九話 初めての連携
八話が長くなりすぎたので切りました。
よろしくお願いします。こっちも戦闘メインでふざけて(?)います。
余裕があるんでしょう、彼らは。
ざくざくと魔物や魔獣を斬り伏せ薙ぎ倒しながら、おれとウェイグで道をひらく。
「おい、負傷者はとっとと下がれ!」
「援護きたよー」
「ああ、良かった!」
「助かった、助かったんだ…!」
ちょっと愛想が足りな過ぎるウェイグの台詞にも苛立つ余裕がないらしく、彼らはおれたちを見、言葉を聞いた瞬間に、分かりやすく安堵した。
おれたちが向かった先では、深刻な状況が起こっているようだった。
曰く、前線が引っ掻き回され、前衛組が一部森の中で孤立しているのだとか。聞くなりおれとウェイグは森の中へと突っ込んで、ロアナは攻撃魔法の用意を、ミリアムは怪我人の治癒を始めた。
孤立した前衛組達は、結構森の奥へと追い詰められていて、まさに満身創痍といった状態だった。血みどろで傷だらけ、おまけに血色の悪い人たちが、たとえそれが安堵からくるものだとしても、一斉に笑うとすごく怖いものがある。
足取りも力なく、ゾンビみたいだ。こっち来るな頼むから。
樹上からきぃきぃと甲高い鳴き声が聞こえる。猿の鳴き声がちょうどこんな感じだが、こんなところに普通の猿なぞいるはずがない。ついでに首の後ろあたりがぞあぞあする。
ばっと声のする方を見れば、左右を向いた頭が二つ、尻尾も二つの変な猿が五匹ほど、にたにたとした笑みを顔に貼り付けてこちらを見下ろしていた。成人男性の腰ぐらいの大きさはあるのだろうか。
「ねぇ、聞きたいんだけどさ。引っ掻き回したのってこいつら?」
「あ、そ、そうなんだよ!あいつら、頭が良くて…」
「まぁ、そりゃ猿だもんねぇ」
猿って頭良いからな。それの魔獣版なら、策を弄してこちらを分断、精神的に追い詰めつつ嬲り殺すくらいやってのけるだろう。
現にこいつらは、かなり疲弊し憔悴しきっているのだし。
「ウェイグー、お前らんとこ、こいつ出なかったの?」
「出た。斬った」
「ああ、うん。よく分かった」
頭脳は筋肉に負けたらしい。
魔獣と言っても、しょせん猿の浅知恵ということだろうか。南無。
「ジル、お前なんか失礼なこと考えてないか?」
「いや、ウェイグは強いなーと再認識していただけですよ?」
お互い樹上の猿、クフティモンキーというらしいそれを見据えたまま、会話する。こいつらあれだ、隙を見せると付け込んでくる、ヤなタイプの相手だ。
それでも多分、うちの戦闘好き様の力押しには勝てないんだろうな。
「やっぱりお前変な事考えてんだろ。テキトーに流す時は大体ロクなこと考えてねぇ」
「おぉう、なんでバレた」
「…あとでたっぷり話があるけどいいよな」
あれ、自白させられた。
これはお仕置きコースだろうか。
「な、なぁ、アンタら余裕かましてるけど、大丈夫なのか?」
作戦を練るでもなくふざけた言葉の応酬を繰り返すおれたちに不安を覚えたか、孤立組が不安げに聞いてくる。
それにひらひらと手を振り、
「あぁ、大丈夫だよ。うちのウェイグくんはそこら辺も力技でいっちゃうから。むしろイケちゃうひとだから」
「お前ほんと後で覚えとけ?ゆっくりじっくり話そうぜ?」
ウェイグがそう言って、指を鳴らしているらしいぱきぽきという音がする。
やべぇ、お仕置きが確定したらしい。安心させようとして余計なこと言っちゃった。
「えーっと。
…や、やさしくしてね?」
「お前の態度次第だな」
とりあえず減刑は乞うておく。仮にも外見は一応女の子なので、そこまでしっかりと実力行使にはでないはず(希望的観測ですが何か)。
「キィッ!キッ、キキィィ!!!」
空気を読んで今まで何もしてこなかったのだろうか、会話に一段落ついたところで、双頭の猿たちが横目でこっちを睨みながら飛びかかってくる。四匹か。
「おれが出るよ」
殆ど戦ってないしおれの方が余力はあるだろうと判断し、一言告げて腰を沈め、刃を上に向けると左側に水平に構えて切っ先を少し下げる。地面に降りるのを待ってやる義理はないので、空中にいる二匹分の足を、そのままぐっと踏み込んで伸び上がりざまに上に弧を描くようにして斬り上げる。
「ギィィ!!?」
「ギギャアッ!!」
当然バランスを失った状態で着地し尻餅をつき、あるいは猿特有のあの長い手で逆立ちするようにぐるりと反転して着地する。そこを狙って近づき、バランスを崩した方は真横に一閃し頭を刎ね、手で着地を決めた方は胴を真っ二つに割る。
残った二匹は先に飛び降りた二匹が足を落とされたのを見てか、尻尾で器用に枝に掴まりぶら下がって様子を窺っている。知恵を持つやつってのは、だから厄介だ。こちらの手を見せると、それに対処してくるのだ。
「ウェイグ、さっき見えたんだけど、上の方にでかい影があった。誰か捕まってるかもしんない」
「…みてぇだな。猿どもにしちゃ、随分でけぇ」
「なぁ、肩貸して?あそこまで跳ぶから、ぶら下がってる二面猿の方お願い」
「おし、決まりだな」
にやりと、ウェイグの顔に最早お馴染みになった凶悪な笑みが浮かぶ。正直言って、『世界の裂け目』が消滅したあとの微笑んでるすっきりした顔よりもこっちの方が、おれはこいつらしくていいと思う。
いや、だからどうってわけでもないんだけど。
ざくりと傍らに剣を刺し、ウェイグが両手で踏み台を作ってくれたのを確認し、軽く助走をつけて、手、肩と蹴って思い切り跳ぶ。途中の枝に掴まった二匹がおれを見逃したのは、殺気をびしびしぶつけてくるもっと怖いのが下で笑っているからだろう。
ジャンプした頂点付近の枝をさらに蹴って、ぐったりと横たわる大きな影へ。レーテとハヴレイに広く分布しているという鉄鋼蔦でぐるぐる巻きにされたそれは、やはり人だった。見て分かる範囲の体格なんかから判断するに、おそらく「彼」だろう。気を失っているのか、顔を上げる様子も暴れる様子もない。
が、暴れる様子がないのは好都合とも言える。
鉄鋼蔦はその名の通り、あらゆる鉱石を養分に育つため、普通の蔦より硬いし丈夫だ。何かを捕まえ捉えておくには充分すぎる。そして個体差や拘束の仕方にもよるが、これは引き千切ろうと暴れれば暴れるほど食い込み、逆に自分の身体が千切てしまう。蔦自体に、釣り針のかえしのような、細かい突起があるのだ。
気絶している彼の頭頂部付近にぴんと立った三角の耳は、彼が獣人であり、また『狗狼の民』であると教えてくれる。犬っぽい、すごく犬っぽい。狐に似てるけど、完全に犬の耳だ。近所のわんこがこんな耳してたよ。
バランスを崩して落下したら目も当てられないので、うつ伏せ状態のまま口元と思しき場所に手を当てると、規則正しく呼吸しているのが分かる。
良かった、生きている。
ほっと息をついたのも束の間、がさりと音がして枝が揺れる。振り向けば、他の個体よりも二~三倍程大きな二頭の猿が、同じ枝に飛び移っていた。ぞあぞあする感覚は、どうもこいつが原因みたいだ。ちょっと強そうだなー。
不安定な足場だが仕方ない、腰を低い位置に固定して八相に構えて、どろりとした瞳と睨み合う。上の方なので、あまり枝は太くない。ちょっと心許ないかも。
「逃げんな、うぜぇ!!」
「ギキャァァァッ!!」
下で戦闘音。台詞のわりに楽しそうなウェイグの叫び声の後、猿一匹分の断末魔が響く。
楽しそうで何よりデスネー。
「ヴ…ヴォオオオォォォォォッ!!!」
ボス猿が、大きく叫ぶと同時に飛び掛かってくる。大きな図体の割に、動きが早い。一瞬で間合いを詰められ、振り上げられた拳が叩き付けられる。
ガキッ、ギャリィッ
「…っぐ、ぅ!」
かなり重い衝撃だが、何とか両手で構えた刀で受ける。
え。ていうか今、金属音が…ってうわぁ、手甲つけてらっしゃる!このお猿さん手甲装備してる!!
殴られたら痛いじゃすまないじゃないですかやだー。
そんなことを考えている内に、手甲猿がもう片方の腕も大きく振り上げる。後ろには絶賛気絶中の獣人くん。わぁい、避ける選択肢が潰されてるー。
「ヴォオオオオ!!」
「う、ぐがあああああ!!?」
振り下ろされた腕を咄嗟に鞘を抜いて受けるが、両腕でぎりぎり受けきれた攻撃だ。片手だけでどうにかなるわけもなく、手甲猿の両腕に挟まれる。
さっきから骨がミシミシ鳴ってるし痛いしやばいなんか出そう。
「か、はっ!!
ぐ…っ!こ、んの…っ!」
いくら力を入れてもびくともしない。二つの顔が、それを嘲笑うようににたにた笑う。ああ、くそ。遊んでやがんのかこいつ。
痛みに顔を歪めれば、ますます笑みが深くなる。ああそうかよ、楽しいか。
まずい。
折れる。
バキッ
「グォオオオオ!!」
「!?」
急に潰されそうな圧力から解放され手甲猿が叫び、何か折れた音がする。
枝にへたり込んですぐに、自分の身体に異常がないか確認する。痛みこそあるものの、何も問題はないようだ。でも超いてぇ。
手甲猿を見ると、右腕の手甲が砕けそこから腕もべっきり折れている。あの手甲って身につけてるんじゃなくて、身体の一部だったのか。砕けた手甲の破片が、猿の毛皮に直接くっついてぶら下がっているのが見える。
「ジ、ジル…うぐぅ…無事か…」
「ウィル!
…って、お前何を愉快なことしてるんだ…」
大きなバッテンが見えそうな雰囲気でよろよろとこちらへ飛んできたのは、我がストーカーたる変態の精れ…じゃなかった、光の精霊様だ。どうもウィルが高速であの猿の腕にぶつかったことにより、やつの腕がバキッと折れ、結果おれを救出できたらしい。物理攻撃効くってことは、触れるってことだし不思議ではないんだけど、なんでそんな無茶をしたんだろうか。もうちょっと何かなかったのか、主に自分にダメージの行かない方向で。
「大丈夫か?なんかおれよりダメージでかそうなんだけど」
「う、うむ。平気だ。
ウェイグに協力を仰ごうと下へ向かったところ、がしっと掴まれて思いっきり投げられてな。何をする猶予もなく、こう、ガツンと」
「あいつ…容赦ねぇな」
精霊投げるとかどういう思考回路してんだ。そしてどういう腕力してんだ。
「う…」
「あ」
気がついたらしい蔦巻きわんこくんが小さく呻く。手甲猿は未だ痛みに呻いていて、こちらへ意識をやる余裕がないようだ。そりゃ痛いでしょうよ。
ああ、でもこれこっちに意識を向けてきた時はさっきまでと比べ物にならんくらい、暴れるんだろうなぁ。軽く死ねる自信があるよ。
わんこ少年の鉄鋼蔦をウィルに焼き切ってもらうと(金属並の硬さになってるから、刃物で切るのは難しい)、ぺぺっと切ってもらった残骸を捨てる。
鉄鋼蔦の下から出てきたその肉体はかなり大柄で、程よく鍛えられたしなやかな筋肉に覆われているのが分かる。身長はウェイグよりでかいんじゃないかな、多分。あと、そこまでムキムキしてるわけじゃないけど、あいつより筋肉質だ。何て言うんだっけ、細マッチョ?ともかくヒく程筋肉質ってわけじゃないことは確かだと思う。
世の女性たちからの受けは賛否両論かもしれないが。
「おい、動けるか。でかい猿と交戦中なんだよ」
「…?ここ、は…?」
あ、だめだ。
ざっと見た感じの考察を切り上げて声をかけるも、反応し顔を上げた少年は、寝起きのようにぼんやりとした目をしていた。状況もよく分かっていないらしい。取り敢えず枝に座り直した少年の二の腕を掴んで、頑張って立たせるとウィルに指示。
「ウィル、枝を折って。ついでにあの大猿にも攻撃が当たればなお良し」
「了解した。『振り下ろす光神の鎚』」
魔法により形作られた光を司る神の名を模す光の戦鎚が、手甲猿ごと枝を叩き落とす。さっきもこれでやれば良かったんじゃ、と思うが、どうやら範囲指定ができないようだ。あの状態でこれ使ってたら、おれにも当たる。
「グゥゥゥ…!」
ずぅぅん、と落ちた音がした瞬間、下で悲鳴と怒号が上がったようだが、キニシナイ。
「…ウィル、お前実は結構根に持ってるな?」
「私が快感を覚えるのはジルによってもたらされるもののみだ」
「堂々と胸張って追加変態要素発言してんじゃねぇ」
じとりとした目を向けてみたが、なんかちかちかと嬉しそうなのでやめておく。だめだ、この変態はおれの手に負えない。どんどん悪い方へ成長していく。どういうことなの。
そんなおれたちを不思議そうに見つめるでかわんこ少年は、そろそろ思考もはっきりしてきたのか下方で暴れている様子の手甲猿を気にしている。
服装からして、ウェルヘイムの生徒じゃない。おそらくどこかの集落から来たのであろう彼は、ほぼ勘なのだが、だいぶ戦闘慣れしているようだ。
あと、なんだか例に漏れず美形だ。イケメン遭遇率たけぇー。
きょとんとした、幼く見える表情とは対照的に、随分凛々しい男前な顔立ちである。なんか色々と勿体無いわんこだ。
「詳しく説明してる暇がないんで直で聞くけど、あんた、戦えるよな?手ぇ貸してくれる?」
「おれ…?たたかう…?」
…うん?
なんか妙な反応が返ってきたぞ?
こてん、と見た目に似合わない可愛らしい仕草で首をかしげる。ああでも幼い雰囲気があるから似合うといえば似合うかもしれないけど今はそんなことどうでもよくて!
「えっと…自分が誰で、なんでここにいるかとか、わかります…?」
「おれ?おれは、えっと…ハルクアルド。うん、ハルクアルドが名前だよ。
ここにはね…ここには…えっと、なんでいるんだろ?」
あ、でもぐるぐるにされてたのは分かるよ!と困惑した表情から一転、ぱぁっと嬉しそうに笑う。これってあれだね?つまり、そういうことなんだよね?
「キオクソーシツ一匹保護…」
「キオクソーシツ?誰が?」
お前だよわんころ。
どうしようか。体つきやらふとした体重移動なんか見る限り、かなり戦力として優秀だろうに、記憶喪失っぽい。どんな具合に記憶がすっぽ抜けているのか分からない以上、一緒に下に降りるのは危険だろう。
終わるまで、ここにいてもらうか。
下した判断を伝えるべく口を開きかけたが、それは声にならず。
「ふあ!?」
何故か嬉しそうにおれに近づき、ごく自然な動きで抱きしめられたせいで、代わりのように間抜けな声がでる。わんころのふさふさした尻尾がぶんぶんと左右に振られて、彼がご機嫌なことを示す。
なんでこうなった。
「ぐるぐるの危ないやつ、とってくれたのって君だよね?助けてくれてありがとう、すごく嬉しい!」
「ああ、まぁ、そうなんだけど」
君って。
なんかむず痒い言い方だな。
「おれはジルだ。そんで、取り敢えずお前離せ。下のあれ片付けないと危ないんだよ」
「ジル?ジル、ジル…」
「うん、そう、ジル。…ってそれはいいから離せって!」
「んー、やだ。ジルって優しい、いい匂い、柔らか
「それ以上言うんじゃねぇ犬」
…くぅーん」
「う、うう。ずるいぞ、ハルクアルドとやら!私もジルにぎゅうってしたいし匂い嗅ぎたい!!」
「お前は黙れ変態精霊!!」
さらにぎゅうぎゅうと抱きしめにかかる犬。ええい、離せ、離さんか!
ふわふわとウィルが周りを飛び回り、その本音が漏れる。ていうかお前その丸っこいフォルムでどうやって…ってそういえば人影みたいな形態とってたっけ?でも匂いとか分かるのか?
離れさせようとぐいぐい厚い胸板を押したり、藍鼠色と、白い毛の混じった不思議な色合いの跳ねた短髪を掴んで引っ張ってみたりしてみたが、ちっとも応えている気配がない。
「~~~っああ、もう!下の猿どうにかしたらいくらでもくっついてていいから!だから今は離せ!!」
自棄糞気味に叫んだ言葉だが、次の瞬間とてつもなく効果を発揮した。
そりゃあ、もう、おれが思っていた以上に。
「ほんと!?」
犬――ハルクアルドが、がばっと体を離す。そのうっすらと緑がかったベビーブルーの目はきらきらと輝き、先程まで以上の勢いで、千切れんばかりに尻尾が振られる。
おれはそんなに喜ぶようなこと言いましたかね?
勢いに圧されてこくこくと肯けば、おれの肩を掴んだまままのハルクアルドが、下の猿に視線を向ける。あ、この目知ってる。獲物に狙いをつけた野生動物の目だ。
ざわざわとハルクアルドの見た目が変化していき、獣人の持つ姿の一つ、巨大な獣の姿へと変貌を遂げた。思ったとおり犬だ。もしかしたら、狼かもしれないが。
獣人は、人間とよく似た姿で過ごすことが多い。人型と一般的に呼ばれるその姿の時も、耳は獣のそれだし尻尾は揺れているけれど、その分獣の力を秘めた身体能力はとても高い。
そんな彼らは、半獣化や獣化といった具合に、自身の身体を形態変化させることができるのだ。
獣化とはその名のとおり、獣の姿をとることだ。獣化して得られた獣の姿は、通常の獣よりも巨大である。ひとによって変わってはくるが、『猫虎の民』の猫の獣人が獣化して、家猫と同じ大きさになることは絶対ない。基本的に、人型と呼ばれるその姿の時の大きさがベースにはなっている。『羆熊の民』なんかだと、獣化した姿は元より絶対でかいけども。
半獣化は、獣化した体が二本足で立っているようなイメージでいいと思う。いや、厳密にはもうちょっと人っぽいんだけど、全身毛皮仕様になるし、顔も獣のそれとなる。
確か、ハーフは半獣化までならできた筈だ。クォーターになるとそれも難しいらしいのだが、たまにハーフで獣化が、クォーターで半獣化できる者もいるらしい。
獣化や半獣化の恩恵は、身体能力のさらなる向上と、ただでさえ多い体力の増加、自己治癒能力の上昇といいことづくめだ。その代わりおバカになる者も、決して少なくはないらしいが。
獣化し、元よりも確実に巨大な大きさとなったハルクアルドが、おれの着ているスカートの裾を咥えて引っ張る。
「ジル、乗って。降りるから。
で、あれを仕留める。そしたら、一緒にいていいんだよね(・・・・・・・・・)!」
「え。ちょっと待って、なんか違う言葉になってる」
なんでそんな期待に満ちた目で見てるのこの子。
「ジル、早く、早く!早くやっつけようよ!」
「だぁぁ、もう!ツッコミどころは多いが…行くぞ!話はそれからだ!!」
獣化してりゃ、下手な魔獣に負けることはないはずだ。
それに妙なやる気を出しているようだし、それに乗らない手はない。
乗りやすいように姿勢を低くしたハルクアルドの背に飛び乗ると、途端にすごい勢いで枝から枝へと飛び移っていく。この大きな身体で、驚く程器用にひょいひょいと邪魔な枝を避けて、飛び移って降りていく。
あっという間に地面に降り立ったおれたちの目に飛び込んできた光景は、丁度ウェイグが手甲猿の無事だったはずの左腕を、その硬質化した皮膚ごと砕いて斬り飛ばすところだった。
「ギイィィィィ!!!!!」
「ウェイグ、悪い!待たせた!!」
声をかければ、手甲猿からバックステップで距離をとった彼がこちらを振り向く。
「おぅ、遅か…
……え?」
見たことないくらい、見事に呆けた表情で硬直するウェイグに、上に捕まっていたのがこいつだと伝えれば、すぐに思考が復帰したらしい彼はこちらを気にしながらも手甲猿に向き直る。
「で。そいつは戦力に数えていいのか?」
「うーん、どうだろう?本人はやる気なんだけど…
詳しくはよく分かんないけど、記憶喪失になってるみたいでさ。戦闘にどう影響があるのか分かんないし」
「記憶喪失…?そりゃまた面倒な…」
隠す気もなく嫌そうに顔を顰めるウェイグだが、ハルクアルドをちら、と見てすぐにまた手甲猿に意識を戻す。
「…まぁ、見る限りは大丈夫そうだな。ありゃあ、本能レベルで戦ってるタイプだろうし」
「へぇ、見ただけで分かるの?」
「野生動物と同じ目ぇしてんだろ」
「あぁ、納得」
当の本人は可愛く首を傾げ(でかいけど犬になったせいですごい可愛い)、おれとウェイグを交互に見ながらも、猿から意識を外さない。
「ヴォオ、グゥゥオオオオオオオ!!!!!」
折れた腕を振り回し突っ込んでくるが、負傷した腕から繰り出されるそれは樹上で見せたほどのキレも勢いもない。
危なげなくそれを避けると、おれとウェイグでそれぞれ左右に回り込み、やっと正面から見えたその目と一瞬だけ目が合った。
どろりと濁ったような目に、肌が粟立つ。
なんだ。似た感覚を、どこかで。
思考しながらも動き、その濁った冥い目に斬り付けて、視界を奪う。反対側では、ウェイグも目潰しを終えたようで、同時に後ろへ飛び退いた。
「ギャウウ!!オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオ!!!」
見えなくなったことで、さらに滅裂な動きを始めた猿の左手側の大きな隙をついて、その横腹裂いて抉る。斬り付けすぐに離れれば、後ろを手甲猿の折れた右腕が通過する。そうしてできた隙に、今度はウェイグが斬り付け、同じように離れる。
ぶん、と見当違いな場所を空ぶった手甲猿の腕を、ハルクアルドがその強靭な顎で噛み付き、折れた場所から引き千切った。
さらなる痛みに喚く手甲猿の足を左右から斬り付け動けないようにすると、ハルクアルドがトドメとばかりに飛びかかって左の頭を噛み砕き、右の頸を鋭い爪で斬り落とした。
「すっげぇ…」
誰ともなく呟かれた言葉の中、口元から真っ赤に染まったハルクアルドが、人型に戻る。
人型に戻った分凶悪さはなくなったが、ウェイグとはまた違った意味で物騒な外見になる。だって口元真っ赤なんだぜ。血が滴ってんだぜ。怖ぇーよ。
本人は至って気にした様子もなく、にぱぁ、と無邪気な笑みを浮かべると、
「ジル!これで一緒!!」
そう言って血塗れのまま抱きついてくる。随分ご機嫌ですねー。
「なぁ、ジル。
…説明は、してもらえるんだよな?」
「うん…でも、実はおれにもなんでこんな懐かれたのかさっぱりなんだけどね?」
じっとおれの背後を見ながら聞いてくるウェイグにそう答えながら、ちらりと後ろからしっかりと抱きついている血塗れ犬を見る。やっぱり身長はウェイグよりおっきいなぁ。
おれたちの視線に気づいたか、ハルクアルドがおれを見てウェイグを見て、またおれを見るとにっこぉ、と笑みを深めて小首を傾げる。仕草は可愛いものなんだけど、如何せん体格の良い野郎がやっているのでやっぱり可愛くはない。
「…取り敢えず、森の中じゃゆっくり話もできねぇ。戻ろうぜ」
「おー…っておい、ハルクアルド!だから動きにくいって、離れろよ!」
「やーだー」
「ハル!」
「!」
ぴこん、と耳が立って、腕の力が緩む。
その隙にさっとハルクアルドの腕を抜けると、びっくりしたように大きく目を見開いた表情から、次第に幸せそうなものに変わっていく。なんだかもじもじしてるように見えるのは気のせいか気のせいだよな野郎がもじもじしてるとか気持ち悪くて見てらんねぇよ。
「ジル、おれ、ジルの言うこと聞く。だからね、えっと…」
あっはー。気のせいじゃなかった。
言いにくそうに、恥じらうように(人前で思いっきり抱きついといて何を今更)もじもじしたあと、ちょっと目元を赤くして。
「…これからも、ハル、って呼んで?」
…子供だったら可愛かったんだけどなー。
* *
「ジル!ウェイグ!良かった、無事…えっと?」
「ジルちゃん!ウェイグくん!大じょ…うん?」
森から出てきたおれたちを見て、ミリアムとロアナが駆け寄ってくるも、その視線はおれの後ろで我慢できなくなったらしくまた抱きついてきた犬に向けられている。抱きつくだけじゃ物足りないのか、立ち止まったのを良い事に、ハルはおれの頭にすりすりと頬ずりをしている。やめろ。
…お隣で飼ってた大型犬(狩猟用・オスとメスの番)にもなんかやたら懐かれてたんだけど、おれって犬に好かれやすいんだろうか。そういやあの時は懐かれたっていうより、我が子のように世話を焼かれたんだっけ。未だにそんな感じだけど。
「ジル、ジル」
「うんうん、分かったから離そうな?まだ移動するから」
「やだ」
にこにこと上機嫌なハルに、おれの申し出はあっさり断られる。
おれは男に抱きつかれても嬉しくないんだよ、ハル?さっきは戦闘があったし、後でならくっついてていいって言ったけど、そういう趣味はないし。ていうか動けんから離せ?いい子だから。
実力行使で殴り飛ばしてもいいのだが、図体が無駄にでかい(だから殴っても効き目がなさそうだ)のと、その外見に似合わぬ幼く純粋な言動がそれを躊躇わせる。だってこれってあれだろ、こいつの雰囲気的に「近所の気に入った子に無条件で懐いてる幼児」状態。殴ったらおれが罪悪感に苛まれそうじゃないか!
ふぅ、と小さく溜息をついて、遠い目をして呟く。
「……なんでおれの周りって男ばっか増えるんだろう…」
「ジルちゃん、元気出して?女の子の友達だったら、私たちがいるよ」
「そうですよ、ジル。それに、これもジルが可愛くて強くて魅力的だからです、自信を持ってください」
ウェイグに一通り聞いたらしい二人が慰めてくれるが、誠に嬉しくない。
相変わらずおれにしがみついて離れない大きな子供の腕にすっぽりと収まったまま、おれはそろそろ現実逃避の段階へと差し掛かっていた。
「…どうして、こうなった…っ!」
おれはその夜、何故か全く離れてくれないハルと一緒に寝ることになった。
翌日、野郎にしがみつかれて眠れるわけもなかったおれの目の下には、隈ができていた。
ハルクアルドは犬の獣人です。
獣化後のイメージとしては、シベリアンハスキーのでかい版です。
助けてくれた→いい人→好き→ご主人様?という連想ゲームが彼の中で起こったようです。
犬の獣人は本能レベルで誰か自分の認めた相手に仕えようとします。狼の獣人とは、その辺が一番の違いです。




