帰りたいの
どうしても一ページにならず、二話同時更新です。
明日からまた一話ずつに戻ります。
「もっとキラキラしてるのかと思った」
龍神に会えると言われ連れてこられた建物は、思ったより質素だった。装飾も何もない石造りのそれは、予め神殿だと言われなければわからなかっただろう。中へ進んで見ても無装飾なのは変わらずで、唯一入り口からまっすぐ進んだ正面には、龍神とやらを模したのであろう彫像と、台座に飾られた水晶玉らしきものが輝いている。翼を広げた龍の姿は壮大かつ優美。水晶の秋空を閉じ込めたような輝きは、ナサニエルの瞳の色と酷似していた。
「ここに入れる人間は限られているからね。権威を誇示する必要も、居心地を気にする必要もないんだ。――シルヴェスト! 起きてくれるかい?」
飾り気のない空間にナサニエルの声だけが響く。
けれどなんの変化もなく、どうやら龍神――シルヴェストとやらは寝ているらしい。道中ナサニエルに説明を聞いていなければ諦めていただろう。が、茉莉花はすでに知っている。シルヴェストがナサニエルの声だけは常にどんなことがあろうとも聞こえている事を。
「あの水晶何。大事なもの?」
無視するつもりなら構わない。無理矢理叩き起こしてやる。
「あれは魔石だよ。即位とか、他にも国事に必要になるとても重要な石だね」
茉莉花の意図が伝わったのだろう。クスクスと笑いながら答えるナサニエルはとても楽しそうだ。
魔石に近づき触れてみたらほんのりと暖かかった。
「その剣貸して」
「本当に悪戯好きな妖精だね。――重いし危ないから気をつけて」
そう言って鞘から抜いた状態で渡されたそれは確かに重く、さすが鉄の塊というべきか。両手で持っても構え続けることすら難しい。そんなものを腰に佩きつつ普通に歩き、片手で簡単に渡してくるのだから、ナサニエルも細身に見えてきちんと鍛えているのだろう。
茉莉花はナサニエルの剣を両手できちんと握り込むと、一度大きく振りかぶり、そのまま真っ直ぐに振り下ろした。
――ガキィィィン!!!
魔石に触れる直前、何かの力で弾かれた剣が回転しながら宙を飛ぶ。ナサニエルが支えてくれなければ、茉莉花もそのまま尻餅をついていただろう。手がジンジンと痺れて痛い。見ればほんの少し赤くなってしまっていた。
「この痴れ者がっ!」
二人しかいなかった場所に、新たに響く怒鳴り声。
焦りと怒りが含まれたその声は、目論見通り神を引き摺り出すことに成功した事を示していた。
茉莉花が声がした方に振り向くと、そこに立っていた赤い髪の偉丈夫に驚く。てっきり龍が出てくると思っていたのに、まさか人の姿を取れるとは。
輝いているように見える長髪はありのままに背に流し、睨みつける瞳は黄金。背はナサニエルよりも高く、百九十はあるだろう。怒っているからか、堂々とした体躯と相まって全体的に威圧感が凄まじい。
「……さっさと出てきてくれたらこんな事しなかったわよ」
暗に無視しようとするほうが悪いのだと告げればシルヴェストの眉間の皺がさらに深まった。ありありと不機嫌だと書かれた顔はいっそ見事だが、茉莉花だって怒っているのだ。勝手に連れてきて放置はないだろう。
「王太子、何故止めなかった。お前は魔石の重要性を理解していると思っていたが」
「番のおねだりは断れないからね」
――君ならわかるでしょう?
そう言って悪びれる気配のないナサニエルに毒気を抜かれたのか、体にかかっていた圧迫感が一気に霧散した。知らず知らずのうちに緊張していた体が緩み、新鮮な空気が一気に肺に流れ込む。
ナサニエルの方はといえば、あの圧の中全く変わらず微笑みを絶やさないのだから、その精神力は鋼並みだろう。
「なぁんだ。腰を抜かしてくれてもよかったんだよ? そうしたら私が抱き上げて離さなかったのに」
一人楽しそうにしているナサニエルの言葉に鳥肌が立つ。冗談じゃない。両足を踏みしめてしっかりと立ち、ついでに腰に回りっぱなしになっている腕も引き剥がしておいた。いちいちすぐに体を触ってくるのはそろそろやめてほしい。
「して娘、一体何用だ。我はお前を連れ帰った事で大半の力を使用し疲れている。我の眠りを妨げてまで言いたいことがあるのだろう。さっさと申せ」
その声ではっとする。
そうだ。今はナサニエルなどに構っている場合ではない。
「私帰りたいの。だから帰して。出来ればあなたが私を攫った日付と時間に戻してほしい」
決して居心地のいい家ではないけれど。それでも、たかが髪色程度のことで命を狙われる危険がある場所よりはマシだろう。それに大事な祖父との約束もある。せっかく目標達成まであと僅かまで漕ぎ着けていたのに。こんなところで逃げ出すように放り出すなんてありえない。
「無理だ」
けれど龍神の答えは残酷で。
「攫ったとは人聞きの悪い事を。そもそもお前はこちら側で生まれるはずだった人間だ。本来あるべき場所に戻して何が悪い。ねじ曲がった運命を元に戻してやったのだから、感謝して欲しいくらいだな」




