第16話 なんで
「はぁ……」
後ろから小さな息が聞こえた。
振り返る。
三上さんだった。
さっきまで坂田に食って掛かっていたのに。
今は顔色が悪い。
肩も少し震えていた。
無理もない。
ついさっき殴られそうになっていたのだから。
「大丈夫?」
「……うん」
返事は小さかった。
でも倒れそうな感じではない。
俺は少しだけ肩の力を抜く。
「ならよかった」
そう言って踵を返そうとした時だった。
「待って! 」
呼び止められる。
俺は足を止めた。
「ん?」
三上さんは何か言いたそうだった。
だけど口を開いては閉じる。
そんなことを何度か繰り返す。
「……どうしたの?」
「いや」
三上さんは視線を泳がせた。
「その」
少しだけ迷ってから。
ようやく口を開く。
「なんで助けてくれたの?」
「え?」
「なんで?」
不思議そうな顔だった。
本当に分からないみたいに。
「あたしさ」
三上さんが苦笑する。
「里見君に酷いことしたじゃん」
「……」
「嘘告白して」
胸の奥が少しだけチクリとした。
忘れたわけじゃない。
たぶん簡単には忘れられない。
「あの時さ」
三上さんが俯く。
「みんなの前で笑ったし」
「……」
「最低だったと思う」
風が吹く。
校舎裏の木が揺れた。
三上さんは地面を見つめたままだった。
「だから」
小さな声。
「嫌われてると思ってた」
「……」
「なのに」
ゆっくり顔を上げる。
「なんで助けたの?」
俺は頭を掻いた。
正直。
うまく説明できる気がしない。
「いや」
「うん」
「分かんない」
「え?」
「俺も分かんない」
三上さんが目を丸くする。
「気付いたら走ってた」
「走ってた?」
「うん」
あの瞬間を思い出す。
三上さんが目を閉じた顔。
振り上げられた坂田の腕。
そこから先はほとんど覚えていない。
「身体が勝手に動いてた」
「……」
「だから理由とか聞かれても困る」
本当にそれしか言えなかった。
格好つけたかったわけでもない。
ヒーローになりたかったわけでもない。
ただ。
気付いたら動いていた。
「放っとけなかったんじゃない?」
俺自身も本心かは分からないが。
「放っとけなかった……」
三上さんが小さく呟く。
そして。
少しだけ笑った。
だけどその笑顔はどこか寂しかった。
「それよりさ」
俺は話を変える。
「坂田」
その名前を聞いた瞬間。
三上さんの表情が固くなった。
「気を付けなよ」
「……」
「さっきの見ただろ」
三上さんは黙る。
否定しない。
できないんだろう。
「……」
「じゃあ」
俺は背を向ける。
「あ……」
三上さんが声を漏らした。
振り返らない。
でも足は止める。
「……」
「……」
数秒。
沈黙が続く。
何か言いたいことがあるんだろうなと思った。
だけど。
結局。
「ううん」
三上さんは首を横に振った。
「何でもない」
「そっか」
俺は再び歩き出す。
校舎裏を抜ける風が少しだけ冷たい。
後ろから視線を感じた。
でも振り返らない。
ペットボトルのお茶を片手に持ったまま。
俺は教室へ戻った。




