13.詭計と密謀 5
ライリーは、違和感を覚えていた。
その原因はリリアナだ。
婚姻を結んでからだいぶ落ち着いていたリリアナだが、ここ最近は少し態度がおかしい。
近衛騎士のエミリアや侍女のマリアンヌにそれとなく尋ねても、二人は不思議そうな顔をしていた。
傍から見れば、全く普段通りらしい。
だが、ライリーは間違いなくリリアナの変化を敏感に感じ取っていた。
「具体的にどこが──というわけじゃないんだけれど。もしかしたら、魔力かな?」
ライリーは、婚姻を結んでからというもの必ず食事はリリアナと摂る。
運ばれて来た昼食をゆっくりと味わいながら、ライリーはこっそりとリリアナの様子を観察していた。
一番強く感じるのは、破魔の剣を手にしている時だ。
だから、リリアナの体内にある魔力が普段と違う動きをしているのかもしれない。
とはいえ、ライリーができるのはリリアナの魔力を感じることだけだ。魔術の天才ベラスタ・ドラコのように、魔力を視認できるわけではない。当然、確証があるわけではなかった。
それでも、放置するわけにはいかない。
心を決めたリリアナが、誰にも相談なく一人で暴走するのは身に染みて知っている。できれば、リリアナが一人でなにかを決めて行う前に、ライリーも関わりたかった。
かつて大公派が国の乗っ取りを企んだ時のように、心理的にも物理的にも、リリアナから遠く離れた場所へ放り出されるのは二度とご免だ。
「サーシャ。話したいことがあるんだけど、少し時間ある?」
その日、昼食を終えたライリーは、何気なさを装ってリリアナに尋ねた。
食後の茶を楽しんでいたリリアナは、目を瞬かせる。きょとんとしたが、すぐに微笑を浮かべて快諾した。
「宜しいですよ。何かございましたか?」
「大したことじゃないと思いたいんだけど、気になることがあってね。政務は関係ないから、部屋に行こう」
リリアナとライリーにはそれぞれ個人の部屋があるが、王太子夫妻として用意された私室もある。
そこに誘えば、今度こそリリアナは驚いた様子だった。
思わずライリーは微笑む。
婚約者だった時代と比べると、随分とリリアナは感情豊かになった。その上、気持ちが表面に出るようにもなったのだ。
もっとも、その変化を敏感に感じ取っているのはライリーとマリアンヌだけだし、ライリーとしても他に理解者が生まれて欲しいとは思わない。
ライリーはリリアナの傍に立って、手を差し出す。
リリアナも心得たもので、素直にライリーの手を取り並んで歩き始めた。
「まだ、政務もお忙しいのでしょうに」
「ユナティアン皇国が、騒がしいからね」
小さく笑ってライリーは答える。
もちろん、リリアナも全て知った上での会話だ。リリアナも、微笑を口角に浮かべた。
「まだ、あちらはヴァネサ皇女殿下の下手人がスリベグランディア王国だとは言って来ませんか」
「そんな気配はかけらも見せないよ。やっぱり、こちらが最初に予想した通り、私とサーシャが葬礼のためヴェルクに足を踏み入れた後で糾弾するつもりなのじゃないかな?」
「そうしてくだされば、こちらとしても有難いのですけれど」
王太子夫妻は共犯者のように顔を見合わせ、意味深に囁き合う。
ヴェルクはユナティアン皇国第二の都市だ。いわば、敵陣真っ只中である。
そんな所で皇族殺しの汚名を被せられたら、一巻の終わりだ。いかに王国の王族であろうとも、ただでは済まない。
王太子夫妻が不当に捕らえられたとしてスリベグランディア王国が挙兵しても、人心を掌握し闘争心を鼓舞する英雄ライリーが居なければ、その攻撃は精彩を欠くだろう。
クライドやオースティンたち側近は当然のように渋い表情だったが、ライリーは、リリアナの提案した作戦に一も二もなく頷いた。
──何食わぬ顔でヴェルクに向かい、ヴァネサ皇女の葬式で弔辞を述べる。
ほぼ間違いなくユナティアン皇国はスリベグランディア王国を非難するだろうが、リリアナは、それを逆手に取るつもりだ。
これもまたクライドは良い顔をしなかったが、ライリーはリリアナに計画の子細を尋ねることはしなかった。
もちろん、リリアナは最後まで隠し立てをするつもりはない。用意が整い、時期が来れば全てを詳らかにする。
とはいえ、現段階では不確定要素があまりにも多すぎた。
足場が安定しないにも拘わらず計画を推し進めるのは、偏にジルドが敵の手に落ちているからだ。ジルドは強い肉体に精神を持つし、体力も目を瞠るものがある。それでも、明日をも読めない状況で捕えられている状況は、間違いなく彼にとって負担になるに違いなかった。
廊下を歩いて角を幾つか曲がり、ライリーとリリアナは王太子夫妻の部屋に到着する。
王族の私的空間だから、食堂よりもずいぶんと静かで人気も少ない。
品の良い装飾品で纏められた部屋に入り、二人はソファーに腰掛けた。
リリアナは対面で座れば良いと思うのだが、ライリーはリリアナの隣を好む。この時も、ライリーは同じソファーに腰掛けた。
「ウィル、お話というのは?」
「ちょっと気になってて、しばらく考えたんだけど答えが出なかったからね。直接訊いた方が早そうだなと思って」
「直接?」
一体何の話だろうかと、リリアナは首を傾げる。
ライリーは楽しそうに目を細めた。
「最近、サーシャは一人で何をしているの?」
単刀直入に、ライリーは疑問を投げかける。
リリアナを相手に、顧問会議の面々とするような腹の探り合いをしても仕方がない。
ライリーもそれなりに腹芸が得意だと自負しているが、リリアナはその更に上をいく。これまで、ライリーがリリアナに勝てたことは終ぞなかった。
そんなリリアナの優位に立つためには、ライリーはリリアナの意表を突かなければならない。
もっとも、いつも泰然自若としている王太子妃は、ライリーの奇襲にも平然としているのだが──案の定、今回もリリアナが顔に張り付けている鉄壁のポーカーフェイスは崩れなかった。
「面白いことを仰いますね。わたくしの行動は、エミリアやマリアンヌが良く存じておりますわ」
「表向きの行動は、ね。でも、貴方のことだから、あの二人にすら気が付かれないように行動することもできるだろう?」
ライリーは肩を竦める。
リリアナの発言はまさに事実そのものだったが、さすがにライリーも誤魔化されはしない。
静かに答えて真っ直ぐにリリアナを見つめると、リリアナの緑の目が深みを増した。ライリーの反応を、本気で面白がっているようだ。
「わたくしへの評価が高いようで、嬉しゅうございます」
「サーシャはこの国随一の魔導士だしね。身をもって、よーく知ってるよ」
言外に、ライリーは過去の話を蒸し返す。
他でもない、フランクリン・スリベグラード大公が存命の頃の出来事だ。メラーズ伯爵率いる大公派が王太子ライリーと国王ホレイシオの失脚を目論んでいた。リリアナは獅子身中の虫として、大公派に寝返ったふりをしたが、その時に彼女はなんの相談もなく、問答無用でライリーやオースティン、果てはベラスタ・ドラコまでを、ユナティアン皇国に転移させたのだ。
お陰でライリーはユナティアン皇国の大公コンラート・ヘルツベルクから破魔の剣を奪えたものの、正直、ライリーにとっては悪夢のような記憶だった。
すぐにそれと気が付いたリリアナは、軽やかな笑みを零す。
随分と時間が経ったにも拘わらず、ライリーの心にはしっかり嫌な記憶として刻まれているらしく、事あるごとに彼は当時のことを口にするのだ。
「あの時のようなことは、する気はございません。今は使える権力も増えましたから」
「善性の君主としては諫めるべきなのだろうけど、そうだね。サーシャにはぜひとも、王太子妃の権力と王太子を最大限に有効活用して欲しいな。そのためにも、有益な道具には事前に情報共有をしておくべきだとは思わない?」
王太子にあるまじき台詞の数々だが、ライリーはこの上なく真剣だった。
彼にしてみれば、とにかく何でも良いからリリアナの単独暴走を抑えたい、その一心である。
だが、さすがのリリアナもその発言には呆れが勝った。
笑みを残しながらも、小さく首を振る。
「そのような言い様をなさいますと、クラーク公爵やオースティン様がお嘆きになりますよ」
「クラーク公爵をすると、クライドが嘆きそうだな」
王太子妃となった後、クライドはリリアナに臣下の礼を尽くす。
だが、珍しくクライドが酔った時、妹が王太子妃になる前に兄妹としての関係をしっかりと築いて交流を持ちたかったと後悔していた。それを知るライリーは思わず突っ込むが、クライドの本心を知らないリリアナは冗談だと受け流した。
「戯れはここまでにいたしましょう。ウィルもこの後、まだ政務や顧問会議の方で話し合いが残っているのでしょう」
「まあ、そうなんだけどね」
顧問会議も国王ホレイシオが出るようになり、また、王太子ライリーを支持する貴族でほぼ占められるようになった今、ライリーの仕事はそれほど負担もない。
軽く肩を竦めて、ライリーはリリアナに向けて顔を傾けた。
「話を戻すけど、サーシャ。最近、色々と陰で動いているよね? 具体的に何をしているのかは分からないけど、貴方の魔力の動きが妙だということは分かるんだ」
そう言いながら、ライリーは腰に提げた破魔の剣を一瞥する。
その視線を追ったリリアナは、平然とした様子を保った。だが、内心では頭を抱えたくなる。
復活する魔王を再度封印するために、破魔の剣は必要だった。
だから、前世の記憶通りにライリーが破魔の剣を入手できるよう、けしかけたのは他でもないリリアナだ。
だが、まさか破魔の剣を介して、ライリーがリリアナの体調や状況を把握できるようになるとは思わなかった。それだけでなく、ライリーはおおよそのリリアナの位置すら、破魔の剣で把握できるらしい。
全くの誤算である。
「魔力の動き──ですか」
どう答えようか考えながら、リリアナは曖昧に答えた。
もちろん、心当たりはある。
テンレックに、元刺客のカマキリを寄越すよう依頼した。その日から、リリアナは王宮に終日張り巡らしていた自分の結界を、弱めたのだ。ついでに、記憶にあるカマキリの気配を結界が感知すればすぐに分かるよう、術式も書き換えてある。
その時に、生来から持っている風の魔力だけでなく、後天的に得た魔王の魔力──闇の魔力に似た力も使っている。魔力暴走を起こさないように体内にある魔力を馴染ませた結果、二つは綺麗に絡み合って、簡単には分離しなくなった。
その全ての変化を、ライリーは感知したのだろう。
言い訳を算段しているのが分かるのか、ライリーは無言でじっとリリアナを見つめる。
痛み始めた頭から意識を逃して、リリアナは溜息を堪えた。









