後日譚
「自分から試合を挑んで来たくせに、失神するなんて馬鹿じゃないか、まったく。曲りなりにも剣道を習っているなら、それなりの耐性を持っていろよ。
そもそも騒動の時に、俺がかなり汚い手段を使ったことを覚えていた上での決闘だろう。意表をつく為の方法なんて幾らでも考えられるんだから、ちゃんと準備して置かなかったあいつの方が、むしろ非が有るんじゃないのか。
それを非難する姉も姉だし、他の部員もマジで引きやがったし。根性無しばかりか、あそこは」
一旦言葉を切って、呼吸を整える。
「まあ、それを言ったら学校の連中も根性無しと言うか肝っ玉の小さいと言うか。あんな程度のことでパニックを起こすことも無いじゃないか。
確かに騒動から日が浅かったから、その影響は大きかったかもしれないが、別に俺一人があの事件を起こした訳でもあるまいし。俺を見かけるだけでその恐怖が蘇るなんて軟弱だ、軟弱。
その恐怖だって俺が仕出かした事と直接の関係はなく、伝聞や噂で広がったものでしかないぞ。都市伝説か、俺は」
ソファに寝ながら愚痴り続ける俺は、
「ひたすら独り言を言い続けるなんて、アブナイ人間にしか見えないわよー。ただでさえ評判悪いんだから、これ以上に評判落とすと社会から排除されるから注意なさいー」
「分かっていますよぉ」
台所から響いてくる母親の言葉に対し、声を張り上げて応える。
今は一月も半ば過ぎた夕暮れ時。窓の外に視線を送れば、寒さがそのまま固まったかのような空気の中、中学生達が帰ってゆくのが見える。
少々遅い時間ではあるが、部活の練習でもしていたのだろうか。そんな彼らを見ている俺は、学校にも行かずにこの暖かい部屋で腐っている。先日(去年と表現したほうがしっくり来る)行われた決闘の結果だ。
「愚痴ってばかりいても、仕様が無いでしょう」
夕食の準備は終わったらしい。母が居間へと来た。この香りからすると、今日はシチューか。
「それは、そうだけど…。でも納得が出来ねえ。俺が悪いことをしたと思えない」
「私も悪いとは思っていないわよ。でもあんた、やり過ぎよ。こんなもんで済んだのだって、ほら武術の先生が尽力してくれたからでしょ」
「師範か。確かに悪い人ではなかったけどね。初めて挨拶した時も謝ってくれたし」
「まあ、そうでしょうね。あんたが馬鹿やった決闘で庇ってくれなかったら、それこそ剣道部の人間と抗争でも始まる可能性も有ったんだから、感謝なさい」
「決闘ねぇ…」
去年(先日から変更)の決闘騒ぎ。そこで俺のしたことが現在の状況を生み出したのだから、誰も非難できないことは自分自身、承知している。
あの日、決闘前に出した三つの条件は、その後の事を考えた上での条件だった。
一番目の試合ではなく決闘とする条件。これは試合という縛りを無くす為に出した物だ。
本当のところ、奴らがどのように考えていたかは知りようがない。しかし俺には、あの一年生の背後に交戦した二人が見えていた。
一度でも「練習のために部活動以外の生徒に力を借りた」という事実が成立すると、次回以降は断りにくくなる。その為にも決闘という大袈裟な言葉を使い、部活とは直接には無関係なイベントに仕立て上げたのだ。
二番目の条件は、他の剣道部員の行動を師範の権威を使って牽制する為だ。
師範が承認した決闘に口を挟める生徒はいないだろうし、後から難癖付けられる事も回避できる。
そして最後の条件として出した事前の挨拶。これは騒動を起こした原因を匂わすことや、これ以上のいざこざを望んでいないことを説明し、協力してもらう為に画策したのだが…。
「入って、挨拶して、『貴方ですね』と言ったら、いきなり『済まん』だもんなぁ」
「ああ、武術の先生のこと?」
「そう。あの人も責任を感じていたんだね。特に俺は一番派手に怪我した生徒だと知っていたみたいだし。その上、入ってきた様子から俺が感付いている事に気付いたから、わざわざこんなガキに頭を下げてくれたしさ」
「立派な人よ。自分の責任を認めて、更に子供にまで頭を下げられるなんて」
母親の言葉に頷きながら、あの時を思い出す。
「俺もそう思う。かえって俺が申し訳無く思う位、謝ってくれてさ。文句を言う積もりだったけど、全く言えなかったよ…」
あの人は、本当に悔いていた。俺のような若造に向かって何度も詫びたのだ、自らの愚かさによって傷つけてしまって本当に済まないと。これには俺の方が慌てた。
元々、俺は予期していたにも関わらず、好き好んで参加して怪我をしたのだ。詰まる所、自業自得なのだから非難される謂われはあっても、謝られる筋合いはない。慌てて自分の事情を話して、頭を上げて貰ったのだ。
色々話し合った結果、概ね俺が想像していた通りだったらしい。以前から学校の状況に危機感を抱いていた師範は、剣道部部長に入れ知恵して風紀委員会を活用させたのだった。結果を見れば軽率な行動との非難は免れないが、彼の気持ちは良く分った。
彼は再三、学校に対して改善するよう求めていたが、事なかれ主義の校長を筆頭とする教師陣は耳を貸さなかったそうだ。それどころか師範を解任しようとすらしたらしい。
これは武道系生徒の親たちの反対によって潰されたものの、以降は話し合うこともなかったようだ。
そもそも彼が部活の指導を引き受けているのは、以前の校長と縁が有った以上に子供を教育することに関心が有った為とのこと。十年以上に渡って関与していたからこそ、学校の荒廃して行く様がよく分ったのだろう。
外部の俺には窺い知れぬが、武道系も段々と荒れてきているようだ。そういえば、先日の騒動でも何人か武道系と見られる生徒が、風紀委員解体の集会に参加していた。
昔はもっと和気藹々としていたが、最近では一部の優秀な生徒が大半の活動を仕切り、親も大会で成績を残すことだけを求める様になってしまったらしい。
この状況を何とか打開しようと、器だけで中身の無い風紀委員会を使うことを教えたらしい。もっとも師範としても風紀委員会だけでどうこうできるとは考えておらず、これを切欠として学校に関わる全ての大人が動き始めることを期待していた。
だが教師達は積極的に動こうとはせず、親達は受験に対する悪影響を心配して活動を否定した。風紀委員会が暴走を始めたのは、むしろこれの結果らしい。
大人に対する信頼を失った風紀委員は、自分達のみで学校を改革することを決心し、あの結果を招いてしまったのだ。
また、部活に属していない生徒に対し試合を申し込むという行為も以前から聞いていたが、こんな復讐めいたものだとは知らなかった、知っていたら止めたのにとも言われた。
今からでも私が言い聞かせるから、こんな馬鹿げた事に君は関わらなくても良い、武道を学ぶ者としてこのような恥知らずな行為は止めなければならないとまで俺に語ってくれたのだ。
この時点で俺は腹を括った。ほとんど初対面ではあるが、師範を信頼できる人物と見て『決闘』をどんな形で行うかを打ち明けたのだ。
下手をしたら武道を貶めるかの如き内容ではあったが、これから先に似た様な事を起こさない為にも、そして或る意味で思い上がった武道系の目を開かせる為にも協力を約束してくれた。
今から考えると、俺は相当に師範に感情移入していたらしい。とはいえ尊敬すべき人物であることは間違いないし、今となっては道場での練習を見学させて貰うほど親しくして貰っている。
兎に角、打ち合わせを終えた師範と俺は、そんなことが起こったとは露も考えない剣道部の前で一芝居打つことになったのだ。ただそこに居たのは武道系の生徒だけではなく、噂を聞きつけた野次馬も多く居たことや、それが後に大きな影響を持つことは誤算だったが。
「しかし、馬鹿だよなぁ」
「唐突に何を言っているのよ?」
「俺に挑んできた一年生のことだよ。ああも簡単に挑発に乗ってくれるとはね」
「そのことね。確かに怒りっぽい印象は受けるけど、色々と重なった上でのことでしょう。雪辱戦に野次馬を含む衆人環視にあんたの挑発と最悪の状況よ。その子を馬鹿にする前に、そこまで追い込んだ自分の悪辣さを反省なさい」
「俺は悪辣かもしれないけど、あいつだって充分に馬鹿さ。防具を着けないだけで怒ったからな」
防具を着けず、剣道着だけで剣道場に現われた俺を見て、相手は激怒した。
のみならず周囲の剣道部まで怒りだした。おそらく剣道を馬鹿にしていると思ったのだろう。惜しいな、馬鹿にしていたのは剣道ではなく奴らだったのだが。
「怒り狂う奴に俺はちゃんと主張したぜ。これは試合ではなく決闘だ、だから防具をつけるというルールはない、師範もそれを認めていると」
呆れた様子の母。その目がそれだけでは無いだろうと告げている。ま、そうなんですが。
「そのあと相手が安全の為に着けることまで拒否はしないが、と続けたけど」




