第12話 一件落着
「……お前には林がいるじゃないか」
気付けば口にしていた。
今朝、一緒に登校していた男子。
楽しそうに話していた姿。
頭から離れなかった光景だった。
義妹は一瞬だけ目を丸くした。
「林くんですか?」
「ああ」
「どうして林くんの名前が出てくるんですか?」
「今朝、一緒にいたからだろ」
俺がそう言うと。
義妹はぽかんとした顔をした。
まるで予想もしていなかったみたいに。
「もしかして……」
義妹の頬が少しだけ緩む。
「お兄ちゃん、勘違いしてたんですか?」
「勘違い?」
「林くんとは何もありません」
即答だった。
迷いもない。
「ただのクラスメイトです」
「……」
本当かもしれない。
でも納得できない。
「でも仲良さそうだったじゃないか」
「普通に話していただけです」
義妹は苦笑する。
「林くんは優しいですし、話しやすいですけど」
胸が少し痛んだ。
聞きたくなかった。
だが次の瞬間。
「でも、お兄ちゃんとは全然違います」
義妹は真っ直ぐそう言った。
「……何が違うんだよ」
「全部です」
迷いなく返ってくる。
「全部?」
「はい」
義妹は頷く。
「林くんが困っていたら助けたいとは思います」
「……」
「でも」
義妹は胸元をぎゅっと掴いた。
「お兄ちゃんほど助けたいと思いません」
「……」
「お兄ちゃんが傷付いているのを見ると私も苦しくなるんです」
その言葉に胸が揺れた。
だけど。
俺は素直に受け取れなかった。
「それは家族だからだろ」
結局そういうことだ。
家族だから心配する。
家族だから助ける。
それだけの話じゃないか。
すると。
義妹は悲しそうな顔をした。
「またそれですか」
「え?」
「お兄ちゃん、どうして全部家族だからって片付けるんですか?」
「だって事実だろ」
「違います」
即座に否定された。
義妹は1歩前へ出る。
「じゃあ聞きます」
「……何だよ」
「もし林くんがお兄ちゃんの立場だったら」
義妹は俺を見つめる。
「私、今みたいになっていたと思いますか?」
「……」
言葉が出なかった。
「家族になった相手が林くんだったら」
「……」
「私、こんなに必死になっていたと思いますか?」
答えられない。
義妹は首を横に振った。
「絶対になってません」
はっきり言い切った。
「私は家族だから大事にしているんじゃありません」
「……」
「助けてもらった恩を返したいだけでもありません」
胸が大きく脈打つ。
「じゃあ何なんだよ」
掠れた声で聞いた。
義妹は少しだけ俯く。
そして。
意を決したように顔を上げた。
「私が大事にしたいのは」
その瞳は真っ直ぐだった。
「お兄ちゃんだからです」
言葉が出なかった。
頭が真っ白になる。
「……」
「私を助けてくれた人だからじゃありません」
義妹は続ける。
「家族になった人だからでもありません」
「……」
「お兄ちゃんだからなんです」
胸の奥が熱くなる。
だけど同時に怖かった。
信じてしまいそうになるから。
「そんなの……分からないだろ」
俺は視線を逸らした。
「今だけかもしれない」
「違います」
「高校卒業したら変わるかもしれない」
「変わりません」
「もっと良い奴が現れたら——」
「現れても変わりません」
被せるように言われた。
俺は思わず顔を上げる。
義妹の瞳には涙が浮かんでいた。
だけど。
その瞳は驚くほど真っ直ぐだった。
「だって私は」
義妹は小さく息を吸う。
「お兄ちゃんだけを見てるからです」
義妹が真っ直ぐな瞳を向けてくる。
俺は言葉を失った。
心臓がうるさい。
胸の奥が落ち着かない。
だけど。
何を言えばいいのか分からなかった。
「……」
「……」
沈黙が流れる。
その時だった。
「あれ?」
義妹が小さく首を傾げた。
「何だよ」
「もしかして……」
義妹の頬が少しだけ赤くなる。
そして。
何かに気付いたように目を見開いた。
「お兄ちゃん」
「……」
「林くんに嫉妬したんですか?」
「は?」
思わず変な声が出た。
「ち、違う」
即座に否定する。
だが。
義妹はじっとこちらを見ていた。
「本当に?」
「本当だ」
「じゃあどうして林くんの話をしたんですか?」
「それは……」
言葉に詰まる。
自分でも分からなかった。
いや。
本当は分かっている。
今朝。
義妹が林と楽しそうに話している姿を見て。
胸の奥が嫌な気持ちになった。
それだけだ。
だけど。
そんなこと認められるわけがない。
「たまたまだ」
「たまたまですか?」
「ああ」
「ふーん」
義妹は意味深に頷いた。
全然信じていない顔だった。
「……何だよ」
「別に」
そう言いながら。
義妹の口元が少しだけ緩んでいる。
なんなんだ。
さっきまで泣きそうだったくせに。
すると。
義妹が小さく呟いた。
「良かった……」
「え?」
思わず聞き返す。
義妹は胸に手を当てた。
本当に安心したような顔だった。
「私」
小さな声。
「お兄ちゃんに嫌われたんだと思ってました」
「……」
胸がチクリと痛む。
「朝から避けられて」
「……」
「話しかけても逃げられて」
「……」
「だから嫌われたんだって」
震える声だった。
「本当に怖かったんです」
その言葉に。
何も言えなくなる。
俺はただ距離を取っただけだった。
自分が傷付かないように。
期待しないように。
でも。
その結果。
義妹を傷付けていた。
「……悪い」
自然と口から出た。
義妹が顔を上げる。
「え?」
「その……」
上手く言葉が出ない。
「嫌ったわけじゃない」
「……!」
義妹の瞳が大きく見開かれた。
「本当ですか?」
「ああ」
「本当に?」
「何回聞くんだよ」
そう言うと。
義妹はくしゃりと笑った。
泣きそうな笑顔だった。
「良かったぁ……」
肩の力が抜けたように呟く。
その姿を見て。
俺の胸の奥も少しだけ軽くなった。
すると。
義妹がそっとこちらへ歩み寄る。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「もう2度と」
小さな声だった。
「今日みたいに避けないでください」
「……」
「私」
義妹は制服の裾をぎゅっと握った。
「本当に怖かったんですから」
そう言って。
少しだけ頬を膨らませる。
怒っているようで。
でもどこか嬉しそうだった。
俺はそんな義妹を見て。
思わず苦笑した。
「分かったよ」
「約束です」
「はいはい」
「はいは1回です」
「……分かった」
そう答えると。
義妹は満足そうに微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間。
俺は思う。
やっぱり。
今日の朝みたいな顔は。
もうさせたくないな、と。




