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新人上級女官 シャーロット・リーベルタースの話⑦

 なんておいたわしいマリー様。

 本来ならわたくしごときが殿下相手に咎めるような発言をするなど、不敬として投獄されてもおかしくない所業です。

 それでもわたくしは止めることができませんでした。


 「ではリーベルタース嬢。逆に聞くけれど、君は女官に侮られ、令嬢たちの嫌がらせに泣き暮らすような娘に王妃が務まると思うかい?」


 「――っ!!」


 雷に打たれた様な衝撃でございました。


 「別に私だって知っていたわけじゃない。可能性の一つとして考えていただけにすぎないんだ。だから昼間君たちを呼んだんだしね。――私だって苦しいんだよ? 愛しのマリーが虐げられているなんて、考えただけで胸が張り裂けそうになる。けれどね、これはマリーに乗り越えてもらわなければならない試練なんだ。優しいだけでは王太子妃、そして王妃は務まらない。わかってくれるね?」


 麗しいお方というのは、憂いを纏ってもその美貌を損なうことはないのですね。

 悲しそうに伏せられたまつ毛が影を落とし、美しいお顔になんとも言えない妖しげな色気が追加されております。


 「出過ぎた事を申しました。どうかお許しくださいませ」


 わたくしは即座に立ち上がり、最大限の謝罪を示す為深く頭を下げました。

 

 わたくしはなんと愚かで浅はかだったのでしょう。

 マリー様を愛していらっしゃる王太子殿下が、あのお方の現状に心を痛めないはずがないというのにっ!

 それでも殿下はマリー様の為に心を鬼にして見守っていらっしゃったのですね。

 それはなんと深い愛なのでしょう!

 なんだかギルバート様とエリアス様がコソコソとお話になっていらっしゃいますが、きっとわたくしと同じく殿下のお心を思い感動していらっしゃるに違いありません。


 「わかってくれて嬉しいよ。どうか座ってくれないか。ここからが本題なんだ」


 殿下のお声に従い、わたくしは大人しくソファに腰掛けました。

 本題とはなんなのでしょうか。

 今までのお話が本題ではないのだとすると、わたくしは一体なぜ呼ばれたのでしょう。


 「リーベルタース嬢、君のマリーへの忠誠は素晴らしいね。これは君が望めばだけれど、そんなにマリーが好きなら、彼女の侍女になる気はないかい?」


 一瞬何を言われたのか理解できませんでした。

 わたくしが侍女?

 マリー様の?


 「その、わたくしは高貴な女性の侍女になれるような身分ではないのですが……」


 わたくしとしては願ってもないお話ですが、女官ではなく侍女ともなれば、出自は必ず問題視されるはずです。

 身分に限らず身元保証人がいて試験に通ればなることが出来る女官と違い、高貴な方の侍女というのは誰でもがなれるわけではないことから全女性憧れの仕事と言ってもいいでしょう。

 国ではなく主人本人に仕え、その為お給金も主人の私財から賄われる侍女は王族の方でもそう何人も雇い入れるものではございません。

 特にマリー様の場合、そう言った公費以外で賄うべき支出はご実家であるリュグナス辺境伯家が持つはずです。

 王家に嫁ぐ女性に高位貴族家出身の方が多いのは、ご実家に財力がなければ体裁を保てないという側面もあるのです。

 王家や公爵家などのご出身の方であれば四五人引き連れてのお輿入れもあるでしょうが、マリー様の後ろ盾は辺境伯家。

 侯爵家に並ぶ御家柄ではありますが、軍備に予算を多く割かねばならない事情をお持ちの御家です。

 王太子妃となられても、そう多くの方を雇い入れることはないでしょう。

 しかし皆様の本音はどうあれ、お披露目の夜会が終わればマリー様のお立場はハッキリなさる。

 次期王太子妃殿下のお側付きという栄誉を賜ろうと数少ない枠を競う為、御令嬢方の熾烈なアピール合戦が始まるに違いありません。

 そんなマリー様の侍女にわたくしが?


 「身分など気にはしないよ。私は真実マリーを気遣い、心からの忠誠を誓ってくれる者を彼女の側に置きたい」


 わたくしは何度殿下の愛の深さに感動すればよろしいのでしょうか。

 しかしやはりわたくしでは力不足でございますね。

 とても残念ですが、謹んで辞退申し上げるほかないでしょう。


 「大変ありがたいお話なのですが、侍女ともなれば社交場へ付き従うこともございましょう。お側に侍るのがわたくしではマリー様に恥をかかせてしまいます」


 そうなのです。

 侍女に出自を問われる理由が『社交の場への付添人』。

 夜会ならば未婚かつ婚約者がいない方にしか必要のない役割ですが、お茶会はそういうわけにまいりません。

 女性だけが集められる催しに殿下がエスコート出来るはずもなく、しかし付き従うのがわたくしでは恥をかくのは主人であるマリー様になってしまいます。


 「そこは心配しなくていい。この国に()()()()()()を侮るような愚か者はいないよ」


 …………はて。

 どういうことでしょうか。

 今はマリー様の侍女になるというお話をしていたと思うのですが、なぜ殿下のお話が?

 殿方が侍女を雇うなど聞いたことがないのですが。


 「今後君のお仕着せには私の紋章を入れる。要は貴族の当主が娘に侍女をつけるのと同じ。彼女の庇護者は私だからね。マリーの後ろには私がいると示す為にも、君には私と契約を結んでもらう。けれど私のことは気にしなくて構わないよ。マリーを主人と思って仕えてくれて問題ない」


 ――!!!

 なんて素晴らしくありがたいお話なのでしょう。

 このお話をお受けすれば、わたくしはマリー様の盾になることが出来ます。

 女官の雇用から外れますからアリシア様の指示を聞く必要もなく、他の官吏たちの怠惰も叱責することが可能になります。

 マリー様の侍女という立場では悔しいことに侮られて終わったでしょうが、殿下の命でマリー様についているならば、表面上は私に逆らえるものはいなくなるのです。

 殿下の威光を笠に着るようで心が痛みますが、マリー様の快適な生活の為のご提案なのですから有り難く利用しろということでしょう。


 「その顔は承諾と取って構わないかな? ――ギルバート、契約書を」


 殿下のお言葉にギルバート様が素早く動かれ、わたくしの前に数枚の紙と一冊のノートが置かれました。

 通常の雇用契約書と秘密保持の為の魔術契約の書面は女官になった際書いたものと同じですわね。

 女官の退職申請の書類も問題ないようです。

 ギルバート様に促され、手早くサインをしお返しします。

 しかしこのノートは一体なんなのでしょうか?


 「あの……これは?」


 表表紙に何か書かれているわけでもなく、ひっくり返してみても同じ。

 中をめくってみたら何も書かれていない真っ白な真新しいノートでございました。

 これは何のためのものなのでしょう?


 「あぁそれ? それは君に記録を付けてもらう為のものだよ。 いわばマリーの日常報告日誌かな」


 ………………。

 いえ、いいのです。

 殿下はマリー様を心から愛され、日常の一コマすら見逃したくないとそういうことなのですよね。

 決して若干背筋が寒くなったりはしておりません。

 

 「それに、マリーは女官たちを叱責することもなく、令嬢たちからの嫌がらせの証拠は消してしまうのでしょう? 令嬢たちはともかく使用人なら、君のその日誌を証拠として後々処罰することも可能になるからね。どうしてもマリーが無理だというなら最後は私が出る。だからどんな些細な事でも構わないから、細かく記録を付けてもらえるとありがたい」


 ――っ!

 わたくしは何度殿下を誤解すれば気が済むのでしょう。

 やはり殿下はアリシア様方を許すおつもりなど毛頭ないのですね。

 巷で話題の『すとーかー』ですとか『やんでれ』なるものが頭をよぎったわたくしは大馬鹿ですわ。


 「かしこまりましたっ! 誠心誠意マリー様にお仕えし、殿下にそのご様子を日々報告させていただきます!」


 わたくしの言葉に殿下は満足そうに微笑まれ、やはりそのお顔は心臓に大変負担をかけるものでした。

 ギルバート様とエリアス様が遠い目をなさっていたのはきっと気のせいでございますね。



 こうしてわたくしは、敬愛するマリー様をお守りする為の力を得たのです。

ギルバートとエリアスのコソコソ話


「ネイトさ、思ってたより酷い事態に腹立つしマリーに泣きついて貰えなくてショックだしでグチャグチャだよな」

「でしょうね」

「なのにあの演技力はさすがっつーかなんつーか。しっかしこの子チョロすぎねぇ? ぜってー全部信じてっぞ」

「そういう人選をしましたから」

「は?」

「真面目で忠誠心が厚いのは絶対ですが、マリー様に嫉妬せず殿下に恋心を抱かない者。そして思い込みが激しく単純。素直で扱いやすそうな者という条件で女官長にリスト化させ、そこからマリー様と合いそうな者を選びました」

「あー……」


そんな会話をされているとは知らないシャーリーはノートを大切に胸に抱き、ホクホク笑顔でお部屋に戻りましたとさ。

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