七月に煮え立つ恋
七月の中旬、俺と小楠さんは、予備校最寄り駅にあるマック前で昼過ぎに待ち合わせた。
店員の「お会計は別々ですか?」の質問に、
俺は即座に「一緒で」と答える。
商品を待つ間、「私の分はいくら?」と聞く小楠さんに「俺、払う。」と言うと、
「エー…じゃあ、次は私が払うね!」
と困ったような小楠さん。
俺は、男として俺が払う、と意気込んで、
奢ることを楽しみにバイトをしていたから、
困った顔の小楠さんを見て、俺が困った。
「俺、窯パンと倉庫の金あるし……太田ⅡBひと回ししたし……」
自分でもよく分からない理由を言ってしまう。
でも、小楠さんは、「窯パンと倉庫ってすごいねぇ……」と言いながら、
照れ臭そうに、財布を招き猫がついたかばんに入れる。
空いていたから、端っこの四人席に腰かけて、早速質問会を始める。
教えていると、小楠さんがどんどんいい方向に行っているのが分かる。
質問の内容が良くなっているのだ。
結局1時間ほど、数学以外の質問も含めて答えた。
俺たちはすっかり冷えたハンバーガーやポテトを食べる。
「早瀬君、何を質問しても答えてくれるからすごいよねぇ。
供物のチキンナゲットでございます。」
「おー、いいの?あ、小楠さんバーベキューソース派?」
「交互に食べる派!」
「じゃあ、フライドポテト食って!デカいサイズ頼んだし。」
「フライドポテト、細くてふにゃっとなったの、当たりじゃない?」
「あー、分かる。後、小さくてカリッとしたやつも当たり。」
小楠さんは、フライドポテトの中から、「小さくてカリッとしたやつ」を見つけて、
笑いながら、俺の手に差し出してくれる。
――俺の手のひらを掠る小楠さんの指先。
――二人きりで、笑いながら、普通に言葉を交わす時間。
俺の頭が、一瞬で沸騰した気がした。
頭が煮え立ったまま、「細くてふにゃっとなった」フライドポテトを見つけた俺は、
つまんで小楠さんの口元に差し出した。
一瞬小楠さんは、俺の動きにつられて小さく口を開けたが、
すぐに慌てたように笑って、
そのポテトを指で受け取り、「当たりのやつだね」と言う。
俺は、ポテトの山に目を落とす。
「小さくてカリッとしたやつ」を見つける。
俺の頭はまだ煮えたぎっている。
俺はそれをつまむと、小楠さんの唇に触れるようにして差し出した。
小楠さんは一瞬、
完全に動きを止めた。
――が、すぐにそのカリッとしたポテトを俺の手からそのまま食べて、
何でもないように笑う。
「当たりはやっぱり、美味しいねえ。」
「うん……」
俺は矢継ぎ早にポテトを口に突っ込んだ。
頬が熱い、
耳が熱い、
こめかみが熱い、
自分の顔が、髪の毛の先まで火照っている気がする。
小楠さんが崖っぷちで守ってくれている一線を、俺は、
越えたいのか、守りたいのか、
――今、どうしていいか、分からない。
***
俺たちはマックを出る。
「私、このまま予備校行くから……
早瀬先生、ありがとうございました!」
おどけたように言う小楠さんに、俺は呟いた。
「俺も行くわ。」
小楠さんは言葉を選ぶ。
「――小川先生と会う感じ?」
小楠さん、
――――ごめん。
「――いや、小楠さんを、途中まで送る。」
普段とは反対側の線路沿いを、薄曇りの中、予備校に向かって二人で歩く。
俺は歩きながら、少し小楠さんに近づく。
半袖から出る小楠さんの腕に、俺の腕が少し触れる。
俺の頭は煮えたぎり続け、周りに中身が飛び散っているようだ。
小楠さんは黙っている……
俺は小楠さんにさらに近づいた。
俺の腕は、もう言い訳できないくらい、小楠さんの腕に当たっている。
心臓の音が激しくて、通り過ぎる電車の音も聞こえない。
小楠さんは歩きながら凍り付いたようになっている。
前を向いたまま、俺は手を動かす。
その不自然な動きにも、小楠さんは何も言わない。
俺の手は、ようやく小楠さんの指を見つけ、そっと触れる。
小楠さんは、ただ黙り込んで――
俺が触れたままの、その指も動かさない――
予備校に向かう踏切が近付いてくる。
俺は、触れた指に少し力を込めて、
ようやく、小楠さんをチラリと見た。
小楠さんは前を向いたまま、笑いもどこかに置き忘れたようだ。
踏切がカンカンと音を鳴らし、遮断機がゆっくりと降りる。
俺たちは立ち止まる。
俺は指にもう少し、力を込めた。
――その瞬間、
その言葉は、
あまりにも自然に、
俺の口から転がり落ちた。
「俺は、小楠さんのことが、好きです。」
***
小楠さんの目が見開かれ、みるみるうちに顔がリンゴのように染まっていく。
急行電車がワッと後ろを通り過ぎる。
「俺――YNにいたときから、小楠さんのことが、好きで――」
しかし、その言葉が耳に入ると、
小楠さんは眉根を寄せるような表情になった。
「Y……N?わ……私?」
人違いじゃないのか、と言いたげな小楠さん。
「話したことないし……」
「俺は話し掛けてた。」
俺は小楠さんを真っすぐ見た。
小楠さんの目が泳ぐ。
「気付いてもらえなかったけど……」
「そんな……私なんか……」
小楠さんの目は、
周囲の華やかな花々に埋もれ、
くすんでいる自分の姿を、
外から見ているようだ。
諦めたように。
「小楠さん。」
小楠さんは怯えたように俺をチラリと見る。
「俺は、小楠さんの話をしてる。」
背後で遮断機が開く。
心も頭もこんがらがったまま、
俺は指に力を込めた。
「俺と、付き合ってください。」
全身がカアッと熱くなる。
しかし、小楠さんを見た瞬間に全て冷えていく。
小楠さんはうつむいて、必死に言葉を探している。
俺は処刑を宣告される思いだ。
「私は……今、浪人中だから……その……その……」
そのまま唇を噛みしめる。
俺の頭は、氷の海に投げ込まれたようだ。
脳髄まで痺れて、
言葉も出てこない。
***
そのとき、近くの小学校から、夕焼け小焼けの音楽が流れてきた。
俺たちは同時にハッと目を合わせた。
小楠さんは、この時間から授業なのだ。
俺は小楠さんの指を離す。
「次、八月……さっき質問会のときに決めた時間に、
俺、マックで待ってるし。」
カンカンカン……
踏切が鳴り始めた。
小楠さんは踏切を走り始める。
「返事はそのときに聞かせて!」
踏切を渡った小楠さんは振り返って、
ゆっくりと下りていく遮断機の向こうで、コクリと頷いた。
俺はフラフラと駅に向かって歩く。
ドンという風圧と共に電車が通り過ぎる。
電車が通り過ぎた後に振り返る。
遮断機の向こうの道に、
小楠さんの姿は見えなかった。
別作品も書いています。
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※完結まで執筆済み。
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