第26話 秘密は義妹のため
「……お兄ちゃん」
震える声だった。
振り返る。
星奈がいた。
大きな瞳には僅かに涙が浮かんでいる。
唇も小さく震えていた。
今にも泣き出してしまいそうだった。
その姿を見た瞬間。
怒りが沸いてきた。
次の瞬間には身体が動いていた。
「坂田。一体何をしている」
俺は星奈と坂田の間に割って入る。
そして。
怯える星奈を守るように、その前に立った。
後ろから小さく息を呑む声が聞こえる。
大丈夫だ。
もうこいつには何もさせない。
「っ!?」
坂田の肩が大きく跳ねた。
まるで幽霊でも見たみたいな顔だった。
そして。
反射的に1歩後ろに下がる。
三上さんの件を思い出したのかもしれない。
俺に拳を止められた時のこと。
さっきまで星奈を追い詰めていた男とは思えない。
「な、なんだよ」
坂田は強がるように睨み返してくる。
だけど。
声が震えていた。
「い、いいのかよ! 里見と乾さんが家族だってこと、学校中に広めてもよぉ!」
坂田星奈の時のように脅しを掛ける。
最後の切り札。
そんな顔だった。
だけど。
「別に構わない」
「……は?」
坂田の顔から血の気が引く。
「な、何言って――」
「秘密にしたかったのは俺のためじゃない」
俺は坂田を真っ直ぐ見据える。
「学校中に星奈が俺みたいな陰キャと家族だって知れ渡ったら、星奈が嫌な思いをするかもしれない。それを危惧して黙ってただけだ」
俺は1度だけ後ろを振り返る。
「だから」
「星奈が構わないなら、好きにすればいい」
「……お兄ちゃん」
後ろから震える声が聞こえた。
「星奈。どうかな? 」
一瞬だけ沈黙が流れる。
だけど。
「私は全然大丈夫です!」
返事はすぐだった。
さっきまでの弱々しい声じゃない。
真っ直ぐな声だった。
「むしろ……」
ぎゅっ。
不意に背中に柔らかい感触が伝わる。
星奈だった。
俺の背中にしがみつくように抱きついている。
「お兄ちゃんがいいなら、私は学校中に家族だって言いたいです」
その声は少し震えていた。
だけど。
もう怯えてはいなかった。
「だって……私、お兄ちゃんの妹ですから」
「星奈……」
後ろを見る必要なんてなかった。
きっと今の星奈は悲しい顔をしていない。
そのことが分かっただけで十分だった。
「そういうことだ」
俺は再び坂田を見る。
「絶対に星奈とお前を付き合わせるわけにはいかない」
「っ……」
坂田の顔が引きつる。
俺たちは無言のまま睨み合った。
数秒。
いや。
坂田にはもっと長く感じたかもしれない。
先に目を逸らしたのは坂田だった。
ジリッ。
1歩。
また1歩。
坂田は少しずつ後ろへ下がっていく。
完全に気圧されていた。
「あ、ああ! そうかよ!」
突然。
坂田が大声を上げた。
「せっかく善意で黙ってやってたのによ!」
「……」
「お、お前らがそんな生意気な態度取るならな! 遠慮なく拡散させてもらうぜ! 本当によぉ! 覚悟しとけよ!」
早口だった。
必死だった。
負け犬の遠吠えそのものだった。
言いたいことだけ叫ぶと、坂田は踵を返す。
そして。
逃げるように校舎裏から走り去っていった。




