第4話 迷宮のマスター
「これが本来の僕の姿」
そう言って大きな狼に姿を変えたラウルは、すぐに人の姿に戻った。
「うわぁ。ねぇ、ラウルさんってもしかしてローラシアに居るという銀狼族?」
セレナがキラキラした瞳でラウルに近寄って来る、その勢いに今度はラウルがのけぞった。
「気味悪がられるかと思ったけど、大丈夫そうで安心した」
「へ? どうして?」
「犬のふりをして君を騙していた、と責められても仕方がないだろう?」
「そんなことより、フェンリル族じゃないの?」
「そんなことって、君ね」
「あれ? 違うの?」
ラウルは過去を思い出し、この子もかと内心がっかりしている。そのセリフの後には、大抵は『なぁんだ、ちょっと見てくれがいいだけの、ただの狼族なのね』と続くのだ。
「あっ、ごめんなさい。狼の姿のラウルさんすごく格好よかったから、つい」
セレナは少し頬を朱くして、ちょこんと頭をさげて詫びてきた。ラウルは思わぬ答えに、しばし無言で立ち尽くす。
「ラウルさん、どうかした?」
「……いや、何でも無い」
「それで、えーっと、(迷宮コアに)呼ばれたってどういうこと?」
「え? 君が(この迷宮の)マスターじゃないか」
「私がマスターで、あなたを呼んだ?」
どうも話が噛み合っていない気がしないでもないが、ラウルは呼ばれたからここへ来たのだ。
「あぁ、お嬢さんが乗せられた馬車の後を追いかけてきたんだ」
「なんでそんな危ないこと」
「危険が迫っていたのはお嬢さんの方だろう?」
セレナの目が泳いでいる。
「おい、忘れていたとか言わないよな」
思わずぞんざいな口調になるラウル。セレナはごまかすようにして話をこちらに戻してきた。
「ラウルさんだって、さっき命がなかったかも、みたいな不穏なこと言ってたじゃない。外では魔力が尽きるってどういうこと?」
「ああ、それは、こっちの世界で僕は魔力を吸収できないみたいなんだ。だからあの姿が精一杯だったのさ。君に魔力をもらえると気づいてからは、だいぶ楽だったけどね。ここは、向こうの世界と同じみたいで助かるよ。あの姿ではまともな食べ物を得るのにも苦労したし」
セレナが何か考え込んだようにして、ラウルをじっと見つめてくる。
「私から魔力をもらえるってどういうこと?」
「君は内に魔力が満ちている。僕を助けてくれた時から、魔力を分けてくれていたじゃないか」
セレナの態度を見ると、魔力をどうやったら分けられるのか、本当に心当たりがなさそうだ。
「その様子じゃ、あれは無意識なのか」
(いや、もしかすると、こっちが勝手に引き出しているのか?)
「私だけ妖精さんを授かれなかったから、魔力が無いと思ってた、妖精さんが居ないと魔法だって使えないし」
セレナはそう言うと、また、哀しそうな顔になってしまった。さっきまで忘れていたことを思い出したんだろう。
「それで、お嬢さんはどうしたいんだい? あの孤児院に帰る? それともこの迷宮のマスターとしてここに留まる?」
「今外に出たら、あの護衛兵に捕まるだけだよ。このまま居なくなったと思わせておいた方が良さそうかなって」
「じゃぁ、マスターとしてここに留まると?」
「ううん、本当はすぐにでも戻りたいけど、戻ったらまた私のせいで迷惑かけちゃうし、それに……」
セレナは続きを言いたくないようだ。
「親しくしていた人たちも、お嬢さんを追い出したいと思っている、なんて考えているのかい?」
セレナは俯いたまま頭を横に振る。ラウルはしゃがんで、セレナの頭を優しく撫でながら言った。
「悪い方に考え出すと辛いだけだ。外の奴らが居なくなるのを待つなら、僕たちも朝まで休もう」
そうしてぐるっと部屋を見回して、ラウルは小さくため息をついた。
「ここ、本当に何もないんだな」
ラウルがそう言ったの聞いて、セレナが改めて部屋を見回すと、奥の壁際にあの時の買い物カートが置かれているのを見つけた。セレナはカートを部屋の明るい場所へ移動させ、中を確認してみる。
どういう理屈かは不明だが、カートの食べ物は新鮮なままだ。ただ、調理道具がないので、すぐに食べられるものは、かつて居た世界の合成食料という、美味しくはないが高栄養の保存食ぐらいだが、今は食べられるものがあるだけありがたい。
「あ! りんごもある。ラウルさん、お腹空いてませんか?」
ラウルはグラリスとりんごを食べた後、明日に備えて休もうと言って元の姿に戻って横になっている。ここまでほぼ一日、あの小さな体のまま、馬車を追いかけるのは大変だっただろう。それに、彼もあの事故に偶然巻き込まれて、望んでもいないのに、こちらの世界に飛ばされて来たのだ。向こうに恋人とか大事な人もいただろうに――。
(自分のことに精一杯で、気づいてなかった)
「ラウルさん、ゆっくり休んでくださいね」
そう声をかけ横になってみるが、いろいろありすぎて眠れなくなったセレナは、目の前に浮かぶ四角い表示を確認し始めた。そこには、こう表示されている。
【オブジェクトを配置し、地下迷宮の作成を開始してください】
セレナは、そもそも地下迷宮とは何なのかを調べ、元の世界のゲームに出てくるような物だとおおよそ理解した。しかも、この部屋に浮いている石が迷宮コアらしいことも。
(ということは、あの時のあの男性も、同じように迷宮マスターになっているかもしれないってことよね)
セレナはまた、あの事件を思い出し、自分の運の悪さに嫌気がさす。むくりと起き上がり自分に喝を入れるように頬をパシッと両手で打った。
(とにかく、今はこの結晶のおかげで助かったんだから、目一杯役に立ってもらおうじゃないの!)
気合いを入れ直し、セレナは、目の前の「オブジェクト」という文字を選択してみた。
【階層・部屋タイプ選択
系統 (洞窟・草原・古城・砂漠・・・・)
追加可能オブジェクト
森林 (針葉樹・広葉樹・原生林・竹林・松林・・・)
砂漠 (砂丘・岩・蟻地獄・・・)
火山 (溶岩・カルデラ・地獄温泉・高温源泉・・・)
草原 (低木・高木・草・・・・)
水場 (川・湖・海・沼・湿地・水たまり・井戸・・・)
気象 (雨・太陽・風・雷・・・)
魔物 (スライム・トビウサギ・・・)
罠 (落とし穴・吹き矢・大岩・落とし天井・・・)
宝箱 (武器・防具・宝石・・・)】
と、目の前の四角い枠内には表示しきれないほどの項目が、ずらずらと表示されている。
(こんな物が本当に人に作れるの? もし本当なら、今欲しいのは水なんだけど)
セレナは水場の項目の中に、井戸の文字があるのに気がつき、試しに「井戸」を選択してみた。
【皿屋敷の井戸 (時告げる幽霊出でて皿を数える、うらめしや)
必要ポイント:10,000pt
維持ポイント:なし】
(いや、幽霊とかいらないからっ。しかも、なんでお皿数えるの?)
思わず表示に裏拳を入れた格好になるセレナ。ポンと表示が切り替わる。
【皿屋敷の井戸を設置しますか? する・しない】
セレナは慌てて「しない」を選択する。
(幽霊が出てくる井戸なんていらないよ!?)
しかし、設置するかと聞かれたということは、本当に作れるのだろう。そう希望を持ったセレナが、飲める水がないかと探した結果見つけたのは、
【湧水池 (飲用可能・深い階層まで引き込むために適宜設置するのが効果的)
必要ポイント 大きさ 直径1m当たり 10,000pt
維持ポイント 大きさ 直径1m当たり 1日:150pt】
セレナは思い切って「湧水池」を選択してみるが、
【設置位置を指定できる階層がありません。先に階層を作成してください】
と表示された。
セレナはひとつため息をつき、気を取り直して目の前の表示を探し始める。
(階層、階層、っとあった!)
【階層を作成する 一階層目:タイプを指定してください
自然 (洞窟・草原・砂漠・雪原・湿地・沼・海・火山・山・・・) 人工物(古城・遺跡・廃墟・迷路・・・)】
セレナは考えた末、自然の「草原」を選択した。
【広さを指定してください 初期設定:25ha
必要ポイント:2,500,000pt
現在の保有ポイント:30,743,807pt 】
【階層の広さをカスタマイズする場合は入力してください □□ha】
(あぁもう、計算苦手なのに)
誰にともなく心の中で文句を言いつつ、そうね、とセレナは考える。
(25haなんて広さは今は必要ない。とりあえず一軒家位の広さがあれば十分じゃない? 一部屋を10メートル四方として五部屋なら50平方メートル。余裕を持って60位かな)
【階層の広さをカスタマイズする場合は入力してください
カスタマイズ 0.006ha ポイント:600pt】
【現在の保有ポイント:30,743,807pt
階層を作成しますか? する・しない】
もし計算を間違ってても、後でやり直しも追加もできそうだし、えぇい、なるようになれ、とセレナは勢いよく「する」を選択した。
【一階層目を作成実行します】
しばらく経っても何の変化もなく、やはり草原が人に作れるわけがないかと、セレナが諦めかけた時、カタンと音がして、マスタールームの奥の壁に新しい扉が現れた。
【一階層目の作成を完了しました】
【現在の保有ポイント;30,743,207ptです】
セレナは疑いながらも、新たに出来た扉を開けてみる。
「わぁ、明るい」
扉の向こうには、草原が広がっている。頭上には青空が見え、微風も吹いて雲が形を変えて流れている。一通り周囲を眺めた後、セレナが先ほどと同じように湧水池を選ぶと、地面から水が湧き出るようにして池が形作られてきた。
【設置完了しました】
【現在の保有ポイント;30,733,057ptです】
「……すごい、本当に池ができた」
指定した直径1メートル位の大きさになった湧水池は、底の方から透明で綺麗な水が湧き出しているのが分かる。池の縁にしゃがんで手で触れてみると冷たくて気持ちがいい。
セレナは両膝をつき、手を洗って、泣いてぐしゃぐしゃだろう顔も洗う。
「あぁ、気持ちいい」
冷たい水を使って人心地ついたセレナ。湧水のほとりに座り込み、りんごを齧りながら迷宮について更に調べ始めた。
湧き出る水の流れる先がない池は、じわじわと広がっている。




