子の右腕に収まっていたことの方がおかしい。


そんな二人を順番に眺めて、バトラーは満足げに目を細めた。

リリアナが自分の正体を把握していることは分かっていたが、ライリーが驚きながらも動じなかったことを評価したらしい。


「なるほど、やはりお認めになっただけはある」


低くバトラーは呟いた。

一体誰が、誰を認めたのか。

明言しないが、ライリーはローランドのことだろうと見当を付ける。リリアナも同じように考えたが、なんとなく釈然としない気持ちが残った。

だが、その理由は分からない。

内心でリリアナは首を捻ったが、バトラーは説明する気などないらしく、あっさりと話題を変えた。

同時に、放たれた覇気が消えて元の多少地味な男に戻る。


「そろそろ本格的に、ローランド皇子殿下を玉座に据えようかと思いまして」

「────」


ライリーとリリアナは無言だ。

あっさりと告げられた内容が、あまりにも重たい。それに、他国の人間が聞くような話でもない。

呆気にとられたというより、呆れ果てているといった方が適切だった。

特にリリアナは如実である。それほど表情が変わらないが、何となく目が細くなっていた。

ちらりと横目でリリアナの様子を窺ったライリーは、そんなリリアナの反応に小さく笑みを零す。

幼いころはほとんど作られた表情しか見なかったのに、初めてリリアナがライリーの前で涙を見せた頃から、徐々にリリアナの表情は色を見せるようになっていた。

その変化からリリアナの感情を正確に察せられるのは、長年彼女に付き添った侍女のマリアンヌとライリーくらいで、それがライリーには嬉しい。


とはいえ、今はそんなリリアナの変化を楽しむ時間ではない。

ライリーはバトラーに向き直って、微苦笑を浮かべてみせた。


「それは唐突な話だな。昔から考えていたのだろうが──それを今、私たちに言う理由は?」


バトラーは、八年前からローランドの側付きだった。当時からローランドを支持していたとライリーが考えても不自然ではない。

ただ、実際はローランドを玉座に据えようという強い気持ちがあったわけではなかった。

後継者争いに名乗りを上げていない、しかし能力がそれなりにある皇族の影に隠れられたら良かった。

元々のバトラーは魔王レピドライトの記憶を取り戻していたわけではなかったが、政治の表舞台に立つ気は全くなかったのだ。

それは、魔王レピドライトの封印が解けたときに、器として万全の状態を保つため、必ず守らなければならない最低条件だった。


だが、その条件は解除された。

魔王レピドライトが、自身を含めた何よりも大事にしていた存在──妖精姫(フィオンディ)

彼女と全く同じ魂を持つ存在が、スリベグランディア王国に居たのだ。

そして、その人はリリアナを何よりも大切に想っていた。調べたところ、どうやら彼女はリリアナに命を救われたという。


その時点で、バトラーの行動を無意識に制御していた枷が外れた。

同時に、ローランドも皇位争いに積極的になった。

バトラーの行動を阻む者も、理由もなくなった。


「我が国の皇帝が変われば、無論スリベグランディア王国も無関係とはいきません。また、ローランド皇子殿下は、玉座を得ればスリベグランディア王国とは対等に、友好な関係を築くおつもりです」

「それは我が国としても歓迎するが」


ライリーは答える。

これまで、幾度となく隣国はスリベグランディア王国に侵略を試みた。

皇家は地方領主が勝手にしたことだと言って憚らなかったが、ケニス辺境伯領もカルヴァート辺境伯領も、何度も隣国との小競り合いに手を煩わされている。

もちろん、背後に皇族が関わっていることに疑いはない。良くも悪くも、皇国貴族はユナカイティス皇家に絶対的に服従しているのだ。皇帝が一言禁じれば、国境侵犯はなくなるだろう。


バトラーは淡々と続けた。


「とはいえ、ローランド皇子殿下が玉座を得るのも容易い話ではありません。皇国も多種多様な思惑が絡み合っておりましてね。利害関係もこの上なく複雑です。長い年月に渡り続いているものですから、もはや解こうにも解けない糸のようなものなのですよ」


少し考えて、ライリーは「なるほど」と頷いた。


「絡まって丸く固まった糸は、切り捨てた方がその後は楽になるな」

「仰る通りです」


バトラーは我が意を得たりと口角を上げる。

つまり、ローランドが皇位継承争いに勝利する道すがらで、バトラーは面倒な派閥を全て始末するつもりなのだろう。

恐らくは穏便な手段は一切取らないに違いない。ライリーもリリアナも、何となく想像はつく。

しかし、過激な手を使わない限り、皇国に巣食う海千山千の老獪たちはいつまでも強かに生き残り続けるに違いない。


それでも、まだバトラーの真意は掴めない。

スリベグランディア王国に協力を求めなければならないような戦力不足でもないだろう。

第一皇子が逝去し、第一皇女ヴァネサが一線を退いてから、ローランド陣営は着実に強大化していると情報を掴んでいる。

リリアナに至っては、バトラーが魔王レピドライトの記憶と魔力を取り戻したことも把握していた。当然、魔族でありレピドライトに忠誠を誓う魔族も、バトラーの指示に従って動くはずだ。

もっとも、魔族が人間の皇位争いに関与するのかは定かではないが、多少の力は貸す可能性がある。

つまり、ローランドがユナティアン皇国で皇位継承権争いに負ける要素はほぼないのだ。


静かにバトラーの言葉を待つライリーとリリアナを前に、バトラーは何でもないことのように告げた。


「その際に、()()()()()()殿()()()()()()()()()()()()()()協力できるのではないかと考えております」

「──私たちが計画?」


ライリーが慎重に尋ねる。

ユナティアン皇国が絡む計画と聞いて、思い当たる節は二つしかない。


一つは、オルガを囮として大禍の一族を壊滅させること。

そしてもう一つは、捕らわれたジルドを取り戻すことだ。


そのどちらを、バトラーは言っているのか。

それとも、両方を意図しているのか。


普通に考えれば、バトラーが情報を掴んでいる可能性が高いのは、ジルドの件だろう。

だが、バトラーの底力は計り知れない。


「ええ」


バトラーは笑った。

彼が初めて見せる本心からの、面白がるような表情だった。


「護衛を──オルガという護衛を囮にして、皇帝の黒き狗を殺すおつもりでしょう?」


皇帝の黒き狗──大禍の一族。


ほんのわずかに警戒を高めたライリーを、バトラーは心底愉快だと言いたげな瞳で見つめていた。






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