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六話 変な視線

遅くなりましたm(__)m


百合っぽいのが嫌な方は、おまけ飛ばしてください。

本編には一切関わりがない小ネタなので!

 あの衝撃から十数日。


 取り敢えず姉ちゃんに抗議の意味を込めて、ありったけの呪詛の言葉を書き連ねたものを送りつけると、なんだか慌てたような字体の返事が即行できた。内容は謝罪と、別の解決法もちゃんと探すから嫌いにならないでとか、可愛い弟に嫌われたらもう生きていけないだとかいったことが書いてあった。うそつけ。


 結構身構えたりもしていたんだけど、『べレク・ソーマ』はあれから一度も姿を見せないどころか、気配すらもない。かと言って気が緩んだところに出てこられるとヤだしなー、ってことで、引き続き警戒継続中。

 …うん、一度、霊魂スピリットに効く攻撃とか調べとこうかな。物理攻撃効かなかったら、おれ迎撃手段なくなるし。



 おれの日課だった朝の独り稽古には、たまにティオナ先輩やガレク先輩が乱入して、みっちりと鍛えてくれるはめにもなった。故郷にいたときは対人稽古なんてほとんど出来なかったから、結構嬉しいし、何より腕も上がった(気がするだけかもしれないが)。難を言うなら、ティオナ先輩は加減知らず、ガレク先輩はスパルタだってことくらいだ。

 お陰で腕と言わず脇腹と言わず青痣だらけ、いってぇー。


 最近ではウェイグに慣れたのか、ロアナも普通に話せるようになったようだし、何より驚いたのは、クラスの女子がウェイグに話しかけてきたことだった。その子を切っ掛けに、今ではクラスメートなら、ウェイグを無意味に避けることはなくなった。クラスの男子に「バカ話」に付き合わされている所を見かけた時は、なんだか感慨深かった。良かったな、友人できたのか。そう言ったらすぱん、といい音させて頭をはたかれたが。





 とにもかくにも、そんな具合に、おれたちの学園生活は平穏無事に過ぎていた。


 …おれ以外は。




 * *



「妙な視線、ですか?」


「うん…」


 ミリアムお手製のクッキーを齧りながら、最近妙な視線を感じることを彼女とロアナに告げ、こくりとおれは頷いた。


 ミリアムの部屋が隣だと分かったのはつい最近だ。クラスも違うし(寮の案内はクラスごとにあった。その割にはクラスの女子と部屋が離れているという謎仕様…)、部屋に出入りする時間も違うからつい最近まで知らなかったのだが、この間偶然はち合った。びっくりだ。

 それからちょくちょく、お茶持参でお邪魔している。

 もちろん、おやつ目当てだ。


 寮の厨房は、忙しくない時間帯なら一部を生徒に開放しているらしい。そこで作るんだとか。サクサクしてたりほろほろ溶けたり、はっきり言ってすげー美味い。売れるよ、これ。

 そのままむぐむぐクッキーを咀嚼していると、ロアナが両手で抱えるようにしていたマグを小さなテーブルにことりと置いて、心配そうに聞いてくる。


「ジルちゃん、それ、いつから?」


「んーと…変かなーって思い始めたのは、猿に追っかけられた二、三日後くらいかな。はっきり感じるようになったのは、ここ一週間。気のせいかなとも思ったけど、一人でいると特に」


「…それ、例の『ベレク・ソーマ』という方なんでしょうか」


「いや、あいつだと、なんかぞわーっとするから違う。…そもそも悪意とかじゃないっぽいんだよなー」


 この学園にきてからというもの、最近頼っていなかった本能がフル稼働している。人ってあれだよな、余計な知恵やら経験が増えると、本能的に判断するより、観察して判断しようとするようになるんだよな。

 後で思い出したんだが、初めてあのクソ野郎ベレク・ソーマに会った時感じたぞわっとする感覚は、小さい頃に危険なひと(主にショタコンのおっさんとか変態とか変態とかその辺)に対して感じた感覚によく似ていた。似ていただけでちょっと違ったから、あいつに感じたのは変態共とは別の、そのままの意味での「危険な相手」ということだったんだろう。おれも平和なモダで、相当平和ボケしていたらしい。変な先生だなー、くらいにしか考えなかった。


「それじゃあもしかして、ストーカー、でしょうか?」


「た、大変だよジルちゃん!ストーカーってある日突然襲ってくるって聞いたことあるよ!先生に相談した方がいいよ、危ないよ!」


「や、ロアナ落ち着け。ミリアムもさ、それはないと思うよ」


「あら、分かりませんよ?ジルって可愛いですからね」


「いや、言われたことないし」


 あれ、でも姉ちゃんに似てるってことはそうなんだろうか。いや、でも色違いだとまた雰囲気やらイメージも変わるしな。ないない。

 蜂蜜色の髪に同色の瞳の姉ちゃんと、朱色の髪と翠色の瞳のおれ。…うん、全然違う、大丈夫。


「でも、ストーカーかどうか分からないとしても、先生に言っといた方がいいんじゃないかな?」


「そうは言っても、見られてるなーって気になるだけで、特に何もないしなぁ。悪意があったら分かるからヘーキヘーキ、これは害のあるタイプじゃないよ。むしろ、騒いだら逆に向こうが動きそうで怖いし」


 残りのクッキーの欠片をぽい、と口に放り込んで咀嚼し、お茶を飲む。今日のお茶は二人の要望に答えて、甘い香りのフォーレリンの蕾と緑茶の中でも甘味が強めのアルアマの葉、脂肪を付きにくくするっていうクロムゲの茶葉を調合したものだ。

 クロムゲ茶は確かに脂肪分解とかでダイエットに良いとか聞くけど、以前、姉ちゃんが飲んでいるのをちょっともらったらクッソ不味かった。匂いだけでむせた。結構高価なもののはずなのに、一回しか飲まないで放置されていたのを、おれが調合してなんとか普通に飲めるようにしたものだが、効能は落ちていないはず。


「では、ジル。せめて、なるべく一人にならないように気をつけてくださいね?クラスで行動する時は、ウェイグくんと、できるだけ一緒にいるようにした方がいいです、そうするべきです!」


 ミリアムは魔獣使い志望だ。聞いた話じゃ、魔獣使いの適性のまず第一条件は、「獣の目を恐れないこと」なのだそうだ。無意味に恐れると、侮られたり軽んじられたりする。相手に「自分より弱い」と印象づけてしまうから、らしい。ウェイグ、猛獣とか魔獣レベルらしいぞー、お前の目付きの悪さ。


 しかも目の前で力説するミリアムを見る限り、完全に番犬扱いである。

 哀れな…




 ――というかどうしよう、なんか女子と一緒に過ごすのに、違和感なくなってきた。中身の女性化が進んでんのかな?それともただの慣れだろうか?


 やだ何これ超怖い。

 しっかりしろ、おれの中の男の部分。外見にはかけらほども残ってないが、魂には残っているはずだ…っ!



「あ。明日お休みだし、気分転換に三人でお買い物行こうよ!」


「いいですね!ここの商店街って結構可愛いもの売ってるんですよ。おすすめ教えちゃいます」


「んぐ…そんじゃ、おれ、美味しいとこ教えようか。この間ふらっと回った時に、持ち帰りできるカフェ見っけた」


「わぁ、行きたい!」

「ぜひ行きたいです!」





 ……前言撤回、やっぱ残ってないかもしれない。



 * *



 三日後、おれは大変不本意ながら、本能の赴くままに女を口説く馬鹿、もといフィルを探していた。

 普段は校内の人集り(主に女子生徒)のある場所を探せば大体そこにいるのだが、今日は校内のどこにもない。



 ウェルヘイムの校舎は四階立ての日の字のような型で、東棟、西棟を三ヶ所に通路を作って渡してあるような形の建物だ。

 その三ヶ所ある通路の内真ん中の、吹き抜けのようになった一階の渡り廊下を挟んで、それぞれ左右に趣の異なる二つの庭が作られている。そんな中庭はちょっとした植物園状態で、どちらとも真ん中に噴水があって、その周りにベンチが置かれている。かなり綺麗な庭園なので、もちろん女生徒や教師に人気だし、癒しの場としても人気が高い。年中花が見られるようにと、あらゆる季節の花が、二代目学園長(女性だ)の手で植えられていった結果らしい。この量植えるとか、仕事暇だったんだろうか。


 で、この植物園状態の庭をだれが管理しているのかというと、その二代目とやらが口説き落としたという、高い知性を備えた高位の植物系魔獣、下半身が山羊なサテュロスのロットさんだ。普通魔獣使いが死ぬと、契約した魔獣は開放される。なので、魔獣使いの素質もあった二代目は、敢えて情に訴えるために口説き落としたとか。要は言葉巧みにだまくらかしたとも言える。

 それでもロットさんは未だに二代目を敬愛し、その証拠としてこの庭を世話し、守り続けているらしい。人間よりも長く生きる彼はまた老いるのも遅く、滅多に生徒の前に姿を見せないものの、それでも長くいれば彼を見かけることもあるためか、学園内でロットさんは美男子だと専らの評判だ。恥ずかしがり屋故にあまり表に出てこないらしいのだが、だったら服着ろよと思う。この間ちらっと見かけたが、顔こそ見えなかったものの、上半身裸だったろ、あいつ。むしろ衣類全く身につけてなかったろ。


 ともあれ、このロットさんの手によって美しく保たれている中庭は、さっきも言ったが女性に人気だ。フィルもよくここで女生徒に囲まれたり、教師を口説いたりしている。

 でも今日はいないらしい。こういう時に限って、分かりやすくいてくれないんだよな。


 …しょうがない、知ってそうな人に聞くしかないか。




 校舎とは校庭を挟んで向かい側に、大型の魔獣たちのための獣舎がある。おれたちが学園に来たときに翼獣牽引車ウィグルカートを引いてくれた魔獣たちも、ここにいる。

 夜行性の魔獣が多いせいか、昼間の獣舎は静かだ。それでも放課後ということで、それなりに起きているらしく鳴き声がする。世話をしにきた魔獣使いの姿もそこかしこにいる。さすがに一年で魔獣持ちはいないため、二年から上の、大型魔獣持ちの先輩方の姿しかないが。


 きょろきょろと不審者になりながら、目的の人物を探す。


「お?何やってんだ、ジル」


「あ、セイル先生。良かったー、すぐ見つかって」


 ほっとして、赤みがかった茶髪の男に駆け寄る。紅と金のオッドアイが、不思議そうにおれを捉えている。グリフォンの翼獣牽引車を操っていた、あの魔獣使いの先生だ。名前はセイル・イングロッド。

 獣人は本来ファミリーネームを持たないが、セイル先生の場合はハーフだ。人間である父方の姓、イングロッドを名乗っているらしいが、ファーストネームの方が呼ばれ慣れているから、とそっちで呼ばせている。


 先生は目を細めて笑い、おれの頭をくしゃくしゃと撫でる。


「何だ、俺に用があんのか?

 あ、もしかして、魔獣使いこっちに転向する気にでもなったかー?」


「違いますよー、もふもふできるのは魅力的ですけどね」


 そりゃ残念だと言いながら、一頻り撫でると手を離してくれる。元々あちこち自由に跳ねた髪型なので構わないが、取り敢えずちょいちょい、と手櫛でなおす。

 ちょうどいい高さに頭があるから、と言って、校内で会うとよくおれの頭をぐしゃぐしゃとするのだが、本物の女の子にはしない方がいいと思う。この人に撫でられたあとは、大風にもみくちゃにされたあとみたいにぐしゃぐしゃだ。女の子はよく身支度に時間かけてるし、ロアナやミリアムも、寝癖が直らなくて大変だったとかぼやいてるし。多分怒られるよ、先生。


「んで、どうした?魔獣とふれあいに来た、ってワケでもないんだろ?」


 にっと片方の口角だけを上げて笑う先生の顔に、こっそりこっちの様子を窺いながら作業をしていた、魔獣使いのお姉様方が静かに歓声をあげる。うん、この人笑うとイケメン度増すよね。ちょっとイラッとしたのは、多分おれの中にまだ男としての感覚が残っている証拠だと思いたい。ドキッとした日にゃショックで寝込むわ。


助平エルフバカ、見ませんでしたか?」


「ああ、女たらしバカなら獣舎の裏手の木陰で寝てんぜ。あいつ寝起き最悪だからな、起こさない方が良い。俺、昔起こしてやったら殴られたしな」


「げ。寝てんのかよあいつ…」


 思わず顔を歪めて口にすれば、なんだ知ってるのか、と言って苦笑する。フィルの寝起きの悪さは、うちに初めて来た日に経験済みだ。姉ちゃんも悪い方だが、あれは罵られて睨まれる程度だし、何より元々怒っても怖くない顔立ちだから、いいからさっさと起きろよ、で終わる。けどフィルの場合は、無言で睨みつけて、殴ってくる。本気で。寝起きでそんだけ動けるんならさっさと起きろよと思うのだが、ある程度暴れて距離が取れると、また寝る。その本気の攻撃をぎりぎりで回避した、当時まだ幼かったおれは、もう二度と起こすもんかと心に決めたのだ。懐かしい話である。


 ていうかバカで通じちゃったんだけどどうしよう。


「まぁ、起きるまでゆっくりしてけよ。なんなら、俺が聞いてやろうか?カイフの世話しながらでよけりゃ、だが」


 カイフってのは、あのグリフォンの名前だ。ミリアムと一緒に、昼休みに獣舎通いしてたら、近づいても怒られなくなった。ミリアムはどうも魔獣に好かれる体質らしく、すでに懐かれているようで、セイル先生が期待の新人だな、と褒めていた。

 カイフをもふもふ撫でているミリアムが羨ましかったので、おれの次の目標は、触っても怒られないことだ。


「んー…じゃあ、聞くだけ聞いてもらえますか?ガレク先輩に話したら、魔法に詳しい先生に相談した方がいいかも、っていわれたんですけど」


「魔法ねぇ。だからフィルか」


「です」


「まぁ、あいつの代わりにゃなれないかもしれないが、可愛い生徒の頼みだからな。話してみ?」


 カイフのブラッシングのためのブラシや餌、寝床の掃除用具なんかを一緒に運んで、カイフが怒らない距離に座って、世話を始めた先生に、妙な視線の話をする。


「そしたら昨日の夜中、なーんか声が聞こえてきて。目を開けたら、ぼんやり光る、変なのが浮いてたんです。で、おれ、思わず『うわっ!』って叫んで。そしたら、光がゆらゆらーって揺れて。ふっと消えちゃったから、なんだったのか、結局よく分からなかったんですよ」


「へぇ。この間の一件もあったし、霊魂やらにも有効な結界障壁張ってあったはずなんだがなぁ。

 それで、その後どうした?」


「後?さすがにそのまま寝るのは気味が悪かったんで、寮の談話室で毛布にくるまって仮眠とりました。どうせあと二時間くらいで朝稽古だったし」


 そう言えば、カイフにブラシをかけていたセイル先生が、「は!?」と言ってこっちを振り向く。突然の大声に、カイフがじろりとセイル先生を睨むが、ぽんぽん、と宥めるように優しく叩かれて、機嫌を直したらしい。魔獣と言っても、元々は獣である。ふとした瞬間に、まるで普通の動物のような反応を取ることがあって、そこが結構可愛いのだ。


「おっ前…なんつーか大物だな。そこは普通先生の部屋に駆け込むとか、友達の部屋に駆け込むとか…なんかあるだろ?」


「その選択肢はなかったですねー。今度出たら木刀でダメージ与えられるか試してみよう、くらいしか」


「あー…うん。さすがはあのフェスティの身内だな。常識の通じないとこが、よく似てるよ」


「む。それはちょっと心外ですね。おれはまだ、姉ちゃんより常識あります」


「それは知ってる」


 口を尖らせて言えば、楽しそうに笑って即答された。セイル先生も、姉ちゃんとは知り合いらしい。魔物の掃討戦で、よく組んだことがあるのだとか。

 その活躍は先生曰く、歩く砲台のようだったとか。姉ちゃんさっすがー。でもその掃討戦に参加した男の人皆引いてたらしいから、あんまりやりすぎると嫁ぎ先なくなるよ?憧れる人は増えるかもしれないけど。


 セイル先生がブラシで梳く度に、カイフが気持ちよさそうに甘えた声を出す。グリフォンがこんな風に甘えた声を出すなんて知らなかった。くそう、先生羨ましい。カイフの毛並みがもふもふとおれを誘惑する…っ。けどその誘惑に負けると嘴でつつかれて風穴あけられるか、爪にやられて真っ二つかの二択だ。デッド・オア・デッドだ。


「で、先生どう思います?おれとしては木刀が効くと嬉しいんですけど、なんか実体なさそうじゃないですか」


「……うん、待とうか。キミは一体なんの話をしてんのかな、ジルベット?」


 一瞬動きが止まり、先生がブラッシングの手を止めておれを見る。心なしか、その表情は引きつって見えた。


「え?いや、だから、昨日おれの部屋にでた変な光るやつを、木刀で殴れるか否かの話ですよ」


「普通そこは、友達か誰かの部屋に避難した方がいいかって聞くんじゃねぇかな?」


「その選択肢はなかったです」


 はっきり告げると、先生は天を仰いで大袈裟に「あちゃあ」という仕草をとる。そんなにダメだったのだろうか。だって一応中身は男だし、さすがにというか、女子の部屋にお邪魔して一緒に寝るとか、まずいだろう。

 いや、どうせ別に何もできませんけどね?しませんけどね?道徳的にどうかっていう話ですよ。おれは紳士でいたいんです、変態じゃない方の。


「姉が姉なら、ってことかね。なんとも勇ましい姉弟・・だな。


 …まぁ、いい!とにかく、目下の懸念については承知した! が、だ。ジルは今日、自分の部屋に戻らないこと。いいな?」


 なんか聞き捨てならないこと言われたような気がするけど、ぼそりと呟くように言われたそれは、おれには聞こえなかった。


「でも、着替えとか全部部屋にあるんですけど…」


「ああ、それは友達と一緒に取りに行ってこい。いいか、絶 対 に!一人で行くなよ?」


「はぁーい。

 …うーん、今日はどうすっかな。談話室で寝ようかな」


「…言った傍から一人になる算段するとかホントいい度胸だな?」


「 は!ごめんなさい!」


 いい笑顔なんだけど目が笑ってませんよ、先生。

 思わずさっと立ち上がり、手を胸の前に構えちゃったのはもう仕方ないと思うんだよ。おれは悪くない。美形が怒りの気配を見せるから悪い。


 先生はふぅ、と軽く溜息をつくと、少しの間何をか考える素振りを見せる。


「そうだな…今日のところは、シャルシェーナ女史のところに泊めてもらえるよう、俺が手配しとく。あいつには……まぁ、起きたら、言っとくぜ」


「そうですね、起きたら、でお願いします」


 寝ている魔王は起こしちゃいけない。

 これ常識。


 取り敢えず、ロアナかミリアム探して、着替えは適当に見繕うか。そうとなれば、善は急げだな。


 セイル先生にお礼を言って、別れを告げて手を振ると、なんだかカイフに鼻で笑われた気がした。なんだ、「貴様ごときがオレに別れの挨拶してもらえるとでも思ってんのか、片腹痛いわ!」的な感じか!そうなのか!?

 くそう、もっと仲良くなって、その内別れを惜しませてやるんだからな!覚えてろよ、もふもふカイフ



 あ。でもその前に、お触り許可という障害が立ちふさがってた…



 * *



「それでは、今夜一晩、お世話になります」


「ええ…どうぞお入りになって…」


 口調、振る舞い、服装、そのどれをとっても申し分ない、やんごとなき身分のお嬢様のようなこの女性は、レイシェル・エイン・シャルシェーナ。明け方の空のような綺麗な菫色の髪を、地面につくかつかないかまで伸ばし、その憂いを湛えたような薄氷色アイスブルーの瞳が、真っ白な肌と相まって儚げだ。しかも静かな声とその声量が、余計に『守ってあげたくなるタイプ』だとか、『深窓のご令嬢』とかいった雰囲気を醸し出す。そんなタイプの美人。


 彼女はこの学園の、莫大な蔵書を誇る図書室の司書さんだ。

 名前からしても分かるくらい、高い身分(伯爵令嬢だっけ?レスターより上なのは確かだ)のお嬢様なのだが、どうしてもこの学園の図書館で司書がしたいと試験を受け、それを見事パスして見せたらしい。外見に見合わず、随分と行動力のあるお嬢様である。


 さらにその記憶力や博識ぶりは、学園の教師陣ですら舌を巻くほどだとか。『図書室と書いて迷宮と読む』とすら言われる、この学園図書館の、どこそこにあれがあるだとか、それはどこの棚だとか、そういったことすら全て・・記憶しているというのだから驚きだ。

 しかも返却期限を過ぎたときの取立て(?)が、大変厳しいことでも有名である。この矮躯で、一体何をしでかすんだろう。


「お邪魔しまーす…」


 何か分からないものが出ても、彼女といれば、せめて正体くらいは掴めるだろうというセイル先生の計らいだ。うん、おれは魔法やらそれ系の魔物にゃ疎いからな。


 一応、一言断って部屋に入ると、おれたち生徒の部屋より少し広めで、シャルシェーナさんの趣味なのだろう、質素でありながら上品さと可愛さを両立させた、統一感のある家具で埋められていた。ただし――


「あの、この本の山は…」


「ああ…ごめんなさいね。これでも、片付けたのだけれど……下手に触ると、崩れて色々と埋もれてしまって…」


「ああ、なるほど…」


――寝床とソファ以外、どこを見ても本、本、本。本の山や塔が、そこかしこに出来上がっていて、足の踏み場もない。さてはあれか、片付けられないタイプか。一応努力はしてみたらしい跡をちら、と見て、彼女が申し訳なさそうに言う。…ていうかちょっと雪崩起きてんじゃね、これ。


 そんで、おれはここの一体どこに臨時居候かりずまいさせていただけばいいのだろうか。


「こちらへいらして…そう、そちらから、そう…まぁ、素晴らしい運動神経してらっしゃるのね…素敵。

 寝る場所ですけれど、貴女が、ベッドを使って頂戴…わたくしは、ソファで充分ですから…」


 いつの間にかベッドの近くへ移動していたシャルシェーナさんが、指をさして、僅かな隙間を渡るおれを誘導してくれる。そんな彼女の傍に辿り着いたおれに向けられた、そのうっすらとした微笑は、男女ともに魅了するであろう代物で、うっかり「はい」と返事しそうになった。


「え、あぁ、いやいやいや!いいですよ、おれがソファに寝ます!だってお邪魔してんのはおれだし。野郎ならまだしも、女の人ソファに寝かせるとかありえない!」


 うん、レスターとか相手ならむしろベッドはおれのものだけど。


 わたわたとそう言ってソファに行こうとすると、どこにそんな力があったのかというくらいの強い力で引き止められ、ぎゅっと両手を握られる。

 え、何これ。


 戸惑いつつ、少し上にあるシャルシェーナさんの顔をそっと見上げれば、どこかうっとりした表情で、しかし視線をうろうろと彷徨わせる彼女が見えた。薄い、けれど形のいい唇が何か言いたげにむつむつと動き、意を決したように、迷子になっていた視線がおれに合わせられる。


「――あの、では…一緒に、寝ませんか?」


「ん?」


 その後、昔から年の近い子と一緒のベッドで寝るのが夢だったとか何とかいった話を、鬼気迫る様子で詰め寄るように語られたおれはしっかり押し切られ、なぜか無駄にでかくてふっかふかなベッドで一緒に寝ることになっていた。

 なぜだ。



 もちろん風呂は入ってから来たよ!

 ついでにベッドはふかふかで気持ち良かったので、いつもより寝つきが良かった。




 * *



「――、――、、」


「…ん、ぅ?」


 まだ夜中だろうが、何か聞こえて目が覚めた。重い瞼を無理やり開けると、覆い被さるような格好の、光る人型が。


「!っこの!」


 反射的に、バッと右手で振り払うように人型をはたくと、軽い手応えと共にベッドの足元へとそれが吹き飛んでいく。本が崩れる音が闇に響く。

 さっと起き上がり、片膝をついた状態で、枕元の木刀を片手正眼に構える。空いた左手をシャルシェーナさんが寝ていた方へと彷徨わせると、そっと触れてくる手の感触。


「シャルシェーナさん、おれの後ろへ」


「…ええ。貴女と、セイルさんが言っていたのは、これ…ですね」


 彼女の戦闘能力は未知なので、アテにはしない。戦えないこと前提で動いておく。

 ゆっくりとした動作で、光る人型が立ち上がった。


「―、――、―!」


 相変わらず、何を言っているのかよく分からない。けど、さっきとなんか、イントネーションというか、何か聞こえ方が違う気がする。


「…あれ、なんて言ってるか分かります?」


 念のためシャルシェーナさんに聞いてみる。その間も決して光る人影から、視線は逸らさない。何か腕組みしだしたぞ。

 すると、隣から不思議そうな声音が返ってくる。


「何か、言っているのですか…?」


「え…」


 思わずシャルシェーナさんの方を見る。うっすらと闇に馴れた目が捉えたその美貌は、きょとんとして、まさに目を丸くしている、といった様子だった。


「わたくしには、何も、聞こえませんが…」


 え。おれにしか聞こえてないの、これ。

 急いで人型に目を戻すが、それは全然その場を動かず、ああでもない、こうでもない、といった様子で、やっぱり何か言っている。


「―、~、、~~~!!」


「…言ってますけど、何言ってるか全っ然分かんねーのですよ。何か言ってんなー程度にしか」


 おれがそう答えたのが聞こえたのか、「がーん!」と効果音をつけたくなるくらいショックを受けたらしい人型が、がっくりと膝をつく。また本が崩れる音がした。

 …悪いやつでは、なさそう?


「まあ。こちらの言葉は、通じていらっしゃるようですね…」


「ですね」


 シャルシェーナさんにその場にいるように耳打ちすると、未だショックから立ち直れていない人型に、そっと近づく。もちろん、臨戦態勢は解かずに。


「…おい」


「!」


 がばっ!と顔をあげる人型。木刀を突きつけると、そろそろと両手をあげる。


「お前―――何なんだ」


 何者だと言いかけたが、むしろ何なのか分からないのでこう聞いてみると、雰囲気的に何か弁解でもするような調子で喋りだす。それでもやっぱりよく分からないのだが、ちょっとわかる言葉が混じり出した。


「――、みか~、き――、でて・た―!」


「いや、なんだよ。『みかきでてた』って何かの呪文か?」


 表情どころか顔自体ないはずのそれは、しかし我が意を得たりといった様子で、何かを必死に思い出すような素振りを見せ始めた。


「ねぇ、ジルさん…」


「ぅおあわ! っくりしたー…」


 突然耳元に聞こえた声にびっくりして、身体が跳ねる。なんでこの人こんなに気配消すの上手いの?しかもめちゃくちゃ近くにいるんですけど。いつのまにか肩に手を置かれて、しかもぴったりくっついてるんですけど。

 目の前にいる人型が、おれの声に驚いたのか、びくっとしてこちらを見上げた。


「ごめんなさい…驚かすつもりはなかったのだけれど。わたくし、気配消して動くのが癖なのです…って、ああ、どうでもいいですね、このようなお話は…」


「いや、でもどうしたんですか?危ないものかもしれないし、下がっていた方がいいですよ?」


「いいえ、ジルさん…こちらの方、危険なものではありませんわ…ね、そうでしょう…?」


 シャルシェーナさんがそう言って、人型を見る。おれもつられる様にして見る、と。


「ああ、そうだとも!私は危険なものではないぞ!」


「おわああ!?まともに喋った!」


 驚いて叫ぶと、人型が再びショックを受けたようだった。その様子を見て、ころころと笑ったシャルシェーナさんが、耳元で囁く。


「――こちらは、精霊様、ですよ」


「せ、精霊?」



 あっけにとられるおれの目の前で、ショックから復活したらしい光る人型――精霊が、満足げに頷いた。



 * *



 魔力が切れそうってことでちっこい光になった精霊は、自らを光の精霊だと名乗った。そうして、ベッドの上に胡坐をかいて座る、おれの周りをふわふわと飛び回っている。シャルシェーナさんは、そんな光の精霊(自称)を、楽しそうに眺めている。


「で、今までのストーキングは一体何なんだ。精霊ってのは趣味・ストーキングなのか?」


 精霊(自称)が落ち着いて、おれの前で滞空したところで、じとりとした目で睨みながら聞いてみる。


「いや、結果的にストーキングになってしまったわけだが!断じて違う!弁解させてくれ!


 …そのな、お前を一目見かけた時に気に、入ってしまってな。ふふ。契約したいから声をかけようと思って、一念発起、住処から飛び出してきたのだ。でも『いざ!』ってなったらな、その、こう、心の準備というか…それで、明日こそは、明日こそはって延ばしていくうちに、後ろからこっそり眺めているのが楽し――ゲフンゲフン、いや、違う。違うからそう睨まんでくれ。睨まれても愛らしいだけ――あああ、すまん!謝るから無言で凶器を構えてくれるな!木刀それはしまってくれ!意外と叩かれると痛いのだ、物理攻撃効くから!!


 それで…そう、だんだんと魔力が消耗してしまってな。このままではまずいと思って、思い切って行動に出てみたのだ」


 精霊は、何かに宿った状態でないと、人工物の近く――特に建物の中では、魔力を外部から補充できないために、消耗する一方になるらしい。消耗しきると、最悪消滅するのだとか。

 ちなみに、おれにしか声が聞こえなかったのは、シャルシェーナさんに精霊魔導師の適性がないからだそうだ。精霊の声は、精霊本人が人にも聞かせようと意識しない限り、適性のない者には聞こえないものなのだとか。

 言葉が分かんなかったのは単純に、こいつが古代語喋ってたからだ。


「だけど…物理攻撃が効くというのなら、結構高位の精霊様のはずでは…」


「そうなんですか?」


「ええ…普通、精霊様は、実体など持ちませんから…触れることすら、できないはずです…それに、高位の精霊様といえば、中々契約に応じていただけない、と有名ですよ…?」


 へぇ。このストーカーがねー。

 高位の精霊サマだと。しかもおれが気に入ったから契約したいと。へー。


「イラネ」

「即答!?いや、少しくらい躊躇ためらってくれても!」

「いりません、すみません、巣穴にお帰りください」

「何故だ!私結構強いのだぞ!?きっと後悔するぞ!!?」

「ハウス!」

「嫌だ、戻らぬ!」


 いらないと言うのに、しつこく食い下がる推定高位精霊(自称)。

 いや、だってさー?なんかさっきの台詞の中に無視しちゃいけない言葉があったよな、開けちゃいけない(犯罪的な意味で)扉開けちゃった発言してたよな。おれ、変態とは関わりたくない。

 しかもストーキング対象おれかよ、っていう。


「あのぅ…よろしいでしょうか…」


 低レベルな言葉の応酬になっていたところに、シャルシェーナさんが口を挟む。


「なんですか、おれはこの変態自称精霊を何とか追い返せないかと忙しいんです」


「そんな、酷いではないか!私はただ…っ、


 お気に入りになったお前の行動を見守るという新たな楽しみに目覚めただけなのに!!」

「それが一番気色わりぃんだよ馬鹿野郎」


「まぁ、落ち着いてくださいな、お二人共…」


 ふふふ、と、軽く指先を口元に運び、妖しい笑みを浮かべるシャルシェーナさん。この人いちいち色っぽいなー。


「ジルさん、この申し出、受けるべきかと思いますよ…?」


「えー!なんで!?」


「精霊様というのはそもそも、滅多にお目にかかれる存在ではございませんわ…高位精霊様ともなれば、尚の事。その上、高位精霊様は、気に入った者でなければ、契約どころか姿さえ見せぬ、とお聞きしますもの…」


 そうは言うけど、こいつ変態ストーカーに目覚めてんぞ。そんなのとオトモダチとか嫌ですよ、ええ本当に。

 渋い表情をするおれの心情を察知したか、シャルシェーナさんはさらに畳み掛けてくる。


「貴女、剣士だけれど、精霊魔導師でもあるでしょう…?精霊様と契約すれば、戦術の幅も広がりますよ…?」


「う…それは魅力的ですけど」


「それに、高位精霊様といえば、並みの精霊様達と比べても永き時を生きているため、比類なき強さだともお聞きしますわ…そんな精霊様が、貴女を気に入ったと言って、自らの消滅の可能性すら厭わず、出ておいでになったのです。これはまさに、運命ですわ…またとない、好機チャンスですのよ…?これを逃す手はありませんわ…」


「えと、あの、」


「ジルさん…ここは、潔く契約を交わすべきですわ。光の精霊様というだけでも希少価値レアリティがあるというのに、それも高位精霊様が、自ら人工物の中においでですのよ…?歴史を紐解いてみても、その様な事例、ほとんどございませんもの…此方様のストーキングだって、元を正してみれば、純粋に好意から始まっておりますでしょう?」


「いや、でも、」


 だんだんと饒舌になってきたシャルシェーナさんが、言葉を紡ぐ度に近づいてくる。おれが反論しようとすると、そこに言葉を被せて言わせない。ベッドの上に座りながら、彼女が近づく度に下がるが、その分距離を詰められる。ぎりぎりまで追い詰められた時、にっこりと妖艶な笑みを浮かべたシャルシェーナさんに、がしっ、と音がしそうな勢いで両手をぎゅぅっと握られる。

 あれ、デジャヴ。


「…ねぇ、ジルさん?」


「う…はい、契約、シマス…」


「おお、やっと分かってくれたか!」











 ――拝啓、ご家族の皆様。


 ジルは今日、変態精霊ストーカーをゲットしました。




「ジルか。うむ、良い名だ!私のことは…そうだな、ウィル、と呼んでくれ!」


「もう好きにしろよ…」






 * おまけ *


「ところで、ジルさん…?」


「え、まだ、何かあるんですか?」


 もじもじとしながら、シャルシェーナさんが手を握ったまま離してくれない。むしろさっきより力が強い。

 恥じらうように視線を左下に向けて、



「その…わたくしのこと、『お姉様』、って、呼んでほしいのですが…」

「 は」



頬を染めてとんでもないことをのたまった。…この人そっち属性だったか!

 ウィル、そんでてめぇは嬉しそうにちかちかしてんじゃねぇよ。




 取り敢えず、全力で逃げました。怖かったです。

 図書館には、もう行けません。

あ、あれ?ウィルはちょっとズレただけの、変わり者な精霊にするつもりだったはずなんだけど…どうしてこうなったw


…うん、でも大丈夫。基本の「ジル大好き」は変わってないですからね、うん。ちょっと、好きを拗らせて変態さんになっちゃっただけですから。大丈夫、大丈…大丈夫かなぁ?


「知らんわ!なんで変態要素足しちゃったんだよ、迷惑な!」

「ジル、ジル!朝は私が起こしてやるぞ、安心して眠るといい!」

「いらねぇよ!むしろ不安しかねぇわ!!」

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