第7話 「家族なんですから」 義妹の優しさ
自宅のドアを開ける。
玄関に足を踏み入れた瞬間だった。
「あ、お兄ちゃん!」
最近、よく聞く声が飛んできた。
顔を上げると、そこには義妹――乾星奈の姿があった。
どうやら俺より先に帰っていたらしい。
リビングから飛び出してきたのだろう。
足音を鳴らしながらこちらへ駆け寄ってくる。
その顔を見た瞬間、俺は少しだけ肩の力が抜けた。
学校ではずっと気を張っていた。
教室に入る時も。
廊下を歩く時も。
誰かに何か言われるんじゃないかと、ずっと周囲を警戒していた。
「お帰りなさい」
義妹がにこっと笑う。
まるで俺の帰りを待っていたかのような笑顔だった。
「ただいま」
そう返すと、義妹はほっとしたように表情を緩める。
けれど。
次の瞬間には顔付きが変わった。
「今日は朝から大変でしたね」
「え?」
「あの人たちは何なんですか?」
その声音には怒りが滲んでいた。
朝の教室で見せた怒りと同じだ。
俺は思わず苦笑する。
「ああ……あれか」
本当なら思い出したくもない。
忘れてしまいたい。
だけど。
義妹は真っ直ぐ俺を見ていた。
心配そうに。
そして、何があったのか知りたいという顔で。
「実はな――」
俺はゆっくり話し始めた。
坂田のこと。
三上さんのこと。
全部だ。
クラスで1番可愛いと言われている三上さんに突然告白されたこと。
最初は夢かと思ったこと。
自分なんかが好かれるはずないと思いながらも、期待してしまったこと。
だが。
それは全部嘘だった。
坂田たちが仕組んだ悪ふざけ。
俺を笑いものにするためだけの最低な遊びだった。
告白された俺を陰から見て笑っていたこと。
騙された俺を見て盛り上がっていたこと。
そして今朝。
坂田たちにクラスでネタにされたこと。
全部話した。
情けない。
悔しい。
惨め。
そんな感情が次々と湧き上がってくる。
だが不思議だった。
話せば話すほど胸が軽くなる。
誰にも言えなかったことを吐き出しているからだろうか。
義妹は1度も話を遮らなかった。
ただ静かに聞いてくれていた。
そして。
俺が話し終えた瞬間だった。
「ふざけてますね!」
義妹が怒りをぶつけるように玄関の床を踏み付ける。
「お兄ちゃんのことを何だと思ってるんですか!?」
義妹の瞳には怒りが宿っていた。
普段の優しい雰囲気はどこにもない。
「人の気持ちを弄んで!」
「傷付けて!」
「それを面白がるなんて!」
拳が震えている。
本気で怒っているのが分かった。
「そんなの最低です!」
「許されることじゃありません!」
その言葉に俺は目を見開く。
ここまで怒ってくれるとは思わなかった。
だって。
傷付いたのは俺だ。
なのに。
義妹の方が怒っている。
「お兄ちゃんは何も悪くないじゃないですか!」
義妹がギュッと両拳を握り締める。
「悪いのはあいつらです!」
「なのにお兄ちゃんが辛い思いをするなんておかしいです!」
その姿を見ていると胸の奥が熱くなった。
嬉しかった。
こんな風に自分のために怒ってくれる人がいるなんて。
ずっと1人だった。
クラスに味方なんていなかった。
だからこそ。
義妹の存在が心に染みる。
「ありがとう」
気付けば言葉が漏れていた。
「え?」
「俺のために怒ってくれて」
義妹は一瞬きょとんとする。
そして照れたように視線を逸らした。
「当然です」
小さな声だった。
「家族なんですから」
その1言が妙に嬉しかった。
だが。
義妹はすぐに真剣な顔へ戻る。
「今後も、お兄ちゃんが被害を受けるかもしれません」
「え?」
「だから決めました」
義妹は真っ直ぐ俺を見た。
そして宣言する。
「学校では私がお兄ちゃんの傍にいます」
「は?」
思わず変な声が出た。
「いや、でも……」
兄妹だとバレるかもしれない。
周囲から変な噂を立てられるかもしれない。
俺がそう言おうとすると、
「大丈夫です」
義妹は即答した。
「帰りは別で帰ればいいだけです」
「でもなぁ……」
「それに」
そこで義妹は少しだけ言い淀む。
頬がほんのり赤くなった。
「お兄ちゃん1人だと心配ですし」
そう言って俯く。
「また嫌なことを言われるかもしれません」
「また傷付くかもしれません」
「だから……私が傍にいます」
その言葉に迷いはなかった。
本気だった。
俺を守ろうとしている。
俺の味方になろうとしている。
そのことが伝わってくる。
そして。
義妹はさらに小さな声で呟いた。
「それに……」
「ん?」
「お兄ちゃんと少しでも長く一緒にいたいし……」
あまりにも小さな声だった。
最後までは聞き取れない。
「何か言ったか?」
「な、何でもありません!」
義妹は慌てて首を振った。
顔は真っ赤だった。
けれど。
その表情はどこか嬉しそうだった。
俺はそんな義妹を見つめる。
学校は怖い。
明日も坂田たちが何をしてくるか分からない。
正直、行きたくない。
だが。
もし義妹がいてくれるなら。
もし味方が1人でもいてくれるなら。
頼もしく感じた。
「お兄ちゃん?」
義妹が不思議そうに首を傾げる。
どうやら俺はしばらく黙り込んでいたらしい。
「あ、いや」
「どうしたんですか?」
心配そうな顔で尋ねる。
「何でもない」
「え〜」
そう答えると、義妹は少しだけ頬を膨らませた。
けれど、すぐにいつもの笑顔を浮かべる。
「変なお兄ちゃんです」




