第9話 居場所
「ジェニオルス・ヴェントゥーノ、外の奴らは居なくなったかい?」
デザートピザの最後一切れを食べながらラウルがジェニーさんに確認をとっている。
【まだ、気配を感じます】
「しまったな、君がこの先にある川に落ちたようにでも偽装しておくんだった」
ラウルがそういうのを聞いて、たしかにと思わなくもなかったが、もう一つ出口があることを思い出したセレナ。
「ジェニーさん、あの草原の先にある階段はどこに出られるんですか?」
【あの階段は迷宮を訪れる者たちの入ってくる誘い口です。この世界の者たちがイルローザ公国と呼称する国の南東、デゼルティアと呼ばれる辺境の町のはずれにございます】
「あの入口を開いたら開いたままに?」
【いいえ、閉じることは可能です】
「私が入ってきた扉は?」
【あちらのポルタはマスター専用です。マスターはこの世界のどこからでもマスタールームに戻って来られます】
「じゃぁ、迷宮の入口から外へ出て、その場所でそのポルタをまた開いた場合は?」
【ポルタは、デゼルティアの迷宮の誘い口付近に設定されます。マスターが最初に入って来られた場所にはポルタからは戻れなくなります】
セレナは、ひとまず迷宮の入口から出てみることに決めた。迷宮の近くがどんなところか確認して、助けを求めることもできるかもしれない。セレナは階層の端にある階段付近まで近づく。
【地下迷宮を開放しますか? する・しない】
「ジェニーさん、迷宮を開放してください」
【周囲に接近者なし、迷宮を開放します】
階段の上部がゆっくりと開き、細い明かりが段々と広がっていく。ラウルが先にセレナが後ろをついて行くと、目に飛び込んできたのは広大なサバンナだった。ぐるりと見渡してみても、人が住んでいるような建物は見当たらない。目に映るのは、ところどころに生えた低木と枯れた草に赤い土。
「これは、随分と辺鄙な場所だな」
セレナはそう言ったラルフと顔を見合わせると、即座に階段を降り、ジェニーさんに迷宮の入口を閉じてもらう。
「ラウルさん。私、孤児院に戻ってみようと思います。危なくなったらここに戻ってきますから」
セレナはそう告げると、マスタールームへ戻り持っていく荷物を確認し始める。孤児院では着替えも何も用意できないまま身一つで連れ出された。首から下げていたお守りは、それに入っていた小銭ごとあの男たちに奪われた。
(サルヴァトーレ様からいただいたものだったのに――)
思い出すとあふれそうになる涙をこらえ、セレナはかつての自分の持ち物だった鞄から、小さくたたまれた布を取り出して広げ、その中央に合成食料と青りんごを二つ、それからメモ帳とペンをのせ、布の二辺の端をそれぞれ結び、輪っかになったところにもう一方を通して手提げのようにした。
昨日ジェニーさんに出してもらった革の帽子を被って黒髪を隠す。
「ジェニーさん、あの人たちはまだこの辺りに居ますか?」
【馬車の気配がなくなりました。恐らくこの周辺からは居なくなっていると思われます】
「お嬢さん、一人で行くつもりじゃないよね?」
ラウルがそう言ってセレナの前に立ち塞がった。
「でも、ラウルさん外に出たら魔力が……」
「君のそばに居れば平気だよ。それに、小さな女の子を一人で歩かせるなんてこと、できるわけないだろう?」
ちょっと怒っているようにも見えるラウル。セレナは観念してぺこりと頭を下げた。
「ラウルさん、一緒に来てくれますか?」
「あぁ、もちろん。ジェニオルス・ヴェントゥーノ、僕たちを外に出してくれるかい」
【承知しました。周辺に接近者なし、ポルタを開放します。 では、マスター、ラウル様お気をつけて。お早いお帰りをお待ちしております】
こうして、セレナたちは神聖アルジェンティーナの東の端に見えるチェレステ山を背に、てくてくと帝都方面へと戻っている。ラウルは小型犬位の大きさになってセレナの隣で警戒中だ。
時折馬車が近づいてくる音がすると、セレナたちは木立や草むらに隠れた。あの男たちがどこに居るか判らなかったので、用心していたのだ。今もまた、向こうから荷馬車が来ているようだ。反射的に近くの草むらへ隠れて、その荷馬車が通り過ぎるのを見つめるセレナ。御者台に乗った人が見えてきた。
(ラーナお姉ちゃん!?)
ラーナに似たその藤色の髪の人は、反対側を向いていてこちらに気がついていない。荷馬車が目の前を通り過ぎて行く。
「ラーナお姉ちゃん!」
セレナは咄嗟に街道へ飛び出し、大声で叫びながら荷馬車を追いかけた。ラウルも慌ててついてくる。
「ラーナお姉ちゃー、んっ!」
小石につまずいて転びそうになるセレナ、バランスを取ろうともがく間に、荷馬車はそのまま行ってしまった。
(人違いだったのかな)
セレナが追いかけるのを諦め、心配そうに寄ってきたラウルと隣町へ歩き始めようとした時、かすかに呼びかける声が聞こえてきた。
「セレナちゃーん? セレナちゃんなのー?」
セレナが振り返ると、小柄な女性が走ってくるのが見える。
「ラーナお姉ちゃん!」
セレナは大きく手を振りながら、ラーナに向かって走った。
「セレナちゃん、良かった無事だったのね! どこも怪我してない? ご飯は食べた? それにどうしたのこの服? あいつらに何かされた? この帽子は? なんでリーノが一緒にいるの?」
セレナはラーナが矢継ぎ早に聞いてくる様子につい笑ってしまう。
「セレナちゃん? 笑ってる場合?」
呆れ顔で聞いてくるラーナ。その肩の上でラーナの妖精も手を腰にあてて仁王立ちだ。
「ごめん、ラーナお姉ちゃん。心配してくれてありがとう。怪我もしてないし、何もされてない、ご飯も食べたから大丈夫。それから、リーノは私を探しにきてくれたみたい」
「あぁ、無事で良かったぁ。おばあちゃんもすっごく心配してるよ。早く顔を見せてあげよ」
ラーナはそう言って、セレナの手をとり馬車の方へと歩き出す。
「へ? 院長先生も一緒なの?」
「そうよ、おばあちゃーん、エリオー、やっぱりセレナちゃんだったよ、無事だよー」
ラーナが大きな声で呼びかけた先には、レンガ色の髪の男性が、馬車を降りようとしているひまわり色の髪の女性に手を貸しているのが見える。セレナはラーナの手を握ったまま走り出した。
「院長せんせーい、エリオ兄」
「あぁ、本当にセレナだ、良かった、女神ルーチェ様が守ってくださった」
セレナは手を伸ばしているアルマに抱きついた。近くではエリオが二言三言ラーナと言葉を交わしたあと、リーノを褒めているのが聞こえる。
「セレナ、あの時お前さんを守ってやれなくて、すまなかったよ。怖い思いをさせちまったね。女神ルーチェ様、この子を守ってくださり感謝いたします」
アルマの優しい声と、背中にまわされた温かい手、セレナの張り詰めていた気持ちが溶けていく。
しばらくして落ち着いたセレナは、顔をあげて院長先生に問いかけた。
「院長先生、どうしてここに」
「あぁ、お前さんのことはトト坊にも頼まれてるからね、一人でどこかへやるなんて出来やしないよ。それに、トト坊を怒らせたら怖いだろう?」
セレナの目元を優しく拭いながら、茶目っ気たっぷりにウインクをするアルマ。
「それでも、ラーナお姉ちゃんまでどうして……」
セレナがエリオたちを見つめると、エリオが頭をガシガシと掻いたあと、セレナの視線にあわせるよう少しかがむと、
「セレナは俺たちにとっても大事な妹だ。見捨てられるわけねぇだろ?」
そう言いながら、セレナの革の帽子のつばを下から指で弾いた。
普段はぶっきらぼうなエリオの優しい言葉に、セレナはまたあふれてくる涙をこらえきれない。
「うん、ありがとう、エリオ兄、ありがとう……」
アルマの白藤色の妖精とエリオの空色の妖精もセレナに寄ってきて、励ますようにふわりと一回転した。
「さ、乗った乗った、続きは馬車でな」
エリオが照れ隠しのようにかけた掛け声に、アルマとラーナが顔を見合わせ、クスリと笑った。
全員が乗り込んだ馬車は帝都には戻らず、このままチェレステ山方面に進むようだ。御者台にいるエリオがセレナに聞いてくる。
「セレナ、お前を連れてきた奴らは、なんでこんな所でお前を解放したんだ?」
セレナが昨夜あの男たちが話していたことを伝えると、アルマが神官も護衛兵の質も地に落ちたと嘆く。なんと、サルヴァトーレ付きのマウロ下級神官が、セレナが追放された原因だというのだ。そういえば、あの人は祝光祭の時も、冷たい目をしていたなとセレナは思い出す。
「あの、サルヴァトーレ様や孤児院のみんなは?」
セレナが恐る恐る聞くと、エリオが思いもかけないことを告げる。
「それが、サルヴァトーレ様は急にオルキディア王国に行かされることになっちまったらしいんだよ。ばあちゃんも孤児院長じゃなくなっちまったし。とにかく、セレナを見つけようって俺らは先に出てきたんだ。国境付近でサルヴァトーレ様と合流できるように言伝は残してきたんだけどよ」
「そんな! やっぱり私のせいで……」
「孤児院の子達は心配いらないさ、後任の院長も子どものことを一番に考えるいい人だからね」
エリオもアルマもなんてこと無いように言うが、セレナは自分のせいで、みんなが仕事も国も捨てることになると、申し訳なさでいっぱいだ。
「なぁに、オルキディアは農業が盛んで食べ物が美味しいらしいじゃないか、楽しみさね。きっとラーナが美味しい料理を作ってくれるんだろう?」
「へっへーん、ラーナちゃんにお任せあれよ!」
「お、いいねぇ。セレナも無事見つかったし、サルヴァトーレ様たちにも早く知らせて、祝杯をあげたいところだぜ」
そんなセレナの心配をよそに、盛り上がる大人たち。セレナは傍に座っているリーノ(ラウル)にだけ聞こえる声で呟いた。
「私帰ってきて良かったのかな……」




