第31話 あなたにその権利はありません
次の日の朝。
ホームルームが始まる前。
いつも通り俺の席の横には星奈がいた。
「それでですね——」
星奈は楽しそうだった。
ご機嫌だった。
表情が柔らかい。
口元も自然と緩んでいる。
「ああ」
「うん」
俺は相槌を打ちながら会話をする。
そんな最中。
チラッ。
「……?」
視線を感じた。
後ろの方からだ。
昨日も感じた気がする。
いや。
今朝は特に多い。
チラッ。
まただ。
流石に気になって振り返る。
「……っ」
目が合った。
三上さんだった。
最近では、このパターンが多い。
自分の席に座っていた三上さんは、俺と視線が合った瞬間、ハッと慌てたように顔を逸らした。
まるで見ていたことを隠すみたいに。
逃げるみたいに。
「お兄ちゃん、聞いてますか?」
不満そうな声が聞こえる。
「あ、ああ。悪い。何だったかな?」
俺は星奈に視線を戻した。
「もう1回言ってくれ」
「……」
しかし。
星奈から返事はなかった。
「星奈?」
「……」
黙ったままだ。
しかも。
俺を見ていない。
視線は俺の後ろ。
三上さんの方を向いていた。
嫌な予感がした。
「お、おい」
星奈は何も言わず、その場を離れる。
1直線に三上さんの席へ向かっていった。
「おい、星奈!」
止まらない。
周囲の視線も自然と集まる。
そして。
星奈は三上さんの机の前で立ち止まった。
「今朝から何度もチラチラ見て、そんなにお兄ちゃんが気になるんですか?」
「え……」
三上さんが顔を上げる。
まさか星奈から何か言われると思ってもいなかったのだろう。そんな反応だった。
「お兄ちゃんに嘘告白して酷く傷つけたくせに」
教室全体に響く声だった。
一瞬。
教室が静まり返る。
「……え?」
「嘘告白?」
「は?」
「三上さんが?」
「まさか里見に? 」
次の瞬間。
教室がざわつき始めた。
「嘘だろ……」
「しかも傷つけたって……」
「最低じゃん……」
「三上さん、そんなことする人だったの?」
三上さんは居場所を失ったように俯いた。
ブルブル身体を震わせる。
まるで周囲に怯えたように。
何も言わない。
否定もしない。
それが答えを言ってるようなものだった。
「……」
教室の空気が変わる。
クラスメイトたちの視線が、明らかに冷たくなった。
それでも。
星奈は止まらない。
「もしかして、坂田先輩から殴られそうになったところをお兄ちゃんに助けられて惚れでもしたんですか?」
「っ……!」
三上さんの肩が大きく震えた。
分かりやすい反応。
図星だったようだ。
三上さんは俺のこと…。
「ずいぶん自分勝手ですね」
教室の空気がさらに騒がしくなる。
「え?」
「坂田先輩ってあのクラスの坂田?」
「三上さんが殴られそうになった?」
「それで里見が助けたのか?」
「マジかよ……」
「嘘告白した相手に?」
「いや、普通助けないだろ」
「里見、お人好しすぎないか?」
「それ超かっこよくない? 」
「うんうん」
「里見君って凄いいい人なんだね」
「ていうか坂田、何やってんだよ」
「暴力って。最低すぎるだろ……」
次々と聞こえてくる声。
そのほとんどが坂田と三上さんへの非難だった。
坂田も三上さんも教室内で縮こまってしまう。
一方で。
俺を見る視線は以前とは違っていた。
同情。
そして。
尊敬にも似た感情。
それらが向けられる。
クラスメイトたちが星奈の言葉を信じている。
星奈の影響力や信頼が高いことを示している。
「……」
三上さんは何も言わない。
ただ。
唇を噛み締めながら俯いていた。
「今後一切お兄ちゃんに関わろうとしないでください」
星奈は冷たい声で言った。
「あなたにだけは、そんな権利ありませんから」
言い切る。
そして。
踵を返した。
そのまま俺の方へ戻ってくる。
教室はまだ騒がしい。
そんな中。
俺は一瞬だけ三上さんを見た。
「……」
三上さんは動かなかった。
ただ。
離れていく星奈の背中を。
そして、その先にいる俺を。
どこか寂しそうな目で見つめていた。
自分の行いを心から後悔したように。




