13.詭計と密謀 6
魔力の動きがおかしい。
そう言われても、リリアナは自分で意識しているわけではない。
もはや無意識のうちに動かしているのだから、ライリーの質問にどう答えれば良いのか、すぐには判断が付かない。
それでも、黙っていては疑惑を強めるばかりだ。
リリアナは、腹を括った。
全てを話すわけにはいかない。
カマキリの存在を、ライリーに知られるわけにはいかない。
知られてしまえば、リリアナが徹底的に隠して来た自身の出生も、身に流れ込んだ魔力の正体も──流れ込んだ、魔族のそれと酷似した魔力になぜ体が耐えられているのかも、全てを詳らかにしなければならない。
それだけは決して喋らず、墓場まで持って行くと、リリアナは己に誓っていた。
「──わたくしは、ジルドを取り戻すと決めました」
ライリーは黙っている。リリアナの誓いは、彼も良く知っていた。
決して表には出さないが、リリアナはジルドやオルガ、マリアンヌを大切に思っている。
ジルドの身に起こったことを知った時の怒りは、激しくはなかったがどこまでも深かった。
静かに、ライリーはリリアナの言葉に耳を傾けている。
だから、リリアナはそのまま話を続けた。
「あの国は、大禍の一族と表裏一体でしょう」
突然出て来た、最強最悪の刺客集団の名前。
ライリーは一瞬、驚く。しかし、すぐに平静を取り戻し、彼は慎重に答えた。
「表裏一体──とまでは言えるか分からないけれど、ユナティアン皇国の国力は大禍の一族に依存していると言っても差し支えないだろうね」
ユナティアン皇国は強大だ。
土地が大きいことも理由の一つだし、軍事規模も大きい。
以前であればユナティアン皇国一強と言えるほどの国力差があったが、最近はスリベグランディア王国も引けを取らなくはない。
幼いころから、ライリーが着実に王立騎士団の増強を計画し、ジルドたち北の移民を戦力に加えたことも原因の一つだ。
それでも、どうしてもスリベグランディア王国はユナティアン皇国に勝てない。その決定打が、大禍の一族だった。
スリベグランディア王国の高位貴族も一族の顧客だったと言えるだろう。
先王時代──ライリーの祖父がスリベグランディア王国を治めていた時に起こった政変は鎮圧されたが、その時にも大禍の一族が関わっていたと言う話だ。
「ええ、そうなのです」
リリアナは微笑を浮かべる。
普段と変わらない、穏やかな微笑だ。だが、ライリーにはそれが、意味深に見えた。
「サーシャ?」
「ですから、ジルドを取り戻すのであれば、大禍の一族を一掃すべきだと思いましたの」
「ちょっと待って、理屈が幾つか飛んでいるよ」
ライリーは苦笑し、降参の形に両手を上げた。
リリアナは非常に能力が高い。ライリー以外と話す時は、相手の理解力を慮って多少は筋道立てて話をするものの、ライリー相手の時は時折容赦がなくなる。
それがライリーにとっては特別視されているようで嬉しいのだが、以前それをクライドやオースティンに言ったところ、奇妙なものを見るような目をされてしまった。
「飛んでおりますか?」
きょとんと、リリアナはライリーを見つめる。楽しげに視線を返して、ライリーは「うん」と頷く。
もっとも、リリアナは敢えて説明を飛ばしたのだが──さすがに、ライリーは誤魔化されなかった。
「大禍の一族を一掃する、というのは、当初の目的通りだから異論はないよ。ただ、彼らとジルドがどう繋がる?」
リリアナは、少し考える。
何をどこまで話せば良いのか、確信には至っていない。
しかし、婚約者時代とは違い、ライリーとはいつでも部屋を行き来できるのだ。
何も言わないでいると、リリアナの部屋の異変を感じ取ったライリーが突撃して来る可能性もある。
探るように、リリアナはライリーを見つめた。
真摯な青い瞳が、真っ直ぐに向けられている。
その表情を見て、リリアナは唾を飲み込んだ。無意識に、両手でスカートを握る。
覚悟を決める、というほどのものではない。
それでも、これまで偽りで飾って来た少女にとっては、間違いなく勇気のある一歩だった。
「──ジルドは、ヴェルクに囚われています。ヴェルクは大禍の一族が拠点としている、重要な場所と聞いたことがありますので」
ライリーは、目を瞠る。
リリアナの破天荒にはだいぶ慣れた自負があったが、それでもさすがに意表を突かれた。
「大禍の一族の拠点? ヴェルクが?」
「そうですわ」
つい先日、燃やされたゼンフの町が一族の根城だったことはライリーも把握している。もちろん、彼らの本拠地がユナティアン皇国であることも承知の上だ。
それでも、皇国のどこに彼らの根城があるのかまでは、さすがに把握できていない。
「サーシャは、それをどこで知ったの?」
当然のように、疑問は出て来る。
リリアナは小さく笑った。
嘘を吐くこともできる。
これまでのリリアナは、そうして来た。
必要以上に話をしなければ、あとは勝手に相手が想像で補ってくれる。
それなのに、今回はなぜか少し、気が変わった。
「わたくしにも、少しばかり伝手がございまして」
「伝手?」
ライリーは目を丸くする。
だが、リリアナが想像していたよりは驚きも大きくないようだった。
リリアナが、誰も知らない情報網を構築していることは、さすがに予想が付く。
当然のように、ライリーはリリアナが独自の人脈を──それもあまり表には出せない類のものを持っていると想定していた。
そんな彼にとって一番の驚きは、リリアナが伝手があると言ったことそのものだった。
まさか、リリアナが自ら告白するとは思ってもいなかったのだ。
これまでのリリアナの言動を見ていれば、今回も適当にはぐらかされると考えるのが自然だった。
きっと誤魔化されるだろうと思いながらも、ライリーはいつもリリアナに尋ねてしまう。
今回はもしかしたら心を開いて打ち明けてくれるかもしれないという希望は、幼いころからライリーの心にあった。毎回裏切られても、諦めることはない。
そんなライリーを、オースティンは執着だとか諦めが悪いとかしつこいだとか、散々言っていた。クライドは驚きながらも、戸惑いを隠せていない様子だった。
だが、その執念が今回、実を結んだようなものだ。
完全にリリアナが全てを打ち明けてくれたわけではないが、間違いなく重要な一歩である。
心中でこっそりと感動に打ち震えているライリーには気が付かず、リリアナは「ええ」と頷いた。
「大した伝手ではないのですよ。ジルドが以前、傭兵として活躍していた時に、裏社会の情報屋と知り合いだったのです。その繋がりで、わたくしも、大禍の一族がユナティアン皇国第二の都市ヴェルクを根城にしていると知ったのです」
少し言い訳染みた口調も混ざってしまったが、問題はない。
リリアナは、嘘は吐いていなかった。
「なるほど。ヴェルクが、一族の拠点か。そう言われると、納得できるところもあるね」
俄かには信じがたいと、疑うこともできたはずだ。だが、ライリーはすぐにリリアナの言葉を受け入れた。
リリアナは唇を引き結ぶ。頬がむずむずとして、くすぐったい気持ちだった。
なぜ信じたのかと、ライリーに尋ねることもない。
薄らと、ライリーは自分を疑わないと知っていた気がする。根拠はないのに、リリアナは自然とそう思っていた。
長年かけて徐々にライリーが築いた関係性が、リリアナの心に確かな証を残しているのだが、リリアナもライリーも自覚はない。
代わりに、リリアナはライリーに尋ねた。
「ウィルも、心当たりがあるのですか?」
「まあね」
ないとは言わないと、ライリーは肩をすくめる。
彼の脳裏をよぎったのは、かつて訪れた時に出会した『フィンスタ・ヴェルク』だ。
ヴェルクの暗黒面──そう呼ばれる闇市一番の見世物は、闇闘技場だった。当時のライリーは純粋に、単なる金儲けの手段だと思っていたが、ヴェルクが大禍の一族の根城なら話は変わる。
「闇闘技場があっただろう? あの闘技場が単なる賭場ではなくて、一族の隠れ蓑だったとしたら、納得感は高いと思ったんだ」
「ああ、ございましたね。わたくしも闇闘技場と彼の一族を重ねて考えたことはございませんが、確かに、闘技場を全面に押し出せば、誰も大陸最強の刺客集団が胴元だとは思いもしないでしょう」
「コンラート・ヘルツベルク大公が闘技場に出没していたのも、彼らにとってはやり易かったんだろうね。皇族が出入りしているとなればお目溢しされていたも同然だし、一族がユナティアン皇国にとってなくてはならないものなら尚更、安全地帯だっただろう」
とんとん拍子に、ライリーとリリアナの会話は弾む。
腕を組んで納得していたライリーは、ふっと顔を上げた。
「それで、サーシャ。あの刺客集団がヴェルクに拠点を置いているとして、ジルドを助ける方策は? 具体的に、計画は決めているの?」
その言葉に、リリアナは美しく微笑む。
そして、少女は艶やかに告げた。
「ええ、それをこれから決めようと思いますの」
王宮を覆った、巨大な結界。
その端に、リリアナの待ち望んでいた人の気配が触れていた。









