第21話 情けないフラれ方
(坂田視点)
百合に付いて行く。
場所は校舎裏だった。
人の気配はない。
風が吹く。
制服の裾が揺れた。
「それで?」
俺は腕を組む。
正直、大した話じゃないと思っていた。
どうせまた機嫌でも悪いんだろ。
そんな程度だ。
「……」
だが。
百合は何も言わない。
少し離れた場所に立ったまま。
真っ直ぐ俺を見ていた。
その顔を見た瞬間。
妙な違和感を覚えた。
いつもと違う。
怒っているわけでもない。
泣いているわけでもない。
ただ。
何かを決めた人間の顔だった。
「話って何?」
軽い調子で聞く。
だが。
「……坂田」
返ってきた声は重かった。
低い。
冷たい。
思わず眉をひそめる。
なんだよ。
その顔。
「別れて」
「は?」
思考が止まった。
百合の言葉だけが脳内で反芻される。
「だから」
百合が俺を見る。
逃げ場なんてないと言うみたいに。
「あたしと別れて」
「……」
頭が真っ白になる。
理解が追い付かない。
いや。
待て待て待て。
何言ってんだこいつ。
「は? な、何だよいきなり。面白い冗談か?」
無理やり笑う。
だが。
百合は笑わなかった。
「ううん。本気」
小さく首を振る。
その仕草だけで背筋が冷えた。
「あたしもう無理」
「無理って何が?」
慌てて聞き返す。
冗談じゃない。
意味が分からない。
「坂田は乾さんが好きなんでしょ?」
「っ」
心臓が嫌な音を立てた。
一気に喉が渇く。
「あれは言葉の綾というか」
「違わない」
即答だった。
逃がしてくれない。
「ずっと見てたから分かる」
「……」
「乾さんが来たらすぐそっち見るし」
「いや、それは」
「実際にああいう女が好きって私の前で言ったし」
「そんなこと」
「ある」
言葉を切られる。
百合の目が痛い。
真っ直ぐすぎた。
視線を逸らしたくなるくらい。
「それに」
百合は続ける。
「あたしのこと見てないじゃん」
「見てるだろ」
「見てない」
静かな声だった。
なのに。
妙に胸に刺さる。
「あたしが何考えてるかも知らない」
「あたしが傷付いてることも知らない」
「あたしが辛いことも知らない」
「おまけに怒りに任せて殴ろうともした」
1つ1つ。
ゆっくり突き刺さる。
言い返そうとする。
でも。
言葉が出ない。
「付き合ってる意味ないでしょ? 」
「……」
何も出てこなかった。
口だけ開く。
情けなく。
何も出てこない。
「だから終わり」
「ま、待てよ」
反射的に叫んでいた。
胸がざわつく。
嫌な汗が出る。
「そんな急に言われても困るだろ」
「知らないわよ」
「いや、だからさ」
「もう決めたから」
「考え直してくれよ」
「嫌」
即答だった。
1秒も迷わない。
その事実が何より怖かった。
「1回冷静になろうぜ」
「冷静だよ」
「俺たち付き合ってるんだぞ?」
「だから何?」
「だから何って……」
言葉が続かない。
自分でも何を言いたいのか分からなかった。
ただ。
終わるのが嫌だった。
終わるという現実を認めたくなかった。
「じゃあね」
百合が踵を返す。
その瞬間。
心臓が掴まれた気がした。
「お、おい!」
百合は止まらない。
歩いて行く。
本当に行く。
待て。
待て待て待て待て。
嘘だろ。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
慌てて手を伸ばす。
百合の制服の袖。
あと少し。
届く。
そう思った。
だけど。
届かない。
「あっ」
足がもつれる。
バランスを崩す。
身体が前へ投げ出された。
次の瞬間。
ドサッ。
思い切り地面に倒れ込む。
「いてっ!」
手のひらが痛い。
膝も痛い。
でもそんなことどうでもよかった。
「百合!」
顔を上げる。
百合は止まらない。
振り返りもしない。
まるで俺なんか最初からいなかったみたいに。
「待ってくれ!」
声が裏返る。
「百合〜!」
情けない声が校舎裏に響いた。
「俺が悪かったから!」
百合は歩き続ける。
「なあ!」
「頼むって!」
遠ざかる。
どんどん遠ざかる。
嫌な汗が止まらない。
心臓がバクバク鳴る。
「別れるのだけは勘弁してくれ〜!」
もはや必死だった。
「フラれるのは嫌なんだよ〜!」
叫ぶ。
情けない。
自分でもそう思う。
それでも止まらない。
「俺のプライドが許さないんだって〜!」
声が震える。
だが。
百合は最後まで振り返らなかった。
そのまま校舎裏の角を曲がり――消えた。
「……」
残ったのは俺だけだった。
地面に這いつくばったまま。
伸ばした手もそのまま。
「くそ〜〜」
誰もいない校舎裏。
吹き抜ける風だけがやけに冷たかった。




