13.詭計と密謀 4
一体こいつは何を言っているんだ、という顔で、コンラート・ヘルツベルク大公は目の前の使者を睨み据えた。
緋色の死神と呼ばれ恐れられている男を目の前にして、使者は全く動じた様子がない。
それどころか、使者はコンラートの反応をどこか面白がっているようですらあった。
憎々しげに、コンラートは吐き捨てる。
「どうやら貴様は命が惜しくないと見える」
「まさか、とんでもございません。私も人の子、命は惜しいと言うものでございます。今もこうして、恐怖に震えていると申しますのに」
「そのにやけた表情をどうにかしてからほざけ」
普段であれば取り繕えるところだが、コンラートは反射的に毒づいた。
そうでもしなければ、激情のままに使者を剣で切り捨てるところだ。
無論、使者はコンラートが手を出せないと知った上で、飄々とした態度を崩さないのだろう。それがなおさら、コンラートには腹立たしかった。
「まあ良い。今は不問にしてやろう。それで、なぜあの男は貴様という伝令を俺に放っただけで、自分では動こうとしない?」
「無論、我が主は適材適所という言葉を良く存じております。この場はコンラート・ヘルツベルク大公が相応しいと、そう思し召しなのです」
「腕に覚えがないから、下手に自分が出れば首と胴が離れると怖気づいている、の間違いじゃないのか」
あの男は、その道の玄人を多数飼っているにも拘わらず、本人は小心者かと言いたくなるほど慎重だ。
それを揶揄するような、眉間に深い皺を刻んだコンラート・ヘルツベルク大公の発言を、使者は否定も肯定もしなかった。
曖昧に微笑んだまま、微動だにせずその場に立っている。
コンラートは足を組み替え、苛々としたまま小さく息を吐いた。
わずかに目を伏せる。
腹立ちもするが、確かに使者の主は、ユナティアン皇国の裏を知る者にとっては雑に扱えない相手だった。
小さく息を吐いて、コンラートは冷静さを取り戻す。
彼は激昂しやすいが冷めやすい。だからこそ、数多の戦場を生き抜いて来られたのだ。
単に感情的にしかならないのであれば、コンラートは若くして命を散らしていたに違いない。
「まあ良い。あの男が、自分の手足を動かせないだけの理由があるということだな?」
「ご想像にお任せいたしましょう、と主は申しておりました」
コンラートは鼻を鳴らした。
目を眇めて考え込む。説明し難い違和感が、警鐘を鳴らしていた。
使者の主は、決して目立つことはしない。常に陰に潜んでいる。
その上、コンラートがあまり自分の活動に良い顔をしていないことも知っているはずだ。
互いに関わらないという不文律がある。その一線を守っているからこそ、これまでどちらも致命傷を負わなかった。
だが、今回、相手はその不文律を破った。
理由があるはずだ。
その一つは間違いなく第三皇子マティアスだろうと、コンラートは見当を付ける。
とはいえ、それだけであの男が大々的に動き出すとは思えない。
他になにか理由があるはずだ──自らコンラートに接触しようと思う、それだけの理由が。
その理由が分からない以上、コンラートも軽々しく話には乗れない。
承諾したと返答して使者を帰すか。
拒否して使者を帰すか。
それとも、使者の口を塞ぐか。
どの選択肢を選ぶかは、あの男が一体何を企んでいるのかによる。
「なるほどな」
しばらくして、一つの可能性がコンラートの脳裏を過った。
「貴様が言うその村は、嘆きの丘の近くか」
使者は答えない。
だが、それが明確な返答だった。
嘆きの丘。
それは、ヴェルク近郊にある歴史的な土地だ。
かつてユナティアン皇国が帝国と呼ばれ、この大陸のほとんどを支配していた時代がある。
国が終焉を迎えた時、皇帝であり建国の父でもあるレピドライトに従い戦場の第一線で戦った男がいた。
──大公プルフラス。
レピドライトに信頼され、公国を奉ぜられたという。
そのプルフラスの墓が、嘆きの丘にはあるのだ。
建国王レピドライトと、今のユナティアン皇国を治める皇家には強い繋がりがある。
むしろ、レピドライトなくしてユナカイティス皇家の繁栄はあり得ない。
当然、ユナティアン皇国のお陰で栄華を極めているあの男にとっても、重要な場所だ。
「嘆きの丘にほど近い村で暴動があった、ということか。最初からそう言えば良いものを」
コンラートは吐き捨てる。
その時、これまでずっと余裕綽々の態度だった使者の表情が、ほんのわずかに硬くなった。
視界の端でそれを捕らえ、コンラートは薄く口角に笑みを浮かべる。
それは、確信だった。
村の暴動は、嘆きの墓に影響を与えるもの。
暴動の結果によっては、皇国の根底が崩れかねない。
だが、あの男は、それを止めたくとも止められない。
嘆きの丘は、あの男にとって強力な薬であり、同時に猛毒だ。
だからこそ、あの男はコンラートの力を欲した。
暴動を鎮圧できるだけの力があり、レピドライトの血を引く、自由に動ける皇家の男。
該当者は、確かにコンラートだけだ。
第二皇子ローランドも該当するといえばその通りだが、ローランドは嘆きの丘の事実を知らない。当然、皇家の真の姿すらも教えられていない。その状況では、村の暴動を鎮圧するだけで帰還するだろう。
それでは、意味がない。
真に求められていることは、暴動の向こうにある嘆きの丘の鎮静だ。
「良いだろう」
これまでの不機嫌とは打って変わって、コンラートは機嫌よく答えた。
使者の肩がピクリと動く。探るような使者に、皇弟は鷹揚な態度を見せた。
「それなら、俺が出よう。これを機会に、貴様の主に貸しを作っておくのも悪くはあるまい」
にやりと笑うと、使者は深々と頭を下げる。
内心ではコンラートを良く思っていないのだろうが、それこそコンラートの知ったことではなかった。
「しかし、そろそろ新たな媒介者を見つけて欲しいものだな。そうすれば、俺が一々出る必要もなくなる」
「それは無論。現在も、鋭意探しております故、じきに閣下のお手を煩わせることもなくなりましょう」
「そうか。それは僥倖」
使者の発言には圧がある。
言外に、媒介者が見つかればコンラートを生かす必要もなくなると告げているようだ。
だが、コンラートは歯牙にもかけなかった。
「貴様の主に、宜しく伝えてくれ」
余裕の態度で、コンラートは話は終わりだと告げる。
部屋の隅に控えていた執事が、慇懃無礼な態度で使者を部屋から追い出しにかかった。
扉が閉まり、執事と使者の気配が遠ざかる。
コンラートは長椅子に座り直し、片眉を上げた。
使者は、ちょっとした意趣返しのつもりだったのかもしれない。
だが、彼は確かに、じきにコンラートの手を煩わせなくなると言った。つまり、媒介者かその候補が見つかった──もしくは、居るという情報を入手した、ということに違いない。
「いつまでも自分が優位だと思っていると、足を掬われるぞ──アシュトン卿」
アシュトン卿──ユナティアン皇国の子爵だが、その真の姿は大禍の一族の族長だ。
その正体を知るものは、皇国でもごくわずかである。コンラートは、その一人だった。
兄のカルヴィン・ゲインが玉座に就くと決まり、コンラートが臣下として礼を尽くすと決めた時、彼は一族の存在を知った。
もっとも、今のアシュトン卿は数代目だ。コンラートが最初に会ったアシュトン卿は代替わりし、今は全くの別人である。
「まあ良い。奴が動き出したのなら、俺も計画を進めるまでだ」
帝国と呼ばれていたレピドライトの時代には、刺客集団など存在していなかった。
圧倒的な強さがあれば、取るに足らぬ卑怯な暗器など不要だ。
ユナティアン皇国の将来に、大禍の一族はいらない。
それが、コンラートの信念だった。
*****
深遠な森に潜み、オブシディアンは楽しげにけたけたと笑っていた。
その隣に居るジェイドは、表情を全く変えていない。旧友の奇妙な反応にも引いた様子がなく、淡々と夕食の準備をしていた。
「おもしれえ、マジ? お前、マジで飯食わないといけねえ体になっちまってんの?」
「一般人と比べると、食べない方だ」
「いや、そういう話してんじゃねえんだよ」
オブシディアンとジェイドが再会して随分と時間が経過しているが、ジェイドは今日初めて、まともな食事の準備をしている。
その手際の良さから、ジェイドが普段から頻繁に自分で食事を用意していると察せられた。
「お前、伯爵じゃなかったのかよ」
普通、貴族は自分で食事の準備はしない。
騎士なら別だが、ジェイドは表向き、文官だったはずだ。
ジェイドは生真面目に頷いた。
「伯爵だ。ちゃんと使用人も雇っている。だが、一族の仕事で遠出することもあるだろう。使用人は連れていけない」
「いや、そうなんだけどな? それにしても面白ぇわ、お前が狩りして猪かっ捌いて焼いて──ッ!」
笑い過ぎてオブシディアンは地面に倒れ込む。
腹筋が痙攣したようで、目尻に涙を浮かべながら「痛ぇ」と言った。
「それも、その妙な印のせいってことか?」
「そうだろうな。一番ひどい時は、人間と同じ食生活になっていた。不便だ」
「そりゃ酷ぇ」
ようやく笑い止んだオブシディアンは、体を起こす。
胡坐を掻いて膝の上に肘をつき、手で頬を支えた。
「まあ、それもあと少しの辛抱だな。俺が完全に力を取り戻せるのが先か、お前の枷が外れるのが先かってところか」
「正確なところは読めない。過去の文献にも、このような事態はどこにも書いていなかった」
オブシディアンは呆れ顔になる。
「そりゃそうだろうよ」
レピドライトを頂点とした魔族がこの大陸を支配していたのは、遠い昔の話だ。
当時は圧倒的な力で、全てを支配し従えていた。
だからこそ、魔族に連なる魔族と人の混血児、オブシディアンやジェイドが首輪を付けられている状況の方が、長い歴史の中では異常だ。
「いずれにせよ、この村で暴動が起こった時点で、嘆きの丘に何も影響がないってことはないんだ。どうにかして鎮圧しに来るだろうが、それもまた俺たちにとっては、美味い飯の種ってことよ」
オブシディアンはにんまりと笑う。
その表情は、まさに悪魔らしい愉悦に満ちていた。
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[2] 3-2, 10-1, 11-5









