二話 三白眼の剣士くん
まだしばらく、はっきりしたフラグは立ちそうにないですね…
頑張れジル!立てて折るんだ!(え
空を翔ける感覚と、陸を駆ける感覚は随分違う。どちらかといえば、水の上を走るような感覚に近い。ちゃんとした足元がない、そんな感覚だ。
不意に伝わる慣れた感覚に、どうやら空の旅が終わったらしいと気づく。グリフォンは確かに空を翔けるのも早いが、しっかりした足もあるため、ガルーダなどと違って陸を走ることもあるのだとミリアムが教えてくれる。
震えていた五人の同乗者たちが、おっかなびっくりではあったが、一応地面の上ということに安心したのか、窓の外を覗いている。おれの隣に座っているやつだけ、何の反応もない。気絶でもしているのかと思い顔を覗き込んでみれば、かなりリラックスした様子で寝息をたてている。一人だけ妙に大人しいなと思っていたら、こいつ寝ていたらしい。
隣に座ったよしみだ、仕方ない、起こしてやろう。
「おーい、着いたぞー。もうすぐ校門だから起きろよー」
軽く肩を揺すってみるが、反応がないの。もうちょっと強めに揺すってみようと力をこめた瞬間、がっと右手を掴まれ、ついでに睨まれる。
「…何だ」
「着いたから起こしてやろうと思って」
にっと笑っていえば、睨んでいた目から凶暴な光が消え、きょろきょろと周りを見回す。暗がりでわかりにくいが、確か待ってる間に見たこいつの髪は黒に近い青だった。濃紺っていうんだろうか。顔をしっかり見たのは今が初めてだが、随分目つきの悪い人間がいるもんだなと思うような三白眼である。さっき睨まれたから分かるが、睨んでもいないのに「てめぇ何ガンくれてんだ」なんて絡まれそうなタイプだと思う。こいつに睨まれただけで戦意喪失するやつとか多そう。
「ウェルヘイムに着いたのか?」
「だからそう言ってんだろー。なんだよ、まだ寝ぼけてんのか?」
案外抜けたとこがあるのか、ぼけたような性格なのか。まぁ、寝起きで頭が回らないってことにしておいてやろう。うん。
そんなことをつらつら考えていると、不機嫌そうな三白眼が再びおれを捉え、眉根にシワがよる。おれ何かしたか。失礼なことは考えていたが、口には出していないはずだ。
そいつが何か言おうと口を開いた時、翼獣牽引車が小さく揺れ、止まった。両サイドに取り付けられた窓付きの扉のうち、おれとミリアムが座るのとは反対側が開かれ、人影が現れる。
「ようこそ、新入生諸君。長いようで短いような、空の旅はお楽しみいただけたかな」
くすりと笑うその人物は、淡く金をまぶしたような綺麗な銀髪を左側にゆるくまとめ、垂らしている。その人物を見たミリアムが、息を呑むのが分かる。そりゃそうだろう、彼は長く尖った耳を持つ美形種族、エルフだ。その整った顔で魅了されないような女は、ほとんどいない。
海をそのまま集めたような青い瞳が、おれを見つけると、親しげに微笑む。
「やぁ、ジル。久しいね。君の名を新入生の中に見たときから、楽しみにしてたんだ」
全員の視線がおれに向けられる。目の前の三白眼ですら、驚いたようにおれを見ている。
「ジル、あの、お知り合いなんですか?」
ほんのりと朱に染まった顔のミリアムが、ごく小さな声で問いかけてくる。おれはそれに、とびっきりの笑顔で答える。
「え?知らないよ、あんな図々しい変態」
「お前初対面だとしたらすげぇ失礼なやつだろ…」
三白眼の彼が呆れたような顔でそう言うが、仕方なかろう、おれはこいつが嫌いだ。ここにいるのは知ってたが、できるだけ接触しないようにすれば問題ないよね!って思って入学を決めたのに、いきなり出てきやがった。
「君は相変わらずわたしが嫌いだね?」
「…だってお前がくると絶対うちに泊まるし。食うもん用意すんのおれだし、めんどくさいし」
お、お泊りまでする仲…!とか言って、どうも勘違いしまくっているミリアムが更に顔を紅潮させて、おれとエルフの顔を交互に見比べる。それに気づいたエルフが、にっこりと笑って言う。薄く青に染まった耳の先端が、楽しげにふるる、と揺れる。
「そうだね、先に君たちには話しておこうかな。
…わたしとジルは、いわゆる男女の仲というやつなんだ。みんなには内緒に頼むよ」
「堂々と大ボラ吹いてんじゃねえぞそこの性悪腹黒エルフ」
「ははは、ただのお茶目な冗談じゃないか。そんな瞳孔が開くほど怒らなくてもいいだろう?」
このエルフは、ライフィルド=スィーク=レーヴェング。おれの姉ちゃんの友人らしく、以前からよくうちに出入りしている。この学園の教師の一人らしいが、姉ちゃんいわく「女たらし」だ。凄い実力の持ち主らしいのだが、女の人を口説きまくってる残念なとこしか見た覚えがない。やつがおれを見て、常々「男か…残念だな」とひとりごちている事を知っている以上、おれからやつに送る評価は「女好きの変態エルフ」以外にない。残念なのはてめぇの思考回路だろう。
ちなみにエルフは氏族というもので分かれ、その氏族ごとのコミュニティで暮らしている。『森の氏族』『水の氏族』『地の氏族』『空の氏族』だが、その生態はあまり詳しく知られていない。彼らはあまり、他種族と関わることを好まないからだ。
エルフの名前には、自分がどの氏族に属するのかを示す単語が入る。この変態――フィルの場合は『水の氏族』のため、それを表す「スィーク」を、ファーストネームとファミリーネームの間に名乗ることになるのだ。
「ところで君は…確か、ウェイグ・ローエンだったかな」
「…何か」
道中眠っていた三白眼くんの名前は、ウェイグというらしい。
突然話の矛先が自分に向き、訝しげに返事をする。こちらに後頭部を向けているためよくわからないが、声音から、さっき起こした時のような不機嫌な顔で睨んでいるのだろうと想像する。ミリアムが険悪な様子にあわあわとしだしたので、小声で大丈夫だから落ち着けと言って、頭を撫でようとして。
「…君は先程からジルの手を握っているようだが、何かな。愛の告白でもしようとしていたのかい」
「!!!」
そういえば、さっき起こした時から掴まれたままだったなと思い出す。フィルに指摘され、ウェイグが素晴らしい反射速度で手を離す。振り払うと言ったほうが合っているかもしれない。
「バカ言ってないで、さっさと新入生を案内してやれよ、レーヴィング先生?」
「バカとはなんだ。わたしにとっては大事なことだ」
はいはいと肩をすくめながら現れたのは、おれたちの乗った翼獣牽引車の御者をしていた、赤みがかった茶色の髪の魔獣使いだ。陽光に煌く紅と金のオッドアイは、獣人と呼ばれる種族と人間のハーフの証拠だ。ハーフは皆オッドアイに生まれ、何と何のハーフかによって、色の組み合わせが変わる。ただし、クオーターになると、オッドアイで生まれるものもいれば両目とも同じ色で生まれるものも両方混在するようになる。
「さぁ、このバカは放っておいて、降りた降りた。俺もグリフォンも、ちょいと休憩が必要なんでな」
ウィンクを決める姿が随分サマになっている。イケメンって呼ばれるタイプってのは、どうしてこういう仕草がいちいち似合うのか。くそ、ちょっと腹立つな。
フィルと対等な感じで話しているところを見ると、この人も教師なんだろうか。だとしたら、きっとミリアムが喜ぶだろうと思い見てみれば、案の定感激に打ち震えている。
「ああ、神様。ありがとうございます…!」
「良かったね、ミリアム。色々教えてもらえるかもよ」
「はい!!」
ぞろぞろと降りていく同乗者たちの後ろに続く。幼い頃から姉ちゃんにレディーファーストというものを叩き込まれていた癖で、ミリアムに先を譲り、最後におれが降りた。フィルを先頭に立てて、降りたものから学園へと向かう姿が見える中、ミリアムが名残惜しそうにグリフォンを振り返り振り返り歩く様に、魔獣使いがあとで見せてやるからと先へ行くよう促すのが聞こえた。
「お前、ジルっていうんだよな」
「ぉお!びっくりした。…先行ったんじゃないのか、えーと、ウェイグくん?」
ウェイグでいい、とぶっきらぼうに言う彼は、よく見れば目つきが悪いことさえ抜けば美形だ。むしろ、美形だからこそ凄みのある怖い顔になるのか。
いや、それよりこいつもしかしておれを待ってたのか?
「なんか、用?…そういや、さっきも何か言いかけてたよな」
じっとこっちを見つめてくるウェイグに問うが、黙ったままだ。
何かと何かを照合しようとしているような、何かを探り出そうとしているような、そんな雰囲気。
さっくり言うなら、ひじょーに気まずい空気である。
「あの、えーと?ウェイグ、さん?」
「――お前、もしかして『ジルベット・メイル』か」
長い沈黙のあと、ウェイグがおれの名前を確認するように聞いた。
……おれ、こんな知り合いいないんだけど。
* *
「驚いたな、お前女だったのか」
「あはは…まあ、そういうことになるかなー」
はぐれそうだったので、とりあえず走ってミリアム達に追いつく。それから話をしてみると、どうやらウェイグが一方的におれを知っているだけだったようだ。試験の時に見かけた、朱色の髪の『ジルベット・メイル』は、確か男だったはずだ、ということで気になったのだとか。
「そんな鬣みたいな髪型に翠の目なんて、他にいなかったからな。なのに、同じ外見で同じくらいの背格好、けどどう見たって女がいる。どういうことだと思ってな」
そういえば、同年代の中では小柄な方のおれの身長は、どうやら女になっても特に変わらないらしかった。それでも骨がどうとかで、今までの服はちょっと大きかったが、基本体格なんかもあまり変わらない。
…しかしそうか。こいつ試験会場一緒だったのか。全く覚えてないが。
「それにしたって、鬣って…ちょっと酷くね?」
「ちょうど獅子みたいな色だし、やっぱ鬣だろ」
「あ、それ私も思ってました!獅子みたいでかっこいいなぁ、って」
「えぇ、ミリアムまで?」
髪の色やたっぷりした量だとか、どう頑張っても落ち着いてくれない髪質は、母さんからの遺伝だ。わりと気にしているんだが。
おれのいたレーテ大陸には、この色の髪はない。だから目立つ。ちょー目立つ。南の方の大陸に行くと、そう珍しくはないらしいから、母さんはそこの出なんだろう。あの人昔っから放浪してたし、出身地とか絶対覚えてないけど。
それにしても、髪の色だけでここまで興味持たれたのも初めてだな。
「ウェイグくんは、その…ジルが気になったっていうのは、どういう…?」
「あ?あー…」
ぽっと赤い顔をしているミリアムを見て、がしがしと頭を掻きながらおれを見るウェイグ。その目が「これはもしかしなくてもさっきのエルフの時と同じ誤解をされてるのか?」と訴えているように見えたので、こくりと頷く。ミリアムの頭は、姉ちゃんと似たり寄ったりの乙女ちっく花園回路をしていることが、ほんの短い付き合いで理解できた。
やっぱりそうかといった風に眉根にしわを寄せ、小さく鼻を鳴らす。
「珍しい髪の色も気になったは気になったが、一番気になったのが剣術だよ」
あんたが期待するようなピンクい理由じゃねぇから、とウェイグが断ると、ミリアムが目に見えて落胆したように肩を落とす。しゅんとなったその頭を撫でてやるが、姉ちゃんと言い、どうしてこういう話題に持っていこうとするんだろう。そういうのが乙女心だっていうんなら、おれには一生理解できる気がしない。
むしろ――
「ああ、あの剣かぁ。珍しいだろ?おれも今んとこ、母さんが使ってんのしか見たことないんだよなー」
「やっぱり、そうだよな!レーテ大陸には、少なくともあんな流派はないしな」
――一剣士としては飛びつく話題はこっちなわけで、当然のように剣術談義に花が咲く。同じ方向へ誘導されている暫定新入生や、すれ違う上級生たちが、不思議なものを見るようにおれたちを見る。何か変だろうか。
「…で、ずっと考えてたんだ。あいつの剣、正面から受けてみてぇ、って」
「おお、そりゃ光栄のいたりだね」
「当然だろ、見たことねぇ剣使うんだぜ?しかも我流にしちゃ粗さもねぇ、だったらおれの知らない流派を使うってことだろ。そんなの――」
年相応な表情をしていたウェイグの目に、ぎらりとした、獰猛で全てを蹂躙するような光が宿る。
にたりと上がった口角に、どくり、と心臓が跳ねた。
「――戦ってみたいって、思うじゃねぇか」
「…その顔で笑うと、悪いひとにしか見えないね、ウェイグは」
この顔は生まれつきだ、と言って溜息をついた時には、あの危なげな光は形を潜めていたが、おれの心臓はどきどきしたままで。
(なんだ、この)
「…ジル?」
無意識に、服の胸のあたりを握り締めていたおれを、心配そうにミリアムが覗き込んでくる。ウェイグはどうかしたのかとでも言いたげだ。
「――ううん、何でもないよ」
ぞわりと肌が粟立つような感覚、高揚感。
それは共に、おれが初めて経験するものだった。
い、一応弁解しとくと、ジルの高揚感とかはあれですよ?
剣士としてこう、「おれもお前と戦ってみたい」とか、「こいつ…できる!」的な。
そういう意味では、ジルは厄介なタイプに好かれそうです。




