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第三章  過去から届く未解決事項

 図書室で拾った、紺色のハンドタオル。

 指先に触れるその柔らかな布地が、僕の記憶の奥底に眠っていた古いフォルダを強制的に展開させた。


 それは三年前、僕たちがまだ中学に上がる前の夏のことだ。


 当時の僕たちは、今の冷え切った関係からは想像もできないほど、常に同じ座標に存在していた。計算ドリルを競うように解き、新しいプログラミング言語の構文を覚えるたびに報告し合う。僕にとって澪は、最も信頼できる「観測者」だった。


 変化が生じたのは、地元の夏祭りの夜だ。

 慣れない浴衣姿で現れた彼女は、いつもより少しだけ大人びて見えた。


『蓮、これ。……今日のお礼』


 人混みの中で、彼女は小さな包みを僕に差し出した。中に入っていたのは、僕が以前「処理速度が速くてかっこいい」とこぼしていた最新の関数電卓だった。


『一ノ瀬、ありがとう。お返しに、僕も君に何か贈らせてほしい。何がいい?』


 今思えば、それが最初の計算ミスだったのかもしれない。

 澪は少しだけ寂しそうな顔をして、夜空に咲いた大きな打ち上げ花火を見上げた。


『……私は、蓮が選んでくれたものなら。何でもいいよ』


 当時の僕は、「何でもいい」という言葉を「機能的で実用的なものであれば、種類は問わない」という広義の定義として受け取ってしまった。

 後日、僕が選んだのは最高級の吸水性を誇る、何の変哲もない紺色のハンドタオルだった。


『長く使えるし、運動部の君には一番効率的な贈り物だと思ったんだ』

 

 

『……そう。連らしいね。ありがと』


  その時の彼女の瞳に浮かんだ、言葉にできないほどの「寂しさ」を、当時の僕はエラー値として処理してしまった。彼女が欲しかったのは、機能性(スペック)ではなく、もっと別の……例えば「特別感」のような抽象的な概念だと気づくには、僕の経験値はあまりにも不足していた。


 それ以来、彼女の態度は少しずつ、確実に「ツン」へと遷移していった。

 話しかければ突き放され、目を合わせようとすれば逸らされる。


 僕はそれを、「的外れな贈り物をして、彼女を失望させた結果」だと結論付けた。

 一度下がった好感度を回復させるのは、補器設定をミスしたゲームを攻略するよりも難しい。だから僕は、これ以上彼女に嫌われないよう、関わらないという「最適解」を選び続けてきた。


 だが。


 今、手の中にあるタオルには、不器用ながらも暖かい()()()()()()()()()が入っている。


「……論理が通らない」

 もし僕を嫌っているのなら、こんな三年前の、しかも「可愛くない」贈り物を、わざわざ工夫してまで持ち歩くはずがない。

 

 もし、僕の演算が根本から間違っているとしたら。

 彼女が三年間、あの時と変わらない温度で僕を見続けていたのだとしたら。


 図書室の窓の外では、夕闇が濃くなっていた。

 僕は立ち止まっていた思考を再起動させ、ある()()()「仮説」を立てた。


 それは、今までの僕のシミュレーションをすべて白紙に戻すような、()()()()()()()だった。

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