第33話 2人きり
ガラッ。
星奈が勢いよく空き教室の扉を開けた。
「入りましょう」
「いや、だから何で空き教室なんだよ」
「いいから行きましょう」
有無を言わせない口調だった。
俺は半ば引きずられるようにして教室へ入る。
扉が閉まる。
静かだった。
誰もいない。
使われなくなって長いのか、教室の中にはどこか使い古された雰囲気が漂っていた。
机とイスは端に寄せられていて、窓際には薄く埃が積もっている。
「これで安心です」
星奈がほっとしたように息を吐く。
「安心って?」
「やっと2人きりになりましたね」
そう言って、星奈は嬉しそうに笑った。
そのまま上目遣いで俺を見つめてくる。
「……」
「……」
「……そんなに見つめるなよ」
耐えられなくなって視線を逸らした。
すると。
「あ!? ダメです」
「え?」
次の瞬間。
むにっ。
「うおっ!?」
星奈が両手で俺の顔を掴んだ。
逃げられない。
強引に正面へ向けられる。
「ちょ、おい!」
「ダメです」
「いや、ダメって……」
「お兄ちゃんは私だけを見ていてください」
真剣な顔だった。
冗談を言っているようには見えない。
大きな瞳が真っ直ぐ俺を見つめている。
「……」
「……」
自然と見つめ合う形になった。
しかも星奈、全然目を逸らさない。
何だこいつ。
本当に何なんだ。
「ほ、ほら。別に見なくても話くらいできるだろ」
「できません」
「即答!?」
「お兄ちゃんが他を見ると嫌です」
「嫌って……」
「嫌なものは嫌です」
星奈は少しだけ頬を膨らませた。
明らかに拗ねている。
「さっきもそうでした」
「さっき?」
「三上さんの方を見ていましたよね」
「いや、あれは視線を感じたから」
「ダメです」
「だから何が!?」
「見ないでください」
「無茶言うな!」
「無茶じゃありません」
星奈は当然みたいな顔をした。
「お兄ちゃんは私だけ見ていればいいんです」
「重っ!」
「重くないです」
「いや重いだろ」
「普通です」
「絶対違う」
「普通です」
むすっとしながら言い返してくる。
可愛い顔でそんなことを言われても説得力がない。
「……」
「……」
再び沈黙。
星奈はまだ俺の顔を両手で挟んでいた。
「そろそろ離してくれないか?」
「嫌です」
「何でだよ」
「離したら、お兄ちゃんまたどこか見そうなので」
「そんなことしないって」
「信用できません」
「ひどいな!?」
「だって」
星奈は少しだけ言葉を止める。
そして。
「私は本気ですから」
そう呟いた。
さっきまで真っ直ぐ俺を見ていた星奈だったが、その言葉を言った途端、急に頬を赤く染めた。
「……」
今度は星奈の方が視線を逸らした。
そして慌てるように俺の顔から両手を離す。
「……」
「……」
「星奈?」
「……こんなこと言わせないでください」
消え入りそうな声だった。
「恥ずかしいじゃないですか……」
ぶつぶつと小さく呟いている。
耳まで真っ赤だった。
流石にこれ以上聞くのはまずい気がした。
俺は何も言わないことにする。
静寂が空き教室を包んだ。
窓の外から聞こえてくる運動部の掛け声。
遠くで鳴るチャイム。
その音だけがやけに大きく感じる。
言葉はない。
でも、不思議と気まずくはなかった。
いや。
気まずいのかもしれない。
ただ、それ以上に。
経験したことのない空気だった。
星奈は俯いたまま、ちらりとこちらを見る。
視線が合う。
すると。
ふにゃっと嬉しそうに笑った。
「……やっぱり」
「何だよ」
「2人きりが1番です」
そう言って。
星奈は俺の制服の裾をきゅっと掴んだ。




