第28話 坂田への仕返し
帰りのホームルームが終わった放課後。
教員はいなくなった。
クラスメイトたちが弾けたように騒ぎ始めている。
部活の予定を話す声。
スマホを見せ合って笑う声。
いつも通りの放課後だった。
「やっほ〜。お兄ちゃ〜ん」
そんな騒がしい教室に、明るい声が俺の耳に届く。
廊下で待っていた星奈が、嬉しそうに手を振りながら教室へ入ってくる。
そのまま1直線に俺のところまで駆け寄ってきた。
「おう、星奈」
俺も軽く手を振り返す。
「えへへっ」
星奈は頬を緩めた。
完全に気が抜けた顔だった。
だらしない笑みだった。
周囲からは、
「また来た」
「今日も仲良いな」
そんな声が聞こえてくる。
もう誰も驚いていない。
「一緒に帰りましょ!」
星奈が教室の出口を指差す。
「そうだな」
俺は学生カバンを持って席から立ち上がった。
帰りの支度はとっくに済ませている。
そのまま星奈と一緒に出口へ向かおうとした。
「あ、待ってください」
「ん?」
呼び止められて足を止める。
振り返ると、星奈は笑顔を消していた。
「1つやることがあるので」
そう言って。
星奈はゆっくりと教室の中を見渡した。
そして。
ある場所で視線を止める。
視線の先には坂田がいた。
「最近のことなんですけど」
星奈は教室全体に聞こえるような声で話し始めた。
「私、坂田先輩に無理やり付き合うように脅されたんです」
「……っ!?」
坂田の肩が大きく跳ねる。
教室中の視線が一斉に坂田へ集まった。
「お、おい! 何言って――」
「お兄ちゃんと私が家族であることを学校でバラさない代わりに付き合えって言われました」
星奈は坂田の言葉を遮った。
「断ったら秘密を広めるって言われたんです」
星奈の言葉に教室が静まり返る。
数秒後。
「……は?」
「え、最低じゃん」
「脅迫じゃねぇか」
「普通に引くんだけど」
「マジでそんなことしたの?」
「いや、キモすぎるだろ……」
あちこちから冷たい声が飛び交い始めた。
全て坂田に対する非難。
「ち、違っ……!」
坂田が慌てて弁明しようとする。
「俺はただ――」
「ただ何?」
女子の1人が冷たく尋ねた。
「脅して付き合おうとしたってこと?」
「それって余計ヤバくない?」
「最低」
「うわぁ……」
女子たちは露骨に距離を取る。
男子たちも完全に引いていた。
「いや、違うんだって!」
「何が違うの?」
「あの子が嘘ついてるってこと?」
何も言い返せない坂田。
坂田は俯いてしまう。
顔色も悪く大量の汗を流す。
「そ、それは……」
言葉が続かない。
教室の空気はさらに冷たくなる。
クラスメイトたちは完全に坂田を拒絶していた。
「最低……」
「私だったら絶対無理」
「女子全員に嫌われるやつじゃん」
「もう話しかけないでほしいかも」
女子たちの容赦ない言葉が坂田に突き刺さる。
ここまでいくと何も言えない。
坂田は黙り込んでしまう。
その姿を見た星奈は、小さく息を吐いた。
「本当に最低です!」
くるりとこちらを向く。
俺と目が合う。
さっきまでの真面目な表情はどこへ行ったのか。
いつもの満面の笑顔に戻っていた。
「お兄ちゃん、行きましょ」
次の瞬間。
星奈が俺の左腕にぎゅっと抱きついた。
「ちょ、おい」
「嫌ですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「ならいいです」
星奈は嬉しそうに笑う。
その笑顔はどこかスッキリして見えた。
そして、そのまま俺の腕を引っ張って歩き出した。
背後からは。
「うわ、仲良すぎだろ」
「ブラコン確定じゃん」
「いや、でもあれだけ大事にしてくれる兄なら好きになるのも分かるかも」
「坂田と比較したら天と地だな」
そんな声が聞こえてくる。
俺はクラスメイトたちの視線を背に、恥ずかしさに耐えながら教室を後にした。
一方、去り際に見えた坂田の顔は。
まるで全てを失ったような顔だった。
完全に絶望していた。




