第8話 光と魔力
チリリリリリリ♪
(んー、目覚ましなんてかけたっけ?)
セレナがうっすらと目を開けてみると、目の前に
【時間です。起きてください、マスター】
の文字。セレナはゆっくりと身を起こす。
「ジェニーさん、起こしてくれて、ありがとうございます」
ぼぉっとしたまま、最初に作った湧水池に顔を洗いに行くセレナ。ついでに青りんごを二つもぎ取って、辺りを見回した。
「ジェニーさん、ラウルさんはどこですか?」
【冷温帯部屋にいらっしゃいます】
(寒く無いのかな?)
セレナは、ラウルには好きにしてもらうことにして、台所部屋へと移動した。
「いっけない、パンを焼かないと!」
青りんごをテーブルに置き、急いで布をめくると、見事なまでに過発酵しているパン生地。
「しょうがない、これはピザにしちゃおう」
セレナはカートに載っていた食材を使って、どうにかトマトソースもどきを作ろうと考え、缶詰やチーズはラウルの居る部屋だと思い出す。そぉっと扉を開けると、部屋の中央に小型犬位の狼が寝そべっていた。足音を立てないようにゆっくりと部屋に入ろうとすると、パチリとラウルの片目が開く。
「おや、お嬢さんお目覚めかい」
「ラウルさん。邪魔してごめんなさい」
そう答えてからラウルは何か食べたのだろうか、と心配になり棚を確認するが、食材が減った感じがない。
「ラウルさんお腹空いてない? ピザを焼こうと思うんだけど」
「あぁ、いただくよ」
そう返事をしたラウルは、狼の姿のまま台所までついてきた。
「ラウルさん、食べられないものはある?」
「いや特に無い。それ、自分で好きなものを載せても構わないかい?」
「人の姿で手を洗ってからなら」
セレナがそう言うと、ふわりと風が起こる。人の姿になったラウルは少し照れくさそうにして手を洗い始めた。
迷宮の中にピザの焼ける香りが広がって行く。ラウルは最初に焼けたピザを食べながら、次々と手慣れた様子でピザを焼く少女の後ろ姿を見て言った。
「料理上手いんだな」
「ラーナお姉ちゃんに比べたら、まだまだ」
「そうか? 元の世界でもこんな旨い料理が、普通に食べられた頃があったんだけどね」
セレナは納得できないといった表情をしたまま、ラウルの前に追加のピザを置こうと振り向いて言った。
「ラウルさんは私よりも若いと思ってたけど、ローラシアではまだ一般にも食材が流通していたの?」
「いや、僕は……人族よりも長命な種族だから」
その答えを聞いてセレナが固まった。彼女はラウルの方が年下だと思っていたようだ。
「おおっと、危ない」
ラウルが慌ててセレナの手からピザを救う。セレナが石窯に向かって何か小さい声で呟いているが、小さすぎて聞き取れない。ラウルは話題を変えることにした。
「なんで、昨夜は休みもせずに、無理をしたんだい? いくら君が本当は大人だとしても、今の君は子どもなんだから無理はよくないよ」
セレナは最後のピザを石釜に入れると、その質問が聞こえなかったかのように、この迷宮アシスタントに指示を出す。
「ジェニーさん、10分経ったら教えてください」
【承知しました。マスター】
セレナの答える気がなさそうな態度に、ラウルは頬杖をついて視線を投げる。セレナはその視線を受け止めると、ラウルと向かい合わせに座って姿勢を正し、おもむろに頭を下げた。
「ごめんなさい」
「いや、急にどうしたんだい?」
「私、昨夜は自分のことばかりで、ラウルさんの気持ちとか苦労とか、ちっとも考えてなかった。だから、いろいろごめんなさい」
ラウルは慌てて姿勢をただす。
「一晩寝ないで迷宮の部屋を作っていたと聞いたけど、僕のせいなのか?」
「ラウルさん、望みもせずこっちに連れてこられて、たくさん苦労したんでしょう? 元の世界に大事な人もいるでしょうに。そのうえ、頭脳労働者階級だったあなたが、こっちで生きていくためには、見ず知らずの実務労働者階級の側にいなきゃならないなんて。なんか申し訳なさすぎて……」
ラウルは持っていたピザを置き、俯いたままのセレナの隣へ移動して片膝をつく。
「お嬢さん顔をあげてくれないか。まぁ、確かに外では魔力が足りなくて苦労はしたよ、でも、ほんの二、三週間くらいのことだ。それに、元の世界の階級なんて気にもしていなかったよ」
(まあこの世界で苦労したのは、主にあの銀髪娘のせいだし、それが、この子に会えるキッカケにもなったしな)
「ありがとう。それでも、せめてここでは快適にして欲しいなって。今の私に出来ることはそれぐらいしかないから」
ラウルはセレナの手を優しく握り、
「じゃぁ、お互いさまだってことで、どうだい? この世界に飛ばされたのは君のせいじゃない、あれは不可抗力だ。というより、ジェニオルス・ヴェントゥーノのせいか?」
【それにつきましては、あの世界の地下には迷宮を展開するスペースが不足していた、としか申し上げられません。それと、ラウル様は本来はマスターとともに、この迷宮内にいらっしゃるはずだったのです】
「僕がこの世界に来たのは、まだ三週間ほど前だよ」
【『あちら』とお互いに干渉しあった結果ではないかと】
セレナが二人のやりとりに割って入る。
「あちらって、もしかしてあの時の男の人?」
【その男性のことは存じませんが、干渉しているのは、わたしの片割れであろうことは間違いないかと】
「迷宮コアが割れただろう? だから、恐らくは君が思っているあの男もマスターになっているだろうね。それに、あの時の少女もこの世界に居るし」
セレナが手に力が籠る。四人もこちらの世界に飛ばされたと知って戸惑っているようだ。
「ラウルさんあの女の子に会ったの?」
「あぁ、君が助けてくれた時、僕を邪険に扱っていた銀髪の娘が彼女だね、匂いが同じだった」
セレナの目がこれ以上ないほど見開かれ、一瞬でラウルから遠ざかる。
「お嬢さん?」
「見た目が違うのに、私のことがわかったのは、その……その能力のせい?」
顔を赤くしたセレナは随分と可愛らしく、ちょっとからかいたくなるが、ラウルは今は止めておくべきだろうと、彼女が期待した答えを返す。
「君は僕が属している迷宮のマスターだからね、魔力で判るさ」
セレナは魔力という言葉に腑に落ちない顔をしている。
「私の魔力?」
【この世界では、光とともに魔力が降り注いでいます。人も妖精もその色の性質により、体内に取り入れられる魔力が決まるようです。ちなみに、ラウル様とマスターは全属性とお見受けします】
「妖精さんが来てくれなかったのは、私に魔力がないからじゃないの?」
【こちらの世界の妖精と呼ばれる者たちは、自分の色の魔力を反射する人族のそばに居ることで形を保っているようです】
この説明にセレナもラウルも、まだ意味を理解できないでいる。
【ラウル様がこの世界の魔力を補充できないのは、ラウル様が光を全て反射する白系の性質だからです。逆にマスターは全ての光を吸収する黒、全属性の魔力を体内に取り込まれています】
セレナとラウルはお互いを見合い、ほぼ同時につぶやいた。
「髪の色?」
【恐らく、体質が髪色に表れているのかと推察します】
「あの銀髪の娘に体内魔力が無かったわけだ。なるほど、こっちの妖精ってやつは、人が吸収できない魔力をもらっているってことか、だから君のそばに来たがる妖精が居なかった」
ラウルがセレナを見ながらそう言うと、
「私、やっぱり妖精さんに嫌われているんだ」
と肩を落とした。ラウルはセレナの側へ近寄りセレナの頭を撫でながら優しく言葉をかける。
「僕がその妖精の代わりってことさ。僕は外の世界では君からしか魔力を分けてもらえないからね」
少しいい雰囲気になりかけたところに、無情なアナウンスが表示される。
【マスター、そろそろお時間です】
「わぁ、焦げちゃう!」
セレナが慌てて取り出したのは、青りんごを載せたデザートピザ。ラウルは口元をほころばせ、ヒョイとそれをセレナの手から奪う。
「うまそうだ、『divide』」
ラウルがそう唱えると、ピザは綺麗に8枚にカットされた。
そうして、まるで執事のように恭しくそれをセレナに差し出して見せる。
「どうだい、妖精より僕の方が使えると思わないかい?」
とセレナを見つめてウインクをする。
「冷めないうちにどうぞ!」
少し頬を赤らめ、照れ隠しのように言うセレナを見て、ラウルは目を細めて笑った。




