第20話 気に入らねぇ
ちっ。
思わず舌打ちが漏れた。
視線の先。
教室の中だった。
休み時間で騒がしい。
あちこちで笑い声が聞こえる。
友達同士で話している奴。
スマホを弄っている奴。
購買へ向かう奴。
いつも通りの光景だ。
だけど。
俺の目にはそんなもの入ってこなかった。
「……」
目に入るのは1つだけ。
乾星奈だった。
そして。
その隣にいる里見。
2人は並んで立っていた。
何か話している。
乾さんが笑う。
里見も何か返す。
また乾さんが笑う。
その繰り返しだった。
たったそれだけ。
たったそれだけなのに。
腹が立った。
「なんなんだよ……」
誰にも聞こえないくらいの声で呟く。
気に入らねえ。
本当に気に入らねえ。
なんで里見なんだ。
意味が分からない。
あいつだぞ?
クラスでも目立たない。
友達もほとんどいない。
休み時間だって基本1人。
自分から話し掛けることも少ない。
いつも端っこにいるような奴だ。
正直。
クラスの中でも印象が薄い。
そんな奴だった。
なのに。
なんで乾さんと仲良くしてるんだよ。
「はぁ……」
苛立ちながら壁に背中を預ける。
少し前まで。
乾さんはもっと遠い存在だった。
誰とも必要以上に関わらない。
誰にでも優しいけど。
特定の男子と仲良くすることもない。
そんなイメージが勝手にあった。
だから良かった。
みんな平等だったから。
誰にもチャンスがないなら納得できる。
だけど。
今は違う。
明らかに違う。
乾さんは里見と話している。
それも1回や2回じゃない。
最近ずっとだ。
朝も。
昼も。
休み時間も。
気付けば近くにいる。
気付けば話している。
気付けば笑っている。
その光景を見るたびに。
胸の奥がざわついた。
「なんでだよ……」
また同じ言葉が出る。
なんで里見なんだ。
なんの魅力がある。
何がいいんだ。
俺には分からない。
全然分からない。
少なくとも。
俺には里見が特別な奴には見えなかった。
むしろ逆だ。
地味。
暗い。
目立たない。
そんな印象しかない。
それなのに。
乾さんはあいつを見る。
俺じゃなくて。
あいつを見る。
それが面白くなかった。
乾さんが笑った。
その瞬間。
胸の奥がチクリと痛む。
「……」
イライラする。
見なきゃいい。
そう思う。
だけど目が離せない。
気付けばまた見ている。
また里見を見ている。
また乾さんを見ている。
そして。
また腹を立てている。
我ながら馬鹿みたいだった。
だけど止められなかった。
「俺の方がマシだろ……」
小さく呟く。
誰に言うでもなく。
自然と出た言葉だった。
俺の方が話せる。
俺の方が友達もいる。
クラスでも普通にやっている。
少なくとも。
里見より下とは思わない。
なのに。
なんで俺じゃない。
なんで里見なんだ。
俺のことも見ろよ。
そう思う。
思ってしまう。
乾さんが振り向く。
一瞬だけ期待した。
だけど。
その視線は俺を通り過ぎた。
そして。
また里見を見る。
笑う。
楽しそうに。
「くそっ……」
拳を握る。
面白くない。
本当に面白くない。
何がそんなにいいんだ。
何を話しているんだ。
どうしてそんな顔で笑うんだ。
俺には分からない。
分からないから余計に腹が立つ。
「……」
里見が羨ましい。
認めたくないけど。
たぶんそうだった。
だから気に入らない。
だから見てしまう。
だからイライラする。
そんな時だった。
「……坂田」
「ん?」
不意に声を掛けられた。
聞き覚えのある声だった。
振り返る。
そこには。
百合が立っていた。
少し緊張したような顔。
制服のスカートをぎゅっと握っている。
「どうした?」
「あの……少しだけ時間ある?」
「時間?」
「うん」
百合は小さく頷いた。
そして。
周囲を気にするように視線を動かす。
何か言いにくそうだった。
それが少し気になった。
「別にあるけど」
「本当?」
「うん」
「付いてきて」
百合はほっとしたように息を吐く。
その表情を見て。
少しだけ優越感が湧いた。
やっぱり俺に用があるんだな。
そんなことを考える。
「伝えたいことがあって」
「伝えたいこと? 」
「うん」
「俺に?」
百合は肯定するように首を縦に振る。
俺は少しだけ口元を緩めた。
悪い気はしない。
むしろ気分は良かった。
さっきまでの苛立ちが少しだけ薄れる。
「いいぜ」
「うん。それじゃあ」
百合が安堵した表情を浮かべる。
だけど。
その表示の意味を。
俺はまだ理解していなかった。
そして。
これが。
不幸の始まりになることも。
この時の俺は知らなかった。




