魔法を学ぶ
魔法ってなんだろうと考えました。
まるで僕が深い霧の中にいるような、いや、むしろ僕自身が霧そのものであるような感覚がある。
しかし僕にとって霧は様々な意味を持ち、形を変え、色を得て、どこまでもどこまでも深く広く、僕が僕だと自我を認識するよりも遥かに中心となる底は知れない。
世界という異物を溶かし込んでしまうように、形のない記憶や経験として、知識や感性として、僕である霧の中へ取り込んだ異物は形を変えてしまう。
深く、深く集中し理解や表現をしようと思うほど僕の意識はその霧の世界へと潜ってゆく。それは中心へと沈むと同時に、まるで漠然とマッピングでもされるように世界が広がり、想像力が多様で立体的な観察力へと変わってゆく。
それは一言で言うと「研ぎ澄まされてゆくような感覚」だった。
焦点の合わないぼやけた視界が少しずつ形を獲得し──それが抽象的なものだとしても──初めて僕は世界とつながるような、そんな感覚になるのだった。
幼い頃は知る由もなかったが、僕のその感覚ってのは魔術的な感性だそうだ。論理、印象、写実、理論……あらゆる方法で魔術師たちは自分の想像力へアプローチをかける。
だから優れた魔術師は科学や芸術的な造詣が深い者が多く、学校でもそういったアプローチの適性検査をされた後で学科に分かれ各々が魔術理解のための学習をしてゆく。
ある程度、僕の言う霧の中味について認知し、研究や議論をしたり表現や造形をしたりできるようになった者達はようやく魔術の実技へと移ってゆく。
僕は周囲からの視線に緊張をして硬くなる意識をほぐそうとして頭を振る。深呼吸やストレッチなんか大した役には立たない。今まで通りにやればいいんだ。
今まで通りに、僕はイメージの世界に逃げ込んで、イメージの世界を通して世界を見てゆく。
この学校に入学をする前には狭かった視野が広くなったと今更になって思う。立体感もまして、想像には時間や体感や、僕以外の客観的な観測まで同時に感覚として想像される。
「火。火の魔法。燃える熱く、熱く、熱く」
イメージに集中して僕は呪文を唱える。無詠唱と言われる方法でも構わないんだけど、大事なのは「表現」という感覚に魔力を乗せることだ。
前へ差し出した手のひらと、詠唱に魔力を込めて、意識した空間に火を創造してゆく。
何度か詠唱を繰り返して──先生達は極めて短い動作や詠唱で魔法を創造してしまうが──僕は魔法を形にしてゆく。
凝固した魔力が僕の想像に反応して赤くなってゆく。赤い球は揺らぎ、熱を発し、光を放射し、紛うことなき火として現出する。
現出した魔法は世界の法則に従おうとする──顕現させる過程や、顕現した後の法則を歪めてしまうから魔法なのだそうだ──その法則が大きく強いほど魔法は難しくなり、魔力の消費と操作が激しくなる。
魔力が尽きれば魔法は消える。だから魔法を種に、魔法の影響によって事象を引き起こす技術が一般的だ。
例えば僕が出した魔法の火なら燃やしたり焦がしたり、照らしたり、火としての事象を引き起こし周囲に影響を及ぼす。
逆に水魔法で身体を洗うと、魔力さえ消せばあっという間に乾くなんて利点もあるのだが。
「動け、前に爆ぜろ」
僕は魔法の火球にさらなる魔法をかけて、指示を込める。
火球は僕から放たれ、その先で指向性を持った火柱が爆裂音とともに延びた。
今回の実技試験なら十分だろう。生徒達は驚き、先生達は満足そうにしている。
●
魔術概論の先生曰く、魔術ってのは世界を勘違いさせる術なのだそうだ。
「想像であって、決して思い込みではない」と、熱を入れて語り、何度も知識や体験として授業に取り入れていた。
「魔術の素養とは自分の理解力を見つめる事から育まれる」と、すべての授業を通して僕たちにそう諭している。
──しかし残念ながら僕の次に実技試験を受けた彼女には魔術の素養が無い。思い込みが激しく、そして頑固だ。それは魔術の詠唱にもあらわれる。
「精霊よ、火を起こせ!」
爪の先ほどの火が一瞬だけ現出し、消えてしまう。
──理論でも論理でもなく、写実でも抽象的理解でもなく、彼女は詰まる所自分自身の曖昧な理解力を精霊という架空に押し付けているに過ぎない。
と、僕に目をかけてくれるようになった魔術概論の先生は後日呆れた口調で僕に語った。
「魔法は斬新である必要はない。古典的でも平凡でもいいんだ。しかし例えどんな魔法であったとしても、魔術師は常に理解と向き合うべきだ。君は思考を止めないでくれよ」
もう耳にタコが出来た台詞だった。彼の研究室でも、授業でも何度聞かされたかわからない。
「君は私に似て優秀だ。魔術への理解力がかなり抜きん出ている。」
そう言いながら彼は指を立てて、指の先から色とりどりの光をパチパチと撒き散らし、更には甘い香りや酸っぱい香り、様々な料理の香りまでさせて魔法を消したあと、話を続ける。
「もしも君が研究者として魔術の道を歩むのなら君は十分すぎるほどに優秀だ。けれど、君は愚かにも冒険者を夢見ているだろう?」
「ええ、世界を見て様々な物事を体験したいですから」
「繰り返すが君は優秀だ。しかし、君の魔法はいずれ人より出遅れるようになる。君よりも魔法への造詣が浅い誰かよりもね。さっきの私の魔法、試してごらん」
僕は先生の真似をして、同じ魔法を使おうとしたがパチパチと光が弾けながら順番に色が変わるだけだった。
「素晴らしい。君の学年なら上出来だ。何を考えた?」
「光、弾ける、色とりどり、甘い、酸っぱい、料理の香り」
「研究者向きの見事な分別だ。しかしね、私が考えたのは、あえて言語化をするのであれば、チラチラ、パチパチ、虹色っぽい、そして思いつきの香りだ。」
「擬態語で表すって事は、つまり印象や想像で魔法を構築したって感じですか」
「うん上々。論理に忠実なことばかりが魔法じゃない。落第をしてしまった少女の話を先程君にしたがね、実は精霊というモチーフを通して偉大な功績を残した魔術師はいるんだ。課題だよ。さっき私が見せたような、論理的な想像では間に合わない魔法を使うんだ。私は四日後に出張だから、それまでにね。」
想像力で魔法を行使するタイプの魔法として考えました。
そういった観点から、この世界線における魔法とはクリエイティビティの思想に近いでしょう。
自分の思想や想像などを通して世界と向き合い、象ってゆく……。変わり者や偏屈な人間が多そうですね。
化学記号のような理論の掛け合わけ、論理のパズル、ダンス、音楽、文芸、詠唱したり印を結んだり……。
技法や流派は多岐にわたり、更には個人で進化をしていきそうでワクワクしますね。
※ろくにシナリオは考えてはいませんけど、晴れて合格を貰った主人公は先生の出張に拉致されます。
孤児院で育ち、そのまま推薦入学を果たした主人公が知らなかった街での体験や、冒険者となることの難しさを考えさせる体験を与えられるのです。
主人公は自分の不足を知り、僅かに先生から親の愛情のようなものを感じ、イメージの世界に逃げ込むという考え方が変わってきたらいいですね?ブンナゲ




