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五話 厄介事

ああ、説明入れると長くなる…

 朝、陽が昇りきる前に起きだし、動きやすい恰好に着替えて稽古用の木刀を持つと、静かに部屋の外へ出る。大勢の女生徒が住んでいるが、そのほぼ全員が眠っているであろう時間だからか、廊下はしんとして、誰もいないような気になってくる。


 まだ暗い外へ出ると、まっすぐに目的の場所へ向かう。あまり人目にもつかず、寮からも少し離れた場所だから他人に迷惑をかけることだけはあるまい。少し狭い気もするけど、木刀振るうくらいなら大丈夫そうな場所だ。


 ふーっと息を吐く。そのまま二、三度深呼吸。


 構えて、母さんに叩き込まれた通りに素振りをする。母さんの教え方には言葉がなくて、いつも「見て、覚えろ」という形だった。なんでも、母さんに剣術を教えてくれたお師匠さんがそういうスタンスをとっていたらしく、他に教え方をしらないとか。


 体が温まってきたところで、仮想敵をイメージして、正眼に構える。正眼というのは、切っ先を相手の目に向け中段に構えることで、割とどんな攻撃でも対応しやすい構えだ。母さんの構えの真似をしていた時に父さんが豆知識として構えの名前を教えてくれたんだが、一緒に聞いてた母さんまで「へぇ…」とか感心していたのを聞いた時は、子供心に衝撃的だった。あんた知らずに使ってたのかよ、と。


 母さんの二の舞になってなるものかと、おれは父さんに用語の方も教えてもらった。剣士でもないのに詳しいのは何故か聞いてみたら、返ってきたのは愛する妻のことなら何でも知りたいという、聞いたこっちが恥ずかしくなるようなただの惚気だったことを、よく覚えている。



 そのまま独り稽古を続けていたが、ふと視線を感じて手を止める。

 そろそろ明るくなってきたし、戻って授業の用意でもしようかなー…なんて考えてたとこだから、別にいいっちゃいいんだけど、それでも湧き上がるこの邪魔された感。くそう、誰だ。


 下ろした木刀を肩に担ぐようにして、視線を感じた方向へくるりと振り向けば、面白そうな顔でこっちを見ている深紅の髪の女と目が合った。後ろには竜のような姿の、暗緑色の鱗を持つ鱗人スケイラーもいた。…何なんだ、一体。


「ああ、悪かったね。邪魔しちまったかい?」


「いや、そろそろ止めようかと思ってたとこなんで…ところでどちらさん?んで、何か用ですか?」



 深紅の髪を高い位置で結った女の肌は褐色で、目は濃い赤紫だ。笑顔がなんだか、とってもオトコマエである。思わず「姐御」とか「姐さん」って呼びたくなる雰囲気のひとだ。背がすらっと高く、決してごついというわけではないが、服の上からでも分かる程しっかりと鍛えられたその肉体は、彼女が前衛を請け負う女戦士アマゾネスだということを語っている。ていうかこのひと下手したらそこら辺の男よりでけぇかも。ウェイグよりちょっと小さいくらいだから…レスター、くらいかなぁ。


 鱗人の男は先程から黙っているが、その穏やかな瞳を見る限り、機嫌が悪いわけではなさそうだ。竜によく似た姿を持つ『竜頭族りゅうとうぞく』は、細く小柄な『蛇頭族じゃとうぞく』と違い、平均して二メートル前後の身長を持つとメレイ先生が自己紹介ついでに話していたが、なるほど本当にでかい。メレイ先生と違うのは、その鱗の見た目もだ。一枚一枚が大きくて硬そう、多分鎧いらずなんじゃないだろうか。ちょっと見た感じは、直立歩行でしゅっとしたドラゴンって感じだ。目は穏やかなんだが、そのでかさとごつさが相まって、結構な威圧感を醸し出している。



「あっはっは!こりゃ悪かったねぇ。あたしはティオナ、ティオナ・レールベングだよ。よろしく。

 で、そこの木にもたれてる小型ドラゴンはガレク・ア・ケレイオスだ」


「…ティオナ、以前から言っているだろう。小型ドラゴンはやめてくれ、新入生が本気にしたらどうするんだ?」


 し、渋い…!渋くて深みのある声って、こういう声のことを言うんだきっと…!

 喋り方なんかも落ち着いていて、なんだかほっと安心する感じだ。絶対年上だな、うん。


「すまないな。本当に邪魔をするつもりはなかったんだが、ティオナがどうしても気になると言いはってな」


「だって気になるじゃないか。まだ陽も昇っちゃいない時間だってのに、普段、人気のないようなとこから誰かの気配がするんだよ?気にするな、って方が無理ってもんさ」


 からからと豪快に笑うと、ティオナさん(おそらく先輩)が、ガレクさん(絶対先輩)から視線を外し、その鋭く凛とした目でおれを見る。…この肉食獣みたいな目がすごくウェイグを思い出させるんだが。なんだろうな…剣士とか戦士とかってこういう目のひと多いのかな。…おれ、こんな目したことないよな、してないはずだ。


「こんな早くから、それも新入生が自主的に修行たぁ、感心だ。あたしは嫌いじゃないよ、そういうの」


「いや、それは昨日、なんとも情けねー様を晒したからで…

 ほら、悔しいといいますか」


「昨日…っていやぁ、新入生は実力テストがあったんだっけね。…なんだい、もしかしてボムトレントにでも吹っ飛ばされたかい?」


 にひひ、といたずらっぽく笑うティオナさん。戦闘に慣れていないひとだと、間合いを見誤って突っ込んで、吹っ飛ばされることがよくあるらしい。しかも思いっきり吹っ飛ぶ割にダメージはなく、当たるとボムトレントが笑うような音を出すのだとか。確かに他人が見てる前でやられると恥ずかしいな…


「しかし…確か中止になったはずだろう。二人、森の奥へ入り込んでしまったとか聞いたが…」


「ああ、そういや聞いたねぇ。

 ……夕方になって、ぼろぼろのカッコで泣きながら戻ってきたんだっけ」


 うわぁ…もう噂になってんのかー。随分と耳の早いことで。

 ていうか、それどこの迷子だよ。くっそ、噂流したヤツぜってーシメる。


「念のため言っとくけど、おれ泣いてないですよ。確かに見た目はぼろぼろだったかもだけどさ」


 我知らずむすっとなった声でそう言えば、二人が(いや、やっぱガレクさんは分かんないや)驚いた表情で、おれの顔を改めてまじまじと見てくる。


「…まさか当事者の一人かい、あんた」


「新入生が森の奥へ入って生還するとは…驚いたな、魔獣には遭わなかったのか?」


「いや、そもそもフェローエイプに追っかけられたから、どんどん奥へ行っちゃった感じです。

 そういや、あんなに死ぬ気で走ったの初めてだなー」


「フェローエイプだって!?よく生きてたねぇ…あれ、図体の割に疾いだろう。未熟なやつだと、だいたい初撃で死んじまうんだよ」


「こわっ!!?」


 冒険者やってた母さんに、どこかに討伐に向かうときや荷や人の護送・護衛で街道を通るときは、その付近に出る魔物や魔獣の中から、「これが出たら逃げる」というものがいないか確認してから向かえ、と言われたことがあった。強い奴に遭うと、往々にしてその威圧感やら殺意に動けなくなることがある。だから、先に行動を決めておけば、いざという時にもそれなりに動けるんじゃないかという自論らしい。


 その自論を実行したお陰か否か、出会い頭に硬直することもなく、なんとかまぁ逃げおおせたというわけだ。


「フェローエイプは疾い上に、物理攻撃も通りにくいからな。…本当に、よく生きていたな」


「ああ、それは一緒にいたエルフの子が、上級魔法で消し炭にしてくれたからですよ。その間、おれその子抱えて逃げるくらいしかできなくて。情けねーなぁ、という思いが朝稽古に繋がったというか」


「…エルフといえど、あれから人一人抱えて逃げ回れる君も大概だが、一撃で消しされるほどの魔法が撃てるそのエルフもとんでもないな」


「はー…今年の新入生は粒ぞろい、ってことかねぇ。ガレク、今年はあたしら三年も、うかうかしてらんないよ」


 三年ってことは、やっと半分いったところだ。『ウェルヘイム冒険者養成学園』は、六年制の学校である。とは言っても、進級試験に合格しないと学年は上がらない。逆に、進級試験で先生方のお眼鏡に叶えば、飛び級もありえるということだ。


「ん?そういやぁ、聞いてなかったけど、あんた、名前は?」


 そういや言ってなかった。


「ああ、ジルベット・メイルです。えーと、こういう時は…『よろしくお引き回しください』?」


「ふむ。ジルベット、ジルベット…

 よし、覚えた。学園外で活動できるようになったら、いつでもおいで。先輩剣士として、色々教えてやるよ」


「得手とする武器は違うが、パーティでの戦闘において注意すべき点など、実戦を通して教えてやれるだろうからな。

 …くく、しかしティオナに気に入られたか。ジル、これから覚悟しておけ。俺のようにあちこち引きずり回されるぞ」


「そ、そんなに振り回しちゃあいないだろ?ちゃんと予定は空いてるか、って都合くらい聞いて誘ってるじゃないか」


「おかげで中々ゆっくりできないがな」


「あはは。お手柔らかに願いますよ、先輩」


 二人ともいい人たちみたいだ。ちなみにそれぞれ、ティオナ先輩は大剣、ガレク先輩は戦鎚を得意としているらしい。両方とも体格の良い、膂力のある人が使ってこそ真価を発揮する武器だ。

 おれとは一生縁がなさそうだ、羨ましい…




 二人と別れて部屋に戻ろうとすると、ロアナがおれの部屋の前でうろうろしてるのが見えた。すれ違う人が、何してるんだろうって顔で見ていく。なんとも挙動不審である。


「ロアナ、何してんの?」

「ぴぃ!?」


 声をかければ、びくりと身体を跳ねさせるロアナ。可愛いなぁ、面白いなぁ。


「ジ、ジルちゃん。あの、えと…おはよう、早いね!」


「ああ、昨日は情けないとこ見せちゃったから。朝食の前に朝稽古しようかなーって」


「ジルちゃんは情けなくなんかないよ!私、ジルちゃんがいなかったらここにいないもん!」


 おおう。苦笑いしつつ言ったら、すげー真面目に返された…

 怒ったような勢いで言い返してくるロアナに少し気圧されつつ、何か用があったんじゃないかと聞いてみると、メレイ先生から今日の昼休みに職員室まできて昨日のことを報告するようにと言付かったらしい。


「ジルちゃんにも言おうとしたけど部屋にいないようだったから、後で伝えておいてくれませんか、って」


「あー…陽が昇る前に抜け出したからなー」


「えぇ!?すごい、そんなに早く起きるの?」


「授業とか考えると、それくらいからやんなきゃ。あんま時間とれないだろ?」


「あ、そっか」


 お茶くらいご馳走しようかと思って部屋に寄っていかないかと聞けば、うっすら頬を染めたロアナが慌てたように頭を振って、「朝ごはんまだだから!先に行ってるね!」とだけ言い残して走り去っていった。おれもまだなんだけど、って言った言葉は聞こえてないんだろうな、あれは。しかも昨日逃げてた時より早い気がする。


 まぁいいや。

 とりあえず、ざっと汗流そう。



 * *



「長かったな」


「全く、待ちくたびれたぞ」


 聴取という名の説教を終え、ぐったりとしたおれたちを教室で待っていたのは、ウェイグとレスターだった。ウェイグの眉間に皺がないところを見ると、貴族レスターに対する偏見は払拭されたようだ。


「で、なんでレスターがいんの…?」


「愚問だな。フェスティさんに報告するという大義が、私にはある。ゆえにジル、貴様をここで待っていたというわけだ」


 その間ウェイグとは中々興味深い話ができたがな、と言って笑うレスター。はっきり言って、長い長いというか永いというか、そんな説教の後にこいつと話すのはすごく嫌だ。だってめんどくさい。

 ロアナはウェイグが怖いのか、おれの後ろに隠れてしまった。それに気づいたウェイグが眉根に皺を寄せて、余計に背後のロアナが怯えたのが分かる。そうか、真に相性が悪いのはロアナとウェイグだったか。


「ロアナ、大丈夫だから。ウェイグの顔が怖いのは標準装備だ!」

「お前は本当に失礼なやつだな?」


 拳を作り力説するおれの頭をがっしり掴んで、口元をひくつかせながら笑顔を作るウェイグ。自分の顔の怖さをよく理解しているのか、なんとも効果抜群な表情だ。うん、怖いな。

 ていうか。


「痛い痛い痛い!ちょっと握力っていうか指の力強いねウェイグくん!?」


 んぎゃああああ!なんかみしみし聞こえる、頭の中に響いてる!!

 レスターてめぇ感心してねぇで助けてください!!


 そこそこでぱっと離してくれたけど、頭がイタイヨー。ウェイグが思い知ったか、って顔で見てくる。ち、畜生。こいつ女子だろうとなんだろうと容赦ねぇ…いや、おれ男だけど!でもほら、今見た目女の子なのに!普通ちょっとぐらい躊躇ったりとかさ、ないの!?ないのか、女子だと思っても勝負ふっかけてくるようなやつだもんな!!


 頭を抱えて蹲ると、ロアナが大丈夫?と言いながら抑えている手の上からよしよしと撫でてくれる。ああ、本当に癒されるなこの子…


「ふむ。楽しそうなところ悪いのだが、本題に入っていいか」


「どーぞー」


 こいつ本ッ当ブレねーわー。

 これなら、最初の嫌な予感も杞憂で済むかもしれないな。


 簡単にあったことを説明すると、それをさらさらと手帳に記していく。フェローエイプのところで一瞬動きが止まったが、ティオナ先輩たちと同じようなことでも考えてたんだろう。

 …あ、そういえば。


「なぁ、レスター。この学園にさ、『ベレク・ソーマ』って先生いる?なんか灰色の髪の、冥ーい目ぇした男のひとなんだけど」


 説教メインだったから、メレイ先生には言うのも聞くのも忘れてたや。ロアナも忘れていたようで、横ではっとしてる。だよなー、筋肉猿の方がインパクトあったもんなー。


 レスターが少しの間考えていたが、怪訝な顔をする。


「…そんな先生は、所属していないはずだが」


「え!?」

「うそ!?」


 ロアナと二人で詰め寄ると、おれたちの勢いにレスターが一歩後ろに下がった。


「う、嘘など言うはずないだろう!確かにいなかったぞ。これでも、先生方の名前と顔くらいは全て覚えているが、貴様のいう人物に相当する者は、少なくともこの学園の教師陣にはいない」


「ここの教師って、確か入れ替わり立ち替わりでざっと百人くらいいなかったか…?」


 ウェイグが唖然としてるが、これがレスターだ。そのくらいは把握できてしまうのが、こいつの凄いところだ。おれには到底無理。


「ねぇ、ジルちゃん。これってつまり、部外者がいた、ってことだよね?」


「…そーゆーことだよな。で、おれたちはその部外者に殺されかけた、と」


「フェローエイプをけしかける時点で、殺意しかないと言えるな」


「へぇ。そんな強いのか、そのフェローエイプって魔獣は」


「ああ、あの森では一番気をつけなければならない魔獣だな。力は強い、身体は堅い、おまけに疾い。魔法か、あるいは呪紋スペルで魔法を纏った武器でもない限りは倒せん。わたしたちの持つような、鉄や鋼などの鉱石を鍛えただけの刃物では、幾度挑んだところで無理だ」


 そこまで聞いて、四人で顔を見合わせる。


「…メレイ先生んとこ、もっかい行ってきます…」


「その方がいいだろうな。わたしも、フェスティさんへの報告にその男の件は入れておこう、看過できることではなさそうだ」


「私も一緒に行くよ、ジルちゃん!」


「放課後にした方がいいんじゃねぇか?もうすぐ予鈴鳴るぞ」


「わ。本当だ」


 く。部外者は簡単に出入り出来るところじゃないんじゃなかったのかよ!



 * *



〈簡単なことよ、それ、きっと人じゃないのね〉


 姉ちゃんのその言葉に、メレイ先生とレスターが固まった。

 おれとロアナはわけが分からない。


「え、どゆこと?人じゃないって、じゃあ何なの?」


〈うーん、直接見てないし調べてないから分かんないけど、森の近くで魔力痕探してみなさいな。多分、生身の人間じゃなくて、魔力の塊だか精神体だかの痕跡が見つかるはずよ〉


 今おれは、遠距離連絡のための魔道具『通話水晶コールクリスタル』で姉ちゃんと連絡をとっている。小さな水晶球だが、水面や鏡なんかに投影すれば対個人だけでなく、その場にいる全員との対話が可能になる代物だ。水晶や宝石ってのは魔法の伝導率がいいらしく、魔力を通わせて起動させる道具によく使用される。中でも水晶は一番、音や映像の送受信に向いているのだとか。


 ちなみに、これはレスターに借りている。連絡をいれたら、担任の先生交えて本人と話したいと頼み込まれたそうだ。本当にこいつは姉ちゃんに甘いというか弱いというか。


「しかシ、なぜこの子たちだったノカ…」


〈そこですよ、先生。なぜこの二人だったのか。

 …その鍵はジル、あんたの後ろにいるそのエルフちゃん…ロアナちゃんだったわね?多分その子とあんたの体質のせいだと思う〉


 どういうことだ。


〈そうね…ロアナちゃん、貴女のことにもちょっと触れることになるけど我慢してちょうだいね〉


「ふぁっ!?は、はい!!」


 いきなり話しかけられたせいで変な声が出たのが恥ずかしいのか、うぅ、と唸って赤くなるロアナ。よく赤くなるなぁ。

 それにしてもロアナとおれの体質?なんか特殊な体質だったっけ?


 腕を組んで考えていると、姉ちゃんが呆れたようにため息をつき、これみよがしにやれやれというジェスチャーをする。相変わらず他人をイラッとさせるのが上手い姉である。


〈あんたもう自分の適性忘れちゃったの?『精霊魔法』に適性があるってことは、精霊をはじめ、それに近しい性質を持つ者と関わりを持ちやすいってことなのよ?あんたが望むと望まざるとに関わらずね。ほかの人より、目をつけられやすくなるの〉


「うわぁ、なんて迷惑なトラブル体質…」


〈あんたの体質よ、あんたの。他人事みたいに言わない!〉


 いや、ほら。現実逃避っていうかね。


〈あと、ロアナちゃんは元々の潜在的な魔力保有量が高いのね。普通エルフは、色の濃淡はあるけど金髪なの。けれどごく稀に、それ以外の髪の色の子供が生まれることがあるわ。そういった子は、とんでもない魔力量を持つ〉



 潜在魔力保有量っていうのは、生まれたときにそれぞれ決まっているものらしい。その人が一生の間で、一度に保有できる魔力量の最大値のことだ。これは身体能力と同じで、普段は身体に負担がかからない程度に脳が使用限界リミットを決めていて、成長とともにその限界値が伸びていく。だから魔導士の修行は魔法を覚えることも必要だが、一番はこの限界値を伸ばすことなのだとか。そして限界値が最大値と一致したとき、どう頑張ってもそれ以上増えなくなるため、魔力を普段から宝石などにストックするなどの工夫が必要となってくる。


 だから魔導士という連中にとっては、魔力保有量は多ければ多いほどいい。魔法は上級になればなるほど、発動時に使用する魔力が増加するからだ。また、下級の魔法でも魔力を上乗せすれば威力を上げることは可能だが、どちらにしろ魔導士は潜在魔力保有量がものをいう職だ。



〈この二つを合わせて考えるなら、おそらくあなた達を森へ誘い魔獣をけしかけたのは、精霊に近しいものってことね。魔獣みたいな瘴気を持つような存在、精霊なら避けるもの〉


「だとするト、この子たちを襲った目的は…」


〈ええ、フェローエイプをけしかけて来た、ってとこでなんとなく予想はつくと思いますが、二人共殺して、精霊が好む魔力と、膨大な魔力両方をすっかり頂こうって腹だったんでしょう、その『ベレク・ソーマ』ってくそ野郎は〉


「姉ちゃん、口悪くなってるよ」


〈当たり前でしょ!私の可愛いおと…妹に手を出そうとしたのよ!?これが怒らずにいられますかっての!〉


 今こいつ弟って言おうとしやがった。


「あの、私とジルちゃんの魔力を手に入れて、何かあるんですか?」


〈いい質問ね、ロアナちゃん。精霊やそれに近い性質を持ってると、外から魔力を取り込むことで、より強くなるのよ。逆に言えば、それ以外の方法で強くはなれないわ〉


「そうですね。授業で教えるノハまだ先ですし、私も精霊魔法にはあまり詳しくあリマせんが…精霊は自然界に溢れる魔力ヲ、永い時間をかけて取り込ムことで、その力を増シテいくと聞いています。

 また、精霊に近しいもの、というノハつまり、精神体――分かりやすく言うなラ、理性を持った幽霊ゴーストとでも言えばいいノデしょうか」


〈さすがに専門外と言っても先生ですね、その通り!魔導士の間では、霊魂スピリットと呼ばれてるわ〉



 幽霊は魔物の一種で、瘴気と死人の意識が合わさって生まれるもののことだ。そのせいか一切の理性がなく、生者を妬み恨み羨み、見つけると問答無用で襲いかかってくるが夜にしかでない。よく出るのは古戦場など、打ち捨てられた死体が多く転がっている場所だ。


 その点霊魂は、死んで肉体から離れた、あるいは肉体からわざと分離させた状態の精神体のことで、人格や理性を持っている。生者と違うのは肉体があるかないかだけだ。これが精霊に近しいものらしく、幽霊は瘴気と混ざっているため皆に見えるが、霊魂は純粋な精神体のため精霊魔法に適性のあるものや、魔力量の多い魔導士でないと見えないらしい。


 精霊も霊魂も同じく実体をもたない精神体だが、精霊は自然界の魔力の奔流から生まれ個体となるもので、その本質は自然界の魔力だ。対して霊魂は人の精神体のことを指すため、その本質は人の持つ魔力だ。精霊とは近くて遠い、違う存在ということになる。そのため、魔力を取り込む手段が異なってくるのだ。



 つまり。


「霊魂は精霊と違い自然界から生まれたわけではないために、その魔力を上手く取り込めない。だから、あらゆる種族の人からその魔力を奪い取り込み、己を強化するしか手段がないのだ。ゆえ、強い魔力をもつ、それも未熟な者であれば、やつらにとっては格好の餌ということだ」


〈うんうん。偉いわレスターくん、昔ちらっと私が教えてあげたこと、覚えてたのね〉


「当然です、フェスティさん。貴女の言葉は何より尊く貴いもの…忘れようはずがない」


「お前ほんっとブレねーよなー…」


 ここで口説くなよ。

 おれの呟きにロアナは苦笑いして、メレイ先生がどうしようといった感じに困った空気を出している。うん、ここは二人と長い付き合いのおれが、敢えてこの空気をぶち壊してやるよりあるまい。レスターを遮り姉ちゃんに質問だ。


「なぁ、姉ちゃん。だったら別に、おれはなくても良かったんじゃねぇの?一人だけ襲えば、確実だったろうに」


〈ああ、それは、あんたの精霊に近い魔力にも用があったからでしょうね〉



 精霊が好む魔力というのはつまり、精霊に近い魔力=自然界に溢れるそれに近い性質を持っている、ということらしい。それが体内を巡るために、霊魂を見たり精霊を寄せたりという体質へと変化するのだとか。

 そして精霊魔法をが使えるものは、普通の魔法は使えない。魔力の質が、そもそも違うからだ。


 その質の違う魔力を取り込むことで、霊魂はより精霊に近い存在となり、次第に自然界からも魔力を取り込むことができるようになるのだとか。



〈あんた覚えてないでしょうけど、生まれたとき大変だったのよ?変なのがいっぱい寄ってきてさ。その内の一人をお父さんと二人でとっ捕まえて、聞き出したの〉


 実体のないやつをどうやって捕まえたんだろうか…

 相変わらず、身内のために使う魔法には全力な父娘である。


「つまり件の『べレク・ソーマ』は、より強ク、そしてさらに精霊に近い存在になロウとしている、というこトでしょうか」


〈あくまで、私の憶測の域しかでませんけど、おそらくは〉


 それってつまり、また狙われるかもしれないってことじゃねぇか。

 ロアナやレスターも同じことを考えたのか、苦い表情だ。ロアナに至っては、青ざめてすらいる。


 黙り込んで何事か考えていた風なメレイ先生が、すっと立ち上がり鏡に投影した姉ちゃんの姿に向かって一礼する。


「…ありがとうゴザいます、『魔導創士オリジナルメイカー』フェリスティア・メイルさん。とテモ参考になりマシた。この件は貴女のお考エ含め学園長に報告させてイタダきますね」


〈そうしていただけると、こちらとしても助かります。いろいろと、心配の尽きないなので〉


 にっこりと余所行きの笑顔で笑う姉ちゃんにメレイ先生も笑みを返したようだが、やっぱり鱗人の表情って分かりにくいし怖い。


 会話を終え、『通話水晶』をレスターに返すと、おれたちはそれぞれ寮へと向かった。

 途中ロアナがお姉さん綺麗だねと言っていたから、ロアナの方が綺麗だと思うと言ったら、やだもう、なんて言って、思いっきり背中を叩かれた。…いたいよぅ。



 * * 



「あー…やっぱ風呂ってイイよな…」


 タオルでごしごしと頭を拭きながら、部屋へと戻る。大衆風呂のような大風呂なので、おれとしてはとても、肩身が狭い。

 今は女なんだし堂々と入りゃいいんだろうけど、中身は、男だからな。色々と、こう、思うところもあるわけで。


 その結果、入浴時間ギリギリに、皆が風呂からあがるくらいで入れ替わりに入るという苦肉の策に出たわけだ。別に汗流してさっぱり出来りゃなんでもいいし。


「…うん?」


 ドアの隙間に何かある。

 しゃがんで拾うと、おれ宛の手紙。差出人は…


「…姉ちゃん、『通話水晶』で話すときに一緒に話せば良かったんじゃあ…」


 ていうか多分これ持ってきたのレスター、だよな?きょろきょろしながら女子寮に入って、誰にも会わないように必死にここまで来たであろう彼を想像し、ぶっと吹き出す。お、面白い。学園の方で会ってんだから、その時渡しゃ良かったのに。夕方に着いたんだろうか。


「だとしても明日でいいだろうに」


 部屋に入ってお茶を入れる。よく眠れるように、自分で配合を変えたハーブティーだ。こういうとこは父さんに似たんだろう、あの人もよく、調味料とか自分で調合してた。


 ベッドに腰掛けて、マグカップを片手に手紙を開く。

 読んでいくうちに、おれは思わず中身のたっぷり入ったマグを落としそうになる。

 なんてこった…


「時間が経つにつれて…中身も、女になっていく…?」


 そこに書いてあったのは、おれにかけた魔法の解析が終わった旨だった。

 いわく、やはりこれは「乙女心を理解しないと解除できない」らしく、姉ちゃんの心情が大きく反映された魔法だった。そしてさらに驚くべきことに、なんと時間が経つにつれ、少しずつ、中身まで女性化が進むのだそうだ。そして中身まで完全に女性化してしまうと、二度と、男に戻れない。


 解析こそ終わったものの、他の解除法は今のところわからないらしく、一応探してはみるけど期待はするなとかふざけたことを抜かして、手紙は締めくくられていた。

 おれはぐしゃりと手紙を握りつぶす。



 …姉ちゃん、あのさ。

 これってさ。

 中身まで完全に女になったら戻れないってことはさ。





「おれこれ乙女心理解した瞬間にアウトなんじゃね…?」







 おれの呟きが、虚しく部屋に響いた。

魔力保有量の説明ですが、説明が下手で理解してもらえないかもなのでちょっと補足を。


魔力保有量っていうのは、ゲームで言うLvMAX時のMP数値だと思ってください。で、成長する=Lvアップするにつれて、ちょっとずつ能力開花みたいな感じでMP量の使用限界値が増えていく的な。


…それにしてもべレク・ソーマ。お前ちょっと出すだけのキャラだったはずなのに、むしろ特に予定なかったのになんで気づいたらこんなに重要人物になってるの。

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