第24話 魔石
デゼルティアへ向かう途中で旅の仲間になった黒い猫さんは、よほど疲れていたのだろう、お腹が膨れて安心したのか、馬車の中で丸くなって眠っている。
「こうやって寝てると、ちょっと大きな猫にしか見えないさね」
「ほんとだね、おばあちゃん。帝都にはあんまり獣人族はいなかったもんねぇ」
アルマ達の会話に黒い猫さんの耳がピクピクと動く。その姿にエレナが昔を思い出し、
「やっぱりノワに似てる」
そう呟いた時、その大きな金色の瞳をウルウルさせて、黒い猫さんが飛び起きた。
「なんで、おいらの名前知っているのにゃ?」
「おや、おまえさんノワってのかい? じゃぁ、今日からは私らもその名前で呼ばせてもらうさね」
ノワは黒目を最大限に広くして、アルマを見つめる。
「いいのにゃ? おいらの名前呼んでくれるのにゃ?」
「あぁ、もちろんさね」
「ふみゃぁ、おいら、おいら……」
すっかりアルマに懐いたノワ。もう少し小さければアルマの膝の上に乗って甘えそうな勢いだ。エレナはラーナと顔を見合わせ、クスリと笑い合った。
すっかり気をゆるしてくれたノワ。今は地面に描かれた格子に並んでいる白と黒の石を、難しい顔をして睨みつけている。
太陽は中天に昇りきり、気温はぐんぐんと上がった。暑さの中の移動を避け、谷間の日陰で大人達は仮眠中だ。小犬の姿のラウル、白黒妖精のディノ、白の妖精のルカが周囲を警戒する中、ノワとエレナは手元のゲームに夢中になっていた。
「はい、これで四三、わたしの勝ち!」
「うみゃぁー、もう一回! もう一回だにゃー」
両手で頭を抱え、泣きつくノワが絶妙に可愛らしい。セレナがその姿にニマニマしているところへ、雷が落ちる。
「こら、お前ら、いくらなんでも警戒が疎かだぞ」
セルジュのお小言と一緒に、二人の頭にペシと手がのせられた。同時に二人が叫び声を上げる。
「ひゃぁー、びっくりした」
「うみゅぁあ」
ノワのしっぽがぶわっと太くなり、耳は左右にペタリとつけられている。エレナが、警戒してくれていたはずのラウルや妖精たちを見ると、全員目をそらした。どうやらセルジュが起きてきたことは判っていたらしい。
「まったく、何にそんなに夢中になってるんだ?」
「セルジュ兄もやってみる? 自分の色の石をタテ・ヨコ・ナナメのどこかに、先に五個並べた方が勝ちだよ」
そう言って、セレナは地面に描いた格子の中央に、白と黒の石を二つずつ交互に並べた
「ちょっと待て、エレナ。その石もしかして精霊樹の」
「そう、あの小さい方のやつ」
「たしか、気がついたらルカがずっとその上に座ってて、全部白くなってなかったか? なんで黒があるんだ?」
「にゃ? こうやると黒くなるにゃ」
そう言ってノワが白い石に指をのせると、じわじわと白い石が灰色になって、あっという間に黒に染まった。
「なっ! お前それ何をどうやってるんだ?」
「これは魔物が落とした魔石にゃ、だから魔力を込めればいいにゃ。黒にするには全部の魔力を込めればいいだけにゃ、白いのは魔力が空っぽになった証拠にゃ」
「魔石? 魔力を込める?」
「そうにゃ、体の中にある魔力をグーっとやって、オリャってこの石に移すのにゃ、こんなちっこい石なら簡単だにゃ」
セルジュは、何を言っているのか全く判らない、と言わんばかりの表情をしている。
「セルジュ兄、私もできないから安心して」
理解できないことなのか、物理的に魔力を込められないのか、どちらともとれる言い方をしてしまうエレナ。
「はぁ、アルバ様の予測は当たっていたってことか」
「私の予測とは、どれのことだ?」
黒い石を手にしゃがんでいたセルジュの背後から、アルバ本人が現れた。
「お父さん、ごめんなさい起こしちゃった?」
「いや、そろそろ時間だろう。それよりセルジュ、何があった?」
謝るエレナを少しだけ唇の端を上げて見た後、いつもの表情に戻ってアルバがセルジュに報告を促す。セルジュは立ち上がって、今見て聞いたことをアルバに説明した。
「なるほど、やはりこの石には魔力が込められているんだな、そして、使い切ったら込めなおすことができる、と」
黒い石を手に取り、光に透かすかのように見ているアルバ、二人のやりとりを聞くことに飽きたのか、ノワはエレナに再挑戦を告げる。
「エレナ、もう一回勝負なのにゃ!」
「いいよぉ、今度も負けないからね」
エレナの勝利宣言のあと、谷間を抜ける風の音だけが聞こえている。そして、数分後に決着がついた。
「はい、これで四個目、私の勝ち!
「・・・・・うみゃぁ、なんでにゃぁ」
またも頭を抱える黒猫ノワ。本日五敗目を喫した。
「ふむ、なるほど。ちょっと変わってくれるか?」
二人がぽちぽちと五目並べをしていた盤面を、いつのまにかアルバとセルジュも立ったまま上から眺めていたらしい。アルバがノワに交替したいと言い出した。
「いいにゃ、おいらの仇をとって欲しいにゃ」
「よし、じゃぁやろうか」
「私も負けないよ、お父さん」
初心者のアルバに後手を譲ったエレナは、あっという間に敗北した。
(一回見ただけで、なんでー)
「やったのにゃ! エレナこてんぱんに負けたのにゃ、ニャッニャッニャッ」
「うー、お父さんには負けたけど、ノワには負けてないと思う」
ごく当然のことを返したのだが、ノワの黒目が最大限に大きくなった後、すぐにしょんぼりと肩を落とす。アルバがそのノワに向かって言った。
「この魔石の話をもっと詳しく聞かせてくれたら、エレナに勝つ方法を教えよう」
「にゃっ!」
「へっ! それずるいっ」
二人の叫び声が谷間にこだました。
それからノワの話を聞いたアルバとセルジュが色々試してみた結果、黒い獣が変化した魔石とやらに、魔力を込められるのは、ノワとエレナから乞われた白黒妖精のディノだけで、魔石の魔力を使えるのは妖精たちだった。
「んにゃぁ、なんでおいらには使えないのにゃ?」
「それは、まだお前が守護妖精を賜ってないからだろ?」
セルジュが普通のことを言ったのだが、ノワは何のことか全く解っていないようだ。
「守護妖精って何なのにゃ?」
「あぁ、そう言えばイルローザ公国に光の神殿があるのは帝国の隣の人族が治める領だけだったと思う。だから獣人たちは守護妖精を持たない者の方が多いんだろう」
この時は、みんな疑いもせずそう思っていた。じっと話を聞いていたラウル以外は。
その日の夜、マスタールームに戻ってきたエレナとラウル。
【おかえりなさいませ、マスター、ラウル様】
「ただいまージェニーさん。しばらく出入りするから、またよろしくね」
そうして、いつものように夕飯を準備しようとしたセレナだったのだが、ラウルが浮かない顔をしていることに気がついた。
「ラウルさん、どうかしましたか?」
「ん、いや、考えすぎかもしれないんだが、あのノワって何者なんだろうと思ってね」
「この近くの居住区から追い出されたって言ってましたよね」
「いや、そうじゃなくてね」
言い淀むラウル、エレナがじっと見つめると、一つ息を吐き、思いもよらぬことを言った。
「彼も、あちらの世界から飛ばされて来た奴なんじゃないかと思ってね」
セレナがびっくりしすぎて無言でいると、ラウルが先を続けた。
「彼、黒い獣のことを、普通に『魔物』、そしてあの石を『魔石』って言っただろう? この世界に魔物は存在しないんじゃなかったかい?」
ラウルの言葉に、魔物や魔石という言葉を知っているのは《《かつての自分》》だと、今更気づく。アルバたちは、精霊樹から出た獣は魔物ではなく、黒い獣と呼んでいる。
「それに、彼は、自らが魔法を使えるのが当たり前だと思っているし、実際使っていた」
「へ? いつ?」
「魔石に魔力を込めていただろう? あれは自身が魔力を体外に出力する、つまり魔法を行使できる者にしか出来ないことだ」
エレナはそれでも信じがたく、疑問を呈する。
「でも、妖精のルビーノたちは魔力を込められなかったよ?」
「あれは、あの石を染めるには、妖精たちの魔力量が不足しているだけだ」
そう言って、ラウルが手のひらに一つ、白くなった魔石を乗せてエレナの前に出す。
「一つだけ借りて来た、よく見てて」
そう言うと、魔石を握り込むラウル。30秒も経たないうちにラウルが手を開くと、その石は黒く染まっていた。
目を見開くエレナ。
「うそ、どうして……」
「この迷宮内では、僕は魔力を十分に補充できるし使えるからね。エレナ、僕は――」
ラウルはエレナの瞳をじっと見つめ、一度目を伏せた後、
ゆっくりと口を開いた。
「――この世界には無い、攻撃魔法も使えるんだよ」




