第5話 ジェニオルス・ヴェントゥーノ
わたしはジェニオルス・ver21、この地下迷宮の高性能アシスタント。今日、わたしのマスターが成長され、やっと! 十年ぶりに! この地下迷宮に戻って来られた。マスターは先ほどから地下迷宮を作ろうとされている。この瞬間をわたしがどれほど待ち望んだことか!
しかしながら、マスターが作られたのは何故か階層ひとつ、その広さたるや物置にも満たぬほどの狭さ。これではマスターの望みを叶えることが出来ようか、いや出来まい。そう、わたしの使命は、マスターが最恐の迷宮を作る手助けをし、その願いを叶えることなのだから!
さて、今のマスターはというと、猫の額ほどの広場に設置した湧水池がじわじわと広がるのを見て、慌てて排水先を探していらっしゃるご様子。
ふむ、いかにマスターに最恐の迷宮になる選択を提示し、採用していただくか、ここは私の腕の見せ処であるまいか。
さぁ、マスター! 最恐の迷宮への第一歩。来たる者たちに希望と戦慄の楽園を!
【川 (濁流・急流・滝・淵・瀬・堰・・・流れに乗るか、飲まれるか。落つる者は魔魚の餌)】
【迷路 (開渠〈用水・排水〉・暗渠〈用水・排水〉・・・その重くなった靴で歩け! 歩けば水路は開かれる)】
と勇んで応えた結果、
「水の行き先が書いてない! マスターってこんなに面倒なことしなきゃいけないの? もうやだ、誰か助けて! お風呂か温泉に入って眠りたい!」
と、マスターが急に突っ伏してしまわれた。はて、わたしは何か間違えただろうか。いや、高性能アシスタントのわたしに間違いなぞあろうはずもなし……。
それはさておき、マスターのご質問は二つ。
【お風呂と温泉に候補があります。どちらを表示しますか?】
とマスターにお伺いをたてます。
「へ? 声に出せば答えてくれるの? 一体誰が?」
【私はこの地下迷宮の高性能アシスタント、ジェニオルス・ヴェントゥーノです。ご指示をマスター】
マスターはきょろきょろと周りに誰か居るのかと探しているご様子。ですが、わたしに実体はないのです。あるのはマスターの目の前のディスプレイのみ。
「えっと、じゃぁ、ジェニス、じゃなくて、ジョニオじゃなくて……」
【ジェニオルス・ヴェントゥーノ、です】
「ジェニーさんって呼んでもいいですか?」
――――【マスターのお望みのままに】
ぜひ、フルネームで呼んでいただきたいところではありますが、まぁ良いでしょう――えぇ、構いませんとも。
「えっと、ジェニーさん、階層の端まで川を作ったら、その水はどこに行くのかを教えてください」
おや、とても丁寧にご質問いただきました。では、こちらも丁寧に返さねば失礼というもの。
【地下迷宮内の川の流れは、階層の端で途切れても問題ありません。同階層の別の部屋や、異なる階層につなぐことも可能です】
「では、ジェニーさん、あの湧水池から『小川』をつなぐことは出来ますか?」
ふむ、小川とは。来たる者たちの障害にもなりえませんが、マスターのご希望。この高性能アシスタントであるわたしにかかれば、小川なぞ造作もないこと。
【小川 (室内には設置不可能)
必要ポイント:1km当たり100pt
維持ポイント:なし】
「じゃ、あっちの端まで繋げて欲しいです。ジェニーさん、ついでに自動で長さも計算してもらえませんか?」
もちろん、この高性能アシスタントであるジェニオルス・ヴェントゥーノが、マスターのお望みに応えられないことがありましょうや。
【小川 (室内には設置不可能)
必要ポイント:30m:33pt
現在の保有ポイント;30,733,057ptです
設置しますか? する・しない】
「ジェニーさん、設置する、でお願いします!」
【小川を設置しました。
現在の保有ポイント;30,733,024ptです】
湧水池の水が小川に流れ始め、室内の水が減っていくのを見てマスターは安堵されたご様子。すると、次の質問が感謝の言葉とともにやってきました。
「ありがとうございます、ジェニーさん。次は、排水の処理について教えてください」
アシスタントとして当然のことをしたまで、まさか感謝の言葉をいただくとは。これは全力をもって最恐の迷宮を目指しませんと。
【地下迷宮内の排水は、下水道迷路などに利用可能です、来たる者たちを突き落とし、マスターのお力を示しましょう】
「えぇっ、そんなの必要ないですよ? それよりも、排水路がこの空間の端まで続いた場合はどうなりますか?」
下水迷路は、落とし穴の行先として格好の場所、しかしながら、マスターがいらないと仰せであれば、致し方ありません。
【排水の水はそのまま排出されますが、迷宮オブジェクト以外の生物と固形物はその場に残ります】
「じゃぁ、固形物をどう処理できるかを教えてください。ジェニー先生」
【地下迷宮内オブジェクト以外の生命の無い物は、時間経過により地下迷宮に分解吸収されポイントに換算されます】
「消えるまでの時間はどれ位かかりますか?」
【対象物の大きさによりますが、早くても一日程度でしょう。なおマスター権限により対象物を分解吸収させないように個別設定することも可能です】
「なるほど、湧水池から暗渠と開渠をうまく繋いで、トイレが作れるかもと思ったけど、ダメかなぁ……」
おや、小さな声で仰っていますが、今度はトイレをご所望のご様子。良いのがありますよマスター。
【罠 (水洗トイレ・雪隠 恥も外聞もなく、身も心も軽くなって流されよ)】
「ジェニーさん、一応、水洗トイレと雪隠の詳細を教えてください」
【水洗トイレ (室内に設置可:いつでも美しく保たれた衛生的で快適なトイレ。使用後に水を流すと、当人も一緒に綺麗さっぱり流されます。ボン・ディヴェルティメント!) 必要ポイント:1,000pt】
【雪隠 (室外に設置可:大自然の中にも設置可能な木の板壁に囲まれた旧式トイレ。使用中に外壁が四方に倒れるのはご愛嬌。そこに魔物がいようとも、さぁ、自然を感じろ! 感じるんだ! 人の視線は気にするなかれ)必要ポイント:1,000pt】
「聞いた私がバカでした……」
と、マスターがまたもや突っ伏してしまわれた。解せぬ。
あぁそれと、手に持たれていたリンゴの芯が湧水池の縁に落ちたようですが、まぁ、時間が経てば迷宮に吸収されます。今それを指摘するのはよしておくと致しましょう。
「……普通のお手洗いが欲しい……」
おや、マスターのご所望は迷宮スタッフ用のトイレでしたか、しかし、これは困りました。いくら高性能アシスタントのわたしでも、こればかりはご要望にお応えいたしかねます。なにせ、スタッフ用設備やオートメイキング機能は「あちら」に全て持って行かれましたので。
無い袖は振れません。お許しを、マイマスター。




