側近は見た② side エリアス
机にぺしょりと突っ伏す姿は絶望が漂っていて、そこまで凹むならしなければよかったのにとしか言いようがない。
しかも事が事だ。あれだけの啖呵を切って断った相手に良いようにしてやられた上に婚姻は成立しましたなんて、あの気の強そうな義妹はきっと今頃怒り狂っているだろう。
「とにかく、ヤナギ嬢の処遇について色々考えなければならないことは多岐に渡ります。そろそろ復活していただけませんか」
「…………マリーの?」
突っ伏していたネイトの頭が持ち上がり、その目にほんの少しだけ光が戻る。長年付き従い、その扱いを心得ている補佐官というのはこういう時に心強い。未処理の書類はやる気になれなくても、マリーに関する事にはやる気を出すのだから現金なものだ。
「そうです。龍神の愛し子であり、殿下の愛しの妃殿下のことです。東藍の動きもですし、今はバートン夫人にお願いしている侍女の件もいつまでもというわけには参りません。それに一人では色々と無理があります」
「噂の件は」
「ご指示通りに」
「ならいい。後はあえてリーフェミアの生き残りというものも流せ。あの容姿ではどうせそのうち出てくる噂だ。東藍に突っ込まれてもその出所が王宮なら、盛大なプロパガンダとして処理できる。侍女については王宮の女官で対応させよう。母上に書簡を出しておけ」
妃殿下というギルの言葉にわかりやすく反応し、指示を出すのはすでにいつもの完璧な王太子殿下の姿。
しかし王妃に依頼などしていいのだろうか。
「王妃様に……。こう言っては何ですが、宜しいのですか?」
ギルも同じ考えだったのだろう。言いづらそうに、しかし補佐官らしく確認するその顔には、明確な不安が浮かんでいた。
「当たり前だ。女官の人事は王妃の仕事だからな。母上の領分を侵すわけにはいかないだろう?」
話しながら完全復活したように見えるネイトの笑みは必要以上に輝いていて、こっそりギルと目を合わせて嘆息した。こういう顔をしているときの幼馴染は確実に何か企んでいる。王妃になど依頼したところでそのまま宰相に丸投げられて、マリーを邪魔者としか思っていない宰相の人事で悲惨な事になるのはネイト本人が誰より理解しているはずだ。
「ギルバート、余計な手は回すなよ」
「……かしこまりました」
きっとギルは優しいからなんとかマリーを助けようとしてくれたんだろうが、こう釘を刺されてしまえば補佐官としては逆らえない。ならばここは一つ、義兄として義妹を援護しておいてやらなければならないだろう。
「気位の高い勘違い女どもにいびられて、こんな所で暮らせないってなったらどーすんの? あの子元平民なんだろ? 市井の方が気楽でいいって毎日塞ぎ込むかもな」
女官――それも王族の側仕えを任されることもある上級女官ともなれば、その殆どが貴族の令嬢だ。ネイトの指示により流された噂の中には元孤児のというものもある。そんな女が王太子の寵愛を得たなんて、お高く止まった令嬢たちが許すはずがない。
「私が助ける。次のシーズンの夜会では正式に婚約者として発表するし、王太子の婚約者を侮るような者はこの王宮には必要ない」
成る程。この幼馴染は不遇のお姫様を助けるヒーローを気取りながら、使えない女官も一気に追い出す算段らしい。ただあの義妹が、女官がする程度の虐めに泣きつくかどうかは甚だ疑問だ。言い出したのはエリアスだが、そんなタマではないだろう。
「万が一くらいにしか可能性なさそーだけど。実際泣き付かれたとしてさ、でもそのいびり含めて狙い通りだったって知られたら、マジで修復不可能なくらい嫌われるんじゃね?」
ピシリという音がしそうな程固まった顔は見る見るうちに青褪めていく。まさか想像すらしなかったのだろうか。
「……ギル、誰か一人評判の良い者を推薦しておいてくれ。経験は問わない。誰かマリーと合いそうな者を」
『嫌われる』という単語に反応したのか、絶望を背負った幽鬼再びである。可能性の話でそこまで傷つくのなら、どうしてそんな小細工をするのか。全く理解できない言動にため息しか出ない。遅い初恋を拗らせると、人とは随分と面倒な生き物に成り下がるらしい。今後のマリーの日々を思うと同情してしまう。せめて義兄として行き過ぎた行動は慎ませるように出来るだけ庇ってやらなければ。
エリアスにとってのマリーとは、龍神の気まぐれで突然故郷を奪われた被害者でしかなく、運悪く面倒な幼馴染に一目惚れされてしまった可哀想な子でしかない。そんな人間にはこれ以上苦労してほしくないのが人情だろう。
「甘いもの好きらしいぜ。王都で評判になってる菓子でもプレゼントしてやれよ。ジャスミンの花でも添えてさ。それで許してもらえるとは思わねーけど、悪い気はしねーんじゃねーの」
せっかく復活したネイトを再度使い物にならなくするわけにもいかない。ギルの睨みに負けて数時間前に手に入れた情報を元にアドバイスしてやったのに、二人とも呆然としているのは何故なのだろう。
「エリオット、貴方その情報をどこで? というか、ヤナギ嬢はジャスミンがお好きなのですか?」
相変わらず固まっているネイトに代わりギルに質問されたが、そんな変なことを言っただろうか。その時の状況を思い返してみても、二人とも側に居たような気がするのだが。
「好きっつーか、なんか親近感あるんだと。マリーの名前、あの子の国のスペルでジャスミンのことらしいぜ。だから愛称で呼ぶならジャシーとかミニーでもいいっつー話になって……っつーかお前らだって側に居ただろ。俺らが厄介払いされる前! 後宮西側の庭園!」
二人ともその時の状況を思い出しているのか、明後日の方向を向いて考え込んでしまっている。エリアスも思い返してみたが、やっぱり特に二人きりでいたわけではない。逆に何故聞いていなかったのかと聞きたいくらいに近くにいたはずだ。
「あの時は確か庭師が王妃様からの急ぎの案件とかで、庭園の改装許可を取りに来ていたような……」
「なんてことだエリオット! マリーは他になんて言っていた!? 菓子といっても色々あるだろう! 何が好きか聞いていないのか!」
「知らねーよっ! つーか元気になったんなら仕事しろ仕事! 店閉まったら今日中に謝りに行けねーぞっ!」
「そんなもの今から行けば良い。お前たちさっさと支度しろ!」
「無理ですっ! これだけ仕事を溜め込んで許すわけがないでしょう! エリオット! 貴方もどうして余計な事を言うんですかっ!」
「はぁぁぁぁぁぁ!? 俺のせいかよっ」
こうして騒ぎに騒いだ結果、当然閉店までに仕事は終わらず。
次の日朝イチで謝りに行くもマリーに冷たくあしらわれ、再度幽鬼のようになった幼馴染は――とても面倒くさかった。




