第15話 救けてしまう
1時間目終了後の休み時間。
俺は教室を出て自動販売機へ向かっていた。
校舎裏。
人通りは少ない。
静かな場所だった。
ガタンッゴトンッ。
お茶のボタンを押す。
ペットボトルを取り出そうとした、その時だった。
「いい加減にしてよ!」
聞き覚えのある声が響く。
「……?」
思わず顔を上げた。
坂田と三上さんが向かい合っていた。
「なんだよ急に」
坂田が面倒臭そうに頭を掻く。
「急じゃない!」
三上さんは強く言い返した。
でも。
近くで見ると分かった。
声は強い。
だけど手は震えている。
制服のスカートを握る指先にも力が入っていた。
「なんで1年のあの子に声掛けるの?」
「乾さんのこと? 」
「そうよ!」
三上さんは1歩踏み出す。
「最近ずっと絡んでるじゃない!」
「だから?」
「だからって何よ!」
坂田は面倒そうにため息を吐いた。
「お前さ」
「何?」
「嫉妬してんの?」
「っ……!」
三上さんの肩が揺れる。
「当たり前でしょ!」
絞り出すような声だった。
「はぁ……」
坂田は露骨に呆れた顔をした。
「うぜぇな」
「なっ……」
「俺が誰と話そうが勝手だろ」
「勝手じゃない!」
三上さんは負けじと言い返す。
だけど。
坂田が1歩前へ出た瞬間。
三上さんの足が止まった。
それでも逃げなかった。
逃げられなかったのかもしれない。
「勝手だろ」
坂田の声が低くなる。
「お前に指図される筋合いねぇんだよ」
「坂田……」
「黙れ」
その1歩で空気が変わった。
三上さんもそれを感じたらしい。
一瞬だけ視線が揺れた。
でも。
それでも引かなかった。
「俺はな」
坂田が鼻で笑う。
「乾みたいな女が好きなんだよ」
「っ!」
三上さんの顔が歪んだ。
今にも泣きそうだった。
だけど必死に堪えている。
「じゃあ私と付き合ったのは何だったの?」
「知らねぇよ」
「最低……」
「だからうるせぇって」
坂田が舌打ちする。
三上さんの肩がビクリと震えた。
それでも唇を噛み締める。
「どうせ乾さんはあんたなんか相手にしないわよ」
「あ?」
「だって——」
言い返そうとした。
だけど。
最後まで言えなかった。
坂田の顔が変わったからだ。
「てめぇ」
低い声。
背筋が冷えるような声だった。
三上さんの顔から血の気が引く。
分かった。
怖いんだ。
当たり前だ。
相手は男だ。
力だって全然違う。
それでもここまで言い返していたんだ。
「坂田……?」
三上さんが後ずさる。
たった半歩。
だけどそれだけで十分だった。
彼女が本当は怖がっていることが分かった。
「調子乗んなよ」
坂田が右腕を振り上げる。
「っ!」
三上さんが反射的に目を閉じた。
肩を縮める。
両手が胸の前で固まる。
殴られる。
そう思ったんだろう。
考えるより先だった。
身体が勝手に動いていた。
気付けば走っていた。
そして。
バシッ。
坂田の拳を掴む。
「……は?」
坂田が固まった。
俺も驚いていた。
何やってんだ俺。
そう思う。
でも。
掴んだ手は離れなかった。
「離せ」
坂田が睨む。
「……」
離さない。
「聞こえてねぇのか」
坂田が腕に力を入れる。
だけど。
俺も力を込めた。
「やめろ」
自分でも驚くほど低い声が出た。
「手を上げるな」
坂田の眉が動く。
「関係ねぇだろ」
「関係ある」
視線を逸らさない。
「女相手に何やってんだよ」
一瞬。
沈黙が落ちた。
坂田は俺を睨む。
俺も睨み返す。
先に目を逸らしたのは坂田だった。
「チッ……」
舌打ち。
そして乱暴に腕を引く。
「邪魔すんな」
「……」
「覚えてろよ」
吐き捨てるように言うと、そのまま去っていった。
足音が遠ざかる。
静寂が戻る。
「はぁ……」
後ろから小さな息が聞こえた。
振り返る。
三上さんだった。
さっきまで強気だったのに。
今は顔が真っ青だった。
膝から力が抜けそうになっている。
だけど。
その目だけは真っ直ぐ俺を見ていた。




