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魔法屋ガトールークと姫の憂鬱  作者: ハモリナ
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12/15

ⅩⅠ:舞踏会にて

「ガトールークさん、そろそろ行こう」


…


セレスティーナは呼びかけたが、返答はない。


ガトールークはひとり姫の部屋に残っているはずなのだが。


今しがた、先に姫を舞踏会の会場まで送ってきたばかりで、自分が部屋を去ったのはわずか五分前だ。

どこかへ行ってしまったなんてことはないだろうに…

… と、セレスティーナは、部屋の入り口で首をかしげる。


彼は部屋に入り、奥をのぞきこんだ。


…

ソファーに腰かける、もう見慣れた、茶髪の貴族。


セレスティーナは、彼に歩み寄った。


「ねえってば、ガトールークさん!

僕呼んだんだけど、聞こえなかった?」


「聞こえたよ、だいぶでかい声だったから」

彼は振り向いた。


「えー、それじゃ返事くらいしてよ、どうしたのかと思うでしょ?」

「ごめんごめん。

でも、だめなんだ」  

「…なんで?」


「だって、ほら…」

彼は少しためらって詰まり、

… 口にした。

「俺は、今ガトールークじゃなくて…

…

マクシミリアン=ランセッス=サード…

…なんだからな。

…

…合ってる…よな?」


「ああ、そうだったそうだった!」

セレスティーナは手を叩く。

「ごめん、僕忘れるとこだったよ」


「だろ?」

ガトールーク

…もとい、マクシミリアンが、腰を上げた。


「だから気をつけてくれよな、俺もうっかり返事しちゃいそうになるから。

あっ、接触しなきゃ大丈夫とは思うけど、ゼロシキやフェニックスに会ったら一応伝えといて」

「うん、わかった」

「じゃあ、お前が俺のことガトールークって一回呼ぶたびに100クランな」

「えー?!

…いいよ、言わなきゃいいんだもんね!」

「そう、そういうこと」


ふたりはフランメールの部屋に施錠し、二階のホールに向かうべく、五階を下りていった。






もうホールには、たくさんの人がひしめいていた。


ふくらんだ桃色のドレス、純白のマント、折り重なって響きあう男女の声。

それらを抱きこんだ、シャンデリアのきらめき。


なんて華やかで、鮮やかな空間!


ガトールークは、そのまぶしさに少し酔い、ため息をつく。


「大丈夫、肩の力を抜いて」

セレスティーナが、彼の背中をさする。

「フェニックスとゼロシキさんもどこかにいるんだろうから、ふたりを探してみたら?

きっとそのあいだに、だいぶ慣れてくるよ。

あっ、その前に、姫様に声をかけておくのがいいかもね」


それもそうだ、と、彼はうなずく。



マクシミリアンは、きょろきょろと辺りを視線でなぞり───────



彼女はすぐに見つかった。


会場の奥の、少し高くなった場所。

そこに置かれた玉座の前で、王や、王妃と、会話している。


しばらく見ているうちに、

ふいに彼女が、ひとりになった。


マクシミリアンはそこに近づいていく。


その姿に、姫もすぐに気づいたようだ。

ドレスの裾を上げて、駆け寄ってきた。



「早めに会えてよかったわ。

探していたの」


結い上げられ、巻いて整った、ブロンドの長い髪。

ドレスの空色の深く優しいことは、雲をいだく天空のようだ。


「…どうかなさったの、

もしかして、どこか、具合でも…」


彼は姫に顔をのぞきこまれ、はっと我に返った。


「…え?

あ、いや…

すみません、ちょっとぼんやりしちゃって…」

「いいのよ、慣れない場所だから、仕方ないもの」


マクシミリアンの手を、姫が引く。


「ガルシアはきっとわたしのところに来るから、こちらから接触しようとする必要はないわ。

だから、しばらくおしゃべりの相手をして?

美味しいものも、たくさんあるのよ」


…フランメール姫についていれば、特に怪しまれることもないだろう。


マクシミリアンはうなずき、姫に笑顔を見せて、彼女のあとについていった。




「へーえ。

うまくやってんじゃねえの、エンジェル」


眼帯のバーテンダーのつぶやきに、その背後にある樽が、がたがたと音を立てる。


「わかったわかった。

おちびちゃんは酒樽なんだから、静かにしてな。

…おっと、客人だぜ」


彼はうやうやしく、頭を下げた。


「これはフランメール姫様、いらっしゃいませ。

今日もまた、一段とお美しくていらっしゃいますね」

「まあ、お上手だこと。

お菓子を食べて喉が渇いたの、何か飲み物をちょうだい」


「かしこまりました」

バーテンダーはうなずき、

…

彼女の後ろの、茶髪の貴族にも、目をやった。

「姫様、そちらの紳士様は?」


「マクシミリアンよ。

わたしの婚約者なの」

フランメールはためらいなく答える。


「それはそれは、おめでとうございます」


バーテンダーは、マクシミリアンにも呼びかける。

「マクシミリアン様にも、何かお作りしましょうか」


彼は、つけ加えた。


「例えば、…

生クリームが効いた、甘口の“マイ・スウィートエンジェル”などは、いかがで しょう?」



…そんな小芝居をしなくても、彼がゼロシキであろうことはひと目でわかるのに。

ガトールークは、内心たまらなくおかしいのを、ぐっと胸の裏に押しこめた。


そして、考える。


なんと返そうか。

銃剣•紅蓮、

…gun sword of crimson…


……



マクシリミアンは、口を開いた。


「ああ、いや、私は酒は得意ではなくて」

「おっと、これは失礼」

「いいえ、構いませんよ。

そのかわり、

…そうだな、クリムゾンの、フレッシュジュースを」


フランメールが首をかしげる。


「クリムゾン?

…なあに、それ?」

「アハハ、名前はいい響きですが、要はぶどうですよ。

ちょっと格好つけただけです」


彼女は瞳を輝かせた。

「まあ、面白いのね!

わたしも同じものがいいわ」


「かしこまりました」

バーテンダーは、目を細めて、ふたりに背を向け、作業を始めた。




「まあ、美味しい!

甘酸っぱいのね、クリムゾンって」


フランメールがしぼりたての真っ赤なジュースに舌鼓をうつ。



一方マクシミリアンは、満たされたグラスを持ったまま、

気を張りつめていた。



────────わかるのだ。

あの男の気配が。


彼が振りまく魔力の気配。


やつはすぐそばにいる───────



彼が振り返ると、


視線の先に、


黒い肌の男。


細長く締まった体躯、

金色のマント、

熱帯を思わせる服装に、似つかわしく結い上げた黒い髪────────



ガルシアだ。



男の視線は、まっすぐこちらを向いている。



彼が、右脚を前に出した。


ゆっくりと、こちらに近づいてくる。


適当な距離になったところで、マクシミリアンは、会釈をした。

だが、彼は返さない。



ガルシアは、茶髪の男のすぐ隣に体を寄せ、


言葉を、発した。


「こんばんは。

以前、この城内でお会いしましたね」


フランメールが振り向いて、目を見開く。


「ええ」

マクシミリアンは、答える。

「つい一昨日、応接間の前で」


「ガルシア様、ご機嫌麗しゅう。

この方は、前に申し上げた、わたしの婚約者ですわ」

「マクシミリアン=ランセッス=サードと申します。

それにしてもお見知りおきいただいたとは…、

恐縮です、王様」


かわるがわる挨拶をしたふたりに微笑みかけ、ガルシアは、姫に歩み寄る。


少しかがんで、彼は、ささやくように言った。


「フランメール姫、少しテラスに出ませんか。

ここはこもっていて、暑い」


目配せをしてきた彼女に、マクシミリアンはうなずく。


「ねえ、少し待っていてくださる?

すぐ戻ってくるわ」

「ええ、わかりました。

このあたりにいますから」


小芝居を終えた姫は、ガルシアに、静かな笑顔を向けた。

「いいわ。

行きましょう」



二人が連れ立った先は、このホールの、庭園側に張り出したテラス。


ガトールークは、どうにかして、あの四階の角部屋に彼を閉じこめたかった。


さて、どうしたものか。


ガトールークはひとまず、少し離れて彼らのあとをついていく。



「ガト…あっ、

…マクシミリアンさん」


途中で、セレスティーナが合流してきた。


「見てたよ」

「ああ…

できればガルシアを四階の角部屋に追いつめたいんだけど…

どうしたらいいか、わかんないよ」


「とにかくお前はこれ以上追うな」


ガトールークの肩に手がかかった。


彼は振り向く。

フェニックスの紅い瞳が、彼を、穏やかに、しかし緊張をもって、まなざしていた。


「お前は、ガルシアが少し離れた後方にいるときに、既に奴の存在に気がついたろう。

ならば、奴もまた然り──────

お前の気配は、感じ取られているはずだ」

「あ…

…そうだよな」

「案ずるな、姫がすぐに命を落とすような事はないはずだ。

ここは私とセレスティーナが行く───────

お前は、見ていろ」


そう言ってフェニックスが手渡してきたのは、


…────


「…何、これ」



小さな画面の、薄い機械だ。



「すっとびリモコン改だ」


…


「フェニックス」

「何だ」

「…あのさあお前…」


「いや、ふざけているわけではない」

フェニックスは、それの電源をつける。

「ゼロシキから預かってきた。

本体はゼロシキが操作しているが、すっとびボールの映像自体はこっちにも出力しているそうだ」


鮮やかな画面に、自分の頭が映しだされている。

マクシミリアンが顔を上げると、すっとびボールは、フェニックスの肩につかまっていた。


…

「わかった」

彼は、言う。

「じゃ、姫からガルシアを引きはがすところまでは任せるよ。

そこからが、俺の管轄だろ」


「そういう事だ」

「任せといて、姫様は絶対奪い返すから!」



フェニックスとセレスティーナが、テラスに向かって早足に行くのを、マクシミリアンは見届ける。



必ず、ガルシアは、姫に手を出してくる。


彼の直感は、そう告げていた。





ダンスホールを出たその先のテラス、

フェニックスとセレスティーナは、目を凝らす。


シャンデリアの輝きに圧倒され、向こうの暗がりはよく見えない。



テラスの入り口間近まで来て、

それはようやく、 はっきりしはじめた。


一組の影が、うごめいている。


一方がもう片方に引き寄せられ、

…


「…まずい」


フェニックスが足を早めた。

セレスティーナもすかさずそのあとを追う。


「覚悟はいいか、セレスティーナ」

「…うん」

「よし。

私がガルシアを押さえる────

お前は、姫を頼む」

「わかった!」



彼らは、夜闇のうつるテラスに、飛び出した!


「─────ッ?!」

フェニックスに体当たりされたガルシアは、バランスを崩してよろめく。

「な、何だ、貴様らは?!」


それでもなお、その腕にはフランメール姫がおさめられている。


彼女の口元に当てられた布。

麻酔か何かだろう。


「姫様を放して!」

セレスティーナが、思い切り、その拳をガルシアの右肩に打ち下ろす。


鈍い音。


セレスティーナはすかさず、彼の腕から姫をもぎ放す。


フェニックスはそれを確認して、ガルシアを床に叩きつけた。


「お前の思惑はもう明白…

観念してもらおうか」


フェニックスの言葉に、


…


ガルシアは、笑いだした!


「あっはっはっは、これは勇ましい!

誰に何を吹きこまれたか知らないが─────」


ガルシアのへこんだ右肩が、もとのように形を整えてゆく。


「…馬鹿な」

フェニックスは、あぜんとそれを見つめた。


セレスティーナに殴られた肩甲骨。

複雑骨折なのは間違いない。


ガルシアは、今はまだ、ただの魔物でしかないはず。

一介の魔族が、自己治癒の技など、どこで会得した?!


「驚かせてしまったようだな」


その低い声に、フェニックスははっと我に返る。


それが早いか、突然目の前に現れた闇の塊に、彼は投げ出された。


「フェニックスさん!」

セレスティーナが受け止める。


ぬらりと立ち上がったガルシアの口元に浮かぶ、怪しい笑み。


「愚か者どもが」

彼は、首を回して、くくっと声を漏らした。

「赤毛の神官、冥土の土産に話してやろう。

私ほどの魔力を持つものとなれば、外れた自分の組織を前と同じ場所に戻すなど、朝飯前なのだよ」


…

そうか。

砕けた骨を、強引にもとの位置に戻して、魔法で支えているのだ。

何という荒技だ。

それは想定外だった。



だが冥土の土産にはなり得ない。


不死鳥《フェニックス》は、冥土には向かえないさだめだ。


自身の頬の傷が自然治癒する光を、フェニックスは、目の端に感じた。



彼はもう一度、ガルシアと組み合った。


「なぶり殺しにされたいらしいな」

卑屈な、灰色の眼差しが、フェニックスを突き刺す。


フェニックスは、ガルシアから目を離さないまま、声をあげた。


「何をしている、セレスティーナ!

早く行け!」

「えっ?!

あ、う、うん!」


セレスティーナは、意識を失っている姫を抱き上げて、ダンスホールの方向に駆け出す。


「させるか!」

ガルシアの左手が、彼を指す。



「──────えっ、」



脚が動かない。

セレスティーナは、全身に麻痺と激痛を感じ、自分が石像のごとく固まってしまったことを把握した。


ガルシアが、つかつかとセレスティーナの背後に歩み寄り、


「ふっ、所詮、貴様のようなただの魔物など、私の足元にも及ばない。

私は、世界を統べる男なのだからな!」


ガルシアの指先は、何かを握るようにうねりはじめる。


「…っ!!」


セレスティーナが、喉元に片手をやった。


あえぐ彼を見て、フェニックスはガルシアにつかみかかる。


だが、抵抗もむなしく、再びフェニックスは、ガルシアの作りだした影に阻まれる。



「「セレスティーナ!」」



───────!



叫んだフェニックスは、自分の言葉に、聞き慣れた声が重なるのをさとった。



次の瞬間、



──────白い光が瞬き、



糸が切れたように、セレスティーナはよろめき、崩れ落ちる。


その体を、セレスティーナが抱いた姫と一緒に、


──────栗毛の青年が、受けとめていた。



「フェニックス、セレスティーナと、姫様を」


落ちつきはらったその声に、フェニックスは従う。



膝をはらって立ち上がるマクシミリアン、

彼を見て、ガルシアが、ほくそ笑んだ。


「ほう… やはり貴様の差し金だったか」

「そうだ」

「よほど私の邪魔がしたいと見えるな。

不愉快な男だ」


「邪魔だけで終わらせないさ」

マクシミリアンの両腕が、白い輝きを帯びはじめた。

「姫様も、アトラスの力も、お前には渡さない!」


彼は、ガルシアに飛びついた。

その胴に腕をまわし、手を組みあわせる。


マクシミリアンに直に触れたガルシア、

その目が、ぎらりと光る。


「貴様…

正体を現せ!」


怒号とともに、ガルシアの右手から射出された黒い炎が、マクシミリアンを吹き飛ばす。


マクシミリアンの視野は、一瞬、瞬いた。



床に転がされ、

─────彼は、異変に気がつく。


視界の端に入った髪が、緑色だ。


頭をもたげると、

…明らかにガルシアと自分のサイズの比が、変わっている。



変化魔法が、解除されてしまった?!



「ほう… これは驚いた」

ガルシアのため息は、笑みを帯びている。

「緑の髪に紫の瞳…

お前が、この国に巣くうという、邪悪な魔法使いだったか」



…驚いたのはこっちだ。

まさか、遠い熱帯の異国にまで、根も葉もない自分のうわさが伝わっているとは思わなかった。

無論、悪評は広まるものだという認識はあったのだが、それにしたって、せいぜい国内までがいいところじゃないだろうか。

もはや想定の範囲内を超越している(ちなみにレードラントは、ロッキンラインの位置する経度から見て、ちょうど90度ほど東にある。経度だけでみれば四半球広まったことになる)。




───────!!!



… ───────しまった。

つい、あっけにとられていた。


彼はそのことに、ガルシアに胸ぐらを捕まれ、放り投げられてから気がつく。


今まで暗がりにあった視界が、一気に明るく照らされた。


尻餅をついたガトールークは、まぶしい目で、あたりを見回す。



と、 そのとき。


ガルシアの言葉が、彼の耳をつんざいた。


「魔法使いだ!

ここに魔法使いがいるぞ!」


会場の人々の視線が、声の方に一斉に集まった。


女たちは、緑髪の青年の姿に悲鳴をあげ、男たちもたじろぐ。



「衛兵!衛兵!」


ロッキンライン王の声だ。


このままだと、間違いなく捕まる。

そうなってしまったら、おしまいだ!


ガトールークはすばやく身を起こし、見据えたガルシアに向かって、飛びかかる。


「貴様、何をする!

私は、レードラント国王の───────」

わめき、もがくガルシア。


ガトールークは、その胴を抱えこむようにして、食らいつく。

「いい人ぶるのも、たいがいにしろよな!」


組んだガトールークの両手から、白くまぶしい輝きが放たれ、絡みあったふたりを巻きこむ。


幾筋もの光を裂く、詠唱。



「いざなえ、

ミッド・ルイヤール!」



一瞬鋭く視界を奪った純白の光は、


声とともに、


収束した。





「──────っと、 こりゃあ、そろそろ…」


ゼロシキは、すっとびボードから目を離し、それをロコに渡した。


狭い室内を見渡す。


足元にいるロコをうながして、壁際に身を寄せる。


「ゼロシキ、くる?」

「ああ、多分な」


彼らが互いを見合わせた、


まさに、そのときだった。



部屋の中央が、ひずみはじめる。


そこから漏れ出す、強烈な輝き。


「プキャ!」

「大丈夫、落ちつきな」


ゼロシキは、ロコをなだめる。



彼の視野の真ん中に、ふたつの人影。


それは徐々に輪郭を際立たせ──────


固まりになって、じゅうたんの敷かれた床に、落ちた。


ガトールークはすぐにガルシアを押さえこむが、その小さな体はたやすく蹴飛ばされ、逆に転がされる。


「待ってたぜ、エンジェル!」

ゼロシキが、声をあげた。

「ガルシアから離れろ!」


「は、離れる?!」

「そうだ、早く!」


ガトールークは、突然の指示に、あわてて飛びのき、ガルシアと間合いをとる。


「ロコ、スイッチだ!」

「すいっち!」


ロコが、その手元にあったすっとびボードの画面を、叩いた。


その瞬間、


部屋を、青い閃光が満たす。


それに混ざる、ガルシアのうめき声。


「が…、ぐああっ!」


「ゼロシキ、…これは?!」

肩で息をしながら尋ねる、ガトールーク。


「改造版すっとびボール、弐式─────」

ゼロシキは、にやりと笑った。

「要はすっとびボールを超高圧電流を発生させられるようにいじったやつさ」


「超高圧電流?!

そ、そんなことしたら…」


「ああ、間違いなく死ぬ」

彼は、かがんでいるガルシアを見下ろした。

「普通の人間なら…な」


…ガルシアの灰色の瞳は、ゼロシキを見据えていた。

怒りと、憎しみをたたえて──────。



ガトールークは、見るにたえず、ゼロシキの袖を引いた。


「ゼロシキ…いいよ、やめよう」

「どうして?」

「だって、あんまり痛そうで…

弱らせるのが目的なら、もうはずしたっていいだろ」


「エンジェル」

ゼロシキは、ガトールークを制した。

「気持ちはわかるが…

こいつは、お前の情けが通じる相手じゃねえ」


「でも、だからって…」


こんなむごいことが、許されるのか。

仮にも、相手は“元”人間、

たとえ一滴であれ、人間らしい心は持っているかもしれないのに───────



重く沈んだガトールークの考えは、


「エンジェル!」


彼をかばった、ゼロシキの腕に断たれた。



自分の上に覆いかぶさるゼロシキ、

その背後から、


耳を割る、轟音と、爆風。


「…ったく、ボーっとしやがって…

世話焼けるぜ」

「ご、ごめん」

「いいってことよ、気にすんな」


身を起こしたゼロシキ、

彼はロコの方を見る。


案の定気絶していたロコ、

彼の手から、すっとびボードを取り上げた。



ゼロシキは、全身に電流を浴びながら立っているガルシアに、目をくれた。


「ほーう、ずいぶん丈夫じゃねえの。

すっとびボールはらいのけて壁にぶつけるぐらい元気だなんて、思わなかったねえ」



さっきのは、すっとびボールが爆発した音だったのか。

ガトールークは、驚愕し───────


すっとびボールが当たったらしい場所を、食い入るように見つめる。


砕けて、建物の骨組みが見えるようになった壁。


…


────────?



その暗がりから、わずかだが、紫色の光が、のぞいている。

強力な、魔力の気配。


…


「…あ…!」



ガトールークの声に、ゼロシキが振り返る。

「どうした、エンジェル」


「ゼロシキ、壁だ!

壁、壊して!」

「壁だと?」

「そう!

あの中に、ポータルがある!」

「ポータルって…

まさか、フランケンが出てきてたのって、壁の中にポータルがあったからなのか」

「多分な!

その中にこいつを引きこみたいんだ、手伝ってくれ!」

「おうとも、任せろ!」


ゼロシキがポケットに手を突っ込み、白く丸い球のようなものを取り出した。


それは壁に投げつけられ、当たった場所にへばりつく。


すっとびボールが一台、ガルシアへの攻撃から離れ、

…二本のコードを射出して、白いそれに繋ぐ。


「伏せろ、エンジェル!」

「う、うん」


ガトールークに指示したゼロシキが、すっとびボードを叩いた。


─────爆音と瓦礫が織り混ざって飛んできたのは、それとほぼ同時だ。



またその瞬間、



…部屋を、怪しい紫の輝きが、満たす。


砕けた壁の向こうにのぞく、巨大な鏡

─────── 魔界への、ポータル!



ふたりがそちらに目を奪われたそのとき、


「ククク…、

何をするかと思えば!」


彼らは凄まじい波動を肌に感じ、

…いくつも床にぶつかる、乾いた音を、耳にする。


振り向くと、


──────身を半分もがれたすっとびボールたちが、ガルシアの足元に、力なく横たわっていた。


「どこまでもおろかな奴らだ!

私をポータルに押しこめばそれで終わりだと思っているとはな!」

ガルシアは、あざけるように、笑う。


ガトールークは、返した。


「思ってないよ。

俺が、一緒に行く」


「…?!

正気か、エンジェル?!」

「うん」


ガルシアの腕を引いたガトールークは、自分でも驚くほど冷静だった。


「ガルシアの最後は、俺が見届けてくるよ」


「言わせておけばぬけぬけと訳のわからんことを!」

ガルシアが、ガトールークを振り払った。


つかの間、

その体は、宙に持ち上げられる。


ゼロシキだ!


その太く締まった腕は、たやすくガルシアを投げ飛ばす。


ちょうどポータルの前に倒れこんだそれを、

ガトー ルークは精一杯の力をこめてもたげる。

なんとか鏡の奥に、ひとりの男を落としこんだ。



ガトールークも、鏡の中に半身を突っ込む。



「お、おい、エンジェル」

呼び止めるゼロシキ。


彼は、振り返って、

「大丈夫」

目を、細めた。


「すぐ戻るから、先帰ってていいよ」

「すぐ戻るったって、お前…」

「俺、多分この城の兵士に追われてるから、ここにいたら、ガルシアより先に俺が捕まっちゃうよ。

それに───────」


ガトールークが、少し目を伏せた。


「俺とガルシアが本気でやりあったら、ひと部屋壊す程度じゃおさまらない──────

きっと、この城、もたないから…」


…



抑えてたのか。

…なかなか粋なお心遣いじゃねえの、

マイ・スウィートエンジェル?



…


「ゼロシキ?」


「…あ、

ああ…」

彼は、ガトールークの声で、はっと我に返る。


「皆に、宜しく言っといて」

「…わかった」



青年は満足そうにうなずき、


───────鏡の奥に、吸いこまれていった。




「…エンジェル」



再び静寂を得た部屋。


ゼロシキは、大きな鏡に歩み寄る。


滑らかな銀盤に伸ばした、指。


それが触れるか触れないうちに、鏡《ポータル》は、音もなく、その表面にひびを入れ ───────


────────部屋に立ちこめていた紫の光もまた、空間に溶け、失われていった。



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