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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第二部 王太子妃は悪を目指す

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14.紡がれる計画 4


バトラーは、嗤う。

それは満足の笑みだったが、傍から見るとあまりにも邪悪に満ちたものだった。

さすがのローランドも頬を引き攣らせる。


そんなローランドを前に、バトラーは普段通りの表情に戻った。

完全な無表情でも、笑みを浮かべているわけでもない、本心を読み取らせない鉄壁の仮面。


「そこまで知りたいですか」

「無論だ。清濁併せ吞むからこその皇帝だろう」

「なるほど。蓋し名言ですね。今の陛下は、清濁どころか濁った泥水をお好みのようですが」


唐突に吐き出された暴論に、さすがのローランドもぎょっとする。

彼はバトラーを二度見するが、優秀な右腕は平然としていた。


「俺の宮だから良いものの、お前、時と場合を考えないと首と胴が離れるぞ」


当代の皇帝カルヴィン・ゲイン・ユナカイティスは、全ての権力を掌中にしている。

彼が気に入らないと言えば、その対象物は翌日には地上から永久に消滅する。

そんな存在だ。


だが、バトラーは平然としていた。


「問題ありませんよ」


あっさりと否定して、少し考える。そして、「良いでしょう」と言った。


全てを教える気は、ない。

皇位を狙うからには、真実を自らの手で掴む必要がある。


その真実が、どれほど受け入れ難いものであろうとも──清濁併せ吞むと決意したのは、ローランドなのだから。


「すぐにではありません。しかし、ヴェルクを」


ローランドを振り返り、バトラーはにんまりと笑む。

滲み出る邪悪さに、ローランドは息を飲んだ。

笑みにすら見えない表情に、気を飲まれる。


どこか禍々しさを感じさせる魔力を漂わせ、バトラーはもう一度、告げた。


「ヴェルクを、戦場(いくさば)にします」

「──は?」


呆気に取られたような、ローランドの声。

しかし、バトラーは気にしない。


「ヴェルクで独立戦争がありました。あの時は、暴動に毛が生えたようなものでしかなかった」

「おい、」


ヴェルクの独立戦争。

ユナティアン皇国では封じられた歴史。

だが、一定以上の年齢になれば、誰でも知っている。

数十年前の、現皇帝の治世唯一の汚点だ。


「もしかして、お前」


唖然としたまま、ローランドが問う。

全てを口にせずとも、質問の意図は明らかだった。


バトラーは、ヴェルク独立戦争に加担していたか否か?


だが、年齢を考えれば現実的ではない。

ローランドの前で、バトラーは首を振る。


「私は関与していませんよ。しかし、当時何があったのかは把握しています」


顔の前で、バトラーは右手の人差し指を一本、立てた。


「彼らは準備不足でした。明らかに戦力が不足していたにも拘わらず、主に牙を剥いた。だから、一瞬にして制圧されたのです。頭を使えば良かったのに、力があると過信して頭を使わなかった」


だが、今は違う。

口にはせず、バトラーは思う。


力がある。

バトラーも、魔王レピドライトの魔力と記憶、感情を取り戻した。

魔族は全てではない──だが、腹心の部下は二人、復活した。


黒獅子のアスタロス。

蟲のベルゼビュート。


大禍の一族も、徐々に鍍金が剥がれ始めている。

本家は分家を煩わしがったが、彼らのやり方は自らの手足を捥ぐ行為でもあった。


なにより、スリベグランディア王国。

王太子は破魔の剣を手に入れ、王太子妃は魔王レピドライトの魔力を一部、受け継いだ。

もはやユナティアン皇国が侮って来たスリベグランディア王国ではない。


己を過信した時にこそ足元を見なければ。

夢を追いかけ空を見続け、浮いた足は誰にでも掬える。


「なぜ、ヴェルクで独立戦争が起こったのか、ご存じですか?」


バトラーは尋ねる。

もちろん、ローランドも学んでいた。

二度とヴェルクの悲劇を起こさないために、帝王学に組み込まれている。

だが、あくまでもそれは表面的なことに過ぎない。


そこで学んだことはバトラーが求めていることではないと、ローランドは直感する。

しかし、あいにくと答えはない。


無言で自分を見つめるローランドに、バトラーはにっこりと、今度こそ笑みを向けた。


「それを知るために、ヴェルクへ行きましょうか」


これから、戦が起こると宣言したその口で──ローランドを誘う。

死地に赴けと言わんばかりの言い様だ。

だが、ローランドは躊躇わなかった。


何のために、自分は力を着けたのか。

最初は、イーディスを守るためだった。

スリベグランディア王国に預けて妹の安全を確保しようという気持ちは、自分より遥か年下のリリアナの言葉で潰えた。


他人の手に任せて後悔するのであれば、己の全力を出し切ってから後悔すべきだ。


その一心で、ローランドはこれまでの年月を生きて来た。

いつしかイーディスを守るという目的は、皇位を得るという野望に変化した。

そのためにもっと力が居ると、知識も知恵も居るのだと、次々と足りないものを見つけた。

諦める選択肢はなかった。


ユナティアン皇国で、皇位継承権争いに名乗りを上げる。


背水の陣だ。

撤退は、すなわち死を意味する。

継承権を放棄したとて、それを額面通りに受け取る義母兄姉弟妹であれば、皇国はもっと平和だっただろう。


だから、ローランドはがむしゃらに生きて来た。

その中でブロムベルク公爵夫妻の支援を得ることもできた。

バトラーも、変わらず傍に居る。


優秀な右腕は物騒だが、嘘は言わない。全てを詳らかにすることもないが、彼はローランドが知り得ない情報を持ち、遥か先を見通している。

何より、この男を──胡散臭いにもほどがあるドルミル・バトラーを信じると決めたのは、他ならぬローランド自身だった。


「わかった」


迷いはなかった。

驚きはしたが、それだけだった。


しっかりと拳を握って、ローランドは真っ直ぐにバトラーを見つめる。


「そこに、俺の帝道があるんだな」


バトラーは、一瞬目を瞠った。

だが、すぐに目を細める。


「ええ、必ずや繋がる道となるでしょう」


普段と変わらない表情の中に、彼の満悦が見えた。



*****



ユナティアン皇国の第三皇子、マティアスは客人を前に満足げな表情を浮かべていた。

ここは、彼が持つ屋敷の一つだ。

皇都トゥテラリィから馬車で西に向かうこと、およそ一週間。

ヴェルクにはまだ距離があるが、人も少なく落ち着いた町である。

景色も良く、何よりも深遠な森がある。それが、ここに屋敷を構えた一つの理由だった。


だが、その森をどう使っているのか、マティアスは誰にも教えたことがない。

腹心の部下はもちろん把握しているが、口が軽い者は全て身の回りから排除している。

だから、マティアスは客人の来訪を聞いた時も、意外に思いこそすれ警戒はしていなかった。


「こうして貴殿と話す機会はなかったな、アシュトン卿」


鷹揚な口調で、マティアスは告げる。

アシュトン卿──オルマーシ・ホープ・アシュトン。

彼は子爵でありながら、ユナティアン皇国を影で支配していると言われていた。

マティアスも、全てを把握しているわけではない。だが、アシュトン卿は皇国内の権力図を覆すだけの武力があると認識している。


そのアシュトン卿から、内密に第三皇子(マティアス)へと連絡を貰ったのが、つい数ヵ月前のことだった。

突然のことに驚きはしたが、アシュトン卿が派閥に入るというのであれば、かなり強力な戦力になる。

特に、これまでは皇位継承権争いに名乗りを上げていなかったコンラート・ヘルツベルク大公が参戦した今、マティアス目下の悩みは戦力不足だった。

第二皇子ローランドの手勢であれば自分の私兵でも十分足りそうだが、コンラート・ヘルツベルク大公は百戦錬磨の緋色の死神(ロータトード)である。さすがに、負ける可能性が脳裏を過る。


アシュトン卿は、気弱そうな笑みを浮かべて、深々と礼をした。


「殿下におかれましては、ご機嫌麗しく」

「それなりに良いとも言えるし、そうでもないとも言える」


愉快だと言いたげに、マティアスは笑い声を立てた。

そして、彼は対面のソファーに座るよう促す。

アシュトン卿は、控えめな仕草でソファーに腰掛けた。居心地が悪そうだ。

そんな相手を、マティアスは意地悪く眺める。


これまで、社交界で遠目にアシュトン卿を見かけたことはあったが、こうして間近でまじまじと眺めたことはない。第一印象通り、ぱっとしない男だなと、マティアスは内心で判断した。

だが、油断は大敵だ。

この毒にも薬にもならなさそうな男が、ユナティアン皇国を大国たらしめているとも言えるのだ。


もっとも、マティアスも噂話を完全に真に受けているわけではない。

自分の子飼いの部下に探らせたが、アシュトン卿は領地に私兵を有しているものの、それほど強大な戦力を持っているわけではないのだ。ユナティアン皇国の戦力を、アシュトン卿が一人で握っていると判断するのは明らかに無理筋だった。

とはいえ、戦力と一言でいっても様々な意味がある。

アシュトン卿の力は純粋な武力ではなく、情報戦やそういった類のことかもしれないと、マティアスは見当を付けていた。


「それで、今日はどうした。先日、貴殿から受け取った書簡には、貴殿が我が派閥に与することはしばらく公にしたくないとあったと思ったが」

「いかにも、その通りにございます」


アシュトン卿は恭しく首を垂れる。しかし、アシュトン卿は臆することなく、皇族であるマティアスにひたと視線を当てた。

思った以上に強い眼光に、マティアスは一瞬気圧される。

しかし、すぐに精神を立て直した。次期皇帝の座を狙っている以上、一介の子爵などに怖気づいていると思われたくはなかった。


「皇都トゥテラリィであれば、殿下に拝謁を賜ればすぐさま噂になりましょう。しかし、ここは人気のない(ひな)びた土地にございます。老いぼれ一人が訪れたとて、気にする者はおりますまい」


マティアスは鼻で笑う。アシュトン卿の言いぐさは、彼にとっては大して面白みのないものだった。

冷めた視線でアシュトン卿を冷たく射抜く。


「戯言はどうでも良い。俺に用があったのか、土産話でもあったのではないのか。それとも何か願い事があって来たのか?」


苛々としながら、マティアスは窓の外に視線を向ける。

外には、深遠な森が広がっていた。眺めていると、それだけでそわそわしてくる。

アシュトン卿が来るというから今日の愉しみを延期したというのに、無駄な時間を浪費したくはない。

そう思っていると、アシュトン卿は感情の読めない笑みを浮かべて、低く尋ねた。


「殿下は、今も森を使()()()()()()()()()()のですかな」


マティアスの表情が、固まる。その変化はごくわずかで、他人に気取られるほどではなかった。

だが、アシュトン卿の茫洋とした瞳はくまなくマティアスの変化を観察していた。


「──森を使うとは、どういう意味だ、アシュトン卿」


静かに、ゆっくりと、マティアスは首を巡らせてアシュトン卿と向き合う。

その顔には、これまで一切貴族たちに見せたことのない、酷薄な色が浮かんでいた。





帝道:帝王の行う政道。仁道を主とする政道。



別シリーズの「公爵令嬢は、死んで宿敵騎士と王国を盗むことにした~闇の女王と真贋の迷宮~」の第1部が完結しました。

婚約破棄後の異世界恋愛の皮を被りつつ、中身は由畝節のサスペンス風味な国家簒奪となっております。「しゃべりません」よりストレス値は低くヒロインがつよつよです。

14万字ちょっとで読みやすい(?)作品となっておりますので、お茶請けに読んでいただけると嬉しいです。

https://ncode.syosetu.com/n4272lr/

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