側近の憂鬱 side ギルバート
あれはシャーロット・リーベルタースだろうか。先日愛が重すぎる幼馴染にいいように言いくるめられ、その婚約者マリーにとっては恐怖としか言えない日誌の提出を義務付けられた侍女。その彼女が何故内宮の庭になどいるのだろう。しかもこそこそとあたりを伺うようにして先陣をきっている連れの女は誰だ。
「貴女達、一体こんなところで何をしているのですか」
声をかけた途端驚いたように振り返った相手にこちらの方が驚いた。
「マリー様!?」
振り返った相手は幼馴染でありこの国の王太子――ナサニエル・フォン・シルヴェスターが一目惚れをしたと言い出し、それからの日々をとち狂った様に愛してやまない婚約者その人だったのだから。
「なぁんだ、ギルバート様ですか。驚かさないでください」
なぁんだではない。なぜ後宮にいるはずのマリーがこんなところにいるのか。
一瞬彼女の婚約者のナサニエル――ネイトに会いに来たのかと思ったが、生憎今日は視察に出ているし、目の前の彼女はそんな殊勝なことはしないだろう。日々追いかけるネイトを冷たくあしらい、出来る限り距離を取ろうとしているのを知っている。そしてそのたびに面倒なことになる幼馴染に仕事をさせるのは一苦労なのだから、そろそろ笑顔の一つも見せてやって欲しいくらいだ。
「なんだではありません。なぜこちらにいらっしゃるのですか? その髪はどうなさったのです」
ギルバートがすぐに茉莉花に気づかなかったことには理由があった。現在彼女のトレードマークとも言える黒髪のストレートヘアーは見事な栗色の巻き毛へと変わっていたのだ。
腰元まであるそれは鬘なのだろう。毛先に向かい緩くウェーブし、美しく巻かれた髪は痛みなども見当たらない。相当に質の良いものだというのがわかる。
「これね。シャーリーが用意してくれたの。私街に行きたくって……そうだっ! ギルバート様連れて行ってくれませんか。どうやって門通ろうか悩んでたんです」
何を言っているのだろうか。自分と会わなければ無理矢理にでも抜け出していたということか。王国一と言われるリーベルタース商会の品ならば納得だが、つまりはシャーロット・リーベルタースはこの女主人の無謀とも言える計画を止めるどころか手助けしているのだから頭が痛い。
「無理に決まっているでしょう。殿下は本日視察に出ています。許可が取れませんし、仮に聞いても許可が出るとも思えません」
あの幼馴染のことだ。自身がついていくならと許可を出しそうだが、そんなことは自分が許さない。休憩を挟むとすぐにマリーの所へ突撃し、そして絶望を背負って帰ってくるのだから最近は仕事が滞って仕方がない。
「視察なのは知ってます。だから今日なんだもの。――まぁでも仕方ないですね」
マリーはそう言うや否や、ギルバートの元へ倒れかかってきたのだから焦った。まさか貧血や熱中症なのでは。ネイトのいない時にマリーが倒れたなど、そんなことになればあの幼馴染は嘆き悲しみ仕事などしないに決まっている。挙句元気になるまでとかなんとか言い出し、甲斐甲斐しく看病し始めるに違いない。それは困る。慌てて顔を覗き込めば、何故かマリーは満足そうに笑っていた。
「見た? シャーリー」
「勿論でございます。憂いを帯びたマリー様とそれをお支えになる麗しのラズウェル公爵子息様。とても眼福な光景でございました」
「このことはあの怪しげな日誌に書かれてしまうかしら」
「勿論でございます。わたくしは王太子殿下よりマリー様に関することは逐一報告するように仰せつかっておりますから」
楽しそうにやりとりをする主従の会話でマリーの意図を察しげんなりした。先日自分の知らない情報をエリオットが持っていたからと、ネイトがとても面倒な事態になったのを覚えている。結局彼は八つ当たりじみた嫉妬の被害として、地獄と有名な騎士団長の特別鍛錬に放り込まれ半泣きになっていたのだから、憐れすぎて涙が出る。剣しか取り柄のない脳筋馬鹿が泣き言を言うほどなのだからかなりキツいのだろうが、自身の知らない情報を他人が先に聞いただけでそれなのだ。倒れ込んできたところを抱きとめただけと言っても、相当に面倒なことになるのは目に見えている。
しかし一日出かけるよりはマシだろう。王都探索などネイトもしていないことをそれも彼の視察中に行ったなど、それこそどんな報復をされるかわからない。
「無理です。そのご報告は確かに面倒ですが、事実をお話しすればわかってくださいます」
……本当にわかってくれるかは甚だ疑問ではあるが。
「……私、ギル様が好きになっちゃったって言ったらご迷惑ですか」
突如として飛び出したあまりの言葉に息を飲む。わかっている。マリーはシャーロットに聞かせるために話をしている。それでも未だに名前すら呼んで貰えないと落ち込む幼馴染を差し置いて愛称で呼ばれた挙句、しかも脅しの材料としてでも好きだなどと言われたなんていうのは非常にまずい。それはマリーもわかっているからこんなことを言い出したのだろう。というかどうして日誌の件がバレている。完全に手懐けられているではないか。
ネイトとマリーはある種ものすごく似た者カップルではないのかとギルバートは思うのだが、なぜさっさとくっつかないのか。一目惚れなどと言われたら不審に思うことも仕方ないのかもしれないが、二ヶ月も笑顔ひとつ見せない相手に追い縋っているのだからその想いは本物だろう。
「ギル様……私「そこまでです。マリー様」
さらに続けようとしたマリーの言葉を遮り一歩距離を取る。縋り付く様な距離は主に恐怖方面で心臓に悪いから本当にやめて欲しい。
「殿下には魔術で書簡を送ります。殿下が到着しましたら大人しく殿下のエスコートで思う存分探索なさってください。私は殿下が到着するまでの代わりです。よろしいですね?」
あくまでネイトとのデートを承諾しなければ連れて行かないと告げれば、あからさまに嫌そうな顔をするのだからマリーという女性はわからない。大陸でも一二を争う大国の王太子に見染められた幸運を不運だと嘆き、あまつさえネイトを不良債権呼ばわりなのだから異界とはどんな価値観で成り立つ世界なのだろう。
「えー……じゃあ出来るだけ遅く連絡してくださいね。あの人来たら帰るんで」
心の底から嫌なのだろう。眉間に皺がより、あからさまにうんざりした調子で言われてもこちらも困る。このままネイトの旨味なく出かけたりしたら、冗談抜きで後々の彼の機嫌が恐ろしすぎる。
「ダメです。代わりに視察を放り出してきたら嫌われると伝えておきましょう。仕事を放りだす男は嫌いだと仰っていると。それで夕方までは稼げるでしょう。殿下がお戻りになっても、時間から考えて夕食をご一緒してお二人で帰ってくるだけです。いかがですか?」
ギリギリの妥協ラインを伝えればため息一つで了承されたのだから拍子抜けをした。恐らくマリーとて自身の要求が全て通るとは思っていなかったのだろうが、そこまでして見たいものでもあるのだろうか。
「そして先程の件ですが……」
しかし今はそれどころではない。出かける時点で拗ねて面倒なことになるのは確定だが、余計な火種は消したおかなければ。
「シャーリー、あなた今日何か見たり聞いたりした?」
「いいえ。わたくしの目も耳もマリー様のものです。『見ろ』、そして『聞け』と言うご指示がない限り、何も見えませんし聞こえません」
「よろしい」
満足そうに笑う女主人とそれを崇拝の目で見つめる侍女を見て思う。
――完全に人選を間違えた。と。
本当にごめんなさい。
下書きを書き進めた結果、お引越ししないと色々と読みづらくなってしまうという事態が発生してしまいました。
思っていたよりも主役二人が言うことを聞いてくれません。
ブクマしてくださっていた方々には大変申し訳ないのですが、この続きはムーンでお楽しみいただければと思います。




