第11話 オルキディア王国
サルヴァトーレ達が国境を越え、オルキディア王国の王都へ出発した翌日、セレナ達が国境を越える検問所付近に差し掛かると、物々しい雰囲気に包まれていた。ラーナが御者台から降りて、少し前に並んでる人たちに声をかけに行く。こういう時、ラーナは相手に警戒心を抱かせず、あっという間に情報を得てくる。セレナには出来ない芸当だ。
「里帰りされた光の聖女様のために厳戒態勢なんだって」
戻ってきたラーナが小さい声でエリオに告げている。
「ばぁちゃん」
「わかったよ。お前さん窮屈だろうが、しばらくこの中に入ってな」
アルマが小声でそう言った後、セレナが樽に隠れていると、近くで兵たちの声が聞こえてきた。リーノの姿のラウルがトントンと樽を叩く合図を聞いて、セレナはポルタの扉を潜る。兵士がセレナの隠れている樽を開けたのだろう、目の前の扉が明るくなった。すぐに樽の蓋が閉まって暗くなると、セレナはすぐに扉をくぐり樽の中へと移動した。
「問題なし、行っていいぞ」
樽越しにくぐもった声が聞こえる。エリオが荷馬車を進め始めたのだろう、カタンと樽が揺れた。セレナがじっと樽の中で小さくなったまま、しばらく馬車に揺られていると、ゆっくりと荷馬車が止まった。すぐに樽の蓋が開けられ、アルマが心配そうな顔で覗き込んでくる。
「セレナ、無事かい?」
「うん! 大丈夫だよ」
セレナが立ち上がりながら答えていると、エリオが御者台から荷台へ来て、セレナを樽から引き出してくれた。
「はぁ、よかった。あそこに置き去りにしちまってないかって、肝が冷えたぜ」
そう言ってエリオはその場に座り込んだ。
そう実は慎重なエリオが、野営地で動きを確認しようと提案し検証してみた時、ポルタの扉は樽や馬車そのものではなく、その場所に開くことが判った。馬車の動き出すタイミングによっては、セレナが兵達の居る目の前に突然表れ、不審者として捕まる可能性や、迷宮の中に取り残される可能性があったのだ。
「ありがとう、エリオ兄。ばっちりだったよ」
セレナが握り拳にした手をエリオの前に出すと、エリオもニカっと笑って拳をコツンと当ててきた。
こうして、セレナ達は無事国境を越え、オルキディア王国の南の端、フロンダの町へと到着した。セルジュによると、サルヴァトーレは王都にある中央神殿に着任の挨拶へ向かった後、この地に赴任することになっているらしい。
サルヴァトーレと合流するまで、エリオたち大人組が住まい探しや仕事探しをしている間、セレナはラウルと留守番を言い渡された。二人は迷宮にこもって実験(?)中だ。
「ジェニーさん、ここの一区画を畑に変えられますか?」
【畑(毒草畑・麻痺草畑・マンドレイク畑・睡眠草畑・・・さぁ、収穫せよ。そして安らかに眠りたもう永久に】
「そうでした、ジェニーさんはそういう人でした」
セレナはがっくりと膝をついて呟いた。
「ジェニオルス・ヴェントゥーノは人じゃないと思うよ」
「冷静なツッコミありがとうございます、ラウルさん」
そう言いながら、セレナは手と膝についた草を払い立ち上がる。
「ほんのちょっと楽ができないかなぁって思っただけなんです。さぁ、ラウルさん、この鋤を使って耕しますよ」
ずいっとラウルに鋤を差し出し、久しぶりの畑仕事に精を出すセレナ。
かつての子ども時代、じいじとばあばと狭い裏庭で野菜を栽培していた頃を思い出しながら――。
肥料部屋から持ってきた肥料を鋤き混み、この町へ来る途中立ち寄った町や村の農園でもらった野菜の種や、お腹を壊すから食べられないと捨てられていた小さな芋を植えてみる。
ツルばかり伸びて美味しく無いと言われていた芋は、持ってくる間に蔓が伸びたので、蔓だけを切って肥料を入れずに植えてみた。
水撒きはジェニーさんにお任せだ。
「ジェニーさん、私たちがこの部屋から出たら、天候を20分ほど小雨にしてください」
【承知しました。天候雨に変更します】
セレナたちは順番に風呂で汗を流し、湧水池のほとりで冷たいお茶とりんご入りのしっとりクッキーで、ティーブレイク中だ。青りんごの木陰には、薄くスライスしたりんごが並べられたザルがぶらさがっている。
「はぁ、冷たくて美味しい」
「ここが迷宮とは思えないな」
ラウルは仰向けに寝転んだままそう呟いた。
「ラウルさんは迷宮を知ってたの?」
「あぁ、向こうの世界ではいくつもあったよ。冒険者が迷宮に潜って一攫千金を狙っていた頃は、迷宮のある町は賑やかだった。まぁ、その分命がけだから亡くなる人も多かったけどね」
セレナは心が重くなる。表情に出ていたのだろうか、心配そうな声でラウルが続けて聞いてきた。
「君はこの迷宮をどうしようと思っているんだい?」
「どうって……」
「今のまま人が来ないと、迷宮は枯渇するだろう?」
【ラウル様のおっしゃる通りです。マスター、早急に人を呼び込みませんと、ポイントは減るばかりです。僕すらお呼びになりませんし】
セレナは最初に迷宮のことを調べた時に、人を傷つけるようなものは使わない、と心に決めたことを思い出す。
「人と傷つけあうために、生き物やオブジェクトを配置するなんてことは、私にはできないよ」
【しかし、それではこの迷宮は消えてしまいます】
「でも、ジェニーさん、この迷宮の入口付近に人は住んでいないでしょう? それに、この世界で迷宮というものは聞いたことも無いし、冒険者なんて職業の人はいませんよ。向こうの世界と違って攻撃魔法もないし、武器を持つのは国や地方を守る軍の兵士やエリオ兄たちみたいな護衛か、猟師さん位だし」
【・・・・・】
「ちょっと待った、攻撃魔法がない?」
「ラウルさんも知らなかったの? 妖精は人や物を傷つけるような魔法は使わないよ。そんなこと願い続けたら、妖精は精霊に戻って消えてしまうから」
ラウルは無言でセレナを見つめている。
「だからね、妖精を持たない人は犯罪者が多いの。みんなが私に町では外に出るなと言っているのは、そのせいもあるんだよ」
「この世界は随分と平和なんだな」
ぽつりとラウルが呟いた。セレナはかつて自分の住んでいた町を思い出す。
「向こうの世界でも、攻撃魔法は禁止されている位には平和だったし、迷宮とか冒険者なんて言葉も、仮想空間のオンラインゲームが出来る実務労働者の若い子たちからしか聞いたことなかったけど」
ラウルはまた無言になって、難しい顔に戻ってしまった。
【では、マスターはこの迷宮を訪れる者は、この先も出てこないとお考えなのでしょうか】
「ううん、いつになるかはわからないけど、傷つけあうんじゃなくて、ここを楽しみに来てくれる人が居るといいな、とは思ってる」
「畑仕事がかい?」
「まぁ、そんなところ」
【・・・・・】
孤児院から兵士たちに連れ出され、エリオたちに助けられてからずっと、ここに来るまでも、そして着いてからも、セレナは中身は大人でも見た目は子どものままで、みんなにおんぶに抱っこ状態だ。妖精が持てなかったことで働き口を探すこともできない。それに、巻き込まれたラウルを元の世界に戻す方法も解らない。
だから、せめて自分に与えられたこの迷宮で、できることをしようとあがいているだけだ。
ラウルもジェニーさんも納得はしてないようだけど、ここは向こうとは違う世界。だから、セレナはセレナの望む、この世界の迷宮の在り方を探そうとしている。
――それが、ジェニーさんを作った人の思惑とは違っても。
ゆっくり休憩をとったセレナたちは、台所部屋へ移動して夕飯を作り始めた。
「ラウルさん、缶開けられますか?」
『opener』
「ありがとうございます! 魔法って便利ですね」
「これ位、お安い御用だよ」
そう言って、開いた缶を差し出しウインクするラウル、少し機嫌がよくなってきたかな、とセレナはほっとする。鍋に缶詰のトマトを入れゆっくりと掻き混ぜたら、コンロ代わりのマグマ部屋の火加減を確認した。
「ジェニーさん、あと一段階弱火にできますか?』
【承知しました。レベル1まで火力を落とします】
「ラウルさん、これ、味見してもらっていいですか?」
「喜んで」
「どう、かな?」
「うん、旨い。――――懐かしい味がする」
ラウルの淋しさの混じった笑顔を見たセレナ。向こうではこんなに簡単に食材は手に入らなかったことを思い出す。
(合成食料は味気ないからね)
思考が暗くなりそうになったセレナは、いつも明るいラーナをお手本に、殊更元気な声を出しラウルに声をかけた。
「じゃぁ、そろそろパンを焼くよ! ラウルさんも好きな形を作ってみない?」
びっくりした顔をしたラウル。初めてそんな顔を見たセレナが思わず吹き出すと、いつもの自信たっぷりな顔に戻って言った。
「よし、僕の本気を見せてあげよう」
腕まくりをしたラウルが、やわらかいパン生地の扱いに悪戦苦闘しているが、楽しんでいる様子だ。二人はワイワイとお互いの出来上がりを評しながら、パンを形作っていった。
迷宮にパンの焼けるいい香りが漂う中、ラウルが焼き上がったパンを石窯もどきから取り出している。いくつか不恰好なパンが焼き上がったが、セレナが出来立てのシチューと一緒にラウルに渡したら、とても嬉しそうに食べ始めた。セレナはすっかり機嫌が良くなったラウルの姿に胸を撫でおろす。
全部のパンが焼き上がった頃、エリオたちが帰って来た。
「んー美味しい! セレナちゃんお料理上手になったねぇ」
今夜はさっきまで煮込んでいたシチューと焼きたてのパン、エリオ達が買ってきてくれた新鮮な野菜のサラダ。料理上手なラーナに美味しいと褒められてセレナは大満足だ。
「セレナ、この冷てーのも旨いな!」
こちらの世界では、氷の魔法を使える妖精が居ないため、ここに来るまでも、迷宮の冷蔵庫で冷やしたお茶や果物は喜ばれていたが、今日の冷凍庫で作った青りんごのシャーベットも大好評のようだ。
「えへへ、よかったぁ。エリオ兄、沢山あるから遠慮せずに食べてね」
「こりゃあ、トト坊も驚くよ。びっくりする顔が今から楽しみさね」
アルマの言葉を聞いたセレナは、聞いていた予定よりもずっと来るのが遅れているサルヴァトーレに、早く会いたいような、会うのが怖いような複雑な気持ちになった。
迷宮の台所部屋で後片付けと仕込みを終えたセレナに、ラウルが声をかける。
「さて、君はそろそろ寝ないと、明日も早起きするんだろう」
「そうだね、いつまでもここに籠っていたら、みんなが心配して休めないかも」
「そうじゃなくて、君の健康が大事ってことだよ」
【ラウル様! そんなにマスターの頬をつままないでください。マスターへの攻撃は許しませんよ】
「ほぅでふよ、はにゃひてくらはい」
「ぷふっ」
「もう、自分でやっておいて笑うなんてひどいです」
「君が素直じゃないからさ。さぁ、戻るよ」
「むぅ、おやすみなさい。ジェニーさん」
【おやすみなさいマスター、よい夢を】
翌日、待望のサルヴァトーレがフロンダの町へ到着した。
これで一章が終了です。次回は十年前の事件から始まります。




