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十二話 走れ!

お久しぶりです。大変お待たせいたしました。


精神的に打ちのめされたので、しばらく素晴らしきNEET☆生活をしてました。

新しいお仕事に慣れてきたので、またちょこちょこ更新していきたいと思いますので、お付き合いいただければと思います。


それでは、地上組。いってみよーう。

 それは突然だった。

 ジャギィボールと呼ばれる目玉の魔物がざぁっと引いたと思った瞬間、地面が揺れ、大きな音を立てて崩落し、彼らの仲間がそれに巻き込まれて消えた。


「ジル!」


 最初に動いたのは、ジルを忠犬のように慕う獣人、ハルクアルド。立ち上がった土煙さえも、そのぽっかりと空いた空虚に吸われて消えていく。その貪欲な真っ黒いあぎとへと、獣の姿に変貌したハルが躊躇いなく駆けていく。


「待てっ、ハル!」


「ぎゃん!?」


 次いで、わずかに遅れて動いたのは、ガレクだった。手近に倒れていた巨木を引っ掴み、こちらも躊躇うことなくハルへ向かってぶん投げる。見事にその下敷きになったハルが、哀れな悲鳴をあげ、それを確認したガレクは満足気に頷いた。


 慌てる間もなく目の前で起こったそれに。


「……冷静になるとか以前の問題だな」


「うん。そもそもパニくる暇もなかったよね」


「えぇと…獣人って頑丈だけど、大丈夫なんでしょうか、あれは」


 周囲は苦笑いを浮かべ、或いは青ざめながらも、町民達含め始終冷静でいられたという。



 * *



 学園への連絡係は、勝手を知っているガレクと、ミリアムに決まった。二人人数を割いたのは、町の者達をパータへと送り届ける役目も必要だからだ。一旦引いたジャギィボールだが、再び舞い戻ってこないとも限らない。


「こっちは任せて、ミリアちゃん、ガレクせんぱい。穴はできるだけ探っておくから」


「はい。けれど、無理はしないでくださいね?私達も、できるだけパータで情報を集めてきますから」


「あのバカ犬は任せとけ。起きたら気絶させとく」


「ウェイグ、あまり、やりすぎないようにな」


「アンタにだけは言われたくねぇよ、先輩…」


「あははは…」


「一応治癒はかけておいたので、大丈夫かとは思いますが…」


「?」


 呆れ顔でボソリと呟いたウェイグと、乾いた声で笑うロアナ、苦笑するミリアムの顔を順繰りに眺め、ガレクは首を傾げ、その表情の分かりにくい顔を不思議そうに歪めた。ガレクとしては手加減をしたつもりなのだが、基準がおかしい事に気づいていない。手加減不要と知っているティオナはともかく、細身で小柄、見た目だけなら普通の年下の女の子なジルが、ガレクやティオナとの手合わせについてこれたその事実が、彼の中での加減の基準を狂わせてしまった事が原因だ。ジルとの対人稽古による、思わぬ弊害というやつである。


「ああ、そうだ。あの魔物――ジャギィボールというんだが、また戻って来る可能性がある。二人共、気をつけるんだぞ」


「言われなくても。つか、そっちこそ気ィつけろよ、先輩。こっちは最悪、二人で一人守ってりゃいいけど、そっちのが、護衛対象多いだろ」


「それこそ、言われなくても、だ。あまり先輩を甘く見るな」


 別に甘く見ている訳ではないのだが、加減という意味では、軽い調子で返してくるこの先輩はいくら心配してもし足りないのだと結論がでてしまっていた。もちろん、そんな事はおくびにも出さないが。

 そんな彼らを見送ると、ロアナが早速穴の縁にしゃがみ込み、そろっと覗き込んだ。ウェイグもちら、と覗くが、光源がないせいか全く見えない。


「どうやって調べるんだ。魔法か?」


「うん。探索用の魔法があるから、試してみる」


 そう言って、ロアナが魔法を発動させる。大運動会で最前線に出ていたウェイグは、実は魔法発動の瞬間を見るのは初めてだ。一クラスが前衛職も後衛職も半々程で構成されているのに、と意外に思うかもしれないが、実技授業で魔法訓練と武術訓練で分かれてしまうため、一年生の間はウェイグのような生徒も少なくはない。


 ちなみにクラス分けが半々程なのは、クラス別での授業の際に、学年が上がっていくと課外授業があるからである。この時にバランスよくパーティを組むためには、この構成が一番、授業シフトを組みやすい。もちろん、他クラスと合同授業を行い、即席パーティで戦うための訓練などもある。こちらは抜き打ちで行われるため、学園の生徒からは嫌がられる事が多いが、卒業生からのウケはいい。死の危険の少ない内に即席パーティで戦う訓練ができるため、その後の活動において生き残るのに必要な経験が積めるからだ。


 魔法については完全に門外漢なウェイグだが、集中時に無防備になる事くらいは知っている。ほんのりと燐光を纏い出したロアナから目を逸らすと、周囲を見回し警戒する。一瞬木の下敷きになった大犬が見えたが、よく寝ているようなので見なかったことにする。ミリアムからのお墨付きもある、あれはきっと寝ているのだ。


「……うん?」


「…どうかしたか」


 少し経つと、ロアナが愛らしい声を上げた。それに、くあ、と出かけたあくびを噛み殺しながらウェイグが声をかければ、困惑した様子のロアナが頻りに首を捻っている。


生体魔力探知マジックスキャンがうまくいかない…」


「それは、悪い事なのか」


「良いか悪いかなら、悪いよ」


 いつもならぽけっとして、桃色妄想が止まるどころが溢れてやまないエルフ少女は、珍しくそのおっとりとした美貌に渋面を浮かべている。


「生体魔力探知はね、人間でも魔物でも魔獣でも、生きているものが発する魔力波を捉えて補足するものなの。発動時に魔力をどれだけ込めるかで、スキャンできる範囲を変えられる。最初は、魔力が足りなかったのかと思ったけど……これ、違う。生体魔力探知が使えない。生死確認が出来ない」


「まさか…あいつらが死んでるとか言わねぇだろうな!?」


 ロアナの説明に、最悪の可能性を叫ぶウェイグ。

 少し考えるようにして押し黙ったロアナだが、ゆっくりと首を振る。向きは、左右。否定だ。


「違う。違うよ。この感触は、生き物が全くいないんじゃなくて、生き物がいても分からないくらい濃い魔力が、この空間を包んでるからだと思う」


「……悪い、もうちょい分かり易く頼む」


「あ、そっか。ウェイグくんって専業剣士だもんね」


 そもそも、この世界においては、あらゆる生き物は魔力を帯びて生まれてくる。それは魔法に才のある者も、ない者も同じだ。そして生きている限り、魔力がその肉体を巡る。その魔力の反応を生体魔力波といい、それを感知する事で、指定範囲内における生死確認や、魔物・魔獣などの有無を調べるのが生体魔力探知という魔法である。


 ただし、これが使えない場合もある。

 時折いるのだ、自らの魔力をわざと垂れ流しにして、そういった小細工を使えないようにするものが。あるいは、あまりに膨大すぎるが故に器に収まり切らず、持て余した余剰分を、無意識に自らの周囲テリトリーいっぱいに纏うものが。

 そういった強者が近くにいると、生体魔力波などといった微弱な魔力は、探知できなくなるのである。ジルとセットでいる筈の、高い魔力を持つウィルだが、現在精霊の魔力を感知できる魔法は存在しないので論外だ。自然界の魔力から生まれた精霊の魔力を見分けるなど、海に流れ出た水を、流れてきた川の水ごとに汲み分けろ、と言っているようなものだ。


「ジルちゃんとレスターせんぱいが、生きてるか死んでるかは、正直分かんない。でも、この穴の向こうに、それだけ強大な魔力を持った存在がいる――それだけは、確かだよ」


「今が無事でも、危険な事に変わりはねぇって事か」


「うん、そういう事」


 返事をしながら、ロアナは再び魔法を発動させる。これも探索系の魔法の一種で、蝙蝠などのように反響音で洞窟などの様子を探る、音響探知ソナーという魔法である。これで得られた情報は全て、術者の中で正確な絵図面として、ワイヤーグラフィックのように構築される。魔法を発動した時点での静止画を見るようなものであるため生死判定は出来ないが、内部の様子を正確に知る事は可能なのだ。故に、本来は生体魔力探知と併用して使われる事が多い。つまるところマッピング用の魔法である。洞窟が建物内など、その性質上使える場所は限られてくるが。


「…多分、だけど。穴の下におっきな湖があるみたい。人間サイズの岩とか多くてよく分からないけど、生きてる可能性は充分あるんじゃないかな」


「湖?地底湖があんのか、ここ」


「うーん…地底湖っていうか、川から流れてきただけのような。横にずぅっとこの穴伸びててね、そこから流れてきてるような感じだったよ。あの方向だと、ダグ・リグマ大瀑布じゃないかな」


「ダグ・リグマ大瀑布…って確か、この間、メレイ先生の話に出てきてたな。ヴァースキア大陸側だっけか」


 ダグ・リグマ大瀑布。

 ヴァースキア大陸とハヴレイ大陸の間に走るベグロック山脈の中腹よりやや下方から、ヴァースキア大陸側へと流れ落ちる、大きな滝がある。山頂から流れる雪解けの水が、ほぼこの一ヶ所に流れてくる為にできた滝だ。真下には、この滝のカーテンに守られるようにして、未発掘にして未踏の遺跡がある。


 ヴァースキアとサーラットには、魔物や魔獣の強さやその分布ゆえに、前人未到となっている場所が数多く存在する。その一つが、ダグ・リグマ大瀑布の、滝が落ちていく先である。

 水没した遺跡であろうと予想されるその場所を確認したのは、とある飛行型の魔獣を従えた魔獣使いの冒険者である。

 背後に険しい山と、滝下りなどと悠長な案すら出てこないような大瀑布を控え、付近に存在する『奈落の芽アビスタワー』の為に、周囲を強力かつ凶悪な魔獣が守り固めている遺跡。陸路でなく水路で向かおうにも、川には魚や蛇などの水棲型の魔物や魔獣が潜み、獲物を水中という自分達に有利なフィールドに引きずり込もうと、虎視眈々と狙っている。陸路以上に危険である。


 ならば、空路はどうか。

 そう考えたかの魔獣使いは、上空からだんだんと高度を下げていく方法で、その地へと至ろうとした。だが、滝壺と呼ぶには大きすぎるその湖から突き出した遺物らしき石の柱が見え、滝のカーテンの向こうに巨大な遺跡と思しき影がぎりぎり見える程度の高度まで下がった頃、それが襲ってきた。蛇のように長い肉体に、竜のようなゴツゴツとした鱗、細かく鋭い牙、長く尖った爪を持つ手足、そして二対の歪な翼。後にフライトサーペントと呼ばれるそれは、まるでその空こそが自らの縄張りであると主張するかのように、その冒険者を襲った。それも集団で、だ。

 相棒の魔獣を失い命からがら逃げ出したその冒険者は、二度とヴァースキア大陸に足を踏み入れなかったと言うのだから、その恐ろしさたるや推して知るべしである。


 そんな彼が冒険者仲間に伝えた話が、ダグ・リグマ大瀑布に沈む『水没遺跡』だ。この話は彼の死後も語り継がれ、彼の真似をして空から眺め「本当にありそうだ」と興奮して酒場などで騒ぐ者や、近づき過ぎてフライトサーペントに美味しくいただかれる者が未だにいるという。



 そんな場所に繋がる穴に、ジルとレスターは、落ちたというのか。


(……これ、思ってる以上にヤベェんじゃねぇのか…?)


 ぶわりと、気温のせいだけじゃない汗をウェイグは感じた。思わず、ぐしゃりと自身の髪を握る。せっかく多少落ち着いたというのに、台無しである。


(もし…)


 もしもだ。彼女達に、何かあったとしたら。

 二人だけで、ヴァースキアに跋扈するような凶悪さの魔獣に、襲われでもしたら。


(無理でもとにかく、逃げてくれ…――生き延びてくれ)


 ウェイグは祈るように、次々と湧き上がる嫌な想像を押さえ込んだ。



 * *



 所変わって、こちらはミリアムとガレクである。


 数こそ多かったが、あのジャギィボールという魔物は本来、然程脅威となるものではない。が、やはり問題はあの多すぎる数だ。

 異常発生なのか、それとも集団移動か。


 そちらの事も考えねばならないが、それよりも今は二人共、知り合ってから一月と少し程の付き合いの、友人達の事の方が気がかりだった。


 死んでいる、などとは思っていないし思いたくもない。想像ではあるが、レスターが怪我していればジルが治癒させるだろうし、ジルが怪我していれば、誰に言われるでもなく、文字通りあの変態的に御主人様ジル大好きな精霊が全力で治すだろう。


 だから落ちて死んだなどという心配は、あまりしていない。

 心配なのは、あの穴の中に、何かがいる場合である。


 パータの町まで送り届ける道すがらに町の人間から聞いた話では、地形や地層的に、突然の大崩落など起きるとは考えられない。となれば、大崩落が起きる原因となったあの地下に広がっているらしい空洞を、作り上げた何者かがいると考えるのが妥当である。


「…参ったな。学園から増援が来るまで、俺たちは待機だそうだよ」


 学園と連絡を取ることができたガレクが、ぽりぽりと頬を掻きながら戻ってくる。ミリアムはお疲れ様ですと労ってから、学園からの判断を仰ぐ。


「深刻な自体が二つ重なっているからね、人命もかかっているということで、最優先事項として処理してもらえる事にはなった。じきに探索班と、魔物対策班が編成されて、こちらに来てくれるはずだよ。俺たちはそれを待って、あの崩落した場所への案内役になる」


「そうですか…なんだか、やきもきしますね。それまで、私達には何もするな、という事でしょう?」


「まぁね。…本当は、すぐにでも探しに行きたいんだが。それで俺たちまで帰れなくなったら、助けに行った意味がない。何より、二次遭難で被害拡大なんて、笑えないからな」


 ミリアムの隣に腰掛け、はやる気持ちを抑えるように、ぐっと膝の上で拳を握るガレク。鱗人スケイラーは、その皮膚の全てを鱗が覆っているせいで、慣れない者にはその感情がおよそ分かりにくい。しかしその声音や、震える程握り込まれた拳を見れば、


(同じ)


なのだと分かる。彼らが心配で仕方がないのだ、この人も。



「……ガレク先輩。

 そういえば、連絡に随分がかかったのですね。待ちくたびれそうでした」


「ん?ああ、悪かったね。ちょっと、予定外の人物が割り込んできたんだ」


 空気を変えようと、ミリアムがわざと少し明るめに話を変える。するとガレクは、表情の分かりにくさで評判なはずのその爬虫類顔を明らかに引きつらせ、呆れたような、それでいて疲れたような顔をする。

 不思議に思い、こてん、とミリアムが首を傾げれば、苦笑しながらガレクが説明する。


「ティオナは、分かるか。あの褐色の肌に赤い髪の」


「ええ、ジルが懐いている大剣使いの先輩ですね。彼女が、どうかしたんですか?

 確か、緊急依頼で出かけていらっしゃると……」


「ああ。どうやら、俺が学園に連絡をした時に丁度帰っていたようでな。途中で割り込んできたんだ、『あたしを仲間外れにしたから、そんな面しr…じゃなくて、大変な目に遭うんだ』とな。

一通り、ズルいだなんだと好き勝手向こうで喚いてからどこかへ行ったようだったから、多分捜索班でこちらへ来るだろうな。もしかしたら、単独で先にこっちへ来るかもしれん」


「ず、ズルい、ですか」


「ああ。ズルい、らしい」


 二人して黙ると、互いに顔を見合わせる。どちらからともなく噴き出すとなんだか笑えてきて、心配なのは変わらないものの、先程までの居心地の悪い緊張感や重苦しい空気がどこかへいってしまった。


「ふふふ。ジルがティオナ先輩に懐いている理由が分かりました。面白い方ですね」


「くくっ。そうだろう、面白い奴なんだ。ちょっと緊張感や、相手の都合を考えたりする頭が足りないせいで、こちらは振り回されてばかりだが」


「あ、頭…本人にそれ、絶対言っちゃダメだと思いますよ?」


「大丈夫だ。口が裂けても言わんさ、鱗を剥がされる」


「剥がされるんですか!?」


「ああ。昔剥がされた奴がいたんだ、バカな奴だった…」


 その後も、いつの間にかティオナのこれまでの武勇伝を話し話される事になったのだが、それが功を奏したか、


「ガレク!来たよ、さぁ、早速ジルとレスターを探しに行こうか!!」


ティオナがフィルを伴い、先行隊としてパータに着くまでには、幾分か落ち着く事ができたのであった。


「…では、ミリアム。行こうか」


「そうですね」



**



「うん、おれ、知ってるよ!あのおっきな滝のとこでしょ?」


 時間は少し遡って、穴の前ではやっと木の下から救出してもらったハルが、ジルとレスターの落ちたあの穴が、どうやらダグ・リグマ大瀑布に繋がっているようだという説明を受けていた。記憶喪失だわ幼児退行しているわで、一切理解できると期待していなかったウェイグ達だったが、良い方面で予想を裏切り、彼はダグ・リグマ大瀑布を知っていると、元気いっぱいに返事を返した。


「ジル、そこにいるの?レスターも?」


「いや、そこにいるっつーかな……そことこっちの穴が、どうも繋がってるみてぇなんだよ」


「?いないの?」


 眉をハの字に下げたハルが、きゅーんきゅーんと言いながら、頭をがしがしと掻いてどう説明したものかと唸るウェイグを、不安げに見やる。三人は現在車座に座っており、ハルの右手側にウェイグ、左手側にロアナが座っている。同じくどう言えばハルにも理解しやすいかを、可愛らしく腕組みして考えていたロアナも、何とか伝えようと言葉を探しつつ口を開く。


「えっとね、おっきな滝のとこから、こっちまでトンネルがあるの。うーんと…あ、この間校庭の隅っこで、一緒にお山作って、穴掘ったよね?あんな風に、滝とこっちが、そこの穴で繋がってるの。おっきなトンネルができてるの」


「えぇ?すごいね、いっぱい掘ったんだね!」


「お前らは学園で普段一体何やってんだ。そんでハルはこれで理解できてんのか」


「大丈夫だよ、ウェイグくん!ハルくんはちゃんと分かってるよ!」


「うん、おれ分かったよ!ジルとレスターはお山のトンネルにいるんでしょ!」


「ああ、お前の解答が俺の不安をそこはかとなく後押ししてくれてるよ。マジで」


 ぐっと胸の前で拳を作って力説する能天気エルフロアナと、にぱっと花を咲かせて笑う脳内幼児大型犬ハルに、ウェイグは力なく視線を向ける。もちろんこの場合に花の咲く場所は、あのわんころの頭の上である。

 ジルがいない事による意外な弊害は、ウェイグがツッコまないと二人で延々とボケにボケを返し続けてしまう事だった。天然は恐ろしい。以前ジルがぽつりとこぼした台詞だが、その意味を今回、身を以て知った。


「だいたいハル、お前は記憶喪失なんだろ。本当に知ってんのか」


 疑わしげに見ながら問うと、ハルが得意げな表情で、えへん、と胸を張る。


「知ってるよ。ずーっと続いてる暑くてジメジメの森を抜けると、おっきな山が見えるんだ。そこの真ん中ぐらいから、いっぱいお水が出てるんだよ。それでね、おっきい池の中から変な石がにゅって出てて、そこでぴょんぴょんするのが楽しいよ!ジルと追っかけっこしたいなぁ」


「ばっちり知ってるっぽいけど、ホント語彙ボキャブラリーが貧困すぎて分かりにくいな」


「あはは…どこの事言ってるのか分かってないと、分かんないよね。

 でも、リヴちゃん先生に聞いた話に一致するから、間違いないと思うよ。これだけ詳しいなんて…ハルくんって、ヴァースキアにいたのかな?」


「…かもしんねぇな。

 つーかよ、それより気になんのは、どうやって・・・・・そこまで行ったかだろ。確か、魔獣の縄張りだ何だで、そうそう辿り着けねぇ場所なんじゃねぇのか」


 そう。

 ダグ・リグマ大瀑布の下、水に沈むその遺跡が未発掘なのは、辿り着く事さえ難しい道程ゆえなのである。だというのに、ハルのこの言葉の様子から察するに、幼児退行この状態でそこまで行ったことがある、というのだ。しかも、単独で、だ。


「言われてみれば…そうだね」


「だろ?」


 ウェイグとロアナは顔を見合わせ、同時につい、とハルを見る。二人から視線を送られきょとん、としたハルだが、きりっとした表情で、珍しく空気を読んだような発言をする。


「全力で走ったよ!いっぱい追っかけられたけど、おれ、追っかけっこ得意だから」


「……つまりこいつは全力で走って」


「……もしかして、撒いたってこと…?」


「?よく分かんないけど、途中から全部いなくなったよ」


(一体どんなスピードしてんだ!?)


 ぽやんと言い放つが、ハルの話す内容は色々と心臓に悪い。先人達が必死に辿り着こうとしたその秘境に、スピードだけであっさり到達した上で「ちょっと遊んできた」などと言ってのけるのだ。ウェイグやロアナでなくとも、そう思う事だろう。冗談はその頭の奇跡的な境遇だけにしろ。


 しかしこれは、彼らにとってはある種都合がいい。


「…なぁ、ハル。俺とロアナを乗せて走ったとして、同じ事は出来そうか?」


「えー?おれ、ジル以外乗せたくない」


「ホント正直だなこの野郎」


 ウェイグの言葉に、ハルは今まで見たことないくらい嫌そうな顔をする。


 顔全体で嫌がるハルに、俺だって乗りたいわけじゃねぇよと口元を引きつらせつつ、ウェイグは言う。ごねるハルを、一瞬でやる気にさせるその一言を、的確に選んで。


「そのジルを迎えに行こうぜ、って言ってんだよ」


「…っ行く!行く行く!二人くらいなら乗ってても大丈夫だよ、落ちないようにちゃんと掴まっててくれたら、おれ、いっぱい走る!」


「帰りはどうだ?ジルとレスター追加しても、行けそうか?」


「う〜〜、ちょっとダメ。早いヤツには追いつかれると思う」


「なるほどな。ロアナの体重は無視できるとして、定員はほぼ二名か。俺は手前までだな」


「ウェイグくんが一緒に来れないとなると、ちょっと心細いね。ハルくんは走ることに専念しなきゃだし。

 ……あ、帰りは私が魔法撃つよ。倒せなくても、足止めくらいにはなると思うから。逃げられればいいんだよね?」


「ああ。縄張り意識の強ぇ奴は、逆にその縄張りから出ちまえば問題ないからな…行きはロアナの魔力を温存して、帰りに全力で撃ちまくればどうにかなんだろ」


 ウェイグ、ロアナ、ハル。それぞれが顔を見合わせ一つ頷き、にやりと笑う。

 その笑みは三者三様だったが、いずれも「悪戯を思いついた子供」といった様相であった。



 * *



 ティオナとフィルを連れた二人が、ロアナとウェイグのいる筈の場所に戻ると、彼らの姿はなかった。それどころか、木の下敷きにしておいた筈のハルの姿もなく、一枚の紙が、重石として乗せられた大きめの石の下に置かれているだけだった。


「あ、あいつら…っ!」


「………ふむ。どうやら私たちを待ちきれなかったようだね」


 見つけた紙をざっと読んだガレクが、思わずぐしゃりと握りつぶしかけるが、それが叶う前に、フィルがひょいと紙を取り上げる。そこにはロアナの筆跡で、探索魔法で分かった事と簡易地図、そして彼らの出した結論――「先に行ってるぜ」という伝言が、ウェイグの少し荒い筆跡で書かれていた。ご丁寧に、ハルの肉球判まで押されている。……泥判子の上にはみ出していたが。


「で?レーヴィング先生。一体、何があったのさ?」


「ローエンくんとフェオフィリス嬢が、例の記憶喪失青年と、先行してしまったようだね。わたしたちとは、入れ違いになったかな?」


 そう言いながら、心配そうな表情のミリアムと、眉間にしわを寄せて声をかけてきたティオナに、フィルが三人からの置き手紙を渡す。受け取ったミリアムが驚いた表情でフィルを見つめ、ティオナは「だから何でそんな面白そうな事をあたし抜きにやってるんだ」などとぶつぶつ言いながら、仏頂面でミリアムの手元を覗き込んでいる。


「ええ!?そんな、ウェイグが…

 彼なら、ロアナとハルが暴走しても(物理的に)止めてくれると思っていたのですが…そうですか…」


「今物理的に止めると聞こえた気がしたんだが、わたしの気のせいかな?」


「乙女の秘密です」


 ミリアムがにこりと笑い言い切り、フィルはそれ以上深くつっこんで聞けなくなる。踏み込んではいけない笑顔というものが、この世にはある。


「へーぇ、ダグ・リグマの水没遺跡か…あそこはあたしも、ちょいと興味があったんだよねぇ」


「待て、ティオナ。三人に続けなんて言わないだろうな」


「さぁっすが、ガレク!あたしの相棒。さぁ、善は急げだ。分かったら行くぞ!」


「頼むから寝言は寝てから言ってくれ…」


 さっそく踵を返し港へ向かおうとするティオナの襟首を掴んで、溜息を吐いたガレクがそれを止める。学園入学時からこうして振り回されているせいか、ガレクの行動にはどこか手馴れた様子がある。ぎゃあぎゃあと、行く、行かないと騒ぎ出した生徒達をちら、と見やり、フィルは穴に近づき覗き込む。


(ふむ…随分と、濃い魔力が充満している。フェオフィリス嬢の推察は「当たり」だね)


 たまに、自然発生的に魔力の濃い洞窟ができることもあるが、これはそうではない。ロアナやガレク達がその考えに辿り着いたのも不思議ではないくらい、不自然な程にここは魔力に満ちている。


(おそらく、ジャギィボールの異常発生も、この魔力が原因。

 …瘴気ではないが、それに近い圧迫感のある、高濃度の魔力。これに惹かれたな)


 魔物の習性の一つとして、濃い瘴気や、高い魔力反応のある場所に集まるといったものがある。

 この地での魔物の異常発生は、それが原因と見てほぼ間違いないだろう。詳しい事は、後から来る対策班の仕事である。


(それにしても、さすがジルの友人というか…唐突に何かやらかすね。

 それでも、港に向かっただけマシかな)


 そう、手っ取り早く山越えのルートを選ばなかった事だけは褒めるべきだろう。置き手紙には、海を経由して真っ直ぐ突っ切るつもりであると、そう残されていた。

 陸続きと知ると、わざわざ海を渡って魔獣に挑むより、山越えをした方が安全じゃないかと考える者がいるのだが、完全に悪手である。


 そもそもべグロック山脈は世界最大の山脈だ。標高は平均二八〇〇メートルで、ただ登るだけでも死人が出る程の難所だというのに、高度一七〇〇を超えたあたりから出没する、高山帯に適応した魔獣が登山者を襲う。そして最大の脅威は、その連なる山脈の中、一際高くそびえる山にいる。標高約五〇〇〇メートル、世界最高の高さを誇るその山の名は、ザウェート山。別名、竜の寝床である。


 ザウェート山はその別名が示す通り、ドラゴンが塒にしているような場所だ。

 ならばザウェート山を避ければいいと考えるだろうが、そうはいかない。山脈の上部はそのほぼ全域が、竜の縄張りなのだ。ザウェート山は、ただの寝床でしかない。


 挑んで一番生還率が高いのは、海経由で熱帯林を突っ切るルートだ。それでも三十人くらいの熟練者パーティで挑んで、一人二人生き残れば良い方というレベルの生還率でしかないが。


(一応、彼女にも連絡は取っておこうか。最悪、彼女が魔法を連発してくれればあるいは彼らの生還率も上がるだろう)


 そう判断するや、フィルは水晶で出来た鳥の置物を二つどこからか取り出しすと、簡単にこちらの状況などを、魔力を流し込み手紙でも認めるように綴っていく。流し終わると、水晶の鳥はまるで生きているかのようにその小さな翼を広げ、フィルの周りを一、二度回った後、迷いなく一直線に飛び去った。それを見届けると、未だぎゃあぎゃあと押し問答を続けている生徒達に向き直り、


「――さぁ、何をしているんだい、三人共?早く準備をしなさい」


「先生!?まさかティオナみたいに追いかけるなどと言いませんよね!?」


「分かってるよ…追いかけるんだね。任せときな、先生!ヴァースキアの魔獣の十匹や二十匹程度、あたしがなます切りにしてやるよ!!」


「だからお前は筋肉で物を考えるな!ちゃんと頭で考えて発言してくれ頼むから!!」


「さすがに魔獣二十匹は囲まれて死ぬ未来しか見えませんよ、先輩……」


「ふむ。女性の頼みとあらば是非とも叶えてやらねばという気がしてくるね」


「先生!?」

「ダメですよ!?」


 フィルのブレないその女性優先な物言いに、ミリアムはともかく表情の分かりにくい筈のガレクまでが悲壮感漂う様子で叫ぶ。それに面白いなぁなどと呑気ともとれる感想を抱きながら、にこりと笑って彼は言う。


「もちろん行かないよ、そっちには」


「え?」

「は?」

「えぇぇー…」


 否定を。


「学園には、わたしの魔法で動かしている『伝令の鳥ヘラルバード』をやったから、こちらの今の状況は伝わるだろう。つまり、わたしたちがここに残る理由はない」


「それじゃあ、ヴァースキアに行かない理由にはならないんじゃないのかい?」


「ティオナ、せめてもう少し丁寧な物言いを心がけたらどうなんだ」


「理由にはならないんじゃないのか、です!」


「今時幼児でももうちょっとまともな喋り方をするぞ」


 言い直したつもりらしいティオナのお粗末な丁寧語に、ガレクが額を抑える。それに苦笑して、フィルが言う。


「確かにね。けれど、考えてごらん。わたしたちの戦力であんな危険地帯に突入したらどうなるだろうね」


「…そういくらもしない内に、食い殺されそうですね。ハルの言うことを信じるなら、彼だけで単身乗り込んだ方が、生存率は高いと思います」


「そういう事だ。冒険者だけじゃない、各地に点在する遺跡を探索する学者や探検家も、大陸を股にかけるような商人にとっても大事なことだよ――自分が果たして、手を出しても大丈夫な領域か否かを見極めるという事はね。

 で、だ。彼らを追いかけない理由だけど、はっきりとはしないけれど、ハルクアルドくんは犬か狼の獣人だね。彼の脚で二人を乗せて駆けたのだとすると、もうこの大陸にはいないと考えるのが妥当かな。それを追いかけたところで、追いつけない以上、熱帯林突入前に止められないわけだから、意味がないんだよ」


 これがまず一つ目の理由だ、と言って、フィルはそのすらりと長くしなやかな指を一本伸ばす。


「もう一つはね、フェオフィリス嬢の残した探索結果が原因かな。わたしも長い事遺跡探索はしているが、見た事も聞いた事もない場所に、どうやら遺跡か神殿のようなものがあるようだ。君たちには、ここの探索を手伝って欲しい」


「遺跡か神殿、ですか…?」


「つまりそこにいた何かこそが、この地下に穴を開けた、とお考えなんですね」


 ミリアムとガレクの言葉に、こくりと頷くフィル。どうやらロアナは気づかなかったようだが、その探索結果として描かれた簡易地図の地上付近と思われる位置に、何かの建造物のような形が見られたのだ。どうやら洞穴はその付近から伸びて、だんだんと広く大きく拡がっている様子であると思われた。ならば、この遺跡か神殿かを探索すれば、この下にいる何かの情報を得る事が出来るかもしれない。それが、フィルの出した結論である。


 その意思を汲み取り、手早く準備を済ませる生徒たちを連れ、彼は大地に穿たれた大穴を後にする。



(ジル。レスター。幼い頃から、生き延びる術をあの人から教わっていた君たちなら)




 必ず生きて再会できると確信して。


ハルのトップスピードはクッソ速ぇです。そこにプラスで無駄なほどの体力と恵まれた体格があることで、例の熱帯林を余裕で突破するという離れ業ができます。獣人みんなにできることではないのでご安心ください。


ジル「…なぁ、なんでハルとかウェイグは体格いいのにおれはヒョロいの」


知りません。

遺伝じゃないですか(すごくテキトー)。


ジル「こいつすーげームカつくわぁ…」

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