新人上級女官 シャーロット・リーベルタースの話④
「マリー様は現在のドレスではご満足いただけておらず、朝のお支度に悩まれておいでです。ドレスを贈られてはいかがでしょう」
とはアリシア様。
現在の衣装部屋にあるドレスは全てマリー様ご自身で選んだものだと知っていて仰るのですね。
数が足りない、デザインに飽きたとマリー様が我儘を仰っているとでも言いたいのでしょうか。
「お食事がお口に合わない様です。料理長も頑張ってくださっていますが中々……」
「異国の調味料を取り寄せてみては如何でしょう?」
メリッサ様、レベッカ様。
マリー様が残したと言って手付かずの料理を厨房へ突き返していたのはあなた方だったのですね。
すでに料理長が匙を投げ、マリー様のお食事は見習いの練習台にされているのを知っていますよね。
そしてそれすらゴミ箱へ捨て、さも完食したかの様に食器を返却することで、料理長の怒りを煽っていらっしゃいますよね。
腰巾着のお二人ですから、どうせアリシア様のご指示でしょう。
「私は宝石がいいと思います! マノンのシンディ王太子妃様の結婚式のパリュールのお話を聞いて、羨ましい欲しいと仰っておりました」
マリー様は人の物を羨ましがって欲しがる様な下品な感性は持ち合わせておりませんし、マノンの王太子妃殿下と言えば浪費家で商人の間では有名なお方ではありませんか。
流行りの演劇のモデルということで支持者は多いですが、その多くは何も知らない平民です。
実情を知っている人間には、婚約者がいる殿方を寝取った毒婦と騙された愚かな王太子として嗤われていらっしゃるのに。
メアリー様はマリー様をそのような方と同列に扱うのですね。
贈り物の提案をするふりをしてマリー様を貶める方々は、そんな方を選んだ王太子殿下に見る目がないと非難していることになると、どうして気が付かないのでしょうか。
わたくしは悔しくて悔しくて頭がどうにかなってしまうかと思いました。
実際は王太子殿下の御前でそんな醜態を晒せるはずもないのですが、しかしそれほど腹が立ったのです。
わたくしは女官ですから上官の命令には逆らえません。
わたくしたちの場合、王妃様や女官長様からの指示がない限り指示を出すのはアリシア様でいらっしゃいます。
配膳や掃除などの雑事は他人に任せてマリー様のお側に付いていろと言われたら従う他ないのです。
しかし結局食事が運ばれることはなく、酷い時にはわたくしが賄いをもらいに行っている間にマリー様御自ら浴室などの掃除をしてしまう始末。
泣いて縋ってお願いして二度と掃除などしないようお約束いただきましたが、なぜ殿下のご寵愛深く次期王太子妃であらせられるマリー様がこのような環境にいるのかと、自室に戻り悔し泣きをしたほどです。
何度殿下に直接陳情申し上げようとしたことでしょう。
けれどマリー様が必要ないと仰るから我慢していたのです。
言わばアリシア様方はマリー様のお優しさに守られていたと言うのに。
それをこの様な形で裏切られて悔しくないはずがございません。
「シャーロット・リーベルタース嬢だよね? 君は? 何かマリーについて知っていることはある?」
一人唇を噛み締めていたわたくしに、殿下がお声をかけてくださいました。
これでようやくわたくしも口を開くことを許されました。
お三方が何を勘違いなさったのかは存じませんが、殿下はわたくし達全員にまとめて声をかけられた。
その場合発言を許されるのは代表者であるアリシア様だけなのです。
名を呼ばれ問いかけられ、個人的に許可がでて初めて発言を許されるということは、仕官したばかりの新人下級女官でも知っていることです。
「マリー様の件であれば、どの様な発言でもよろしいのでしょうか」
言いたいことは決まっていますが、一応確認を取らなければなりませんね。
聞きたかった内容ではないと途中で遮られては堪りません。
「勿論。好きなことも嫌いなことも。なんでもいいよ。私はマリーのことが知りたくて君たちを呼んだんだ」
やはり殿下はマリー様のことを心から愛していらっしゃるのですね。
わたくしの意図を正しく読み取り許可を出してくださるのだから流石でございます。
ならば遠慮はいたしません。
「マリー様はわたくしどもが侍ることを快く思っていらっしゃらないと愚考いたします」
「――なっ!」
アリシア様が驚いているようですが、構わず続けさせていただきます。
おそらくこれはたった一度きりのチャンスです。
次があるかなどわからないのだから、確実にマリー様の生活をより良いものにしなければ。
「マリー様は賢く自律心の強いお方です。わたくしどもが常時侍っていては、マリー様のお心が安まる時がございません。様々な噂があることは殿下もご存知でいらっしゃるかと存じますが、恐らくご想像以上にマリー様は噂に煩わされておいでです。出来ることならば御朝食と御夕食はマリー様と共にとっていただくわけにはまいりませんか。マリー様にとって、この王宮では殿下の御心だけが頼りなのです。心安らげる時間、それが何よりあのお方に今必要なものかと存じます」
言い切りました。
幸いにして殿下は何も言わずに聞いてくださいましたし、そのお顔を見ればわたくしの意図は正しく伝わったご様子でした。
本当は全部ありのままぶちまけてやりたいけれど、そこまでしては我が商会をターゲットにされかねません。
今回のことで再度異動になり、殿下とお会いできる機会を失ったアリシア様方より万が一嫌がらせを受けたとしても、その時は王宮を辞せばいいでしょう。
わたくしが見聞きした噂話や貴族の方々の交友関係などの情報がなくなればお父様は悲しむでしょうが、それは諦めてもらうしかありませんね。
「よくわかった。皆色々な意見をありがとう。あとはマリーの様子も見つつ、私自身が決めるとしよう。忙しいのにわざわざ来てくれたことに感謝するよ」
殿下はそう仰り、それはもう美しい笑顔を見せてくださいました。
アリシア様とメアリー様は顔を真っ赤にして放心し、メリッサ様とレベッカ様は手を取り合って涙目になっていらっしゃいます。
これはわたくしを庇ってくださっているのでしょうか。
殿下が皆様のお心を奪ってくださらなければ、執務室をでた途端にわたくしは責められていたことでしょう。
やはり王太子殿下は敬愛に足る素晴らしいお方です。
わたくしは大満足してマリー様の元へ戻り、その夜は共に御夕食を取られるお二人を眺めて幸せを噛み締めました。
今日は久しぶりによく眠れると思っていたのに、これはどういうことなのでしょう。
わたくしはなぜ一日に二度も、しかもこんな夜更けに殿下の執務室を訪れているのでしょうか。




