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新人上級女官 シャーロット・リーベルタースの話③

 まさか自分の人生で、王太子殿下の執務室などという王宮でも一二を争う重要なお部屋に足を踏み入れることになるとは、ひと月前までは想像もしておりませんでした。

 しかも今わたくし達が通されているのは、前室とも呼ばれる補佐官の方々のお仕事部屋兼応接室の方ではなく、その続き部屋にある正真正銘殿下の執務室なのです。


 女官の主な業務に『下働きの掃除婦を入れることのできないエリアの清掃』というものがございますが、国王陛下と王太子殿下の執務室だけは例外です。

 国家機密を扱うこともあるお部屋ですから、入室を許された補佐官の方がお掃除をなさるのです。

 

 それほど重要なお部屋に今わたくしたちは殿下直々に呼ばれ、整列させられている。


 その事実に背中には冷や汗が流れ、心臓はうるさく鳴り響いています。

 マリー様の件をお聞きになったのでしょうか。

 そしてその事実確認にわたくし達をお呼びになったのだとしたら、それは逆にチャンスです。

 殿下にマリー様の待遇改善をお願い申し上げる。

 それがわたくしの本日の使命でございます。

 わたくしは決意を固め、頭を下げたまま殿下のお声を待ちました。


 「そんなに硬くならないで。頭を上げて、楽にしていいよ」


 それは想像していたよりもずっと柔らかなお声でした。

 マリー様の件をご存知ないのでしょうか。

 殿下は、いつもの殿下でいらっしゃいました。

 襟足長めの金のお髪はキラキラと輝き、王妃様譲りの麗しいお顔には甘い微笑みを湛えていらっしゃいます。

 その様子に怒りや不信といった感情は見受けられません。


 「いきなり呼び出して申し訳なかったね。別に何があるわけじゃないんだ。私の知らない普段のマリーの話を聞きたくて」


 ――っ!!

 心臓に弓矢でも刺さったかの衝撃でございました。

 マリー様のお名前を呼んだその瞬間、殿下のお顔がそれはもう愛おしそうに甘く蕩けたのでございます。

 マリー様と共にいらっしゃる際の殿下は概ね砂糖菓子を溶かしたような状態でいらっしゃいますが、給仕の際視界に入るのと直視してしまうのでは威力が全く違います。

 こんな表情を向けられながらもクールに対峙なさるマリー様は、きっと心臓が鋼で出来ているに違いありません。


 「殿下、お顔をもう少し引き締めてください。目に毒です」


 殿下の筆頭補佐であり、先先代に当時の王妹殿下の降嫁という栄誉を賜ったラズウェル公爵家の御嫡男、つまり殿下の再従兄弟君に当たられるギルバート様が嗜めてくださらなければ、わたくしたちは揃ってこの場に倒れるという醜態を晒してしまったに違いありません。

 それほどの威力でございました。

 特に殿下に心酔しているアリシア様とメアリー様など、完全に目がハートになっていらっしゃいます。


 殿下が溺愛なさっているマリー様に嫌がらせをしておきながら殿下に見惚れることができるとは、厚顔無恥とはお二人の様な方のことを言うのでしょう。


 「ふふっごめんね。マリーのことを考えるとつい、ね。――それで? マリーは普段どうしているの? 教師達から授業の進捗は聞けても、日頃の様子は聞けないからね。なんでもいいから教えてくれるかな」


 わたくしはアリシア様を盗み見ました。

 仕官歴も立場もアリシア様の方が上です。

 わたくしがアリシア様より先んじて答えることは許されません。


 「日々お健やかにお過ごしでいらっしゃいます」


 まぁそう答えるしかありませんわよね。

 まさか殿下と共にいらっしゃる時以外は常に控え室でサボりつつ、マリー様の罵詈雑言を吐き散らしているので知りませんとは言えません。

 

 「うーん、もう少し具体的に何かないかな。例えばマリーの好きなものとか好きな色とか、マリーに贈り物をしたいのに何がいいか困ってるんだ」


 殿下の尤もなご質問にアリシア様はわかりやすく視線が泳いでいらっしゃいます。

 知るわけがございません。

 マリー様に嫌がらせをすることはあっても、実際に言葉を交わしたのはひと月でほんの一言二言なのですから。


 「マリー様は殿下の瞳の様な空のお色をお好みでいらっしゃいます」


 それでもなんとか捻り出すアリシア様にわたくしはある種の尊敬の念を抱きました。

 よくまぁペラペラとその場限りの出まかせを言えたものです。

 しかもそのお相手は王太子殿下。

 この国で最も高貴な方のお一人だというのに。


 しかしそれも仕方のないことなのかも知れません。

 わたくしども平民からすれば雲の上のお方すぎて憧れすら抱けませんが、アリシア様は三女とはいえ伯爵家のご令嬢です。

 殿下のお目に止まれば王太子妃にもなれる立場にあるからこそ、止められない想いを抱いてしまっていらっしゃるのでしょう。

 

 「そう、マリーは私の瞳の色が好きなんだ。他には? 何かプレゼントの参考になるものはないかな」


 ――っ!

 一瞬殿下の瞳に剣呑な光が宿った気がして、わたくしは息を飲みました。

 しかし憧れの殿下との会話に夢見心地になっているアリシア様は全く気がつかなかったご様子で、見当違いなマリー様像を語っていらっしゃいます。

 そしてそれは徐々にメリッサ様やレベッカ様、そしてメアリー様も参加なされ、どんどんお部屋が賑やかになってまいりました。


 きっとお嬢様方からしたら夢の時間なのでしょうね。

 あれはいつだったでしょうか。

 夜会では公爵家や侯爵家のご令嬢の壁が厚く、伯爵家程度では近づけないと荒れていらっしゃったのを見たことがございます。

 しかも他国の王族の身分差婚をテーマにした演劇が王都を賑わせている今、それにあやかりたいのでしょう。

 いつからか贈り物のお勧めに混ざり、マリー様を貶めるような言葉まで出てくる始末。


 あぁ、なんて醜い人たちなんでしょう

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