十一話外出に危険は付き物です?
お待たせしました。
長くなったので切ろうかと思ったのですが、面倒くs…ゲフンゲフン、切りのいいとこが微妙で止めました。
ぶうん、と槍斧がるわれ、おれを狙って滑空してきたらしい、羽根と小さな手足が生えた変な目玉生物が両断される。
「油断だぞ、ジル!」
「わり、助かった!」
槍斧を振るった主――レスターの叱責が、とん、と合わせられた背中から聞こえた。
周りはこれでもかって数の魔物に囲まれ、分断されたウェイグ達の姿は見えず、声だけが辛うじて届いている状況だ。頼りのガレク先輩も向こう。
対するこっちはおれとレスターのみという、なんとも頼りな…ゲフンゲフン、心許ない戦力だ。
「…なぁ、ジル。後で話があるのだが」
「うーわ、なぜバレたし」
むっとしたレスターの声に、おれの大変失礼な思考回路は筒抜けだと知る。こういう時、幼馴染みって不便だよなー。いつの間にかバレているので、昔からやり辛くてしょうがない。
「とにかく、頭を探すぞ。こういった細々とした手合は、大抵群れの中にリーダー格がいるものだ」
「それさえ潰せば、あとは統率もとれねぇ烏合の衆ってことだな」
「そういうことだ」
そう言いながら、互いに武器を構え直す。
おれはいつも通りの刀を、抜き身で八双に。長物を得手としているレスターは、槍斧を水平に寝かせて、みぞおちあたりの高さに構えている。
あれ、正面から見ると、ちょっと刃の部分が下がってるように見えるんだよな。確か、槍術における正眼の構えで、攻守ともに取り易い形だって言ってたっけ。
対する魔物は、飛ぶための羽根をもつ毛玉だ。
…あ、いや、やっぱ目玉?だろうか。直径六十~七十センチくらいの、でかい毛玉に見えるそれ。その三分の二くらいをぎょろりとした目玉が占めていて、その毛玉と言えばいいのか目玉と言えばいいのか迷う球体のちょうど真ん中両サイドに、三本指のちっちゃい腕がついている。目玉の下、残った三分の一は毛に覆われて今は何もないように見えるが、ここには口がある。獲物を襲う時に、ここがぐぱっと真っ二つに裂けるのである。そこには細かくてちっちゃい、しゃぎしゃぎした牙がみっしり並んでいるのだ。噛まれたら、ズタズタになるだろう。
球体の真下には、これまたちっちゃい足が生えているが、そんなものであの頭部兼胴体なんぞ支えられるわけもなく、蝙蝠よろしく、木の枝にぶらーんとぶら下がっている。
枝にぶら下がり、あるいは周囲を飛び回る結構な大きさの毛目玉群。
これ何てホラー。
とにかく、そんな目玉だか毛玉だかよく分からん生き物に、周囲は埋め尽くされているのだ。
正直に言おう、たいへん気持ち悪い。
「こーゆーの、孤立無援って言うんだっけ」
「四面楚歌とも言うな。
とにかく、この囲いをどうにかせねばならん。何処か一方向でいい、崩して、そこから包囲を抜けるぞ」
「おう。こうも囲まれちゃ、やりにくくて仕方ねえやな」
にやりと笑ってレスターの言葉にそう返し、あと、と付け加えながら、おれは正面のもふもふ目玉生物に向かって踏み込み、
「気持ち悪いから早く終わらせて帰りたい!」
「ああ、全く同感だ!」
叫ぶように言いながら、袈裟掛けに斬りおろし、真っ二つにぱっくりと割る。と同時に、おれの言葉に同意を示したレスターも背後で、目玉包囲網を崩すべく大立ち回りを演じ始めた。
…ちょっとおつかいして帰るだけの、簡単なお仕事だった筈なんだけどなぁ。
* *
返ってきたテストの結果を握り締め、おれとウェイグ、ロアナの三人は顔を見合わせ頷くと、一斉に机の上に開いて見せ合う。
「…おお」
「なんとかなったな…」
「良かったね、ジルちゃん、ウェイグ君!本当の本当に、良かったね…っ!」
感動するおれと、ほっとしたような声音のウェイグ。その表情も、いつも寄っている眉間の皺が薄れて険がとれているせいか、普通にただのきりっとしたイケメンさんだ。滅べ。
そんなおれたちのテスト結果を見て、我が事のように喜んでいるロアナは、当然のように、余裕で合格圏内を叩き出している。
にも関わらずこれだけ一緒に喜んでくれるのは、これで一緒に外部依頼を気兼ねなく受けられるからというだけでは当然ない。
何故なら……彼女は見てしまったのだ。
「いやぁー…しばらく勉強はもういいよな」
「そうだな、遠慮したいとこだな」
「で、でも、ちょっとぐらいはしておかないと、また、その…レスターせんぱいと、ミリアちゃんが…」
思い出したのか、ロアナが薄っすらと顔を青くして、ぶるりと体を震わせ、自らをぎゅっと抱きしめる。ウェイグは露骨に顔を顰め、思い出したくもないといった風だ。
かく言うおれも、できればもう経験したくない。それくらい、あの二人でタッグを組まれると、言葉にするも恐ろしい、鬼教師チームができあがるのだ。精神がトラでウマな感じになっちゃいそうな、そんなレベルなのだ。
「あー…うん、やっぱり、復習くらいは、しよう、かな」
「そうだよ、そうした方が良いよ、ゼヒそうすべきだよ…っ!そしてウェイグ君はもうちょっと授業中起きてればいいと思うよ、どうしていつ見ても大体寝てるの…!」
「いや、じっと座って文字追ってると、眠くならねぇか?」
「それにしたって寝すぎだと思うんだよ、私は!」
ロアナには大変ショックが強かったようで、なんだかとても勢いよく勧められる。おれ達も、もうあのタッグにエンカウントはしたくない。彼らは正しく、混ぜるな危険コンビであった。
ともあれ。
「前提条件クリア!ってことで。早速、放課後にでも、ガレク先輩んとこ行くか」
テストも終わったし、朝稽古も解禁になったし(「朝稽古…?そんなものをしている暇があったら昨日教えた所の復習でもしておけ、この阿呆、鳥頭!貴様の頭はそこだけ藁でも詰まっているのか!?もう一度言うが、この阿呆!!」とはレスターの言である。こいつ、おれだとウェイグに対するより厳しかった。……主に言葉の暴力が)。
ああ、やっと勉強漬けの日々が終わる…!
もう怖い思いしなくて良いんだ、二重の意味で泣きそうになりながら、勉強しなくて良いんだ…っ!
――ちなみに。
「…まぁまぁ、といった所か。しかし私が懇切丁寧に教えてやったというのに、合格すれすれというのが、多少気に食わんな」
昼休みになり、昼ご飯を一緒するついでにテスト結果を見せれば(というより、強制的に奪われた)、眉をひそめたレスターが、多少、という所だけ強調し、そう呟いた。気にはなっていたらしいミリアムも、その隣でちゃっかり覗き込みながら、おっとりと頬に手を当てて、ちょっと困ったような表情だ。
そしておれはというと、ウェイグと並んで、母さんから昔教わった、「精一杯の誠意」やら「礼儀」を示すとかいう正座を実行中である。足痛い。
「うぐ…ゴメンナサイ…」
「うーん。全部ギリギリ、というわけではないのですよね。二人共、出来ている所はちゃんと出来てますし。
どうも、科目によって、出来にバラつきがあるみたいですね…どうでしょう、レスターさん。今度のテストまでに、苦手を徹底的に潰しにかかっては?」
「はァ!?何言ってんだよ?!」
「いや、ちょ!ミリアムさんんん?!」
「ふむ。そうだな、ミリアムの言うことには一理ある。どうせ改善させるなら、徹底的にやっておきたいところだしな。
何より、試験直前になって慌てるなど、そんな無様な真似は私が許さん。…よし、貴様ら二人、今からでも…」
「謹んでご遠慮申し上げます」
なんかレスターさんとミリアムさんが恐ろしいことをのたまい始めたので、おれ達はさっとその場で頭を下げて、謝罪の最上級形態、事前に打ち合わせておいた『土下座』を披露し、揃ってお断りの文句を告げたのであった。マジ怖ぇ。
* *
「そうか、合格したようで何よりだ。
こちらとしても、折角とっておいた依頼が、無駄に成らずにすんで安心したよ」
昼休みに色々脅されながらも、放課後にガレク先輩の所へ報告に行けば、そんな言葉と共に、頭をよしよしと撫でられる。なんか、おれの頭の高さとかが、大変撫で易い位置にあるのだとか。
ガレク先輩以外にもよく撫でられるのだが、あれは、見てたらなんとなく撫でたくなるからだそうだ。おれはご家庭用愛玩動物か。
まぁ、嫌じゃないし良いけどさー。
「おれも、一緒の時間増えるから嬉しい!」
「うぐぇ」
対抗するように後ろから抱きついてきたハルの腕に圧迫され、潰れたような声が出る。
ハルの扱いとしては、『保護預り』という事で決定したらしく、このウェルヘイムで唯一というか随一というか、完全お気楽自由人生活を満喫中だ。
当初はおれ達の教室に居座る事の多かったハルだが、おれが「構って?はぁと」コールをすっぱり無視する所為だろう、授業のある昼間は学園に寄り付かず、この空に浮かぶ学園の敷地を、所狭しと獣化したでかい犬の姿で駆け回っているようだ。一時期、商店街から見慣れないでかい犬の目撃情報が相次いでいたくらいである。無理もない、何も知らずにあんなの見たら、すわ街中に魔獣でも出たのかと恐ろしくて仕方ないだろう。まぁ、事情を説明したら、そんな通報もなくなったみたいだけど。
あとはどうも、グレアの森も彼の遊び場のようだ。昼休みやら放課後に、戦利品を持ってくる。森に生息する魔獣の角や牙だとか、昆虫系の甲殻やら羽なんかだ。
ただその、取ってくるのは良いのだが、特に欲しいものはないようで「頂戴」と言えば、ちょっと珍しいものでも、ハルに嫌われている人(どういう基準なのか、おれにはさっぱりだ)以外ならあっさり貰えちゃうのだ。それくらいなら、テイクアウトを少しは遠慮してほしい。大半は「元あったとこに捨てて来なさい」になるのだ。
まぁでも、商店街の人や武具屋さんだとかが、目の色を変えて捨てるくらいなら譲ってくれと言ってくるので、暫く学園の校門前に積み上げておくことにした。そうしておけば大体引き取って貰える事が分かったので、ここ最近は大体そこに放置してる。金取った方がいいんじゃと思ったりもした(むしろ言った)けど、取ってきたのはハルだ、ハルがそれでも「あげる」と言っているのだから、好きにさせている。たまに何か(おそらく食糧)貰ってるみたいだし、全くの対価なしでもないみたいだしな。
そんなハルは今日もたくさん森で「遊んで」きたらしく、今や放課後の彼の定位置となった校庭(位置的に、森に近いからだろう)に迎えに行けば、何かが色々と山積みになっていた。先に、学園の生徒が物色してからの校門前展示会が、いつもの流れなのだ。
そこには珍しいことにガレク先輩がいて、その山の前で、ハルと何事か話していたみたいだったが。
ともあれ、どうせハルを回収してからガレク先輩の所へ向かうつもりだったのだ、ちょうどいいや、という事で、今に至る。
それにしても、こいつの語彙の貧さと文法の幼さは本当にどうにかならんもんかね?行く先々で、誤解を生む台詞をよく吐き散らかすんだが。
うん、そりゃあもう、軽く呪いたくなるくらいには。
「だああああ、もう!
ハルっ!お前、自分の腕力考えろって何度言えば分かるんだよ!?あとむやみやたらと抱き着くな!」
「…えへ?」
「…ぁあああ!?てめぇ分かった上で分からねぇフリしてやがんだろ!!放せ、このエセ幼児!」
「やだー!」
「だったらせめて、力緩めろ、苦しいわ!」
「やー!だって力入れないとジル逃げるもん!逃げるオンナはちゃんと捕まえとかなきゃダメだよ、ってガッコーのお兄さんが言ってたもん!!」
「お前あのアホエルフみたいなこと言ってんじゃねーよ!」
おれには男に抱き締められて喜ぶ趣味はねえぇぇ!
言いながら、さらにむぎゅう、と抱き締めにかかるハル。この脳内幼児は、どうやら日々いらんことばっかり吸収し、成長(?)しているらしかった。
天然ロマンスエルフといい脳内幼児怪力駄犬といい、誰だ、面白がっていらんことを吹き込んでいやがんのは!見かけたら、ただじゃおかねぇ…!
もぞもぞと身じろぐも、中々その拘束から外れられないおれを見かねたのか、男三人衆がべりっと剥がしてくれる。
ガレク先輩に羽交い締めにされたハルは、両頬をぷくっと膨らませ、随分とご機嫌ナナメをアピールしている。スキンシップの邪魔をされたのが、お気に召さなかったらしい。お前のあれは、見た目が完全にただのセクハラなんだよ。自重しやがれ。
あと、邪魔されて不機嫌になるのは分かるが、おれもちょっと精神的にキツいから。自分よりガタイがデカい上に逞しい野郎に抱き締められてるとか、罰ゲーム以外の何物でもねぇからな?
唯一事実を知ってるレスターなんか、曰く形容し難い感じの、随分面白い表情してたぐらいだ。これでおれの外見が女じゃなかったら、きっと周囲にとって大惨事だったろう。全員で罰ゲームだ。男同士くっついてんの見ても、暑苦しいだけだからな。
あ、でも姉ちゃんの知り合いに変わった趣味のひとがいたな。あのひとにだけは、ご褒美になりそうだ。
「…ぉげふ。助かった、サンキュ」
「まったく。貴様はもう少し気をつけろ」
呆れ顔のレスターが、ハルから救出してくれた時のまま、おれの左腕を掴んで見下ろしてくる。
…つーかさ?助けてもらったおれが言うのも何だが、なんでデカい男二人に捕獲されたみたいになってんだろうか。左をレスター、右をウェイグに支えられて(いや、うん。実際はこう、二人に二の腕掴まれて完全に捕獲されてる感しかないんだけどさ)、おれは遠い目をしつつ脱力する。
「ふえーい」
「お前、全く気をつける気ねぇだろ」
「はっはっは。そんなバカな」
「なるほど、アレな人種は死なんと治らんと言うからな」
「ああ…」
「……もういっそお前らはっきり言えばいいだろ、バカって!言えよバカ!逆に傷つくわ!?」
本人の頭の上でそういう会話するか、普通!?
「わ、わ。えぇと、あのね、ジルちゃん、落ち着いて?ちょっとおバカさんの方が可愛いって、聞いたことあるよ?」
「ロアナ?それはフォローに見せかけたトドメですよ」
………。
「…お前達二人もその辺にしておいてやらないか、ジルが泣きそうな顔で見ているから」
「ガレク先輩ぃぃ」
おれの味方はこの人だけだ。
ちょっと滲んだ視界の先にいるその大きな身体に、おれは迷いなくしがみついた。
うん、ゴツい鱗が、ごつごつして硬かった。ほっぺが痛い。
* *
外部依頼には、明後日の授業のない日に行く事になった。
外部依頼と、学園が発行する内部依頼の決定的な違いは、外部依頼には緊急のものがあるということだろう。どちらの依頼も期限の有り無しはあるのだが、外部依頼にだけは、緊急依頼、または即時依頼というものがあるのだ。大抵、魔獣や魔物の討伐依頼だが。
この場合は、内容を確認し、学生に任せて良いものか、あるいは教師陣から出すか(フィルやメレイ先生含め、現役で腕の良い冒険者達が多く在籍している上、信用もあるから、難度の高い依頼や危急の依頼がよく舞い込むのだ)を判断し、授業のあるなし関係なく依頼完遂を優先するらしい。
実際、現在フィオナ先輩は外部からの緊急依頼で、遠距離出張中である。おれ達の依頼について行きたいから、とだいぶ渋っていたらしいのだが、同行予定だった先生に、文字通り引き摺られて行ったそうだ。
ガレク先輩はそれをにこやかにお見送りし、その際、「裏切者」の称号を彼女から授かったとか。
ともかく、外部依頼は学業よりも優先される傾向にある。知識も当然ながら、経験はもっと必要だからだ。
それでもおれ達が授業優先なのは、言わずもがな、おれとウェイグの成績のために、レスター&ミリアムペアが断固反対した為だ。なんか、今回のテスト勉強見てもらった事で、二人の変なスイッチが入ったらしい。なんか年上としての使命感みたいなものに、燃えているようなのだ。変に面倒見がいいのも、有難いのだが問題である。
あ、でも朝稽古はお許し出たし、期間中よりはマシか。
そんな訳で、日々の座学プラス、有言実行☆レスター&ミリアム特別講師の放課後復習教室が定番化する事に決定してしまった。丁重にお断った筈なのにな、おかしいな。
ミリアムがおやつを用意して、おれが薬草茶やらハーブティーやらを用意して寮の談話室でやっているので(女子寮だが、談話室までなら男子禁制ではないので、割といたりする。男子寮の方もまた然りなのだか、そっちの談話室は、ウェイグ曰く「頭悪そうな先輩方の溜まり場」になっているため、色んな意味で女子の目に触れさせるには危険だそうだ。レスターも頷いていたが、女子には見せられないって、どんな状態なんだろう)、たまにクラスの連中が菓子とお茶だけ貪って行く。おかげで、うちのクラスは男女の垣根なく、大変仲良しなクラスだとよく分かった。ただ、お前らいちいち頭撫でていくな。おれはマスコットか、みんなの弟妹か!
前回のテスト勉強中の修羅場と比べ、相変わらずレスターの罵倒は飛ぶものの、雰囲気は和やかだからか、他クラスや学年の生徒がお菓子に釣られてきたり、ついでにハブられるのを嫌がったロアナもちゃっかり同席していた。
そんな二日間がすぎ、待ちに待った外部依頼体験日。
この時期には珍しく空は快晴、ちょっと暑いくらいだ。ちょうど目的地であるハヴレイ大陸の南寄り、ベグロック山脈手前にある『パータ』という街も、晴れている。とは言っても、ハヴレイ大陸は一年を通して、雨の少ない大陸だ。
ただし、パータはヴァースキア大陸に近い地域のためか、大陸中央部よりは雨が降るし、緑もある。実際ベグロック山脈自体、珍しい植物やら高価な薬草の採取地として有名だしな。
そんなパータでのお仕事は、薬草の納品依頼である。ただし採取してこい、というものではなく、パータから、ハヴレイ大陸の港町『フェルム』へ輸出用の薬草類を届けるだけの、言ってしまえばおつかい任務だ。それでも、立地条件的に魔物の棲む領域を通ることになるため、戦いの心得のない者には結構危険なのである。
今回の外部依頼は、内容を簡単なものにして、後輩達に大体の流れを教えておこうという、ガレク先輩の優しさ満載のお仕事だ。
反対にフィオナ先輩は、わくわくした顔で、サーラットかヴァースキア大陸での魔物討伐依頼(相当上級者向け)をとってこようとしていたらしい。おれたちを殺す気かあの姐さんは。
「そんなわけで、今回はおつかいだ。お前たちの実力なら討伐系の依頼でもあっさりこなせるとは思うが、ほぼ全員が初めてということを考慮するとなると、一番簡単なものの方が、一通りの流れを説明するにも良いだろうと思ってね」
不服かもしれないが、と言いながら、苦笑したガレク先輩がウェイグを見る。
おつかい任務だと聞いて、危険がなさそうだとあからさまにほっとしたらしい女子チームに反し、こっちは若干気落ちした様子だ。眉間のシワが、いつもの四割増である。
…うぅん、おれもおつかいの方が安全そうだしありがたいんだけどな。思考回路が女子側なんだろうか。あ、いや。でもこいつただの戦闘狂だしな、世間一般の男子が皆それを好むわけじゃないよな。うん、おれは正常だ!
…の、筈だ!
「おい、ジル。てめぇまたなんか失礼な事考えてねぇか」
「いや、戦闘になることがあったら全部ウェイグに任せちゃおうかな、と」
じとりとおれを見るウェイグの目が、本当にそれだけかと言っているが、ここで余計な事は言わないのだ。おれは空気の読める男だからな。
「レーテより、ハヴレイの魔物の方が強いらしいしさ。期待してんぜー、オトコノコ!」
「あきらか話を逸らされた気がするんだが、深くツッコんでもロクな返事しかこねぇ気しかしねぇ」
うん、諦めてくれたようで何より。
ぱしぱしと背中(身長差の関係で、やや腰より…ドチクショウ)を叩きながら笑って言えば、呆れた様子になったウェイグがおれを見下ろし、溜息ついでにそう言った。
おお、呆れ顔効果で眉間のシワが減ったな。
今おれたちは、依頼人との待ち合わせ場所である、パータの町の中央に位置する、蒸気駆動式からくり時計塔、通称蒸気時計の前にいる。これ面白いんだ、三十分ごとにぶしゅー、って蒸気を吹いて、中の人形とかがくるくる出たり入ったりしながら、がちゃがちゃ動くんだよ。こんな時計初めて見た。
ミリアム達も初めて見るって言ってたけど、一番食いついてたのは、間違いなくおれとハルだろう。終いに、二人の反応見てる方が面白いとか言われたし。
「それにしても…遅いですね、依頼人」
腕を組んで、時計塔に凭れてずっと黙っていたレスターが、ガレク先輩に言う。
「ああ。先方にも都合というものがあるだろうと思って待ってはいたが…少し、おかしいかもしれないね」
パータに着いたおれたちが先ずやった事は、案内所と呼ばれる、仕事斡旋所へ行く事だった。これは人々からの仕事の依頼を、ギルド未所属の冒険者などとの間に立ち、仲介する施設だそうだ。ちょっと大きめの町に行けば、大体ある。
というか、これがないと町の人なんかも困るのだ、依頼が出せないから。
ギルドに所属している場合は、自ギルドの案内係が依頼人と連絡をとったりしてくれるらしいが、そもそもそのギルドの支店がない場合だってある。そんな時は、何処かのギルドに所属している者であっても、案内所を利用する。案内所は言ってみれば、あなたの町の御用聞き、といった感じだ。
そして学生たるおれたちも、当然のようにギルドになんて入っていない。卒業間近になると、勧誘されることもあるらしいが、今は関係ないことだ。
とにかく、おれたちがその案内所に寄って、依頼人への仲介を頼んでからこの時計塔に着いた時、丁度良い具合にからくりが動き出した所だった。そしてついさっき、それから半時間経ったことを告げるからくりが動き終わったばかりだ。つまり、連絡をとってもらってから丸々三十分経過していることになる。
「うーわー…面倒事のよかーん」
「ジルがイヤなことだったら、おれが頑張るよ!」
「……よし、本音は?」
「おれがやるからゴホービください!」
「却下ァ!
だからそーゆーのどこで覚えてくんだよ、お前は!」
ちょーだい、とでも言いたげに、にこにこと笑いながら、ぱっと広げた両手を突き出してくるハル。誰が呑むか、そんな条件。絶対ロクなこと言わねーだろ。
抱きついてこようとするハルの腕をぺち、とはたき落とす。残念そうな顔をしたハルは眉尻を下げて。
「ガッコーのお兄さんが教えてくれたよ?」
「だから誰だ、そのガッコーのお兄さんって。この間からそいつ、お前にいらんことばっか吹き込んでんじゃねぇか」
「んっとね、内緒。約束したから、内緒」
口の前に指で小さなバツを作り、器用に上目遣い(おれよりデカいのに、よく上目遣いできたな)をするハルの仕草は、可愛い女の子なら大変愛らしいものだ。決して野郎のやっていい代物ではない。それでも、ほんの少しだけ可愛く見えたのはもしかしたら、おれが本格的にハルをペットとして認識しだしているということだろうか。いらんことばっかり覚えていくペットなんていらない、そろそろちゃんと躾した方がいいのかもしれない。
そんな事を考えていたら、そそっ、と側に寄ってきていたロアナが、どこか恍惚とした表情でぽつりとこぼす。
「ご、ご褒美…なんて甘美な響き…!」
「………」
そうか、おれは何も聞いてない。
* *
「依頼人がいない?どういう事か説明して貰えるか」
「それが…家族の話によると、今朝早くに薬草摘みに出掛けたまま、戻って来ないらしいのです」
あれからさらに十分程待ち、案内所で訊ねてみた所、案内所のお姉さんからそんなお返事をいただいた。さすがに鱗人を見慣れているのか、険しい顔をしているせいで、いつも以上に迫力のあるガレク先輩にも怯んだ様子がない。案内所のお姉さんのメンタルすげぇ。
「依頼人が薬草摘みに出掛けた場所は、危険な場所なのでしょうか?」
「いえ、然程危険な魔物は出ない場所です。
――それこそ、素人でも金属の棒一本さえ持っていれば対応できるようなものしかいませんよ」
「それはそれですげぇな」
「だな」
レーテ大陸より強いって言っても、場所によっては、それくらい弱い魔物もいるらしい。驚愕の事実だ。
「あの、あの。その依頼人さんって、誰かが探しに行ってたりするんですか?」
「ご家族からの依頼もありましたから。先程、町の青年自警兵の中から組織した捜索隊が、探索に向かったところです」
ロアナが問えば、案内所のお姉さんが答える。自警兵というのはその名の通り、自分達の町は自分達で守ろうと組織された集まりで、基本は町の周りにでた、弱いが放置出来ない魔物(畑を荒らすとか、子供を襲うようなの)なんかを、倒したり追い払ったりしている。今回のように、町の外に出たきり帰って来ない人の捜索なんかも、彼らの仕事である。
それでも、彼らの実力がどんなものかといえば、全くの非戦闘民よりはマシレベルなので、ちょっと強い魔物や魔獣が出てくると、お話にもならない。
だから、そんな手合が出てきたときは、冒険者に依頼を出すのである。
国に申請する手もあるし、その方が金もかからないのだが、受理されるまで時間がかかる上、地方の小さな村などの場合だと、申請そのものが通らない事が多い。特に、パータが含まれるハヴレイ大陸のルアンベルト王国だと、小さく貧しい国故か、地方が切り捨てられる事はよくあるらしい。貧乏国家というものには、よくあることだ。
ただ、おれの実家のあるモダ村はびっくりするくらいのクソ田舎だが、姉ちゃんを敵に回したくないからか、王都からすげー離れてるのに、ちゃんと派兵してくれる。ああ、因みに国の名前はヴィースターン王国で、別名『農業王国』。どんな国なのかは、聞いての通りだ、特に説明も要らないだろう。レーテ大陸ではわりと大きめの国である。
隣のベルクト王国の王都のが近いから、そっちから派兵しようか、なんて話が来た事もあった。あそこかなり小さな国だから、恩を売っときたかったんだろうなぁ。
「しかし、自警兵だけで平気なのか?」
そう言ったレスターの顔は険しい。当然だ、いつもなら自警兵でない者でも、金属の棒一本あれば行って帰って来れる筈の場所へ向かったのに、帰って来ないと言ったのは、案内所のお姉さんその人だ。つまり、危険な場所になっている可能性は高いと、分かっている筈である。
普通魔物や魔獣は、移動しない。他の動物たちと同じく、縄張り意識という本能のようなものがちゃんと存在しているからである。さらに、強い魔物や魔獣程、『世界の裂け目』やら『奈落の芽』付近から、離れようとしないものなのだ。瘴気濃度や魔力濃度の関係だとか言われてる。この辺は専門的なので、詳しくは知らないが。
連中が移動した場合、それは一体だけなのか、それとも複数が移動してきているかでも変わってはくるが、何らかの異変が起きている事がある。一体だけならば、彷徨い出てきただけか、或いは何者かが捕獲したものが脱走したものとして、追っ払うか倒せば終わる。
しかし複数の場合ともなれば、別である。突然の異常発生や、群れで移動しなければいけない何かが、住処で起きているという事になるのだ。そうなれば、倒しました、一掃しました、はい終わり、とはいかない。根本的なとこが解決していない以上、何度も繰り返す可能性が高いからだ。特に異常発生の場合、『世界の裂け目』が活性化している場合がある。この活性化という現象だが、同一の場所に、『世界の裂け目』が二つ以上重なり発生した時に起きる。そして魔物の異常発生が起きるのだ。
そんな風に、冒険者が受ける討伐依頼というものは割と奥が深いのだと、学園の依頼掲示板の所で、ふくよかなおばちゃん事務さんに、鼻息荒く説明された。余談だが、このおばちゃん事務さんは、学園と外部を繋ぐ窓口を担当する一人である。
案内所のお姉さんの表情が一転、レスターの言葉を受け、心配そうな陰りを見せた。
「…正直な所、捜索隊が二次被害を被る可能性は無きにしも非ずですが、ハーゼスさんを放っておく事は、出来ませんから」
ハーゼスさんってのは、おれたちが受けた依頼の申請者、つまり依頼人だ。ちなみに、年齢的に結構なオジサマらしい。
「ま、小さな町とか村だと、みんな家族レベルで子供可愛がって構い倒すもんな。そりゃほっとけって方が酷だぜ、レスター?」
「む…しかしだな。討伐などは、それを専門にしているような者に任せるべきだろう」
死者が増え被害が拡大する事もあるのだぞ、と続けようとしたレスターの頭を、ハルにちょい、と持ち上げて貰って、すぱぁんとはたく。よし、いい子だ。わしゃわしゃとハルの頭を撫でて、下ろしてもらう。だらしなく相好を崩したハルが、へにょん、とした間抜け面になる。
何をすると言いたげに此方を睨んできたレスターを睨み返して、小さく頭を動かし、お姉さんを示す。ちら、とお姉さんを見て何が言いたいか分かったらしいレスターが、あからさまに失敗したといった表情をし、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
小さな町や村の繋がりは、大きな町のそれより深い。つまり、二次被害に遭うかもしれない捜索隊も、お姉さん的にはハーゼスさんと同じくらい大事なはずである。年齢を考えると、もしかしたら恋人か、想う相手もいるかもしれないし、兄弟がいるかもしれないのだ。相変わらず、大事なとこで鈍い野郎である。
「…んーの、あほが」
「ぅぐ…その、すまない」
「いえ、構いません。本当の、事ですから」
そうは言っているが、無理してんのがバレバレである。泣きそうに、目が潤んでいる。
うー、と唸り、がしがしと後ろ頭を掻いて。
「…先輩。こーゆーのって、手伝っちゃマズかったりしますかね」
ガレク先輩を見れば、一瞬きょとん、とした(いや、多分だからね?多分)後、ただでさえ裂けている口をきゅう、と吊り上げ不敵に笑い、素敵な極悪面を披露してくださった。ごめん、だって慣れてはきたけど、この顔超怖ぇわ。
「ああ、本来なら問題がある。…と言うのも、一年生でこの時期だからね。実力、経験共に足りていない状態で、しかも教師という監督者がいない状況下――そこでさらに、未知の魔物か魔獣を相手に戦闘の可能性がある場所へ向かうのだから」
ですよねー。
そもそも学園のコンセプトが、冒険者稼業やってる連中の死亡率低下なんだから、明らか経験不足な一年に、そんな事させて問題ないはずが無い。
それでも、しかしとガレク先輩は続ける。
「ジルやウェイグは、確か故郷で既に、実戦経験を重ねていると聞いた。先日の大運動会での戦績も中々芳しいものだったしな。ロアナやミリアムは経験不足が否めないが、素人だけで編成した捜索隊だけよりも遥かにマシだろう。
レスターに関しては言わずもがな、二年まで上がっている以上は、少なくともそれ相応の実力も経験もあるということだからね」
ちょっと酷いかもしれないが、ロアナとミリアムに関しては事実なので、仕方ない。あの二人は座学は得意だが、まだ戦闘では不安が残る。大運動会の時も、動きにちょっと、ぎこちなさがあった。それが目立たなかったのは偏に、周りの生徒も皆、殆どが同じくらいのラインに立っていたからだ。後は、前線から離れた場所にいたことくらいかな。
「――故に、二人は決して俺たちから離れないことと、無理をせずに周囲を冷静に見極め、援護を頼みたい」
「は、はい!」
「うん、頑張ります!」
ミリアムが胸の前で両手を握りしめ(ているせいで、その意外と着痩せしている胸部がちょっと潰れて強調されている)、ロアナは両手をぐっ、と体の横で握り、拳を作り返事をする。
そんな二人の反応に満足気に頷いたガレク先輩は、おれたちを見る。ウェイグ、レスター、ハルと顔を見合わせ、にっと笑う。こいつら美形揃いだから似合うなー、こういう表情。ウェイグだけ、すごく悪人面だけど。
「今さら聞きます、それ?」
「私は元より、本格的な戦闘経験のない者達に任せるのは得策ではない、と考えていますから。異論などありませんよ」
「ブレねぇな、先輩。小難しい返事じゃなくて、正直に心配だって言やァ良いと思うんだが…」
「おれはねー、ジルが行くなら行くよ!」
全員の答えに再び頷いたガレク先輩が、何の話か分からないといった具合に怪訝な表情をしている案内所のお姉さんに向き直り。
「…そういう事だ、俺たちも、その捜索隊とやらに随行させてもらう」
「え、でも、依頼は…それに、報酬も用意出来ないかも知れませんよ」
「いやいや、お姉さん。ここはほら、困った時はお互い様精神で、ひとつどう?どっちみち、ハーゼスさんいないと、おれたちもお仕事出来ないしな」
にひひ、とカウンターに肘をつきお姉さんに笑えば、やっと泣きそうな表情で、お姉さんはおれたちにお願いしますと一言告げ、頭を下げた。
なんとなく、深く下げられたその頭をそっとひと撫でして背を向ける。
「急ごう」
「ああ」
「はい」
「うん」
全員が頷き、一斉に駆け出した。
* *
「レスター、その…大丈夫か?」
「痛むか痛まないかと問われれば、痛むな」
「ゔ、…ごめんなさい」
「気にするな。大きな怪我は先程、お前がウィルで治癒してくれただろう。打ち身が痛むだけだ」
レスターが慰めるように、対面に正座し項垂れるおれの頭に、ぽふ、と手を乗せた。
あの後結果として、捜索隊に追いついたおれたちは無事にハーゼスさんを保護したのだが、その帰りに、ハーゼスさんを襲ったらしい毛玉の猛襲を受け、冒頭の状況となった。
ハーゼスさんたちはガレク先輩とかが守ってたし、みんなから分断されたのはおれとレスターだけだった筈なので、向こうはまぁ心配ないだろう。
結局大立ち回りをしたは良いが、足場が悪かったようなのだ。件のハーゼスさんたち地元民がよく薬草を採りに行くという場所は、地下に大きな空洞があったらしく、あまり大勢で激しく動き回るには向かない土地だったようだ。そんな場所で暴れまわったもんだから、見事に足場崩壊からの地下落下、次いでどっぽーんと地下水湖にもダイブしました。おかげで、おれもレスターも死にはしなかったが、痛かったし全身ずぶ濡れで寒い。光も届かないくらい深いせいか、そりゃもう、とんでもなく寒い。なので、なんとか火をおこして、濡れた制服は脱いで絞って乾かしている。
未だ付け心地に慣れないブラジャーも、なんか冷たいし濡れて余計気持ち悪くなったから外そうとしたら、「少しくらい慎みを持て、このど阿呆が!」と思いっきりどつかれた。なので現在は二人共に下着姿だが、濡れた制服着てる方が寒いからしょうがない。
おまけに、レスターに至っては落下時におれを庇ったせいで、一緒に落ちてきた岩だとかが色々ぶつかり、打撲だらけで見ているこっちが痛々しい。一応レスターも言ったように、ウィルを喚び出して治癒をかけてもらったのだが、あまり高位の治癒魔法に頼りすぎると、今後怪我をしても自然治癒しなくなるぞと恐ろしい事を言われたので、血が出てる、深めの傷や骨折だけ直して止めといた。
しかしこいつ、昔からこういう所が全然変わらない。自分の方が年上だから、なんて言ってはよく守ってくれようとしてカッコつける。その事で一回、大喧嘩したこともあったくらいである。おれより弱い癖に、私よりもちびの(身体の大きさ的な意味で)癖に、が毎回のお決まりワードだが、ここはお互いに譲れなかった。だって大事な事だ。男には、譲れないモノの一つや二つはあるものなのである。
と、視界の端に、ふよふよと光の塊がどこぞから戻ってくるのを捉える。ウィルに、周囲を軽く探索して貰っていたのだ。
「ウィル、どうだった」
「ダメだ、近くに出られそうな場所はない。
……それに、地上も遠いな。光を司るこの身としては、ここは少々、過ごし辛いな」
「ん、悪かったな。中で休んでてくれ」
「すまぬ、そうさせてもらう」
どうやら光の精霊であるウィルには、この闇そのもののような地下の魔力が身体(?)に合わないようだ。魔力も自然回復できないようで、おれの決して多くはない魔力頼みだ。いつもの変態みたいな台詞もなく、珍しく真面目なやり取りだけで終わり、ウィルがすぅっと身体の中に溶け込むように入ってくる。
「…毎回思うんだが、それ、どんな感覚なんだ?」
「ほん?…ああ、入ってくるの?」
どんな、って言われてもな。
「えー…なんかこう、ふゆん、って感じで、すふっ、としてほわっ?」
「ああ…感覚で会話するお前に期待した私が馬鹿だった」
失敬な。
二人だけしかいないからか、口調が少し砕けているレスター。でもきつい物言いなのは変わらない。でもいいんだ、慣れてるから。これは決しておれにMっけがあるわけじゃなくて、こいつと友達やろうと思うと、そんなもん気にしてたら胃に穴が開くからだ。幼い頃、早々に悟ったおれは、いちいち気にしないというスキルを身につけた。いや、気にはなるけど流すというか。軽口返してスルーというか。そんな感じだ。
でも一応、ちゃんと優しいとこもあるんだぜ?言い方がキツいだけで。……まぁ、そのせいで友達殆どいないみたいだけど。
それでも、どうやらガーランドで一人友人が増えたらしく、得意げな顔で今度紹介してやる、とか言ってた。レスターがウェルヘイムに行くと聞いて興味を持った彼も、今、学園生をやっているらしい。レスターが言うには、結構高位の貴族のようだ。高位貴族が冒険者養成のための学園に入るなんて、かなり変わり者のようだ。是非ともお話ししてみたい。
「取り敢えず、おれらも休もうぜ」
疲れた、と言いながらぐっと身体を伸ばせば、くぁっ、と大きな欠伸が出る。
「なら、先に休め。私は暫く火の番をしていよう」
「でも時間分かんねぇし、魔物がいるような気配もないぞ。番いるか?
…あ、そーだ。いっそちっせー頃みてぇに、くっついて寝るか!寒いし」
「ばかも休み休み言え。懐中時計ならある、三時間経ったら起こすから……って、おいこら寝る前に服を着ないかこの大馬鹿者!寒いんじゃなかったのか!」
「え、服乾いた?濡れたの着て寝たら余計寒いだろ」
「乾いてるから着ろ!」
「ぼふぉっ!!」
顔めがけて投げつけられた制服を見事に顔面キャッチしたせいで、おかしな声が出る。触ってみれば、なるほど確かに乾いているようだ。良かった、ここすげぇ寒いんだよ、ホントに。
「ふおー、あったけー。火は偉大だな」
「その偉大な火から、あまり離れるなよ。寝ている間に体温が下がっては、意味がないぞ」
分かってる、と言いたい所だが。
「…おれ、たまーにベッドから落ちてる事あるんだよなー」
「…そういえば、たまーにとんでもない寝相になる事があったな」
普段はお行儀よく寝てるんだが、極たまに、本っ当に極たまに、おれの寝相はとてもアグレッシブな様相を見せるのだ。それがここで――火の側で起きてみろ、大惨事間違いなしである。
寒いけど、ちょっと火から離れて眠るしかない。
「んじゃぁ、ちょっと離れて寝るわ。お休みー」
「ああ。…あー、いや、待て」
「あ?」
わざわざ立ち上がるのも面倒だから、四つん這いになり這って移動しようとしたところで、何事か考えていた様子のレスターから静止の声がかかる。はいはいの姿勢で動こうとしたままに振り返ったおれの腕を掴むと、彼にぐい、と引き寄せられバランスを崩し、そのままレスターに抱え込まれる形に収まる。
「これなら、多少暴れても抑えられるし、寒くはないだろう」
びっくりして、これをおれにどうしろと状態のおれに、レスターがうっすらと笑んで、私も暖がとれて丁度良いしな、と続ける。…こいつはどうして、おれ相手だと女子にこういう行動がとれる(年長者とは、曰く年下の世話を焼くものなのだそうだ。多分、レスターんとこの小母さんが吹き込んだんだろう。幼い頃、レスターがおれにあれこれ世話焼くのを見てにやにやしてたから)癖に、姉ちゃん相手だとあそこまでヘタれるのか。全く、永遠の謎である。
「いやまぁ、確かにあったけぇけどな。しかしおれとしてはですね、こーゆーのは可愛い女の子にしてあげたい派というかなんというか………つーか硬ぇんだよ、お前の胸板。むしろ身体が筋肉で硬ぇ、何なのお前、脂肪とかないの」
「なんだその派閥は、意味が分からん。あと、お前の身体が筋肉がつかな過ぎるだけだ。あれだけ動いておいて、なぜそんなに筋肉がつかないのか…むしろ私が聞きたいくらいだぞ」
「けっ、どーせひょろっちいですよ。…くっそ、なんか腹立つなー、鍛えてます、って身体しやがって」
「お、おい、撫で回すな、くすぐったい!」
すっぽり収まった拍子に触れた、服の上からでも分かる、レスターの身体のしっかりした筋肉のつき具合に驚く。脱いでる時に見えた以上に、しっかりと鍛えられているのが分かるのだ。驚きと嫉妬で、そのままあちこち触ってしまう。くそ、ハルといいこいつといい(触った事ないけどウェイグも)、なんでこんなにしっかり筋肉つくんだ。やっぱ体質か、体質の違いか!
意図せずくすぐってしまったそれに耐えきれなくなったレスターに頭をはたかれて、彼の、その軽く開いた足の間に大人しく座り直させられる。ぽふ、と後ろにもたれれば、頭の上にレスターが顎を乗せる。ドチクショウめ、この身長差が恨めしいな!
「いいから。お前はさっさと大人しく寝てしまえ」
「んー…お休み」
ああ、なんか人肌の温度って眠気を誘うよな。
早速うとうとしだしたおれの頭上から、くすりとした笑いと、寝つきが良くて羨ましいな、という声が聞こえる。
「…お休み」
完全に眠りに落ちる前に聞こえたレスターの声は、なんだか今まで聞いたことないくらい優しかった気がした。
* *
ぞろり 、
何処までも暗い闇の中、その周囲の黒よりもさらに深い黒が蠢いて、何かの形を作っていく。
――…眩しい。
口はない。
その筈なのに、それは音を紡ぎ、意味のある言葉を発する。
闇しかない場所だったからか、己の形など忘れていた。周りの闇に溶けて…溶けて、溶けて。何も分からなくなったのはいつからだったか。いや、そもそもここでどれだけ過ごしているのか、それさえ分からないのだ、考えても意味はない。
ず、る
何とか思い出した形をとってみたが、不安定な『身体』はどろりと溶け、ずるりと落ちる。
――眩しい。
あの眩しい場所へ行けば、この形はちゃんと固定するだろうか。
あの眩しい場所ならば、己の形をぼんやりと思い出したように、自己を思い出せるだろうか。
ず 、
ず る、ずっ…ずず
移動しながら、ほんの少し思い出した昔に、誰かが希望をヒカリと呼ぶのだと。あの、眩しいものと同じ名前で呼ぶのだと、そう言っていた記憶を見つけた。
ならば、あれは。
あの眩しい場所は。
かつて聞いた通りに、希望となるのだろうか。
答えなどないままに、黒は闇を広げながら、その場所を目指した。
後半あたり、レスターが出張ってくる回(?)になりました。レスターのお母様は、小さな男の子が小さな男の子の世話をするのを眺めてによによするのが趣味だそうです。
姉ちゃんの知り合いの変な趣味のひとは、皆様お察し、腐れた趣味をお持ちの方です。
誤解無きよう擁護しますが、一応ジルにも恥じらいはあります。ありますが、あくまで男としての恥じらいなので、レスターの前では特に、女子としての恥じらいポイントが外れるだけです。
まぁ、こんくらいいっか、大丈夫だろ、的な。
レスターはそんなジルの一挙一動に、気が気じゃありません。その割に抱えて暖をとるとか大胆なことを仕出かしてますが、第三者視点で見てみない限り、その事実に気づかない鈍感さんです。にぶにぶですね。
次は地上組でいく予定です。




