子供だと思っている相手に欲情する様な青年はれっきとした変態である
「マリーが私を見ようとしてくれないからだよ? 出逢ったばかりだからとか、そういう理由なら……傷つきはするけれど、待ってあげようと思ってたんだ」
一転してそう語るナサニエルの顔は、茉莉花以上に傷ついているように見える。強引なことをすればするほど茉莉花の心が冷えていくというのを理解して、それでもなお、それしか手段がなかったと言いたげな顔。
目の前の男はきっと茉莉花しか愛せない。だからこそ、こんな暴挙に出ている。王家の秘密を暴露して、茉莉花の意思に関わらずその身柄を拘束する正当な理由付けをして。
こうなった以上、覚悟を決めて王太子妃になるか、それとも愛妾という名目で軟禁されるか。自分に取れる選択肢はその二つしかない。日本に帰ることが出来れば関係のない話だが、それも龍神の様子では不可能だろう。
「……とりあえず逃げないから降ろして。ここまでされたら大人しく覚悟を決めるか、抵抗して秘密裏に消されるか。私に選択肢なんかないじゃない」
茉莉花の物騒な発言にナサニエルの顔が青褪める。不運にもこの世の終わりを目撃してしまった人のような顔をしているが、自分で仕組んでおきながらそんな顔をするのは卑怯だと思う。
「マリーを消すなんて……。そんなこと出来るわけがないでしょう。そんなことをしたら、私の心が壊れてしまう。今だって本当はとても怖いんだよ。君に嫌われることが…………何より怖い」
茉莉花を扱う手つきは、繊細なガラス細工に触れる様に丁寧で。騙し討ちの様に退路を塞いでくるその狡獪さと一致しない。
泣きそうな顔をするくらいなら、こんなことしなければいいのに。被害者はこちらのはずなのに、これでは完全に茉莉花の方が悪役だ。
思えばナサニエルは出会い頭からずっと紳士だった。茉莉花の無礼な振る舞いも笑顔で許し、ここまでの道中のエスコートも完璧。壁画や庭園の解説もわかりやすく面白かった。若干遠回りされていることに感づいていたのに指摘しなかったのは、茉莉花自身楽しんでいたからに他ならない。
「番って……どんな感じなの」
疲労感に身を任せ床に座り込もうとすれば、胸ポケットからハンカチを出して敷いてくれようとするのだから、こんな状況でも忘れない紳士っぷりに苦笑が漏れた。せっかくの申し出を手だけで制し、さっさとその場に座り込む。龍神の彫像を背にしてやれば、隅で様子を窺っているシルヴェストが眉を顰めた気がしたが、そんなの知ったことではない。
「ソフィアに怒られるよ。あいつの説教は長いんだ」
そう言って同じように座り込みながら、ほっとした様に笑うから。
顔がいいというのはこう言う時に非常にずるい。怒るに怒れなくなるではないか。
「世界が変わった、と言うのが正しいかな。マリーを初めて見た時、これまでの価値観も、自分の立場も、全てが吹き飛んだ。この一週間は隙さえあれば君の様子を見に行ったよ。シルヴェストの力で守られていると分かっていても、それでも目覚めなかったらと気が気じゃなかった。初めて目があった瞬間は、世界中探してもこれ以上ないと言い切れるほどの幸福感に包まれた。私はマリーが何を言っても可愛いし、何をしていても愛おしい。マリーが故郷へ帰ってしまうかもと、そんなことは考えるだけで気が狂いそうになる。番への衝動は聞いてはいたけれど、まさかこれほどまでとは思わなかったな」
視線も合わず、言葉も交わさず、それでいてそこまで想えるのはもはや呪いではないのか。たった一人の為に悠久の時を生きる選択をした龍の前で言葉にすることはないけれど、茉莉花には美しい純愛ではなく、悲しい悲劇にしか聞こえない。
「みんなあなたを殿下って呼ぶわ。あなたが王様なんでしょう?」
もうこの際だから全て聞いてしまおう。『情報は武器』。それは嫌と言うほど祖父に叩き込まれた世の中を上手く渡る術。実際今だって、何も知らないのだからある程度は信用しなければ始まらない。その結果後手後手に追い詰められているのだから、祖父の教えは正しかったと言えよう。
「一応今の陛下は父上だからね。一般的には即位した王にシルヴェストが加護を授けてくれることになっている。本当の即位の条件は、王と立太子を控えた王子だけの秘密なんだ。父と私、それからマリー以外の誰も、本当は父上が龍神に認められていない仮初の王だってことは知らない。それに私も王ではないよ。私の場合はちょっと特殊で、シルヴェストから追加条件を付けられているから」
まさか王妃まで知らない暴露話とは思っていなかった。つまり自分が大人しく求婚を受け入れていれば、一生知らずに終わる話だったということで。
「だからあんな突然のプロポーズだったわけね。もうあの時断ったらこうする事決めてたんでしょ。最初から受け入れる選択肢しか用意してないとかさぁ……。理由によってはこんなことしなかったとか大嘘じゃない」
一応自身で選び取る選択肢を与えてくれていたことは優しさなのかなんなのか。茉莉花が降って沸いたファンタジーに喜び何も考えずに頷ける女だったら、きっと素晴らしく甘い物語の始まりだったはずだ。生憎そんな夢見がちになれる教育は受けていないのだけれど。
「まさか。私はマリーに嘘はつかない。理由によっては、マリーのデビュタントまで待ってあげるつもりだったのも本当だよ。二、三年もあれば振り向かせられる自信もあったしね」
待つと言っても期限付きならば、それまでに頷かなかった場合結局こうしていたと言うことじゃないか。それは嘘ではないのだろうか。
ってそうじゃない。気にするところはそこではない。何か大事な事を言われた気がする。
「……念のため聞くけど、デビュタントっていくつでするの?」
「十六になる年の年明け、新年を祝う夜会だよ。だから十五歳かな」
「……………………」
つまり茉莉花を推定十三歳前後で見積もっていたと。
いくら欧米人に比べ、日本人が幼く見えると言っても限度があるだろう。背だって平均はあるし、それなりに出るところだって出ていると言うのに!
ソフィアが慌てる様な格好の茉莉花を見ても動じ無くて当たり前だ。むしろ動じなくてよかった。例え番補正が効いていたとしても、子供だと思っている相手に欲情する様な青年はれっきとした変態である。
「そういえば年齢を聞いてなかったね」
笑顔で聞いてくるナサニエルが恨めしい。
「十八」
「え……」
完全に予想外だったのだろう。パチパチと目を瞬く姿は、言葉よりも雄弁に驚いたと伝えてきていた。
「だから十八。ちなみにあと半年もしないうちに十九」
茉莉花の誕生日は八月。日本にいた最後の日付が三月だから、あと五ヶ月で十九になる。
「……そっか……ふぅん……そう。マリーの国の人はきっと皆若々しくて可憐なんだろうね。――でも、それならいいかな」
「何が」。そう聞く隙もないまま抱き寄せられて。
茉莉花が腕を振り上げてしまったのも仕方がない事だろう。
茉莉花の唇は、ナサニエルの唇によって塞がれていたのだから――。
教訓『人を嵌める様な人に同情してはいけません』




