第32話 対策
1時間目が終わった。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴った瞬間。
「お兄ちゃ〜ん」
聞き慣れた声が俺の耳に届く。
「また来たぞ」
「毎回来るな……」
クラスメイトたちがざわつく。
教室の入口を見る。
そこには、いつものように星奈が立っていた。
亜麻色の髪を揺らしながら、こちらへ駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん!」
「お、おう」
俺の席の前まで来た星奈は、いつも通り満面の笑みを浮かべていた。
……のだが。
次の瞬間。
キッ。
星奈の視線が鋭くなった。
「……?」
何を見ているのかと思って、その先を追う。
すると。
教室後方。
三上さんがいた。
こちらを見ていた三上さんは、星奈と目が合った瞬間、ビクッと肩を震わせて視線を逸らした。
「……」
怖い。
いや、星奈の顔が。
さっきまで笑っていたのに。
ものすごく怖い。
「星奈?」
「このままだと、あの女がチラチラとしつこくお兄ちゃんを見てくるかもしれません。それは避けなければ」
「え?」
「困りました」
困ったと言いながら、全然困っている顔をしていない。
むしろ戦う前の武将みたいな顔をしている。
「いや、別に見られるくらい――」
「ダメです! 」
即答だった。
「そ、そうか?」
「そうです」
星奈はぶつぶつと何かを呟き始める。
「監視を続ける可能性があります」
「近付いてくるかもしれません」
「対策が必要ですね」
「いや、そんな大袈裟な――」
俺が言い終わる前に。
星奈が真剣な顔で俺を見つめてきた。
「お兄ちゃん!」
「な、なんだ?」
「場所を変えましょう」
「は?」
その直後だった。
ガシッ。
「うおっ!?」
星奈が俺の左手首を掴んだ。
しかも結構強い。
「ちょ、ちょっと待て!」
「行きます」
「行くってどこに!?」
「教室を出ましょう」
星奈は前を向いたまま答える。
「な、なんでだよ!?」
「対策です」
「だから何の!?」
「お兄ちゃんが見られないための対策です」
「いや意味が分からない!」
「大丈夫です。私に任せてください」
「任せるのが不安なんだが!?」
しかし。
星奈は止まらない。
そのまま俺を引っ張って歩き出す。
「おい! 本当に待てって!」
「待ちません」
「即答!?」
「時間は有限です」
「何と戦ってるんだよ!」
俺たちはそのまま教室を出ることになった。
当然。
クラス中の視線が集まる。
「お兄ちゃん、早く」
「分かったから引っ張るなって!」
廊下に出ても星奈は俺の手首を離さない。
というか。
むしろさっきより力が強くなっている気がする。
「星奈、そろそろ説明してくれ」
「嫌です」
「なんで!?」
「先に目的地へ行きます」
「目的地?」
「はい」
「どこなんだ?」
すると。
星奈は足を止めた。
そして。
くるりと振り返る。
「空き教室です」
「空き教室?」
「そこなら、あの女の視線も届きません」
「誰に?」
「決まっています」
星奈は真顔だった。
「三上さんです」
「……」
「お兄ちゃん」
「な、なんだ?」
「私は、あの人にこれ以上入り込む隙を与えるつもりはありません」
そう言った星奈の目は、本気だった。
いや。
本気すぎる。
「だから」
ぎゅっ。
星奈はさらに俺の手首を握る。
「しばらく休み時間は私が確保します」
「確保ってなんだよ……」
「お兄ちゃんは黙ってついてきてください」
「拒否権は?」
「ありません」
「なんで!?」
「私が決めたからです」
「横暴すぎるだろ!」
「はい」
星奈は悪びれもせず頷いた。
「お兄ちゃんのことになると、私は少し強引になります」
「少しじゃないだろ……」
「ふふっ」
星奈は嬉しそうに笑う。
「諦めてください、お兄ちゃん」
「……」
どうやら。
素直に従わないとダメらしい。




