第58話 星奈の対抗心
ガラガラッ。
教室の扉が勢いよく開く。
「宗春さ〜ん!」
聞き慣れた元気な声。
顔を上げるまでもない。
星奈だ。
朝からテンション全開らしい。
鼻歌でも歌ってきたんじゃないかと思うくらい足取りが軽い。
亜麻色の髪が揺れるたびに、窓から差し込む朝日を反射してきらっと光る。
周りのクラスメイトも思わず振り返るくらい、ご機嫌なのが伝わってきた。
「おはようございます!」
にこにこと笑いながら俺の席へ一直線。
いつも通りだ。
たぶん今日も『おはようございます』のあとに、どうでもいい話を延々としてくるんだろう。
そんなことを思っていた。
……その瞬間までは。
「あれ?」
星奈の足が止まる。
俺の席まであと数歩。
その場でぴたりと固まった。
視線の先には俺じゃない。
俺の席の前に立っている女の子だった。
銀色の髪。
柔らかな笑顔。
俺と楽しそうに話している堺さん。
その姿を見た星奈の表情が、一瞬で変わる。
「な、何ですか!? そ、その人は!?」
さっきまでの笑顔が嘘みたいだった。
目を丸くして。
口をぱくぱくさせて。
信じられないものでも見たように俺と堺さんを交互に見つめている。
「え?」
堺さんがきょとんと首を傾げる。
俺は苦笑しながら立ち上がった。
「あ、星奈。この人はな」
星奈の隣まで歩いていく。
「堺さん。俺が幼稚園から中学まで仲良かった子なんだ。今日に転校してきたんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。昔は毎日のように遊んでた」
「そうそう」
堺さんがくすっと笑う。
「鬼ごっこしたり、公園で遊んだりね」
「懐かしいな」
「あははっ」
堺さんは楽しそうに笑った。
昔と変わらない笑顔。
変に気取ったところもなくて、自然体という言葉がぴったりだった。
すると堺さんは星奈の前まで歩く。
ふわっと優しい笑みを浮かべる。
「よろしくね」
柔らかい声だった。
初対面の相手を安心させるような、そんな笑顔。
敵意なんて欠片もない。
本当に純粋に仲良くしたいと思っているのが伝わってくる。
……なのに。
「よろしくお願いします」
星奈も笑った。
一瞬だけ。
次の瞬間だった。
ぎゅっ。
「え?」
突然、俺の右腕に柔らかな感触。
「お、おい?」
星奈が俺の腕を両手でぎゅっと抱き締めていた。
距離が近い。
肩までぴったりくっついている。
「星奈?」
「よろしくお願いします」
笑顔のまま。
でも目だけ笑っていない。
「む、宗春さんは渡しませんからね」
「……」
教室の空気が止まった。
シーン。
誰かが息をのむ音まで聞こえそうだった。
俺の腕を抱き締めたまま、星奈はじっと堺さんを見つめる。
その視線は穏やかじゃない。
笑っている。
笑っているのに。
絶対に負けません。
そんな言葉が聞こえてきそうなくらい対抗心が滲んでいた。
「お、おい。星奈」
「何ですか?」
「何ですかじゃない」
「私は普通ですよ?」
「普通は腕に抱きつかない」
「そうですか?」
首をこてん。
完全にわざとだ。
しかも腕に力を入れて離す気配がない。
柔らかい感触が余計に意識される。
「星奈」
「嫌です」
「まだ何も言ってない」
「離してくださいって言うんですよね?」
「……まあ」
「嫌です」
即答だった。
教室のあちこちからくすくす笑いが漏れる。
「宗春さんは私のものです」
「違う違う」
「違いません」
「違う」
「違いません」
「人を物みたいに言うな」
「大事な人です」
「そういう問題じゃない」
俺が頭を抱えていると。
「へぇ〜」
堺さんが面白そうに声を漏らした。
目をぱちぱちさせながら俺たちを見る。
堺さんはくすっと笑う。
「そうなんだ」
楽しそうだった。
驚いているというより、新しい一面を見つけたみたいな表情。
「でも」
堺さんが1歩だけ前へ出る。
「里見君って昔から優しかったもんね」
「え?」
「だから懐かれるのも分かるかも」
「……」
その言葉に。
星奈の眉がぴくっと動いた。
「昔から?」
「うん」
「宗春さんのこと、よく知ってるんですね」
「まあ、小さい頃からだから」
「へぇ」
笑顔。
でも笑ってない。
堺さんも笑顔。
こっちも笑っている。
なのに。
なんだこれ。
空気が重い。
冷房が効いてるはずなのに、妙に暑い。
2人とも笑顔。
なのに。
目だけは1歩も譲っていない。
見えない火花が散っている。
バチッ。
そんな音が本当に聞こえた気がした。
教室の空気がぴんと張り詰める。
俺を挟んで。
右には星奈。
左には堺さん。
2人とも笑顔。
だけど、その笑顔の奥では「負けない」という気持ちが真正面からぶつかり合っていた。




