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側近は見た① side エリアス

茉莉花がプンスカしながらお部屋に戻ってしまった後の殿下の様子をエリアス視点でどうぞ

 陽の光が燦々と降り注ぐ王太子の執務室。国の中枢と言って間違いないこの部屋が絶望を背負った幽鬼に支配され、葬式ムードなのはどうしてなのか。近衛騎士団三番隊副隊長、王太子付きの騎士であり幼馴染でもあるエリアスには、全く意味がわからなかった。


 「………………はぁ」


 空気が重い。

 日頃はペンを走らせる音とひっきりなしに訪れる補佐官とのやり取りで騒がしいこの部屋が、なぜか暗い。主人でもあり幼馴染でもあるネイトの手元は全く動かず、増えていく未処理の書類が机の上で今にも倒れそうになっている。しかも外では閉め出された補佐官たちが目の前の束の比ではない量の書類を手に決済を待っているはずだ。

 ちらりともう一人の幼馴染に視線をやれば、向こうもどうしたものかと悩んでいるらしい。眉間に皺を寄せて手元が止まっていた。


 「…………大嫌いって言われた」


 ……話し出した。これは聞かなければならないのだろうか。護衛としてなら無言を貫いていればいい場面だが、この様子では求められているのは友人としての立場の方だろう。


 「ヤナギ嬢ですか。一体何をなさったんです」


 もう一人の幼馴染でありネイトの筆頭補佐でもあるギルバート――ギルの言葉にネイトの肩がピクリと揺れる。どうやら仕事の為にも一度きちんと聞く事にしたらしい。メガネを置き聞く姿勢になったギルの顔は真面目で、いつだってネイトと自分の兄役をこなしてきた男の面倒見のよさに感謝である。


 「……色々と」


 やらかした自覚はあるのだろう。ギルの視線から逃げるように明後日の方を向き気まずげにしている姿はよく知っている。幼い頃ギルと自分を巻き込み王宮を抜け出したのがバレて、ネイトの乳母であるバートン夫人にこっ酷く叱られていた時そっくりだ。

 マリカ・ヤナギ嬢。ある日突然聖域内の神殿に現れた少女。突然焦ったように執務を放り出し走り出したネイトを、自分とギルで追いかけた。そうして神殿から出てきた時には彼女を抱えていたのだから驚いたなんてものじゃない。直前まで着ていたネイトの上着で包み込み、宝物のように大切そうに抱えていたその姿は全身で愛おしいと語っていて――。一体何事かとギルと顔を見合わせてしまったのを覚えている。


 「それではわかりませんが。怒らせてしまった自覚があるなら謝ればいいのでは?」


 「……許してくれると思うか?」


 ギルのど正論とも言える言葉に、青ざめた顔で自信なさげにしているこれは一体誰なのだろう。いつだって微笑みを絶やさず面倒事をこなしてきた男とは思えない。女関係だって本気の御令嬢方を上手いことあしらいながら、その裏で娼館や仮面舞踏会で割り切った遊びをしていたのも知っている。その幼馴染がたった一人の少女に振り回されているなんて。


 「っつーかさー、マジで何やったんだよ。それわかんなきゃどうしようもねーって」


 許してもらえるようなやらかしなのかどうか。それがわからなければアドバイスも何もないだろう。そう考えたエリアスに告げられた言葉はとんでもないものだった。


 「……正妃の指輪を承諾なしに付与した。今はシルヴェストの力で見えないようにしてる」


 「「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」


 あまりに大きな声が出たからだろう。外に控えていた同僚が部屋に飛び込んでこようとしたのを制しながら、言われた言葉の意味を反芻する。

 正妃の指輪――それは王族の婚姻の際にだけ現れるお互いの魔力の融合体。現在の王妃が付けているものしか見たことがないが、淡く発光した不思議な指輪だった記憶がある。それを付与したということはすでに事実上婚姻が成立したということで。どうやら数時間前に義妹になった少女は家族との仲を深める間もなく、王太子妃になったらしい。


 「まさか承諾なしとは。……ヤナギの嬢の無知を利用し丸め込みましたね? いくつか手順が必要だったでしょう」


 頭が痛いと言わんばかりに、こめかみに手をやっているギルの言葉で思い出す。

 そうだ、確かあの指輪を出すには婚姻の儀式と同じ手順を踏む必要があったはず。


 「ってことはネイトお前っ! あんな子供に手ぇだしたのかよっ」


 随分としっかりしているようだったが所詮は子供。義理とはいえ妹に承諾なく手を出されたと聞いていい気はしないし、幼馴染が未成年に手を出す変態だったとは少なからずショックである。


 「違うっ! 彼女は十八だ! 今年十九だそうだから私とは三つしか違わない! それに未成年なら婚姻自体成立するわけないだろう!」


 焦ったように弁解するネイトの言ってる意味が一瞬理解できなかった。十八? あれで?


 「デビュタントの子らの方が大人っぽくね?」


 口から思わず本音が漏れたら思いっきり睨まれたが、呆然としてるギルだって多分同じ感想のはずだ。

 全体的に背が高い人間が多いこの国で、マリーの身長は子供と言って差し支えないものだったのだから。マリーの母国基準がわからないが、顔立ちだって恐らく童顔の部類だろう。


 「えー、それでヤナギ嬢は指輪の発現の後、殿下の行動の意図を知り激怒していらっしゃると。そういうことでよろしいですか?」


 こくりと頷くネイトの様子はまだ何かやらかしていそうではあるけれど、気づいていても二人とも突っ込みはしない。これ以上の爆弾は御免だ。


 「謝るしかありませんね。許してもらえるまで誠心誠意」


 「…………許してもらえる気がしない」

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