呪われた王子とその生贄の話
殿下がまっくろくろすけ
「全く……。我もそれなりに長く生きてきたが、肉体を奪われる魂など初めて出会った。鈍臭いにも程がある」
シルヴェストが言うには、茉莉花は茉莉花として生まれる前、地上に降りるその瞬間他の魂に予定の肉体を奪われたらしい。そしてふらふらと輪廻待ちの列からからはみ出した所で漂い、そのままどこかへ消えてしまったのだという。
「お前を探すのに余計な苦労をする羽目になった我こそが被害者だ。我は所詮この国の神に過ぎぬ。国内ならば魂の軌跡だろうが辿ることも出来たが、しかしお前はどこをどう通ったのか異界まで渡っていた。何年探し続ける羽目になったと思っている。ただの小娘ならどうなろうとも放っておいたが、お前は王太子の番だからな。何としてでもこの国に必要だった」
まさかの誘拐犯から被害者宣言をされてしまった。鈍臭いと言われても、生まれる前の事までは責任など持てない。そんなに面倒なら放っておいてくれてよかったのに。そもそも番とはなんだ。
「番っていうのはね、龍にとって唯一無二の相手を指す言葉だよ」
茉莉花の疑問を察したらしいナサニエルが解説してくれるが、いまいちよくわからない。人間で言う恋人や配偶者と何が違うのだろう。
「龍は愛妻家だって言ったでしょう? 龍は番しか愛さない、愛せないんだ。心変わりなんて絶対にしない。魂から惹かれ合う、唯一無二の絶対の相手。それが番」
――愛さないし愛せない。
ナサニエルの言葉が不思議と心にストンと落ちた。
そうか。だから目の前の王子様はこんなに甘ったるいのか。
「殿下は、この龍神の末裔か何か?」
「察しが良くて本当に助かるね。そうだよ。我が王家は初代国王シルヴェストとその番様の子孫。龍の血をひく一族だ」
曰く、まだ龍神が神ではなかった頃、この大陸は戦乱の世で。そんな中、龍の圧倒的な力を求めた娘がいた。そうして出会った番の願いを聞き届け、龍は娘の村周辺に国家を築き、脅威を退け、娘亡き後も平和を願った番の想いを叶えるべく尽力していると。そうこうしている間に長生きしすぎて神格を得たと。
実に馬鹿馬鹿しい。
麗しの王子様と聖女の恋愛ファンタジーだと思ったら、呪われた王子とその生贄の話だったわけだ。
ナサニエルが龍の生態による運命を感じていても、茉莉花は違う。自分は生贄になるつもりはないし、そんな義理もない。
「そんな番ってポンポン見つかるものなの? さっきの話の国といい、この世界都合良すぎない?」
もし番以外を娶った王がいるなら、茉莉花の重要性は下がる。わざわざ今、茉莉花である必要はなくなるはずだ。さっさと帰してもらったところで、この国が困ることもないだろう。
「勿論見つからない場合もある。というか、代を重ねるごとに血が薄まってしまっていてね。番を求める衝動もなくなっていて、積極的に番を探す王がいなくなりつつあったっていうのが正しいかな。特に近年は利益優先の政略結婚をしていたんだよね」
ならいいだろう。茉莉花が帰ったとしても何の支障もない。ナサニエルだって、王族として政略結婚をすればいいだけだ。
「だからマリー、君が呼ばれた。私には勿論、この国にも、君の存在が必要なんだ」
「……意味がわからないわ」
「――当代の王は、王の資格を有していない」
低く呟かれたその言葉に、茉莉花が息を呑む。
この男は何を言っている。思い返しても宰相はきちんと陛下と呼んでいたし、王もそれらしく振る舞っていた。
しかしナサニエルは?あの男を陛下と、そう一度でも呼んだだろうか。
王太子の機嫌を伺う国王と、王よりも偉そうな王太子。
それがただの性格の問題ではないのなら、それが意味するところはただ一つだ。
「リーフェミアと同じだよ。この国の王になるには、血筋以外の条件がある。『シルヴェストの加護を受け取ることが出来ること』。加護――龍神の力を借り受けると言い換えてもいいけれど、それを授かれずして正式な即位はできない。それがこの国の王の条件」
「やめて。聞きたくない」
――嵌められた。
今ナサニエルが話しているのは、重要度最上クラスの国家機密だ。最悪日本に帰れなくても、一般市民として暮らしていければと思っていたのに。
今更ながら自分の迂闊さに腹が立つ。
ここへ来るまでの移動中、あれやこれやと指示を出され、ついてきていた側近と義兄だという騎士はどこかへ追いやられてしまった。それでも行く先々に人がぞろぞろといたからと、気にしていなかったのは茉莉花のミスだ。
今だって、神殿の扉は開け放たれ密室ではない。人影が見える程度だが遠くには護衛も立っていて、大声を出せばその声は届くだろう。しかし通常の会話程度は絶対聞こえるはずのない、そんな距離。茉莉花が油断するよう、大丈夫だと思うような絶妙な配置は計画性が伺える。移動すると言い出した時からこうする予定だったのだろう。
――パシッ
駆け出そうとした茉莉花の腕をナサニエルが掴み、そのまま横抱きにして抱え上げられてしまった。これ以上聞きたくないと言っているのに。抜け出そうと暴れてみても、その拘束が緩むこともない。最悪だ。
「龍の力は、その素質を持った者にしか扱えないんだ。国の歴史が長くなれば長くなるほど、血が薄まることに王家は危機を感じていた。――なのに愚かな王が番の存在を否定したんだ。政略以上の利益などないだろうと。見つけてしまえば貧民街の孤児であろうが愛することをやめられない、そんな存在は探さない方が国の為だと。でもね、きちんと文献を紐解けば理解できたはずなんだ。龍の素質を持つ人間は番との間にしか生まれない。その事実をね」
喉が渇く。指先が冷える。
これは、茉莉花が聞いていい話ではない。知り過ぎてしまった人間を、王家は絶対に手放しはしない。
「……仮にも口説いてる女を騙し討ちして楽しいの」
危なげなく自分を抱えるナサニエルを睨みつける。抵抗らしい抵抗もできず、嫌味程度しか返せないのが本当に悔しい。
「勿論楽しくはないけれど……、言ったでしょう?愛しの妖精が飛び立ってしまったら私は公私混同してしまう。だから――大人しく捕まってくれないかな」




