第10話 セレナの秘密
セレナを無事見つけられたエリオ達は、その日の夜は宿場町には寄らず野営することにした。セレナが疲れて寝てしまった後に、これからどうするかと話し合っている。
「トト坊はセルジュを連れてくるだけかねぇ」
「多分そうだろうと思うぜ、側付きの神官もどんどん減らされて、今ではあの嫌味野郎だけってセルジュが言ってたしな」
「ねぇ、サルヴァトーレ様たちと合流できても、国境を越えるのに検問があるんでしょ? セレナちゃんを連れて通れるの?」
「そうさねぇ、水樽に隠れて通る位しか思いつかないねぇ」
「セレナちゃん小柄だから隠れられるとは思うけど……」
「ばあちゃん、魔法で隠してても、国境には見破る魔法があるらしいぜ、だから蓋を開けられたらすぐ見つかっちまって、俺らが違法奴隷の人攫い容疑で、下手すりゃあの世行きになっちまう」
エリオが首の横で手で切るような仕草をしながら、恐ろしいことを言う。それを見て渋い顔になったアルマがひとつため息をつき、諦めたように言った。
「いっそ、この国から出るのは辞めちまうかい? あの神官長付きの兵たちはセレナを山の向こうまで連れていった、と報告するだろうよ」
「でもよぉ、ばあちゃんの居所を探されたらすぐにばれちまうだろう。それに、この国以外に行ってみてぇってのも正直ある。俺らはセルジュから話を聞くばっかだからな」
「そうさねぇ、トト坊と合流してから相談してみるかねぇ」
そんな大人達の話をリーノがじっと座って聞いていた。
国境近くへ着いて二日目の夜、セレナは寝付けないまま馬車の荷台で横になっていた。どうやらサルヴァトーレ達と合流する予定の日はとっくに過ぎているらしい。
「明日にはトト坊達と合流できるといいんだけどねぇ」
アルマがそうこぼしている声が聞こえる。高齢のアルマに野営は辛いだろう。セレナは自分が子どもだからと、夜の見張りからも外されていることがふがいなく、毛布を頭まで被った。
その時、急にラウル(リーノ)が馬車の外で唸り声をあげた。
「どうしたの?」
セレナが飛び起きて、馬車の幌から顔を出して見ると、ラウル(リーノ)は林の方を向いて唸り声をあげ続けている。エリオがスラリと剣を抜き、ラーナは弓をつがえた。
「誰だ!」
「わあ、待った待った! 俺だよ、セルジュだ」
聞き覚えのあるセルジュの声に、みんなの警戒が緩む。薄暗い中から、手を挙げたセルジュが姿を見せた。
「脅かすなよ」
「わりぃわりぃ、兄貴、こっそり抜け出してきたからさ、灯りをつけられなかったんだ」
「セルジュ兄、抜け出したって、どういうこと?」
素早くお茶を入れながら、ラーナがセルジュに声をかける。
「あー、申し訳ない、不測の事態が起きててさ。神殿関係者が一緒なんだよ、だから合流は難しい。このまま別々に移動になると思う」
みんなは普通に話しているが、ラウル(リーノ)だけは今だに背を低くして警戒しているようだ。
「リーノ?」
セレナが呼ぶと、すぐに馬車へと戻ってきて、ポルタを開けて欲しいと合図がくる。セレナがポルタを開け中に入ると、人の姿に戻ったラウルが険しい顔をして言った。
「あいつから、あの娘の匂いがする」
「へ? セルジュ兄から、誰の?」
「あの銀髪の娘だ、あいつは信じられるのか?」
セレナはあの少女がマウロ神官と一緒に居たことを思い出す。
「セルジュ兄はサルヴァトーレ様の護衛で、エリオ兄とは義兄弟みたいな人だよ。院長先生のことを、本当のおばあちゃんみたいに慕ってる。絶対大丈夫」
「そう、か」
「それに、本人は隠してるつもりだろうけど、実は動物が大好きなの、リーノの姿のラウルさんをあの子が邪険に扱ったって知ったら、きっと烈火の如く怒っちゃうね。保証する」
それを聞いたラウルは、なんとも言えない複雑そうな顔をした。
「おーい、セレナー、起きてるか?」
そんな話をしていたら、馬車の外からセルジュが呼んでいる声が聞こえてきた。
「はーい」
セレナはポルタをくぐって、馬車の幌から顔を出した。
「あぁ、無事で良かった。サルヴァトーレ様も随分心配されていたぞ。そうだ、これを預かってきたんだ」
セルジュはセレナの頭をぐりぐりと撫でながらそう言って、小さな包みを手渡してきた。開けてみるとそれは、セレナの大好物のお菓子だった。サルヴァトーレ様が、あの可愛らしいお店に行ってこれを買ったのだろうか、と思うと思わず笑みが漏れる。
「きっと兄貴達が見つけてくれるとは思ってたけど、本当に無事でよかったよ」
お菓子の包みから顔をあげると、いつも涼しげな顔をしているセルジュが、泣きそうな顔をしている。
「セルジュ兄」
セレナがセルジュに抱きつきそうになった時、
「わふ」
と突然湧き出たラウル(リーノ)に邪魔された。
「リーノお前も来てたのか、偉いぞ。俺たちがそばにいられない間のセレナのナイトはお前だぞ、頼んだからな」
そう言ってラウル(リーノ)を優しく撫でるセルジュ。
セレナはなんとも複雑そうな顔のラウルを見て、吹き出すのを我慢するのが大変だ。
結局起きてみんなに加わったセレナ。セルジュの話では、どうやらサルヴァトーレはオルキディア王国に異動ということらしい。
そして、あのマウロ神官と一緒にいた少女はオルキディア王国民で、珍しい銀髪のため、先日の帝都の祝光祭に招待されていたんだとか。昼間の貴族の出席する精霊の御珠の授与式では、精霊樹全ての実が光り、光の聖女に間違いないと認定されたそうだ。
「光の聖女様って何がすごいの?」
セレナが聞いたことのない言葉にひっかかりを覚えて聞くと、
「サルヴァトーレ様も同じように実が全部光って、平民出身なのに光の大聖者とも言われた方だ。だから、彼女も同じ位には強い光の魔法を使えるってことだろうな」
まさかのサルヴァトーレがすごい人だった。民の間で、暁光のサルヴァトーレという二つ名で呼ばれ、親しまれる上級神官とは知っていたが、セレナは帝都の祝光祭を長年司ってきたのと、見目の良さから人気なんだと思っていた。
「それで? その子は何でトト坊に同行して来たのさ?」
「あぁ、里帰りなんだと。まったく、人の迷惑も考えて欲しいよ」
随分セルジュの元気がない、だいぶ嫌な思いをしているらしい。ラウルもさっきまでとは違い同情するような表情になっている。ラーナも珍しく弱気なセルジュが心配になったのだろう、
「セルジュ兄ってば、ちゃんとご飯食べてるのぉ?」
と声をかけている。
「んん? あぁ、この移動中はラーナのうまい飯が食えるって思ってたのになぁ。それだけでもいい迷惑だよ。しかも、始終サルヴァトーレ様にべったりだし」
その言葉に、今度はセレナの表情が固まる番だった。
「セルジュ兄、早くサルヴァトーレ様のところに戻った方がいいんじゃない?」
「あぁ、ラーナの飯食ったら帰るよ、本当はこっちに一晩居たいけど、さすがに悪いし、護衛が長時間抜けるのもまずいからな」
セレナはセルジュが美味しそうにラーナのご飯を食べるのを見ながら、ずっと考えていたことを聞いてみる。
「セルジュ兄、国境を越えるのに検問所を通らずに行けるところってないの?」
「は? 隣国へ抜けるには要所に検問がある、道の無い場所は大型の野生動物が出るし、切り立った険しい山の中だぞ。そんな所を越えようなんて逃亡犯や野盗位じゃないか、それも、ほとんど命を捨てにいくようなもんだ」
その答えにがっかりするセレナ。その様子を見たエリオが乱暴にセレナの頭を撫でる。
「こら、ガキが変な気をまわすんじゃねぇ。俺らはみんなでオルキディアに行くんだよ、いいな」
セレナが顔を上げると、全員がセレナを見てうなずいている。セレナは自分のできることをみんなに明かすと決心した。
「じゃぁ、私が検問の時に樽に隠れて見つからなければ大丈夫? 今やってみてもいい?」
「やるったって、何を?」
「私が荷台の樽の中に入って、蓋を閉めて合図をするから、エリオ兄開けてみてくれる?」
そう言って、セレナはエリオの返事も聞かず、荷馬車へ走って行った。エリオ達がセレナの突飛な行動に面食らっていると、荷馬車の荷台から隠れん坊をしているような合図が聞こえて来た。
「もういいよー」
「はぁ、しゃーねえ、付き合うか……。よっこらせっと」
年寄りくさいかけ声を出したエリオを叩きながら、ラーナがケラケラと笑う。エリオは頭を掻きつつ荷馬車へ歩いて行った。
「セレナ、開けるぞ」
そう前置きしてエリオが樽の蓋を開けてみたが、セレナは居ない。荷台を見回し、間違えたかともう一つも開けてみるが、そちらは水が満杯だ。エリオは荷台の荷物の陰も全て探したがセレナは見当たらない。
「おいセレナ、どこ行った! セレナ?」
エリオの焦る声に、みんなが急いで荷馬車へと駆け寄ってきた。セルジュが荷台に上がりながらセレナを呼ぶと、
「はーい! 私ここだよ」
とエリオが最初に見た樽の中からセレナが登場した。
「お前、いったいどこに隠れてた? 樽は空だったぞ」
「えへへー、凄いでしょ、これなら見つからない?」
「妖精も居ないのにどうやって……」
エリオたちが驚いているところへ、荷台に上がってきたラーナが目をキラキラさせて言った。
「セレナちゃん! ねえ、もう一回! もう一回やってみせて!」
「え? いいけど、声かけたら蓋を開けてみてね」
そう言って樽の中にセレナが座って蓋を閉める、もういいよの掛け声の後、ラーナが蓋をとるとそこにはセレナは居なかった。
「うそー。本当に居ないよ。おばあちゃん、セレナちゃんって魔法使えるの?」
遅れてきたアルマに全員の視線が集まる。
「いんや、そんな話聞いたことないさね」
「まー、あいつ小せぇ頃は不思議ちゃんだったからな」
「へ? 何それ」
四人が振り返ると、樽の中からセレナが顔を出していた。




