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結末の残酷劇

 寒気の影響か、空気が澄んでいるように感じる。夏と比べると、その青味が薄まって見える空を見上げながら、久し振りに校門を通る。一週間も入院していた所為か、身体が鈍ったように思っていたが、こうして冷たい空気に触れることで細胞の一つ一つが目覚めて行くかの様だ。


「やっぱりなあ…」


 校門の前に居た風紀委員達は姿を消していた。流石にあんな事件を引き起こして、何の処分をしない訳にはいかないだろう。


 朝の校門に相応しい喧騒の中を下駄箱へと向かうが…。


「?」


 今の今まで騒いでいた連中が、急に黙り込んでいる。何か起こったのか?


「あの人が…」


「しっ。指差しちゃ…」


 俺の姿を見掛けると、他の生徒が逃げる様に道を譲る。何だか良く分らんが、通り易くなったのは嬉しい。そのままクラスの扉の前に辿り着く。


「ウィーっす」


 扉を開けると同時に挨拶をした。だけの筈なのだが……。


 俺の顔を見た途端、入り口付近で喋っていた女子達が凍りつく。のみならずクラスの他の連中まで動きを止めていた。


 本当に何なんだ、一体?


 疑問に思いつつ、窓際の自分の席へと向かう。


「おはよう」


「おう、おはよう」


 クラスの中で唯一人、普通に話しかけてくる奴が居た。


「世話になったな」


「礼はいらないよ。実際に世話したのは親だし、それも商売だからだ。それよりも」


 椅子を近づけてくる。


「腕の調子はどうだ?」


「まだ少し違和感があるが問題無い。一週間で治って良かった。謹慎期間ギリギリだったからな」


「そういえば、知ってるか? 一週間は謹慎期間として最長だってさ」


「そうか」


 大して興味は無い話だな。しかし一週間か、長くも短くも感じた日々だったな…。


 先日、体育館で起こった騒動では、関わった生徒それぞれに処分が下されていた。とはいっても教師がもっと早くに介入していれば防げた、という批判がPTAから起こり、実質ほとんどの生徒はお咎めなしではあったが。


 ただ明らかに責任がある生徒やあまりにも怪我をさせた生徒は冷却期間として数日間の謹慎処分が下ったのだった。まあ、対象となった生徒も怪我を負っていたので、治療期間としての意味合いの方が強いのだろうが。


 俺の場合、怪我をさせた生徒として謹慎処分を受けていた。伝え聞く所によると、俺はあの騒動で最も怪我をさせた一人らしい。


 特に殴る蹴るといった暴行以外に噛み付いた事が非難の対象に上がったと聞く。ただ先に手を出して来たのが風紀委員だったという証言や、同時に最も怪我の程度が酷い生徒だった為、相殺される形であの処分に落ち着いたらしい。


 以上の事は、全て隣に座っている医者の息子からの伝聞だ。なにせこの一週間、入院していた上に見舞いに来たのは、こいつだけだったからだ。


 事件の後、血だらけの俺の顔に驚いた教師によって、近くの病院に運ばれた。その途中でも他人の血だと説明したのだが、とりあえず医者に診せるべきだと判断されたのだろう。結果、顔面の血については何も無かったが、腕の怪我が酷いことが判明した。


 左腕は打撲と診断されたが、もう少しで骨折になるところだったと言われたし、事実、右腕は骨折していた。竹刀で打たれた衝撃でヒビが入ったらしい。


 その場で入院が決定したが(この時、母親に連絡した所「仕事とあんた。どっちが大切だと思う?」と聞かれたので「勿論、仕事だろう」と答えた。当然である)、この病院は隣の席の親が経営していた。その為、ちょくちょく見舞いに来てくれたのだろう。


「そうそう、退院祝いがあるんだ」


 そう言って紙袋を渡してくる。


「そうなのか? すまないな。開けていいか?」


「もちろん、そうしてくれ」


 袋を開けてみると、見慣れた輸血パック。


「おう! こいつは嬉しい」


「そんなに感謝される様な事はしてない、してない」


「いやいや、最高の贈り物だ」


 感激しながら礼を述べるが、返ってきたのは何処と無く歯切れの悪い反応だ。


 よく分らないが、早速…。


「すいません。風紀委員ですが」


 何だと。


 不愉快な単語を聞きつけ、発言者に視線を送ると見覚えのある姿が入り口に立っていた。あいつは副委員長の弟だった筈。


 振り向いた所為で気付かれたのか、俺の方に歩いてきた。


「何の用だ、風紀委員」


「貴方に御願いがあって参りました」


 露骨に不愉快そうな態度にも躊躇せず、俺の前に立って切り出した。


「願い、だと」


「はい。試合を申し込みたいのです」


「試合ぃ? 何を考えているんだ」


「先日の騒動の際」


 そこで一旦、言葉に詰まる。


「先日の騒動の際、僕の武道に対する不覚悟を指摘して下さいました」


「あ、ああ。そんな事も言ったな、確か」


「しかし僕自身、未熟な所為か御指摘された内容が掴めません。ですから今一度、試合を通じて御教授を御願いします」


「………」


 要するに遺恨試合といったところか。こいつの様子を見ると色々と含む物が有りそうだが、断ったところで付き纏われそうだし、受けても姉貴やあの二年生が後ろに控えている可能性は充分に考え得る。さて、どうしたものかね。


「…幾つか条件を出しても良いか」


「条件ですか?」


 俺のこの対応は考えていなかったらしく、虚を突かれたような反応をする。


「そうだ。一つ目は試合ではなく決闘とすること」


「決闘ですか?」


「そう。何か問題があるのか?」


「いえ…。たぶん、ないと思います」


「そうか。二つ目は師範と、剣道部以外の生徒の立ち会いを許可すること」


「生徒はともかく師範もですか!」


「そうだ。俺はそれを希望するが。お前の方では師範が立ち会うと、不都合な事でもあるのか?」


「そんな事はありません!」


 ムッとした様子で返答する。


「なら構わないな。それじゃこれが最後の条件だ。決闘の前に師範に挨拶させてくれ。それも二人きりでな」


「それは出来ると思いますが…。この三つで宜しいのですか」


「ああ、これで充分だ。それでは日時を教えて貰おうか」


「場所は剣道場です。時間は今日の放課後で考えていますが、腕の調子が悪ければ後日、改めて行うことにしても構いません」


「腕なら大丈夫だ。それでは今日の授業後、剣道場に伺わせて貰うとしよう」


「分りました。引き受けて貰って有難う御座います。正々堂々とした勝負を」


 正々堂々とした勝負を、ねえ…。


 一礼して教室を出て行く一年生。その後ろ姿が見えなくなると早速質問がきた。


「良いのか? あんなことを約束して」


「問題ない。ちゃんと考えがある。それよりも…」


 今の俺にとっては、この手にある輸血パックの方がよほど重要だ。袋の中に入っていたストローを突き刺し、勢いよく飲む。


 ん? これは…?


 最初に訪れたのは僅かな違和感。それは忽ち増大し口中を汚染する。


 これか、奴が狙っていたのは。医者の息子らしい悪戯といえるかもしれないが、いささか悪趣味の度が過ぎる。下手をしたら今日一日を制服ではなくジャージで過ごす羽目になっただろう。しかし俺にとっては逆効果だ。むしろこれはこれで美味い。


 にやにやと笑っている顔を睨めつけながら、飲み込んでゆく。最初は笑っていた顔が怪訝な表情へと移り、最後は青ざめてしまう。ふん、愚か者め。


「くぉら」


 バカッと音と共に頭が叩かれる。いつの間にやら担任が来ていたようだ。


「お前なあ。謹慎処分明けに堂々と校則違反するなよ」


 この担任の台詞に、ぎこちなかったクラスの連中から薄い笑い声が起きる。


「俺ですか? 俺は別に違反しちゃいませんよ」


「清涼飲料水は充分に違反だろうが」


「ええ、清涼飲料水はね」


 俺の返答に担任の態度が変わる。


「ふざけるなよ。笑って済ませられる内に止めろ。それとももう一度、謹慎したいのか」


 凄味が感じられる程の低く告げられたその言葉に、再びクラスが沈黙する。


 しかし俺が譲歩する謂われはない。


「だって俺は清涼飲料水なんて飲んでいませんから」


 飽くまで謝らない俺に、担任の堪忍袋の緒は切れたらしい。終に怒鳴りつけてきた。


「じゃあ、お前が持っているのは何だ! 血液だとでも言うのか!」


「そうですよ」


 俺のあっさりとした答えに、怒る担任と固唾を呑んで見守っていたクラスメート(一名除く)は呆気にとられた。


「先生も飲んでみますか?」


 そういって手渡す。担任は飲むかどうか逡巡していたが、意を決したようにストローを口にくわえ、中身を吸い上げ、


 吐き出した。


「ちょっ、汚いじゃないですか!」


机の前に立っていた為、吐き出した血液は床に撒かれたが、何人かの生徒が悲鳴を上げて跳び退る。一番逃げたしたいのは俺だと思うんだが。


「本当に血なのか!」


「先程からそう言ってるじゃないですか」


「何で血なんかを…」


「血液は極めて栄養価の高い食品なんですよ」


平然としている俺に、おぞましい物でも見るかのような視線を向ける担任。


「血液は清涼飲料水ではないですよね」


「あ、ああ」


「なら俺が飲もうと問題ないでしょう」


 担任からは、もう文句は無いようだ。心置きなく血液を楽しむ。そうだ、こいつを使うのも効果的かもしれないな。


 この時、俺は放課後の事しか考えておらず、かなりのクラスメートが体調不良を訴えて保健室へ行ったことや、更にその内の数名が早退した事など気にも留めていなかった。

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