第14話 嫉妬の視線
朝。
俺はいつも通り家を出た。
義妹とは時間をずらしている。
家族とはいえ義妹だ。
しかも学校では有名人。
1年でナンバー1。
絶世の美少女として知られる乾星奈。
そんな相手と一緒に登校しているところを見られたら面倒なことになる。
「……」
空は快晴だった。
だが俺の頭の中は昨日のことでいっぱいだった。
『お兄ちゃんじゃなかったら、こんな風に思いませんでした』
義妹の言葉が離れない。
真っ直ぐな瞳。
震える声。
思い出すだけで心臓がおかしくなりそうだった。
「はぁ……」
考えるのをやめよう。
そう思った時だった。
「お兄ちゃん」
背後から聞き慣れた声がする。最近ではよく聞く声色。
「っ!?」
慌てて振り返る。
そこには制服姿の義妹が立っていた。
「な、なんでいるんだよ」
「偶然です」
即答だった。
「絶対嘘だろ」
「偶然です」
「いや、昨日まで見たことないぞ」
「今日から偶然になりました」
「意味分からん」
俺が呆れると。
義妹は少しだけ視線を逸らした。
耳がほんのり赤い。
分かりやすすぎる。
どう考えてもタイミングを合わせてきた。
「別に一緒に登校したかったわけじゃありません」
「そうか」
「本当です」
「そうか」
「……」
「……」
義妹がむっとした。
「もういいです」
拗ねたように前を向く。
だが。
歩き出した後も俺との距離は離れない。
むしろ少し近い。
俺が歩けば義妹も歩く。
俺が止まれば義妹も止まる。
まるで迷子にならないよう親の後ろを付いて歩く子供みたいだった。
結局。
学校へ着くまでずっと一緒だった。
そして校門が見えた時だった。
「お兄ちゃん」
義妹が立ち止まる。
「ん?」
「教室まで一緒に行きませんか?」
「は?」
思わず変な声が出た。
「いや無理だろ」
「どうしてですか?」
「秘密がバレるかもしれない」
「私は気にしません」
「俺が気にする」
すると。
義妹は少しだけ唇を尖らせた。
「私は嫌です」
「は?」
「せっかく一緒に来たのに、ここで別れるのは嫌です」
真っ直ぐな瞳だった。
思わず言葉に詰まる。
そんな顔をされたら断りにくい。
「……」
「……」
義妹は返事を待っている。
じっとこちらを見つめたまま。
結局。
俺の方が折れた。
「少しだけだからな」
「はい」
義妹は嬉しそうに頷いた。
その反応を見て。
やっぱり最初からこれが目的だったんじゃないかと思った。
そして。
当たり前のように俺の隣へ並ぶ。
「お、おい」
「行きましょう」
そのまま歩き出す。
俺は頭を抱えそうになりながら後を追った。
最悪だ。
絶対目立つ。
それに。
もしかしたら家族だとバレるかもしれない。
それが1番まずい。
そう思った通りだった。
校舎へ入り、教室へ向かう。
周囲の視線が集まる。
「え?」
「なんで?」
「乾さん?」
「里見と一緒じゃね?」
ざわめきが広がった。
そして。
俺たちが教室へ入った瞬間だった。
「は?」
坂田が固まった。
まるで信じられないものを見たみたいに。
「お前らなんで一緒なんだよ!?」
大声だった。
教室中の視線が集まる。
俺は頭を抱えたくなった。
だが。
義妹は平然としていた。
「どうしてですか?」
「どうしてって……!」
坂田が慌てたように声を上げる。
「昨日まで距離置いてたじゃねぇか!」
その言葉に。
義妹は不思議そうに首を傾げた。
「距離?」
「だから!」
「私が里見先輩を避けてるとか、嫌ってるとか、そういう話ですか?」
「そ、そうだよ!」
坂田は勢いよく頷いた。
まるでそれが事実だと言わんばかりに。
だが。
義妹はさらに首を傾げた。
「どうしてそう思ったんですか?」
「え?」
「私、そんなこと1度も言ってませんけど」
教室が静まり返った。
坂田の顔が引きつる。
「いや……でも……」
「むしろ」
義妹は俺の隣へ1歩寄った。
肩が触れそうな距離だった。
「私と里見先輩は大の仲良しですよ?」
ざわっ。
教室中がどよめく。
「は?」
坂田の顔がさらに引きつった。
周囲も同じだった。
昨日まで必死に俺を馬鹿にしていた坂田。
義妹に嫌われたと思い込み。
勝手に優越感に浸っていた坂田。
だが。
現実は真逆だった。
義妹は俺と一緒に登校してきた。
しかも自分から。
そして今も俺の隣にいる。
坂田の予想は何1つ当たっていなかったことになる。
「な、なんでだよ……」
坂田が呆然と呟く。
その姿を見て。
俺は少しだけ胸がすっとした。
一方、教室の後方。
誰かの視線を感じる。
三上さんだった。
彼女は義妹と坂田を見つめている。
だが。
その表情は面白くなさそうだった。
どこか不満そうに。
どこか苛立つように。
やり取りを見つめている。
その表情はどこか険しい。
そして俺と偶然に目が合った瞬間。
小さく唇を噛みながら視線を逸らした。
☆☆☆
(三上百合視点)
――なんなの。
私は机の上で握った拳に力を込めた。
視線の先には坂田がいる。
私の彼氏。
そのはずなのに。
「昨日まで距離置いてたじゃねぇか!」
必死な顔。
食い下がる声。
まるで1年の女しか見えていないみたいだった。
なによちょっと可愛いからって。
「……」
胸の奥が冷たくなる。
嫌でも分かってしまう。
坂田は、あの後輩の女が気になっている。
ずっと前から。
だからこそ今もあんな顔をしている。
もし本当に興味がなかったら。
あんな風に必死になったりしない。
「私と里見先輩は大の仲良しですよ?」
後輩の女がそう言った瞬間。
坂田の顔が固まった。
私はその横顔を見ていた。
悔しそうな顔。
納得できない顔。
信じたくない顔。
全部分かった。
だって。
付き合っているのだから。
「……」
胸が痛い。
だけど。
それ以上に腹が立った。
坂田にも。
そして後輩にも。
後輩は悪くない。
そんなことは分かっている。
分かっているのに。
どうしても思ってしまう。
なんで相手するの。
なんでそんな普通に話すの。
なんでそんな近くにいるの。
私なら気付く。
彼氏持ちじゃなくても気付く。
坂田がどんな目で見ているかくらい。
「……」
唇を噛む。
自分が嫌になる。
こんな風に思いたくない。
悪いのは坂田だ。
全部分かっている。
それなのに。
坂田に話しかけられる後輩の女を見るたび。
胸の奥がざわつく。
「なんなのよ……」




