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七話 春の大運動会ってなんですか

『大運動会』の本番は次で。

「なるほど。セイルから話を聞いて、まさかとは思ったけど――本当に、そのまさかだったとはね」


 翌日、少し木刀を振ってからフィルの所へ向かい、光の精霊・ウィルの話を報告した。ちょうどセイル先生もいたので、ちょっと恨みを込めて睨むと、とてもすまなそうな顔をしていた。どうやらシャルシェーナさんの話は、既に耳に入れているらしい。あとでたっぷり話し合いをしようと思う。


「結局、シャルシェーナさんとこいつにタッグ組まれて、逃げられなくて契約したんだけどさ。…解約ってできないの?」


「な、何だと、ジル!この期に及んで、私を、捨てるというのか…!?

 …いや、よしんば捨てられたとしても、建物の裏から、木々の隙間から、草葉の影からこっそりとジルを眺めて暮らすという楽しみが、私にはまだ残されている…!」

「よぉし、よく言った。消滅させてやるから覚悟しろー?」


 怒気を孕ませつつ笑顔で言うと、若干光が弱々しくなり、ぴたっと静かになる。

 最初は高位精霊ということで興味津々だったセイル先生の目が、今のやりとりでウィルの性格を把握したらしく、とても残念なものを見る目になっている。フィルはというと、彼とはまた違った意味で残念な精霊を優雅に眺め、その綺麗な顔を笑みに形作る。


「彼では不満かい、ジル?高位精霊なんて、今回を逃したら姿すら見られないかもしれないよ?」


「高位精霊じゃなくていいから、せめてもうちょっとマトモなのが良かった」


「待て、ジル!悪いことは言わん、私に決めておけ。これでも結構強いからな、決して損はさせぬぞ!

 …まぁ、しかしこう邪険に扱われるのが、楽しくなってきた私がいるのも確かなのだが…」


 なんか聞こえた気がするけど、気のせいだと思いたい。

 おれの周りをふよふよと漂う光の塊が、恥じらうようにゆるく点滅しながら言った言葉が届いたのだろう、セイル先生が完全に同情の眼差しを向け、さすがのフィルも口元が一瞬引きつった。


「…契約の破棄は確かできたはずだけど、戦力的な意味では、おすすめしないな。何より、ジル。君の体に負担がかかるぞ」


「多少の負担なら覚悟してる…けど、正直一生付きまとわれるのは嫌だ。いっそ消滅させちゃだめだろうか」


「いや、消滅させんなよ。精霊の消滅は自然のバランス崩すから、危険なんだぜ?それに、ちょうどいい時期に契約できたんだから、もう暫く付き合ってやってから決めても、遅かねぇと思うがな」


「時期?もうすぐ火五の月メヤークのつきですけど、何かあるんですか?」


「ああ、そういえば、新入生たちへの説明はまだだったな。多分、じきに説明があるとは思うが――」


 ちゃんと「先生」の表情になったセイル先生は、普段話す時の「気のいい兄ちゃん」じゃなくて、妙にきりっとしていて格好いい。女子生徒の間では、そのギャップが良いと話題に登ってる。おれは魔獣使いじゃないし、セイル先生の授業受けることないから「先生」の顔してるとこ見たことなかったけど。

 そうして話しだしたのは、そういえばざっと年行事の説明の時に名前だけ聞いたな、というもので。


「――春の大運動会、だ」


 そもそも『運動会』というものがよく分からなかったのだが、冒険者を養成する学校で「運動」をする「会」なら大規模な戦闘訓練か何かだろうと、よく話すクラスの野郎共と、当てずっぽうに憶測を言い合って終わっていた。


 ロアナやミリアムあたりの、よく一緒にいる女子とはわりと慣れてきたんだが、どうもあの同性同士特有の距離感のなさやらくっつくコミュニケーションには慣れない。だから自然と、ウェイグだとか男子の中につい、ふらっと行ってしまう。それに、女にされる前で経験している男同士のコミュニケーションでは、せいぜいじゃれあうような組手程度のものだったから、腕を組まれて胸が当たるとか、気づくと極自然に手を繋がれてたりとかいうタイプのゼロ距離コミュニケーションに、おれの女性慣れしていない心臓は全く持たないのだ。しかも他意がないぶん相当タチが悪い。

 この間なんて、クラスの獣人の女子にいきなり後ろから抱きつかれてびっくりした。気配を消して近づくのが得意なその子は、確かネコ科の獣の特徴を持つ『猫虎びょうこの民』だった。あの時の彼女は、確かに狩人ハンターの目をしていた。他人を驚かせるのが趣味らしい。ついでに揉まれたんだが何でだ。



 話が逸れたが、セイル先生が言うにはこの『春の大運動会』の他に、地九の月セフトのつきにも『秋の大運動会』があるらしい。春と秋は、魔物や魔獣の動きがもっとも活発になる時期である。雪国ではそうでもないらしいが、基本魔獣も魔物も、冬は大人しい。それが春になり暖かくなると、動きが活発化する。魔獣は食物を口にするし繁殖もするため、純粋に春になり個体数が増えて程よく成長したせいだったり、冬支度に向け、豊富に実った食料を求めて縄張りの外にも出てくるせいだったりするのだが、魔物の場合は違う。


 そもそも季節が移り変わるのは、自然界を流れる魔力の流れが原因だ。様々な属性の魔力が世界を経巡り混じり合うことで、季節が生まれる。例えば冬なら水の気が多く流れるために寒くなるし、春なら風が冬のあいだに留まっていた生命を運び、、夏は火が強いために暑くなり、秋は地が強いから大地の実り多い季節となる。

 魔物はその四季のうち、最も生命に直結するエネルギーが溢れる、春と秋に活発化するのだ。



「で、運動会ってのは、どっかの異世界の書物に載ってた行事らしいんだが、それを『ウェルヘイムうち』風にしたのが、大運動会だ」


「…それって、もしかしなくても学園長の提案ですよね」


「よく分かったね、ジル。あの人――というか、あの一族は、自分が「面白そう」だと思ったら、即行動に移す傾向があるようでね。いや、本人の資質などには一切問題はないんだが」


「だよなー。振り回されるこっちの身にもなれってのなー」


 ああ、やっぱそうなんだ。


「その辺はほら、天才の考えることは訳分かんねぇなって割り切るしかないですよ、先生」


 うちの姉ちゃん然り、天才と呼ばれる人物ってのはどうも常識がいろいろとすっぽ抜けてる節がある

。あと、思い立ったら即行動とか。その後に起こるであろう惨劇を顧みないとか。

 そんな行動の内にいくつか評価されることを成し遂げれば『天才』なのだ。一番迷惑を被る身内などの身近な人間からすれば、なんとも迷惑な生き物ではあるが、確かにお陰で色々文明なんかが発展したりもしているのでなんとも言えないという。


 うーん、やっぱり迷惑な生き物だなぁ。


 今までの姉ちゃんの数々の行動を思い出して遠い目をすれば、セイル先生が本日二度目の同情の視線を向けてくれる。嬉しくない。


「あー…ところで。話の腰ぼっきり折っちゃいといてなんですけど、その大運動会って何するんですか?」


「簡単に言えば、全大陸規模の魔物・魔獣掃討戦だな。ああ、新入生は強制的にレーテ大陸だから安心しろ。あとは、実力に合わせてそれぞれの大陸に配置される」


「詳しいことは、実際に参加した者に聞いたほうが分かり易いだろうね。ジル、君ならもう、上級生に知り合いくらいいるんだろう?」


「あー、うん。よく稽古付けてもらってるひとが二人。あと、フィル知ってたっけ?レスターっていう、うちのド田舎を領地に持ってる領主の息子」


「…ああ、いたな。そういえば、彼もここの生徒だったね。

 …うん、彼らに聞けば、実際の雰囲気なんかも掴めるだろう。友人たちと聞いてみるといいんじゃないか?」


「うんじゃ、聞いてみるー」


 早速ティオナ先輩かガレク先輩を…いや、ティオナ先輩はガレク先輩とセットで探した方が良い気がする。説明とか、教えるってのが苦手だって言ってたし。レスターは、昼休みごとに強制的に「昼飯だぞ!」って連行してたら、呼ばなくても来るようになったし。

 となると、昼休みまでに二人を見つけて連絡取っといた方がいいのかな。昼ならみんな揃うだろうし。




「…取り敢えず黙っておったが、私の処遇は今のところこのまま、ということでいいのか?」


「…最初から本気で追い出そうとは思ってねぇよ」


 今まで賢く黙っていたウィルにそう答えれば、ほっとしたような様子で左の肩口に寄り添ってきたから、追い出せばもっと気味の悪い行動に出そうで怖いから、とは言えなかった。


「期待していてくれ、ジル。迷惑をかけた分、役に立つと約束する」


「おう」


 精霊って、根本的な部分はどうやら健気なようだ。

 ウィルに対する返答を聞き二人が満足気な笑みを浮かべていたことなど、部屋を出るため既に背を向けていたおれは、知る由もない。




 * *




「ああ、大運動会か?あれは…まぁ、戦闘に慣れたものなら大丈夫だろうが、慣れていないと、体力やら魔力の配分ペースを間違えて途中でへばる者が多いな」


 そう言って、ガレク先輩がおれとミリアムの用意した昼食を、美味しそうに口に運ぶ。


 今いるのは、学園ではなく寮の食堂だ。昼飯は皆普通は学園の方の食堂か、ちょっと外に出て、学園都市内部の食堂かファーストフード店で済ませているため、寮はしっかりあいている。

 あの二人に言われたとおり、メレイ先生から春の大運動会についての説明はあったのだが、セイル先生とフィルの説明に毛が生えた程度の補足のついたものでしかなかった。だからいつものメンバーであるウェイグ、ロアナ、ミリアムの三人に今朝の話していたところ、いつの間にかおれの背後にいた例のハンター少女、シルティが会話に参加してきた。曰く、


「じゃあさ、それ、同じクラスのよしみであたし達も聞いちゃダメかな?やっぱさー、経験者の話って聞きたいし。同じ場所に配置させるんだもん、情報の共有って大事だと思うよー?」


ということだそうだ。それに今現在の授業内容では、新入生は先輩方と関わることが殆どなく、情報源も限られてくる。そんな背景もあって、なんとか捕まえたティオナ先輩とガレク先輩に了解をとり、クラス全員+αの、先輩による大運動会説明講座が開かれたわけだ。

 ちなみにティオナ先輩とガレク先輩が提示した条件は、今日のお昼をご馳走することだった。故に比較的まともに料理ができるおれとミリアムが厨房に立ったわけだが、なぜか周到に用意されていたフリルエプロンを強制着用させられたのは納得いかない。自分の見立てに間違いはなかったと目を輝かせていたクラスメートの女子が数名いたので、主犯はこいつらなのだろうが、全くどうしてくれようか。


「まぁ、場所的には『世界の裂け目クラック』やら『奈落の芽アビスタワー』の近くだから、驚くかもしれないねぇ」


 ガレク先輩と同じく、ティオナ先輩が嬉しそうに食べながら言う。気に入ってくれたらしいのは嬉しいんだが、今なんて言った。


「えっと、『世界の裂け目』はともかく…『奈落の芽』の近くで戦闘するんですか?」


 控え目に訪ねたのは、ティオナ先輩の向かいに座ることになった、茶色い短髪をツンツン頭にしたクラスメート、ヘイス・バーグラットだ。確か、得意な獲物は槍。閉じているのか開いているのか分からない、細い目が特徴だ。

 ヘイスの質問ににやりと漢らしい笑みを浮かべると、ティオナ先輩が口の中の物を飲み込み、口を開く。こういう所はとてもお行儀がいいらしい。


「ああ、そうさ。けど安心しな。『奈落の芽』の近くには、上級生や教師が陣取って、手強いのを一手に引き受けるからね。その間に、あんたらは周りの雑魚を掃除すればいい。

 ――ただし、無理は禁物だよ。まずいと思ったら、素直に後方へ離脱することだ。死んじまったら、元も子もないからねぇ」


「ふむ。確か、教師と先輩方以外にも、学園側で腕の立つ冒険者を雇っていましたね。今年も、いるのでしょう?」


「ああ、ありゃ毎年だからねぇ。『奈落の芽』から出た魔物を捌ける人数も足りなきゃ、生徒の場数も足んないのさ」


 だから、絶対に卒業生優先で依頼がだされている筈だよ。レスターが参加者しか知らないであろうことを聞き、ティオナ先輩が答える。うん、レスターも呼んどいて良かった。こいつめんどくさい奴だけど、面倒見いいんだよな。ティオナ先輩やガレク先輩に質問する形で、おれたちに情報を開示してくれる。先輩の顔を立てつつ、後輩に情報を与えてくれているのだ。本当、いい奴だ。


 そんな具合に、昼食を食べながらの説明会は進む。魔物の傾向だとか、実戦で注意すること、初心者が一番陥りやすい危険など、最初こそ話したことのない先輩相手に遠慮していた皆だったが、次第に遠慮なく質問攻めにしていた。結果、何故かクラスの約半数がティオナ先輩を、「姐御」だとか「姐さん」なんて呼ぶようになっていた。どういうことだ。いや、おれも初めて見たとき思ったけど!



 そして。



「そういえば、ジル。高位精霊と契約したんだって?」


「ごふっ!」


 どこから聞いたのか、ティオナ先輩が突然こっちに矛先を向けたせいで、飲んでたお茶を吹き出した。ちなみにこれは、食堂で提供される普通のお茶だ。


 ティオナ先輩が落とした爆弾で一瞬シーンとなった食堂に、おれが咳き込むげふごふ言う声だけが二~三秒響くと、一斉にどういうことだとか見せろとか言う言葉がこっちに集中砲火される。


「分かった、悪かったよ黙ってて!…けど、ちょっと不本意なとこがあるからさ」


「…くっ、オレ達、友達じゃなかったのかよ!同じクラスの仲間だろ、朝一番に、強くなったぜ、って披ろ…報告してしかるべきじゃないのか!」


「そうよ、水臭いじゃない!精霊と契約できたなんて、うら…凄いことなのに、私たちも初耳よ!紹介くらいしてくれたっていいじゃない!」


「…お前らの顔には『精霊って見たことないから見てみたい』っていう好奇心しか見えないんだけどおれの目がおかしいのかな」


 見事なまでに一斉にそっぽを向いたのを見るに、全員ただの好奇心からくる野次馬根性決定でいいらしい。ひと月近く一緒にいて分かったのは、こいつらはこういう時はかなりの確率で団結するという、妙な結束力があることだ。なんとも末恐ろしい。


「でも、実際見てみたいですよね」


「うん、話だけしか聞いてなかったもんね」


「そいつ使って、剣になんか変化あんのか?あんのなら気になるけど…」


「ウェイグ…貴様はちょっと思考を剣から離す努力をしてみろ」


 いつものメンバーには、シャルシェーナさんの件を省いてさっくり事情説明はしてあるので、ウィルのことは知っている。あのひとに関しては、なるべくそっとしておきたい。

 話はしたものの見せていないので、彼女らも精霊に興味はあるらしい。取り敢えず場の収拾も兼ねて、ウィルを呼び出してお披露目することになった。



 精霊は普通契約すると、それぞれの属性を象徴する宝石に宿るか、精霊魔導士の身体の、魔力が普段蓄積されている部分に居候するらしい。精霊魔導士自体が少ないためあまり詳しく解明されていないのだが、この場合、身体に居候というより、魂や精神と呼ばれる部分に居候するような形になるのだという。もちろん精霊魔導士に適性のないものだと憑依された状態になるのだが、精霊魔導士だけは、間借りさせてやれるらしい。どれだけ間借りさせてやれるかは、当人の精霊魔導士としての器次第らしいと、昔ちらっと読んだ、おそらく父さんの仕事用の本に載っていた。



 で、ウィルは今、おれの中に収納(?)されていることになる。



「ウィル、ちょっと出てきてくれるか」


「む?どうかしたか、ジル。言われたとおり、中で大人しくしていたぞ」



 収納時に、外の音や情報を共有するか否かは、任意だそうだ。取り敢えず色々気まずいことなんかもあったりするので、「名前を呼ぶまで出てくるな、見るな」ということにしてある。見えたり聞こえたりしてたら、完全にこいつストーカーを喜ばせるだけだ。



 おお、と感動している皆にウィルを見せて。


「おれのクラスメート、仲間だ。ウィル、挨拶しとけ」



「うむ、分かった。


 私は光を司る精霊もの、どうかウィル、と呼んでほしい。この身朽ちようとも、我が主たるジルがため、その剣となり盾となり護り抜くと約定した。よろしく頼む」



 女子の一部から、きゃあ、と声が上がる。


「い、今の、凄く…」


「?ミリアムまで顔赤くして、どしたー?」


「なんだか、騎士とお姫様の禁断系恋愛小説ラブロマンスにでてくる、告白の台詞みたいです…!」

「いやそれは気持ち悪いからやめて欲しい」





 ええ、切実に。

ウィルは元々騎士っぽい感じのイメージで作ったキャラだったのです。

なので、普通にしてるとどこか騎士を思わせるような言動になる的な…


…うん、ますますなんであんな変態になっちゃったんだろう?

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