第7話 ジェニーさんとラウル
わたしはジェニオルス・ver21。この地下迷宮の高性能アシスタント。マスターセレナと迷宮を最恐にせんと目論む毎日を始めた、はずだったのですが――
「ん、ここは……あぁそうだった。お嬢さん? あれ、誰もいないのかい?」
【おはようございます、リーノ(仮称)様、わたしはこの地下迷宮の高性能アシスタント、ジェニオルス・ヴェントゥーノと申します】
そうご挨拶すると、リーノ(仮称)様は、人の姿になられました。
「やぁ、おはよう。君がこの迷宮のアシスタント君か、僕はラウルだ。よろしくな」
【個体名:リーノ(仮称)様の情報をラウル様にアップデートしました】
「このマスタールームは狭いし監視モニターも何にも無いんだな、あのお嬢さんは迷宮を管理するつもりはないのかい?」
おや、ラウル様は迷宮のマスタールームをご存じのようです。
【生憎、マスタールームやバックヤードのスタッフ用生活設備やオートメイキング機能など、一部の機能が備わっておりません】
「はぁ? あぁ、なるほど。それで、君にアバターや音声機能もないのか」
ラウル様はマスタールームに無造作に浮かぶコアをご覧になった途端、察せられたようです。
「やっぱりあれが、迷宮コアだったってわけだ。ってことは、君の片割れは元の世界に?」
【この世界のここよりも北に気配を感じます】
「そうか」
(あの銀髪の少女の匂いが、あの時の少女と同じなのは、そういうことか……)
「ジェニオルス・ヴェントゥーノ、お嬢さんは?」
【マスターは作成された階層の部屋で休まれています】
「外に居た奴らは?」
【まだ、近くに気配を感じます】
それだけ聞かれると、ラウル様はこの迷宮の最後の砦、本来ならボス部屋へと続く扉を開かれた。そして、目の前に広がる風景に絶句されているご様子。
「なぁ、ジェニオルス・ヴェントゥーノさんよ、これは一体……」
そう、ラウル様がご覧になっている風景は、草原に並ぶ扉と布団ですやすやと眠るマスター。ラウル様はマスターを起こさないようにして、一番右端の扉を開いてご覧になった。
「これ、は……」
扉を潜った先、そこは雪国。2メートル四方ほどの部屋の、雪を固めて作った棚に氷付けの何かが置かれています。
【ここは、おだやかな天候の雪国です。きっと、マスターはここに入った者を氷付にされるおつもりなのでしょう】
一旦その扉から出て、隣の冷蔵庫部屋、もとい、冷温帯地方部屋への扉をくぐられたラウル様は、木の棚に少し食材が並び、木の宝箱が物入れになっている部屋で苦笑されています。
【きっと、マスターは、この部屋に到着する頃、手持ちの食材が不足し飢えた者たちをここに集め、一網打尽にされるおつもりなのです】
「この食材は迷宮産なのかい?」
【それは、マスターが元の世界から持ち込まれたものです】
「あのカートの荷物か、なるほど。ふふ、それにしても、ここは心地いいな」
ふむ、ラウル様はおそらく雪狼とも呼ばれるフェンリルの血をひいていらっしゃると推察します。景色は決して良いとは言えませんが、涼しいこの部屋が心地良いのは当然でしょう。
ラウル様はしばらく棚に置かれた食材を検めるかのように、ゆっくりとこの部屋をめぐり、ご自分の棲家ともなるであろうこの迷宮の探索を続けるべく、隣の扉へと移動されました。
そこは、上部に作られた小さな部屋の湧水池から細い水路を伝って水が流れ、直角に枝分かれした水路が二つ。水が流れ落ちる先にはシンク代わりの短い開渠に洗い桶。
奥の角には下に高温源泉のある部屋を配した、蒸気の立ち昇る蒸しカゴと、鍋くらいの大きさの熱湯風呂の茹で釜。
スープ鍋の下には極小のマグマ部屋。その下には小さな煉瓦のトンネル(未開通)を利用した石窯もどき(どちらも強弱、オンオフ可能な高性能アシスタントスイッチ搭載)
壁に設られた窪みには、調味料の小さな壺が並び、フックには杓子や菜箸などの調理器具がかけられ、反対側の壁の作り付けの棚には鍋や皿、りんごの入った木の宝箱が置かれています。
付け加えるならば、奥の壁にある小さな扉の奥には排水路が通っており、そのまま熱砂砂漠&竜巻部屋のゴミ処理部屋へとつながっています。
【ここはマスターが特に力を入れて作られました。きっと、マスターはここへ入った者たちを、奥のゴミ箱へポイっとお捨てになるおつもりなのです。――きっとそうなのです!】
「くっくっくっくっ、なかなか使い勝手も良さそうなキッチンだ」
広い台の上に置かれている布をめくってみられたラウル様は、楽しそうに笑っておられます。
さらに隣の扉を潜られたラウル様。そこは今までとは打って変わって何もない草原。
【この部屋については、今後手を入れられるご予定です】
「あぁ、あの先が入口への階段か」
おや、ラウル様はとても目が良いようですね。
「まだ何も棲まわせてないんだな。これじゃマスタールームに直行じゃないか」
【ですので、ぜひラウル様からもご進言をお願いしたく】
「まぁ、他の部屋も見て考えるよ。おや? あそこの扉はなんだい?」
【あの部屋は、処理された有機ゴミが降り積もる部屋です。きっと、マスターは、あそこに迷い込ませた者も処理して糧にするおつもりなのです】
「それは肥料っていうんじゃないのかい? 一体あのお嬢さんは何を目指しているのか……」
【ですので、ぜひとも! ラウル様からもご進言をお願いしたく!】
「まぁまぁ、とりあえずは最後まで見よう」
ラウル様は、さらに隣の扉を開けられたました。
「ここは……」
ラウル様は壁に手をついて、ひとしきり笑った後、木桶を持って熱湯風呂の前に行かれました。
「なぁ、ここはどうやって使うんだ?」
【マスターは、樽にお湯と氷水を入れてお好みの温度にされていらっしゃったようです】
「なるほどね」
そうして、ラウル様は今、朝風呂を堪能していらっしゃいます。
「なぁ、ジェニオルス・ヴェントゥーノ、あのお嬢さんはいつからここに?」
【マスターは十年前からこちらの世界にいらっしゃいます。しかしマスターは命の危険に晒されており、その生命力を全て回復に回しました。そのためゼロ歳児となられ、わたしは外の世界の住人にマスターを託すしかなかったのです。迷宮に戻られ、記憶を取り戻されたのは昨日です、この迷宮もわたしも十年間休眠状態でした】
「なら、さっきの部屋やこの部屋はいつ……」
【昨日ここへ戻られて、一晩で作られたものです、おやすみになられたのは一刻ほど前でしょうか】
「なぜそんなことを……」
ラウル様が黙り込んでしまわれた頃、草原で寝ていたマスターが、眩しそうにして起き上がられました。
【おはようございます、マスター】
「へ? あぁ、そっか。おはようございます。ジェニーさん、顔を洗ってきますね」
【マスター、ただいまあの部屋はラウル様が使用中です】
「じゃぁ、あっちの池で……、って、あんな樹あったっけ?」
マスターは湧水池のほとりに、青々と茂った樹に青りんごがたわわに実っているのを見て驚かれたご様子。
【昨日マスターが落とされたリンゴの種から成長したようです】
「迷宮オブジェクト以外は、迷宮に吸収されるんじゃなかったんでしたっけ?」
マスター、まだ寝ぼけていらっしゃいませんでしょうか。
【マスターがそう設定されたからではないか、と推察します】
「……そうでしたっけ」
マスター、やはり、もう少しお休みになった方がよろしいのではありませんか。いらぬお世話かもしれませんが、マスターをお守りするのもわたしの役目。少し心配です。
「おはようお嬢さん、もう起きたのかい?」
「へ? 誰?」
【マスター、その方はラウル様です】
「ラウル? うそっ若っ」
「ん? 髭が無いとそんなに違うかい? まぁ僕よりも、お嬢さんの方がよっぽど若くておチビさんだろう? まだ眠そうだ」
そうです、ラウル様、ぜひマスターを休ませてください。
「ほら、もう少し休むといい。ジェニオルス・ヴェントゥーノ、この部屋を夜に戻してくれ」
【承知いたしました。晴天・夜に変更します】
「ちょっと、何勝手に」
「お嬢さん、いい子だからそこに横になって目をつぶるんだ。眠れないって言うなら、元の姿で添い寝でもしようか? それとも、このまま膝枕して子守唄でも歌うかい?」
「――――――っ!」
おやおや、マスターはラウル様に言い負かされてしまったようです。ラウル様さすがです。マスターが休まれるようで安心いたしました。
「ジェニーさん、二時間後には起こしてください」
「本当はもっとちゃんと眠って欲しいが、せめて三時間だ、外のやつらもちょうどいい具合にここから遠ざかるだろう」
「むぅ、じゃぁ三時間後でお願いします」
【承知しました。夜間モードに設定を変更しました。ゆっくりとおやすみください、マスター】




