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〜私、知らないうちに迷宮のマスターとやらになっていたらしいです〜白と黒のカプリオーラ  作者: 白河胡桃
第二章

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第25話 ノワール

 ラウルがこの世界には無い、攻撃魔法が使えると言った。そして、あの黒い猫さん、ノワは妖精がいなくとも魔法が使えるとも。この世界(セレスティン)では、妖精しか魔法を行使できないはずだ。


 もし、ラウルと同じように、ノワもあちらの世界から飛ばされてきたとすれば、

「ノワも攻撃魔法が使える?」

 エレナは独りごち、ノワを初めて見た時から今までのノワの姿を思い出す。アルマに懐いてゴロゴロとしている姿は、とてもそんな危険な存在とは思えない。


「僕もこっちに来てからは外では魔法を使う余裕がなかったから、この迷宮で試して判ったことだけどね」

 ラウルの言葉を聞いて、エレナは思い出した。

「こっちに来てから」

「ん? そうだけど」

「ううん、ラウルさんじゃなくて、ノワのこと」


 ノワに食事を渡した時、あの時は気にも留めなかった一言。そして、あの場にラウルは居なかった。

「ラウルさん、私思い出した。ノワは最初に会った時『こっちに来て初めて』って言ったの、あの時は人の住まないこの乾燥地帯に来て初めてという意味だと思ってた。だけど、ラウルさんの言うことが当たっているとしたら」


「僕たちと同じように、この世界に来て初めて、ということになるね」

 エレナの話をラウルが引き継ぐ。


「ジェニーさん、もし、私たち以外のあっちの世界の住人が居たら、その人にポルタは見えるの?」

【結論から申しますと、マスターとラウル様以外の人族には、ポルタは見えません。ただし、マスターとラウル様が、お連れになった召喚獣であれば許可を出せます】

 エレナはディノが迷宮に入れたことを思い出す。


「ジェニオルス・ヴェントゥーノ、獣人族は雇い入れできるんじゃないのか?」

【申し訳ございません。そのスタッフ雇い入れ機能は備わっておりませんので、この迷宮内で召喚された魔の者であれば、という制限がつきます】


 エレナは初めて出来た情報に疑問を持つ。

「ちょっと待って、雇い入れ機能って何? 獣人族が魔の者ってどういうこと? 姿は違っても人族じゃないの?」

【順を追ってご説明します。まず、獣人族は厳密言うと魔獣族です。人族にはカテゴライズされません】

「なるほど、魔という名がついても、一概に人に危害を与える者ではないってことね」


【次に、雇い入れ機能とは、外の世界の魔の者を、この迷宮のスタッフとして登録できる機能です。大変心苦しいのですが、あちらに奪われましたので、わたしにその機能はありません】


「あちら? あちらって何?」

【わたしの片割れ、この迷宮コアの対となる、もう一つの迷宮コア(わたくし)です】


 それは、以前ラウルから聞かされた、あの事件の当事者四人のことと関係する。やはりあの時の男性がもう一つの迷宮のマスターとやらになっているようだ。


「ジェニーさんと、そのジェニーさんの片割れさんが、機能を分けて持っているってこと?」

【イエス、マスター。基本システムは共通していますが、マスターが強く願われた機能を、それぞれで奪いあった結果です】


「強い願い?」


【はい、マスターの願いは、争いのない世界で好きな人と暮らし、美味しい物を食べて、外の世界を旅する。この願いを叶うるべき機能を優先的にわたしが持っています】


セレナは、たしかにあの時、悲しくて、苦しくて、別れが辛くて、そんなことを思ったなと、ぼんやりと思い出す。


「あぁ、じゃぁ、向こうさんのマスターは、迷宮に縛られたまんまってことだな」

「へ? どういうこと?」


【マスターがポルタから気軽に外出し、この世界のどこからでも戻って来られる、外部世界とこの迷宮を繋ぐ空間操作機能は、わたしの方にある、ということです】


 エレナは迷宮の不思議に、それこそ迷い込みそうになっている。とにかく、今は元々ノワについての懸念を解決するのが目的だったはず。


「ジェニーさん、迷宮のことはまた改めて聞かせて。それよりも、ノワが私たちと同じ世界から来たかを、判断する方法ってないのかな?」

【向こうの言葉で、その方に話しかけてみられてはいかがでしょうか】


 翌朝、まだ薄暗い中、エレナは馬車の前で朝の体操を始めていた。そばには小犬の姿のラウルが寝そべって、その背の上で妖精たちがエレナの真似っこをしている。


「うみゃぁ、まだ眠いにゃぁ」

「ほら、シャキッとおし」

「おー、エレナはぇえな。よし、久しぶりに俺もやるか」

「おはよぉ、エレナちゃん。じゃぁ私もぉ」


 孤児院のメンバーが次々と加わり同じ動きをしはじめた。アルマに連れられて来たノワが周囲を見回し、エレナの向かい側に立って、淀みなく同じ動きをしはじめる。


「あれは、何をしているんだ?」

 アルバがそう聞いている声が、セレナの後ろから聞こえてくる。

「あぁ、あれは孤児院でやってた朝体操ですね。いつのまにか朝の習慣として定着したって兄貴エリオが言ってました。アルバ様もやってみますか?」

 そう答えたセルジュも輪に加わって、同じ動きをしはじめた。アルバはエレナの後ろに立っている気配がする。

「さぁ、今日も一日、ご安全に」

「ご安全にー」

 最後の深呼吸が終わると、アルマが号令をかける。ここまでが孤児院の朝の日課だった。


 大人たちが仮眠をとっている小休憩中。エレナはノワの後ろから、そっと声をかけてみた。

『キョウモ アツイネ、ノワサン』

 それは、元の世界の言葉。ノワの耳がピクリと動いた瞬間、ノワはその場を飛び退き、エレナに向かって四つ足で低く身構え戦闘態勢になった。


『オマエ ナニモノダ! オイラヲ ツカマエニ キタノカ?』

 今にもエレナに飛びかかりそうなノワ。エレナの周囲にぶわりと風が巻き、エレナを背に守るように大きな銀色の狼が姿を現す。

『Freeze! We're not your enemies』

(動くな! 俺たちはお前の敵じゃない)

『オマエ、ナゼ、ソノムスメヲ マモル?」

『ローラシアゴ ハ、ワカラナイ ノカ』


 睨み合っているであろうラウルの背後から、エレナが顔をだしてノワに謝る。

「ノワ、試すようなことして、ごめん」

「答えるにゃ、お前は何者なのにゃ?」

 牙をむくようにして、吠えるノワ。エレナを守るようにしたまま、ラウルがエレナの代わりに答えてくれた。


「僕たちは、君の同郷の者さ」

「おいらを捕まえにきたんじゃないのにゃ?」

 エレナとラウルは目を見合わせた。

「ノワはどこからか逃げて来たの?」


「おいらは寝てたのにゃ。そしたら何かに呼び寄せられて、目が覚めたら知らない建物に居たのにゃ。そこには他にも連れて来られた魔獣が居て、人族が狩りに来てたにゃ。おいら死にたくなかったから必死で逃げたのにゃ。でも……」


 ポタポタとノワの金色の瞳から涙がこぼれ出す。

「どこに行っても、黒いせいで追い払われたにゃ……、おいら家に帰りたい。キヌに会いたいのにゃぁ」

 そう言って、その場に座り込んで泣くノワ。エレナは耳を疑った。


「まさか、本当にノワール?」

 ガバリと顔を上げ、まんまるになった黒い瞳でエレナを見つめるノワ。

「なんで、その名前を知っているのにゃ?」

「だって、私がキヌだもの」


 そう言ったエレナを、じとっとした目で見つめるノワ。

「キヌはもっと大人だにゃ、アルマ婆っちゃよりちょっと若い位のはずにゃ。こんな子どもじゃないのにゃ」

「それには事情があってね。って、私の知っているノワールは猫の人形なんだけど」

「にゃっ! おいらが人形にされて動けなかったことも知ってるのにゃ? 本当にキヌなのにゃ?」

 もう一度、まんまるになった黒目で見つめてくるノワ。


 エレナは確信した。ノワはキヌ時代に住まいに飾っていたしゃべる猫の人形だと。だったら、ルミナ地区で朝から行われる体操も掛け言葉も知っていて当然だ。だけど、ノワは今、変なことを言わなかっただろうか。

「ノワ、人形に()()()()って、どういうこと?」


「おいらは本当は猫妖精ケットシーだにゃ。昔はある人と契約していたんだにゃ、でも、ある日その人が豹変して……。おいらは人形に封印されたのにゃ、キヌに会った頃は、少しだけ封印が緩んで、しゃべれるようになったときだったにゃ」


 ノワールは、おしゃべりをする子ども用の人形だとばかり思っていた、まさか封印されて動けないケットシーだったなんて、エレナは想像だにしたこともなかった。


 それに――。


「ノワ、私が居なくなってからは、どうしてたの?」

「おいらはヒカリの家に居たにゃ。でも、ヒカリはすぐに居なくなって、おいら、キヌが帰ってくるのを待ってフテ寝してたにゃ」

 エレナがこの世界に飛ばされてから十年が経っている。ノワはそんな長い間、そう思ったら胸が痛くて、呼吸もままならない。


「ノワ、急に帰れなくなって、ごめんね。寂しい思い、させたよね、ほんとに、ごめん、ね」

「にゃぁーキヌゥ、おいらも会いたかったにゃぁ」

 エレナはノワに抱きついて、あの時言えなかった言葉を、何度も何度も繰り返し泣いた。



 一人暮らしだったキヌが寂しくなかったのは、話しかければ答えてくれた人形のノワールのおかげもあった。あの事故のあと、誰かに捨てられたり、傷つけられたりしなくて良かった。


 そして、また会えた。


 ひとしきり泣いたエレナは、ぐすぐすと鼻をすすりながらも、ノワに笑いかけて言った。

「ノワ、また一緒に居てくれる?」

「にゃぁなのだ」

 シュタッと立ち上がり敬礼をするノワ。可愛いなぁとエレナが和んで見ていると、ノワはまた訝しげな表情をする。


「キヌは、なんで縮んだのにゃ?」

 その問いに、エレナの後ろから、人の姿に戻ったラウルがノワに突っ込みを入れた。

「君さ、どうして判らないんだい? 僕はこの人がキヌさんだってすぐ判ったよ、同じ匂いじゃないか」

 エレナは錆びついた人形のように、ギギギと首を回して、ラウルを見る。


 ラウルがしまったという顔をして、一歩後ろへ下がる。

「お前はだれにゃ!」

 そう叫んだノワがラウルに飛びかかったが、ラウルは苦もなく飛んでくるノワをひらりと避けた。素通りしたノワが、ポルタの扉の目の前に着地する。


 慌てて二人を止めようと動いたエレナの目の前に、ジェニーさんの警告が表示された。


【警告:他の迷宮に属する個体:ノワール(仮称)の接近を確認、排除しますか?】

ここまで拙作をお読みいたき、ありがとうございます。

あと1話くらいでデゼルティアへ到着する予定なのですが、すみません、ストックが尽きました。


続きは少しお時間をいただきます。

もしよかったら、ブックマークしていただけると嬉しいです。


暑い日が続いてますので、皆様ご自愛ください。(2026/7/22)



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